#11 【オフコラボ】口下手2人で初オフってマジにゃ?【黒猫燦/世良祭】②
と、勇んでみたものの何を歌うかは一切決めていなかった。
自分からカラオケに誘っておいて何言ってんだって感じだが、全部夏波結によるお膳立てなんだから仕方がないだろう。
わたしは覚悟もままならないまま戦場へ投入されたザコザココミュ障に過ぎない。
カラオケだってすごい昔、お母さんに連れられて1度行ったことがあるだけだ。
だからよくクラスメイトが言う「カラオケであれ歌いてェ〜」みたいな気持ちは分からないし、1曲目にどんな曲を選べばいいかなんて知らない。
つまり何を歌うか決めていないというより、歌いたい衝動がないから何を歌うか迷っている、って状況。
「あー、うー」
:デンモクと格闘中
:大丈夫?操作わかる?
:歌本っていう電話帳みたいなやつで番号調べて打ち込むんやで
:いつの時代だよ
「さ、流石にわかるわ!」
「どれにするか迷ってる?」
「うっ」
隣にいる祭先輩にはすべて筒抜けである。
:一番槍とは
:決めてから来い
チャットは段々とわたしを弄る方向へシフトしていた。
まあ、わたしだって視聴していたライバーが5分ぐらいデンモクを抱えてうんうん唸っていたらじれったく思う。
けど何歌ったらいいかわからないんだよなぁ!
夏波 結 ✓:コネクト
「っ!」
迷いに迷って、そして目に入った文字を反射的に打ち込んだ。
心臓がバクバクと鼓膜を叩く音と共にイントロが流れ始める。
:おっ
:まどマギ
「ぁ、う……」
:どしたどした
:もう歌い出しだと思うんですけど
声が、出ない。
眼の前の歌詞テロップはこっちの気も知らずに流れていくというのに、わたしの口はあまりの緊張からパクパクと開閉するだけ。
やっぱりカラオケなんて来なかったら良かった。そもそもオフコラボだってファンから顰蹙を買ってでも断ってしまえば、
「───」
「ぇ」
:祭ちゃん!
:祭パイセンお歌上手
「─────」
隣にいた祭先輩はいつの間にかマイクを持っていた。
視線はじっとモニターの歌詞を見つめながら、透き通るような綺麗な歌声が狭い部屋に響く。
「──」
曲は間奏に入った。
小さく息を吐いた祭先輩はモニターから視線を外してわたしの方を見る。
「あ……」
今日、初めて視線が交わった。
「一緒に歌う?」
:デュエット!?
:まつねこデュエット!
「は、はい」
この時、わたしは不思議と素直に頷いていた。
あんなにうじうじと悩んでいたのが不思議なくらい、鉛のように重たかったマイクが少し軽く感じた。
「────────」
「────────」
:黒猫さんが歌った!
:声震えてるの可愛い
:燦、頑張ったな(後方腕組)
あー、喉がめっちゃ痛い。
初めて人前で大声で歌った気がする。
授業で歌唱テストがあった時は声が出ずに泣いてしまって、教師にストップをくらった記憶しかない。
カラオケって恥ずかしいな。
けど、歌うってすっごい気持ちいい。
「──────」
「──────」
:88888
:感動した
:頑張っちゃったパンツで頑張れたな
「はぁ~~……。はい! じゃあばいにゃー」
:ばいny
:おわらねぇよ!?
「ちっ、いけると思ったのに」
「たのしかった」
「あ、わ、私も楽しかったです」
一仕事終えた顔をした祭先輩は、ドリンクバーのメロンソーダをこくりこくりと飲みながらデンモクを操作している。
すごい。わたしは一曲歌っただけでバテバテなのに涼しい顔を二曲目にいけるなんて。
「ど、どうだったかな。私の歌声」
自分から聞きに行くなんて恥ずかしいし痛い行為だと思うけど、どうしても聞いてみたかった。
あわよくばちやほやされて今までのカラオケ嫌いを克服したいなって!
:うーん微妙
:歌い慣れてない感
:頑張りだけは認める
夏波 結 ✓:鼻歌は可愛いのにね
「んなぁ!? なんで、どうして!? めっちゃよかったじゃん!」
こいつら耳詰まってるんじゃないの!?
美少女が歌うってそれつまり無条件で美声って決まってるんだが!?
しかしどんなにわたしが訴えかけてもチャットの反応は微妙という評価でまとまっている。
はぁ~~!?!?!?
