【アウランズ王国】
二年前。
人間界において【勇者刈り】を終えた魔族一行は魔界へ帰る支度を始めていた。
一行の中でもう暫く待って欲しいという魔界の王女アリスの願いを聞いた他の一行は、少しだけまだ人間界に留まる事にした。
目付の者達をなんのかんのと言って自分から目を逸らす事に成功したアリスは単身、魔王に滅ぼされた地【アウランズ王国】に足を踏み入れる。
魔界で生まれたアリスに取っては見知らぬ地ではある。
しかしどこか懐かしい感じがする。
母であるアリンネル王妃はアウランズ王国の貴族の娘であったため、その体に流れるアウランズの血がアリスにそう感じさせたのかも知れない。
城下町は廃墟と化していたが、見渡すと一部は改装され人は住み着いている。
彼らは土地を求めて彷徨っていた流浪の民達だが、アウランズ王国崩壊後にこの地に辿り着きここを住処にしている様だ。
彼らは、しかし城には近づかない。
話を聞くと亡霊が出るらしい。
まぁ、多くの命が奪われ多くの血が流された場所であろうから霊ぐらいはでるだろう。
・・・と考えながらアリスは城に向かう。
城は・・・あちこちがボロボロで傷んでいた。
無理もない、長年風雨に曝されてきたのだから。
しかし、城は想像していたよりも大分小さい。
かなり小じんまりとした造りだ。
もっとも、そう感じるのは魔王城を見慣れているせいであろう。
人間界の中でもアウランズ王国は小国の部類である。
小国の城ならばこんなモノなのかも知れない。
ひび割れた壁に右手をそっと添えてみる。
かつては活気があったであろう、この城の繁栄を偲んでみた。
バン!!
いきなりどこともなく鳴ったその音にビクッと身体を強ばらせる。
「・・・・・」
音に驚いたアリスだったが、驚くと同時に身構え周囲を見渡す。
何の音なのか?・・・それは重要な事だ。
たまたま朽ちた建物の一部がどこかで崩れた・・・というのならば別に構わない。
問題は音の発生源が獣が立てたモノであった場合、物理的に危険であるからだ。
獣の種類もさる事ながら、複数いて襲ってこられると厄介だ。
周囲を注意深く観察していたアリスにまた音は襲いかかる。
バン!! ババババン!! ピキピキ・・・パシン!! パシ!!
大音響が城の内部に轟く。
その大きな音を聞いたアリスは違う可能性を頭ではじき出した。
これは崩落の音でも獣の出す音でもない。
「これは・・・」
言わば、ラップ音とやらに近い。
「亡霊か!!」
城下町に住まう人々の話が蘇ってくる。
城には亡霊がいるという。
「これか・・・」
途端にアリスは怖くなくなった。
霊など崩落で潰される危険や獣と戦う厄介さに比べれば全然大した事はない。
気を取り直して城の中へ更に入っていく。
すると・・・。
「帰れ~ 帰れ~ 死にたくなければ帰れ~」
という低くくぐもった声が辺りに木霊する。
「はぁ・・・」
声を聞いたアリスは溜め息をつき目を細めた。
正直、子供騙しすぎる。
「バカじゃないの?」・・・と声を出して言いたい。
「帰れ~ 帰らないかぁ~ 死ぬぞ 死ぬぞぉ~」
更に聞こえるアホらしい脅しの台詞にアリスはキレた。
「うるさい!! 殺すぞ!!」
まだ14歳の少女であるアリスには我慢強さはない。
何よりつまらなさ過ぎの台詞にイライラきて、つい口に出てしまう。
アリスの癇癪の爆発で声はピタリと止まった。
「ふん!!」
アホたれの亡霊が黙った事に鼻で嘲笑し更に奥に歩いていく。
「王座か・・・」
アリスが辿り着いたのは王様と王妃が座る椅子が奥にある玉座の間だ。
ジャリ・・・ジャリジャリ・・・
ボロボロになっている絨毯の上に積もる砂と埃を踏みしめ、王妃の椅子に腰を下ろす。
かつては母が座っていたであろう王妃の椅子。
「・・・・・」
特に何も意識せずに座ってみたアリスだったが、かつて母が座った椅子に何かしら心に感じるモノがありそれが溢れ出した。
母の記憶は余りない。
というか殆どない。
アリスを身ごもった時には心は壊されていたと聞く。
生まれたアリスは当時のハーレムの総管理だったジーナに引き取られ、教育をされていく事になる。
母アリンネルに飽きた魔王は、ジーナの案でオークの下に送られる事になり以後は不明だ。
最後にアリスが母を見た記憶は・・・
ようやく物心がついた頃の話し
年齢にして2~3歳ぐらいの頃だろうか?
アリスはその後、ジーナを母と呼ぶように強制され成長していった。
思い出すと胸がムカついてくる。
ぎゅっと拳を握りしめ、ぎっ・・と歯を食いしばる。
目からうっすらと涙が出てきた。
「お母さん・・・」
膝を丸め、両手を膝の上に載せて頭を垂れたアリスは次から次へと流れ出す涙を止められなかった。
悔しくて仕方がない。
母アリンネルの消息は分からない。
オークの下に送られた女達がどうなるのかは知っている。
だから長生き出来る女は少なく、死ねば新しい女を補充するという思考しかないオークの下に行った母アリンネルは死んでいるだろう・・・とアリスは推測できる。
寧ろ、死んでいていてくれた方がよい。
今でもオークに好きにされているなど身の毛もよだつ。
そう、母は苦しみから解放されて無となって消えた。
そう信じているのだ。
ボガン!!!!!!
