#16 人の金で食う飯は旨い。人と食べる飯は人によっては旨い
「あのあのあの十六夜桜花に身バレして黒猫なのに黒音って呼ばれて打ち間違えかなって思ったけどワンピースの色まで知ってたからこれってリアバレしててあばばば!?」
「うん、まずは落ち着こうか。十六夜さんどころか私にまで身バレしそうな勢いだよ」
相談はすぐだった。
以前はチャットを送るのに丸1日悩んだりしたけど今はそれどころではない。
これは緊急事態だ、緊急事態宣言の発令だ。
「そもそも何があったの?」
「あの、コラボでコラボしなかったらチャットが飛んできて……」
「そこに本名が乗ってた、と?」
「うん……」
あれはホラゲーよりよっぽどホラーだった。
初めて通話した時から頭のおかしい人だとは思っていたけど予想を遥かに超えるやべー奴だった。
もしかしてこれが噂のガチ恋勢……?
「それで話し合いとかはしたの?」
「こわくてできない……」
「まあ確かに一方的に身バレしたら怖いか」
「どうしたらいい?」
あれを最後に十六夜桜花からもチャットは来ていない。
完全に膠着状態だ。
「燦はどうしたい?」
「わ、わたしは……」
どうしたらいいのか分からない。
分からないから唯一頼れる夏波結へ頼った。
どうしたら……、
「運営に相談する?」
「そ、それは……」
あまり大事にしたくないという考えは小心者だからだろうか。
例えば授業中に分からない問題は手を挙げて先生に聞けばいいのにそれが恥ずかしいやら遠慮やら迷惑をかけたくないって気持ちで出来ないような、それに似た感じ。
そもそも十六夜桜花はオフコラボの服装と名前を当ててきただけでストーカーと呼ぶには些か弱い気がする。
確かに文面はドン引きしたけど、別に身の回りで何か不審な事が起きたりリアルの情報が拡散されたりして実害を被っているわけではない。
所詮はネットでよくある個人間のトラブル、だからそれをわざわざ運営に報告するのは……なんだか気が引ける。
「じゃあこのまま見て見ぬ振りで放置?」
「は、話し合いたいとは、思う。大事にはしたくないし、誰かに迷惑もかけたくない。だから話し合って、解決したい!」
「迷惑かけたくないのに私には相談してくるんだ」
「うっ、そ、それは」
「私は迷惑じゃないんだー? んー?」
な、なんかこわい!
今日の夏波結はイジワルだ!
「まあ燦の気持ちは分かったよ。でも話し合いできる? また逃げない?」
「ぁぅ……。だ、大丈夫、わたしにいい考えがある」
「と、いうと?」
通話を強制終了したりミュートにしてしまうのは、結局のところディスコードが便利な逃げ道を用意してくれるからやってしまうのだ。
ヤバくなったら最悪パソコンの電源を落とせば解決する、そんな考えが根底にあるせいできっと話し合いも途中で何も解決しないまま終わってしまうだろう。
だからこそ、わたしはいま思いついた。
「リアルで会う。リアルで会って、話し合いをする」
「……本気?」
「うん」
リアルで会えば逃げ道はない。
現実に強制終了もミュートも存在しないから。
多分、十六夜桜花はリアルで会おうと言えば即答してくる。
だから向こう側に問題はない。
しかしコミュ障で引きこもり気味のわたしが、果たして本当にリアルで十六夜桜花と会えるか、というのが一番の問題だ。
「だ、だから、十六夜桜花と会う前に夏波結に会う。家からわたしを引きずり出してもらう」
「本気?」
「ほ、本気」
「私が家まで迎えにいくの?」
「うん」
「顔も住所も本名もバレるよ?」
「同じ企業なら、いずれ分かる。そ、それに夏波結なら、別に……」
い、いや別に他意はない、深い意味もない。
これは仕方なくだ。企業もコラボも一切関係ないオフなんてわたしには幾らでも逃げの言い訳が用意できるから、仕方なーく逃亡防止に夏波結を呼ぶだけだ。
だから勘違いしないよーに!
「ほんっとにこの子は、私の気持ちも考えないで勝手に決めて」
「ご、ゴメン」
「いいよ。乗りかかった船だもの、精々沈まないように最後まで一緒に見届けてあげる」
◆
【Discord】
22:12:十六夜桜花 ひどいなぁ黒猫さん
22:12:十六夜桜花 もしかしてと思ってたけど本当にボクの声が届いてないなんて
22:12:十六夜桜花 照れ屋なんだから
22:13:十六夜桜花 そうだ、やっぱり今度オフコラボしようよ
22:13:十六夜桜花 この前祭先輩に見せたような黒いワンピースが見たいな
22:13:十六夜桜花 ねえ、黒音さん
23:30:黒猫燦 次の土曜日、15:00より〇〇市の〇〇カラオケで貴様を待つ
◆
あぁ、この日が決めてしまった……。
夏波結とオフの詳細を立てて十六夜桜花へ果たし状を送りつけたのが早計だったと後悔したのはその翌日だった。
やっぱり配信をして興奮と緊張が入り混じった状態は深夜テンションに近いものがある。1日寝かせて熟考し直すべきだった。
そんな後悔を抱えながら決戦の日。
わたしは未だに布団にくるまりながらうだうだとしていた。
時刻は既に11:40を回っている。
夏波結が迎えに来るのは11:45だからあと5分しかない。
だというのに、未だわたしは着替えてすらいなかった……!
