拝啓
涙黶の少年(なみだぼくろの少年)
それは突然起こった。
眩い光に視界を奪われた次の瞬間、
轟音と共に激しい旋風が町を襲った。
木々は容赦なくなぎ倒され、
ビルや建物は砕け散る。
アスファルトには亀裂が走り、
人々は見るも無残な姿へ豹変した。
皮膚が溶け、
絶命しきれなかった者は痛みに唸ることしか出来ない。
それは別れを意味する
『戦い』
の始まりを意味した。
───涙黶の少年───
第一章 拝啓
良く晴れた日、
成哉は教室の窓際で弁当を食べていた。
母の作る弁当はいつもと変わりない。特別美味いわけでもなく、
これといって不味いわけでもない。
平凡な味、母の味だ。
前の席には難しげな表情で何かを呟いている友人、浜野裕二が居る。
「そう思うよなぁ?成哉」
「え、あ、うん俺もそう思うよ」
何の話をしていたのか何も聞いていなかったので、
言われたことに対して肯定した。
そんな時はこうやって答える方が聞き返すよりも無難なのだ。
すると裕二は少し目を細めて言った。
「お前、話聞いてなかったろ」
「あ、ごめん..」
「ま、お前らしいと言うか、いつもボケっとしてるよな」
「あぁ…」
裕二は呆れた表情で言った。
どうやら、この方法では失敗だったようだ。
「お前の数少ない友達の一人なんだから、ちゃんと話ぐらいきけよな」
「か、数少ない...か」
裕二は俺の唯一の友達と言っても過言ではない。
実際他に友達と言えるような存在は他に居ないし、
これから出来る予定もない。
だが別に寂しいわけではないし、もっといっぱい友達が欲しいとは思わなんかい。
裕二は俺の理解者であって、
他の人はそうではない。
裕二とは小学校の頃からの親友で、
どんな時も隣に居た。
だが、そんな彼もいつまでも近くにいるとは限らないのだ。
昔の経験からいつもそんな風に考えている。
小学3年生の頃だろうか、
ある日突然父親が死んだ。
死因は自殺と告げられていた。
俺の家族は仲が良く、どんなことだって話せていた。
辛いこと、悲しいこと、何か良からぬことをしでかしても、
優しく叱って許してくれた。
そんな父が帰らぬ人となった時、
全てを失ったような感覚に陥った。
そんな状態が続いていた時、
裕二は俺に話しかけてくれた。
それまでは特別仲が良かったわけでもなかったが、気を利かせてくれたのか、そこから仲良くなったのだ。
当時の俺は友達が少なくて、口数も多くはなかった。
それに追い打ちをかけるように父が死んだのだ。
そんな時に友達になってくれた裕二が、
今でもずっと、唯一心が開ける存在となっているのだ。
「放課後、ゲーセンいかねぇか?」
裕二は弁当の蓋を閉じながらそう言った。
小学校高学年になると、
裕二とはよくゲームセンターで遊んでいた。
だから誘われることは多かったが、
中学に上がってからは勉強が難しくなったせいであまり行かなくなっていた。
先週試験が終わったばかりだし、
この後の予定もなかったので承諾することにした。
「いいね、行こう」
「駅前に新しいのが出来たんだよ、そこ行ってみたくてさー」
「ああ」
そう言えばこの前そんなような看板を見かけた気がする。
残りの五、六時限が早く終わらないかと願った。
ゲームのメダルが雪崩れる音、人々の話し声などといった雑音が飛び交う、
騒がしい店内に入った。
耳が慣れてくると、それほど気にはならないが、入ったその時は苦痛にさえ感じられる。
そのせいで、
雑音の中で話そうとすると自然に声が大きくなる。
そして店から出た後は少し声が大きいままになってることがある。
「おぉ!!すげぇ!」
だが裕二はもともと声が大きかったようだ。
真新しいゲーム機に目を光らせる彼であった。
「両替、行こうぜ」
「おう」
そうはいえど、
俺の財布はいつも豊潤ではない。
母子家庭なだけあって、生活は結構ギリギリなのだ。
財布を開ければ、野口英世が描かれている千円札が三枚と、若干自分でも引いた。
ジャリジャリと百円玉が落ちる音にはなぜか少し聴き心地がよい気がする。
トレーには十枚の百円玉が輝いていた。
小学生の頃からゲームセンターに通い続け、
自分たちはずっと同じゲームで遊んでいる。
自分にしてはもう飽きたのだが、
裕二にそんな様子はなく、毎度毎度楽しそうに遊んでいた。
そのためゲームの腕は上等であった。
「無ぇ...無ぇよぉお!!」
ものすごい剣幕で裕二は何かを探していた。
今までやり込んでいたゲーム機がないのだろうか。
「おい!ストーリーファイトが無いぞ!」
裕二はそう言いながら、
肩を掴んで激しく揺らしてきた。
「結構古いゲームだから、新しいゲーセンに無くても不思議では無いと思うが...」
案の定、その通りであった。
小学生の頃からストーリーファイトはあったことに加え、年々ゲーム人口が減っていたためこのゲームセンターには導入されていないようだ。
これをきっかけに新しいゲームに手を出さないかと願うばかりだ...
「てか、いい加減はなせよ」
「いやだっ!俺はあのゲームがいいんだ!!」
「理由になってない」
新しいおもちゃを買って欲しいと騒いでいる幼稚園児張りのだだけねであった。
今なお、自分は激しく揺られている。
「俺、トイレ行ってくるからその間に良いゲームあるか探してみたら?」
「うぅ、分かったよ...もう諦めるよ..」
やっと自分の肩が解放された。
とぼとぼと歩き出す裕二の背中を見送って、
自分も天井から吊り下げられた案内板を頼りに歩き出した。
「右に曲がってまっすぐ、か」
用を足しおわると、
ふと視界にの隅に違和感を覚えた。
右目の隅に文字のようなものが見えた。
その違和感はどうやら壁の落書きだったようだ。
『コノ穴ノゾケ↓』
そう書かれた文字の矢印の下には、
直径一、いや二ミリくらいだろうか、
小さな穴が空いている。
だかその穴は割と奥まで続いているようだ。
「タチの悪い落書きだ」
そうは言えどだんだん好奇心が湧いてきた。
女子トイレにでも続いてるのだろうか、
いや、確か女子トイレは反対側だ。
少しずつ鼓動が早くなって行くのを感じる。
体の中が好奇心に支配され、
覗くまで時間はそうかからなかった。
「え、」
身体が硬直した。
案の定女子トイレではなく、
不思議なものでも無い、
そこからは外の世界が見えた。
普通の景色だなんて結果は完全に盲点で、期待に胸を膨らませていた自分に嫌気がさした。
「まぁ、そうだわな」
冷静に考えてみれば、
逆にすごいモノが見えるという考えの方がおかしい。
タチの悪い落書きに苛立ちを覚えた。
「ん?」
瞬きをした次の瞬間、
さっきまで覗いていた街並みの景色は無くなっていた。
いや、何も見えなくなったという方が正しい。
視界が強い光に支配された。
あまりにも眩しいため、
左手を添えて穴から出る光を塞いだ。
すると塞いだはずの穴が、手の甲にあった。
つるところ、手に穴が開いた。
痛みを感じるのに、時間がかかった気がした。
実際には一秒ほどしか経っていなかったのだが。
「うっ..あっ、あぁぁぁあ!!」
手にポッカリと開いていた。
どんどん血が出てくる。
これでもかというほどに。
痛みに悶絶した。
そして次の瞬間にはもう、
意識を失っていた。