「私は好き。黒猫さんの歌」
「あっ、あっ、ありがとございます」
「チャットでも言われてるけどただ歌い慣れてないだけ。歌い方を知らないから音程がズレる」
「あ、はい」
「声質は良いからたくさん練習すればきっと輝く」
「もう心が折れそうです……」
そっかぁ、微妙かぁ。
折角勇気出して歌ったのになぁ……。
もうお歌なんて絶対に歌わないや。
「またデュエット、する?」
「も、もう歌いたくない」
:うたって♡
:デュエットならライオン
:先輩に引っ張ってもらえ
「あぅぅ……」
「ライオン、いいね」
こちらの懇願も何のその。
祭先輩はお構いなしにぱぱっと曲を入力してマイクを手に取った。
「カラオケは好きに歌えばいい。気持ちよく歌えればそれでいいと思う。上手い下手は、別」
「好きに、歌う……」
確かにさっきは楽しかった。
初めてリアルで自分を解放した気分だった。
……先輩の言うことだ。後輩は素直に従っておこう。
「───────」
「───────」
あ、今回はスムーズに声が出てきた。
けどこの曲難しいな!?
というのもコネクトはソロ曲だったのに対してライオンはデュエット曲だ。
さっきは最初から最後まで祭先輩が一緒に歌ってくれたから心強かったけど、今回はソロパートが多い上にハイペースで交互に入れ替わる。
ソロ入れ替わりデュエットソロのループ。息を合わせるのが滅茶苦茶難しいな!
:黒猫さんがんばえー
:祭ちゃんがうまいこと合わせてるね
:てか祭先輩うますぎプロかよ
「──────」
「──────」
:黒猫既に声枯れてる
:初カラオケじゃ仕方ない
あぁああ! もう喉が限界!
配信でもこんなに長時間声張ったことないんじゃないだろうか。
もうギブアップしたい、そう思った時だった。
「─────」
「っ!?」
祭先輩が手をぎゅっと、それでいて優しく握ってきた。
まるであと少しだから頑張ろう、と励ましてくれるかのように。
あ、好き。
「────────────」
「────────────」
・
・
・
「あぁぁあああ゛つかれた!!!」
:マイクぅ!
:耳キーン
:音量注意
「あ、ゴメンナサイゴメンナサイ」
終わった直後の解放感からついつい叫んでしまった。
感情がすぐ限界を迎えて叫んでしまうのがわたしの悪い癖。
「たのしい、もっと歌おう」
「あ、あの、少し休憩を」
「むぅ、はじめてじゃ仕方ない」
:はじめての相手が祭先輩でよかったね
:まつねこてぇてぇ
:最高のデュエットやったで
「て、照れる……。じゃ、じゃあ休憩中にマシュマロをたべよう」
丁度リアルタイムでマシュマロが更新されている。
適当に目についたやつから拾っていけばいいだろう。
【マシュマロ】
こんばんにゃー
さてさて黒猫さん、生で見た憧れの祭先輩はどんな感じ?
あと勝負下着のテクスチャ実装はよ
「祭先輩優しくて好き。あ、違う、いや違わないけどそうじゃなくて」
「? 私は好きだよ」
「あっぁりがとうございます……」
祭先輩のアバターは薄水色の髪をした美女だ。
わたしがバーチャルとリアルでギャップのあるVtuberだとしたら、祭先輩はリアルもバーチャルも変わらない印象を受ける。
物静かであまり表情が変わらず、それでいてどこまでもマイペース。
あるてまに入る前から見ていた彼女と目の前にいる祭先輩は何も変わらなかった。
変わらず、わたしの憧れの人だった。
「えっと、次のマシュマロいきましょう」
「勝負下着のテクスチャは?」
「つぎ、いきましょう」
ほんとマイペースだな!
【マシュマロ】
カレー派?シチュー派?
私、ハヤシライス派
「あー、ハヤシライスが好き、にゃ」
「シチュー」
:思い出したように語尾付けるな
:ビーフストロガノフ食いてぇ
【マシュマロ】
黒猫さんはたまにバインバインって言いますけど本当にそう思ってますか?
どうでもいいですがvineってつる植物ですよね。
あっご存知でしたか。
そういえばオフコラボやってみてどうでしたか?
「ばいんばいんだが!?」
「黒猫さんは──」
「祭先輩ちょっと黙ってもらえます?」
「むぅ」
この人は本当に何を言い出すか予測がつかないから要注意だ。
後で運営に怒られるのはだいたいわたしなんだから自重してほしい!
