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『猿の手』の結末

作者: 守 秀斗

 放課後。

 俺が中学校の図書室で、借りていた本をカウンターで返却しようとしていると、後ろから声をかけられた。

 振り向くと、いつの間にか眼鏡をかけた青白い顔をした生徒が立っていた。

 クラスメートの佐藤だ。


「やあ、君が本好きだとは知らなかったよ。しかも、ホラーが好きだとは」

 佐藤は、俺が持っていた本を指さしながら言った。


「ホラーも好きだが、他にもなんでも読むけど」と俺は挨拶代わりに適当に答えた。

 こいつとはあんまり親しくないしな。


「ちょっと、こっちに来てくれない」と佐藤が手招きした。

「いや、もう帰りたいんだけど」

「ちょっとだけだよ」

 面倒くさかったが、仕方なく佐藤についていった。


 佐藤は図書室の奥の大きい書架の方へ、俺を連れて行った。

 本の整理中か知らないが、上の方にスチール製の棚が大量に重なっている。

 その書架から、佐藤は『怪奇小説傑作集』という本を取り出した。


「この作品集の『猿の手』は知ってる?」

「すごい有名な作品じゃないか。読んだことあるよ」と俺は答えた。

 ホラー小説好きで知らない者はいないんじゃないかな。


 この『猿の手』というホラー小説は、イギリスのW・W・ジェイコブズという作家の作品で、今から百年以上前に書かれたものだ。

 あらすじは、老いたホワイト夫妻が、知人から猿の手のミイラをもらい受ける。その猿の手には魔力が宿っていて、持ち主の望みを三つかなえてくれるという。息子ハーバートに勧められて、ホワイト氏は「家のローンの残りを支払うために二百ポンドが欲しい」と願う。その翌日、息子が勤務先の工場で機械にはさまれて死んだと知らせが届き、会社が見舞金を支払う。その額がまさしく二百ポンドだった。息子が死んでから一週間ほど経った夜、どうしても諦めきれない妻は夫に懇願する。夫は妻の願いを断りきれず、「息子を生き返らせてほしい」と二つ目の望みを口にする。その後、夫妻は家のドアを何者かがノックする音に気づく。「息子が帰ってきた」とドアを開けようとする妻だが、「入れちゃいけない」と、夫は震えながら最後の三つ目の願いを言う。途端に激しいノックの音はとだえ、玄関の外には誰もおらず、ただ街灯があたりを照らしているばかりだった……。


「まあ、物語でよくある悪魔が三つの願いをかなえてやるとかいう話を利用した作品だよな。よくできているけどさ」と俺は偉そうに答えた。

 そんな俺をじろりと見ながら、佐藤が言った。

「この話、変だと思わないか」

「何が変なんだよ」

「願いがかなうと不幸にならなきゃいけないのに、主人公助かってるじゃん」と佐藤は不満そうだ。

「ああ、それはなぜかと言うと、この話はホラー小説の名をかたった教訓話だからさ」と以前見たインターネットの記事から得た知識をさも自分が考えたように、俺は佐藤に披露した。


「要するにだな、慎ましい生活を送っていればいいのに、当時としては大金の二百ポンドを安易に得ようとして息子が死んだり、その死んだ息子を生き返らせようとして、ゾンビみたいになった息子が襲ってくるはめになる。襲いかかってくる描写はないけどね。とにかく普通の生活に戻ろうとした主人公は、不幸にはならない。ダメな奴は何をやってもダメ! まあ、自分の身の丈にあった人生を送りなさいという、そういうお話だったとさ」と俺はふざけた口調で答えた。


 しかし、佐藤は納得していないようだ。

「うーん、教訓話か。だったら、もっと強調すればいいじゃん。ゾンビになった息子が襲いかかってきた寸前に願いがかなって、息子は元の死体に戻るとか。玄関開けたら、誰もいなかったじゃ面白くない」

「あのなあ、読者の想像にまかせる。これが文学だろ。ハリウッド映画じゃあるまいし。まあ、映画化したら、もう一押し必要になるだろうな」


「どんな一押しだよ」と佐藤が無表情で言った。

「そうだなあ。主人公の父親が外に誰もいないのを確認して、ほっとして家に戻ると、頭のおかしくなった奥さんが包丁持って立っていて、『なんで息子を返しちゃったの!』とかわめいて、刺殺されるとか。ついでに、突然地震が起きて家が崩れて、めでたく一家全滅と」

「イギリスって地震はほとんどないんじゃないのか」

「まあ、そこらへんはハリウッド流ご都合主義だな、あはは」と俺は笑ったが、佐藤はつまんなそうだ。

 暗い奴だな。


 黙っていた佐藤がおもむろに話はじめた。

「なあ、この『猿の手』は実在したんじゃないのか。その呪いは願いをかなえさせるとかじゃなくて、人を不幸にするためだけにあるんじゃないのか」

「おいおい、佐藤、いきなり何を言い出すんだよ」


 佐藤は目を見開いたままベラベラとしゃべり始めた。

「そして、『猿の手』の呪いは、この小説を読んだだけでも効果があるんだ。だから、わざと教訓話のようにしたんだよ。読者がそれ以上考えないようにするために。この小説の本当の結末を考えたものは不幸になるんだ、その結末そのままに。『猿の手』の呪いはまだ有効なんだよ」

「お前、何言い出してんだ。この小説いままでにどれほど大勢の人たちが読んだと思ってんだよ」

 こいつはバカじゃないのかと俺は思った。


 佐藤はポケットから、大型のカッターナイフを取り出した。

「主人公は奥さんに刺殺される。そういう結末だったな」


 ナイフを持って怖い顔で近づいてくる佐藤。

 俺は思わず逃げようとして、書架の脚に蹴つまづいて、情けなくも転んでしまった。


 突然、佐藤が笑顔になって言った。

「何、ビビッてんだよ」

 そういって、カッターナイフをポケットの中に戻した。


 俺は悔しがりながら立ち上がった。

「ちぇ、ひっかけやがって」

「お前の顔、真っ青だったぞ」とゲラゲラ笑う佐藤。

「うるせーよ、もう帰るぞ」


 その時、突然、巨大な地震が起きた。

 大きい書架からスチール棚が雪崩のように落ちてきて、俺と佐藤は下敷きになってしまった。


 佐藤は頭が潰れて死んだ。

 俺は助かったが、背骨を折って、今や車椅子生活だ。

 両手は動くのでこの件を書いている。

 結局、自分の考えた結末と同じようになったわけだが、これが偶然なのか、それとも『猿の手』の呪いかどうかわからない。

 いらんこと考えなければよかったと俺は後悔している。


 あなたも『猿の手』の別の結末は考えないほうがいいと思う。特に不幸になるような考えはやめたほうがいい。

 え、もう考えちゃったよって。

 うーん、あなたが不幸にならないようお祈りいたします。


(終)

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[一言] 猿の手懐かしいな
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