「お腹痛い気がするな。うん、お腹痛いから今日は休もう」
みんな優しいからお腹痛いって言ったら休ませてくれるでしょ。
夏波結に断りのLINEを入れようとした時、
ピーンポーンッ
とインターホンが鳴った。
これは絶対夏波結だ。悪魔が迎えにやってきたのだ、攫いに来たのだ。
「黒音さーん! 起きてますかー」
あっあっあっ、画面の向こう側からする声が玄関から聴こえる、こわい。
居留守を使おうかと迷ったが相手にその戦術は筒抜けだったようで、鬼のようにLINEへスタンプが連打されている。
LINEを開けていたせいで既読も付いてしまって、いよいよ言い逃れが出来そうにない。
「ぁい……」
「ちょっと、約束の時間過ぎてるんだから早くあけ、な、さ……」
「は、はじめ、まして」
「燦の妹さん……?」
「あ、あ、黒猫燦です」
扉を開けたら美人さんがいた。
歳は……いや、無粋なことを考えるのは止そう。
「え、え、ちょっと待って。ん、んんー? だって胸とか、背は低いけど、えぇー……」
「ば、ばいんばいんって言っとろーが」
「あー、確かに燦だ」
どんな確認の仕方だこれ。
もしかして今後会う人全員にこんなリアクション取られるんだろうか。
いやだなー、オフコラボとかイベントとか辞退しよう。
「そ、それはともかく! まだ寝間着なの? お昼ごはんは食べた? そろそろ用意しないと間に合わなくなるよ?」
「まま……」
「まま言うなし! ……って、お母様は?」
「仕事」
取り敢えず家に上がってもらった。
そんなに物もないから散らかってるなんてことはない。
自室に招き入れてお茶の一つでも出そうかと迷ったが、どうせすぐに出るからいいかと思い直す。
「ん、着替える」
「あ、じゃあ外に出てるね」
「? 今入ったばっかなのに出るの?」
「え、だって」
変なやつ。
まあ好きにさせるかと固まっている夏波結の前で寝間着をポーイと脱ぎ捨ててタンスを漁る。
前回のオフコラボでは少し気合いを入れすぎたから今回はおとなしめでいこう。ただ話し合いをするだけだしな。
「う、うわ、でっか……」
あー、そういえば十六夜桜花は黒のワンピースが見たいって言ってたな。
望みを叶えるのは癪だが、別に断る理由もないし何より選ぶのも面倒だしこれでいいか。
下着とワンピースをさっと纏ってハイ完成。
これでいつでも外出オッケー。
「あ、コラ。髪ぐらい梳かしなさい」
「んぇー、めんどう……」
「やってあげるから、ほら」
ドレッサーの前に座らされてドライヤーと櫛で優しく髪を梳かされる。
うーん、人にやってもらうのなんて凄い久しぶりだから気持ちいい。
うつら、うつら。
「梳かしただけなのになんでこんなにサラサラなの……」
「ん、終わった……?」
危ない、寝そうになっていた。
さっきまで緊張でガチガチだったのに気がついたらリラックスしてたな。
「お昼まだでしょ? どっか食べに行く?」
「か、カップヌードルあるよ」
「アンタは客人にカップヌードル出すのか」
おいしいのにカップヌードル。
それから夏波結と自宅を出て、彼女が乗ってきた車で近所のレストランへ向かった。
ランチで3000円ってボッタクリでは? マクドナルドのほうが安いぞ?
しかし奢りなのでデザートまで美味しく頂いた。
で、現在は14:30。
十六夜桜花との対面まで1時間を切っている。
思っていたより緊張が少ないのは事前に夏波結と会うことで、ある程度オフへの抵抗を減らしつつリラックス出来たからだろう。
「受付してくる」
「いってらっしゃい」
話し合いの会場にカラオケを選んだのには幾つか理由がある。
1つ目は密室空間ならわたしの逃げ道を断つことが出来るから。
極まった時、物理的な逃走も辞さない覚悟なので入口に夏波結をスタンバイさせれば退路を断てる算段である。
2つ目は一応ネット関係の話し合いをするから人目につかない場所が良いだろうという配慮。
別に有名人を気取るつもりはないが、それでもVtuberは今影響力が強いジャンルに成長しつつあるのだから、企業所属として色々意識は持たないといけないだろう。炎上とかリアバレとか、意識持たないとな!
3つ目は単純に前回来て慣れているから。
わたしのような陰キャは初めて行く場所に拒否感を持つことが多い。だから多少でも慣れ親しんだところの方が落ち着くのだ。
「いらっしゃいませ、何名様のご利用でしょうか?」
「あ、ふ、2人で、あとから1人……」
「会員カードはお持ちでしょうか?」
「は、はい……」
夏波結の手前、格好つけて受付にやってきたが店員と会話をするのは疲れる。
無言で全部済ませられると嬉しいのだが、そういうわけにもいかない。
前にカードを作った時と同じ店員だったが、2度目だからってわたしが心を開くと思うなよっ!
「はい、黒音様。107号室のお部屋になります」
「あ、ありがとうございます……」