一際大きな音が辺りに響く。
感傷的になっていたアリスはハッと顔を上げ手で涙を拭い、音がした方向を見る。
ダダダダダダダダダッッッッッ!!!!!
もの凄いスピードで床の土煙を巻き上げながら赤い物体が王妃の椅子に座っているアリス目掛けて突撃してきた。
「ヤバい!!」
咄嗟に椅子の上に立ち上がり身構える。
ブォン!!!!
急接近した赤い奴はアリスの目前で飛び上がり手にした小型の斧を思いっきり振りかぶった。
「まずい!!」
椅子の横に転げ落ちそのまま退避の為に転がる。
ドグオォッ!!!!
振り下ろされた斧は王妃の椅子を叩き割った。
ゴロゴロゴロゴロ・・・
転がり赤い奴から距離を取ったアリスは敵の正体が分からないまま素早く起き上がり次の攻撃に備える。
「ぐぎぎ・・・素早いな、ガキ」
赤い奴はアリスを睨みつけ聞こえる声で唸った。
「変な奴・・・」
赤い奴は・・・赤い奴という言い方は変だ。
灰色のマントに赤い頭巾、顔には老人の仮面を付けている。
体型は小柄だ・・・というか小さい。
身長は140cmもないのではないか。
そして手にはキラリと光る小型の斧。
「何だお前?」
アリスはぶっきらぼうに言った。
そのアリスの問いに赤い奴は甲高い声で答える。
「ふはは~~~!!、我が名はレッドキャップ!!
殺せるモノなら殺してみろよ、人間のクソガキ!!」
「レッドキャップ?」
確かどこかで聞いた事がある気がしたが・・・
しかしアリスは思い出せない。
何より・・・
「椅子を壊したな!!、殺してやるぞ、この糞チビ!!」
大切な椅子を破壊された恨みは死を持って償わせる。
「ふはは~~~、ガキが言うじゃないかぁ!!
殺す!!、叩く!!、切り刻む!!、ミンチにして屋上からバラまいてやる!!」
吠えるレッドキャップにアリスは手をかざす。
「ふはは~~~、何の真似だ!?
痛くない、恐くない、ちぃ~とも効かんぞクソガキ!!」
更に手をかざし続けるアリス。
「ふはは~~~、馬鹿ガキがぁ
なぁ~にぉ~しとるんじゃぁ~
お前の首ぶった斬って城下町に居座る連中にぃ~・・・
て・・・・あれ!?」
フラフラフラとレッドキャップはふらつく。
「あれ!? あれ!? あれぇ!?」
レッドキャップはうろたえた。
「目が・・・目がぁぁぁぁーーー
見ぃえねぇ~よぃ~~~~!!」
スパッ
静かにレッドキャップに近づいたアリスは、首に狙いを定めマスクの隙間に短剣を当て軽く引く。
ピシュッーーーー
勢いよく血が吹き出した。
「あ・・・・」
レッドキャップは少し呻きよろける。
「・・・・・」
レッドキャップはそのまま何も言わず倒れた。
「くそ!!、服が血で汚れた!!」
気に入っていた服がゴミの血によって汚された事にアリスは怒る・・・が言っても仕方がない。
汚した奴は既に絶命しているのだから。
しかし・・・。
「まだ居るよね?、出ておいで」
血を見て冷静さを多少取り戻したアリスが声を出す。
「・・・・・」
暫く間が開いて、半透明の奴が出てきた。
「すみません、侮っていました」
いきなり謝る半透明の奴にアリスが睨む。
「服が汚れたんだけど?」
「すみません、すみません
替えを用意しますので勘弁して下さい」
半透明の奴は床に頭をこすりつけ必死に土下座して謝る。
「その声は・・最初に脅してきた奴ね?」
「はい、すみません」
「お前は何?」
「ダンターと言います、すみません」
「そう、ダンターね
ダンター、他に何がいるの?」
「そのレッドキャップの仲間があと9体います」
「まだ9体いるのね、他には?」
「地下牢に一体の人間がいます」
「人間?、地下牢?、それは何?」
人間が近寄らないこの城で、人間が地下にいる事を驚きながら聞くアリス。
「魔界帰りの男です、元はこの国の王だった人間です
レッドキャップ達は面白がって殺さずに地下牢に閉じ込めています」
「・・・え!?」
ダンターの言葉が理解出来なかったアリス。
「何を言ってるの?」
「ですからアウランズ王国の王です」
「魔界で死んだ筈・・・」
「いえ、魔界から帰ってきた王です」
「・・・・・」
アリスは目を丸くして天井を見ながら混乱している頭を手で叩いた。
「ダンター」
「はい?」
「案内しなさい、その男がいる地下に」
「あ、はい」
ダンターは丸まっていた体を起こしフラフラと地下牢に続く階段のある場所に漂っていく。
アリスは複雑な表情でついていった。
「・・・・・」
アリスは静かに目を開けた。
「またこの夢か・・」
そう思い上半身を起こす。
辺りは暗い。
まだ夜明けにはほど遠い時刻だ。
あれから二年。
エルフ界に入ったアリスはエルフの女王に捕まり、取引で自由の身になりダークエルフの国に滞在している。
この夢はよく見る。
これはアリスの脳に刻まれた出来事。
そしてアリスは笑んだ。
アウランズ復興という希望と共に。