「オフコラボは、うん、まあ。わるく、ない……かな」
「やってよかった」
:俺らも見れてよかった
:定期的にオフしていけ
「あの、ところでどうして、私とオフコラボを……?」
ずっと気になっていたことだ。
あの日、夏波結との初コラボで祭先輩がチャットに現れるまでわたしたちの接点と言えば裏で挨拶をしたぐらいのものだった。
それが何で1週間でオフコラボをするまでの仲になってしまったのか。
未だに答えが分からない。
「黒猫さんは面白い。それに友達が欲しいって言ってた。だから遊んだら楽しいと思った」
「そ、それでオフを?」
「私もあまり喋るのも人付き合いも得意じゃない。あるてまできりんが引っ張ってくれなかったらきっと今も孤立してた」
確かに、初期のあるてまでは祭先輩はもっと近寄りがたい空気というか、孤高の美人みたいな印象があった。
他の同期がコラボをしている中、祭先輩は一人で雑談や歌枠をしていて若干浮いていたと言ってもいい。
しかしある日来宮きりんがコラボ相手として名乗りを挙げて、それから2人は頻繁にコラボをする仲となり人気は爆上がり、今やVtuber業界でもトップクラスの人気を誇るまでになった。
「私ももっと友達が欲しい。そして黒猫さんも友達がほしいと思ってる。きりんがそうしてくれたように、私も黒猫さんの手助けをしてあげたかった」
「祭先輩……」
やり方は強引だったかもしれない。
けどそこにある想いは確かに本物で、それはわたしにも充分過ぎるぐらい伝わってくる。
あぁ、わたしがこの人に憧れたのはこういうところだったのか。
いい先輩、だな。
:てぇてぇ
:少し前まで新人だった祭ちゃんも立派に先輩してるんやな
:燦ちゃんもいつか先輩になるんだよな
:しっかり後輩導いてあげなよ
:黒猫さん後輩に介護されそう
「キミらいつもいいとこで水差すな!?今感動話してたじゃん!?」
「みんな黒猫さんが好き」
「う、うぅ……」
ぁああもうなんだこの先輩!?
さっきから好き好き好き好きって勘違いするぞこら!襲っちゃうぞおい!こちとら気合い入れて来たから準備万端じゃい!
「そろそろ歌う?」
「あ、はい」
喉の疲れはだいぶマシになっていた。
この調子ならあと何曲かは付き合えそうだ。
うん。一人で歌うのはまだ怖いけど、それでも祭先輩が一緒に歌ってくれるのなら。
それは、悪くない。
「今度はお泊りオフする?」
「んぇええ、考えさせてください……」
◆
「こんゆいーマシュマロ読むよー」
:こんゆいー
:マロのお時間だぁ!
「いやー皆は燦のオフコラボ見た?もう私ハラハラだったんだけど」
:所々事故ってたな
:てぇてぇかった
:そういえばアンチマロでゆいたそキレてたね
「え、キレてないよ!? 燦に呆れてただけだからね!?」
:なるほどなー
:保護者じゃん
:ゆいままー
「ままじゃないし! ほら、マシュマロ読むよ!」
【マシュマロ】
こんばんにゃあ
突然だけどゆいままは認知してくれそうですか?それともゆいままは認知しないんですか?
気になって仕方無いんです。
「これ燦マシュマロじゃない!? 間違ってるよ!?」
:草
:認知して
:ままー
「だからままじゃないって! ほら、燦は見てるとほっとけないっていうかなんていうか。誰かが助けてあげなきゃってなるじゃん!」
:ままじゃん
:それをママって言うんやで
:認知してあげて…
「あぁもう次!」
【マシュマロ】
ゆっくりと読み上げていただきたい
5、4、3、2、1、0、0、0、0
「なにこれ。そんなことでいいの?じゃあ言うよー」
:あ
:ちょっ
「ごー、よーん、さん、にーい、いち、ぜーろ、ぜろ、ぜろぜろ」
:アッ
:エッ
:助かる
:永久保存版
「どゆこと?まあいいや次ね」
【マシュマロ】
結ちゃんがアルテマ所属Vtuberの中で1番話すのは誰ですか?
また、どんな話をよくしますか?
「えっと、燦だね」
:しってた
:毎日話してそう
「流石に毎日じゃないよ!? それに向こうはあんまり喋ってくれないから私が一方的に今日の出来事とか話してるだけだし」
:楽しそうにおしゃべりするゆいままとずっと頷いてくれる黒猫さん
:てぇてぇ
:解釈一致
:配信外の妄想が捗る
:彼女じゃん
「んなっ、もう! ほらペース上げてマシュマロ読んでくよ!」