【エルフの女王】
「面倒くさい、投げろ!!」
女王の言葉が飛び。
報告書を持った担当官は慌てて報告の書類を女王に投げた。
バシッ
報告書の束を片手で受け取り目を走らせる。
儀礼的な動作でノロノロ持ってこられても鬱陶しいだけだ。
平時は良いが緊急の時は頭にくる。
エルフの女王メリーカは片手で報告書を持つ。
それを見ながらもう片方でサンドイッチを持ち食べる。
頭はボサボサ。
寝間着のまま女王の椅子に片足を曲げ踵を座面に乗せて座っている姿はおおよそ女王とは思えない品の悪さである。
「ルービアンカは落ちたか、死傷者の人数は?」
「はっ、今だ詳しい事ははっきり分かりませんが死者の数は800人程かと」
側近でありエルフ族の内政を司る長であるウィンダムが報告する。
「・・・多いな」
「はっ、人型での被害は大した事はなかったようですが動物型の殺傷能力が事の他大きかったようです」
「骸骨動物型か、あれが投入されればこんなモノか・・・女達の被害は?」
「はっ、幸い女性達に被害はありません
スケルトンが進撃してくる前に全員無事に逃れました
逃れた先はルーミシュール・ルーネメシス・ルーアクシウムの3つです」
「女達が魔王軍に渡らなかったのは幸いだ
人間界での惨状は聞くだけでおぞましいからな」
女王の言葉に周りにいる重臣達の顔が強張る。
人間界で魔王軍に攻撃された国は3つ。
そのどれもが崩壊し、崩壊後女達に起こった事は悲惨を極めた。
「しかし、当然の事ながら魔王は此方には来ていないか
来ていればその首を取ってやるモノを」
メリーカのその冗談めいた言葉に強張っていた重臣達の顔が少し弛む。
もっとも、メリーカ自身は半分本気で言ったが。
そんなメリーカに軍を司るナノルが自信に満ちた声で報告した。
「女王陛下、ご安心下さいませ
既にルーエルシオンの軍に出陣の準備を始めさせております
ルービアンカ奪還は速やかに行われるかと」
「ん、そうか・・・」
そう言ったメリーカはしばしの沈黙の後、ナノルに聞く。
「奪還戦における具体的な人数は?」
「は、騎士団8000人、魔術士団2000人
その他雑用は省きますので合計10000人の軍団です」
「・・・・・」
女王は目を閉じ何事が考えていた。
「ウィンダム」
「はっ、何でしょう?、女王陛下」
「私が男を欲すればどうすると思う?」
「は?」
「魔王は女を欲している、私が魔王の立場なら何が何でも手に入れようとするだろう
どんな犠牲を払ってでも、どれ程の軍を投入しても」
「・・・・・女王陛下
つまり今回エルフ攻略に投入される魔王軍はスケルトン軍だけではないと?」
「恐らく・・・だ
今はスケルトン軍だけだろうが、第2第3の軍が後続から来るかもしれない
オーク軍敗退で諦めなかった魔王は今回本気でエルフ界を蹂躙するつもりかも知れない
いや、私が魔王の立場ならそうする
でなければ、魔界での王としての立場がない
戦は戦費が掛かるからな
戦争を仕掛けて負けました、中止ですでは魔族の民は納得しまい」
「なるほど」
「ナノル!」
「は!!」
「軍は二倍にしろ」
「に・・・二倍ですか
しかしそれではルーエルシオンや周辺の防衛が手薄になります」
「構わん、どちらにしろ他の里を攻め落とさなければルーエルシオンまで辿り着けぬ」
「は・・はは、では早速手配を」
「外交長!!」
「は!」
女王に呼ばれて外交長ランミランは何事かと目を見開く。
「ルーアクアシティ、ルーリトルシティ、ルーヒューマンシティ、ルーフェアリーシティ
この4つのシティに援軍要請を出せ」
「は?」
ランミランは聞き違えたかともう一度聞き直す。
「ハーフエルフの各シティに援軍要請を出せという
今回の戦いはエルフ全ての存亡をかけた戦いになる
ハーフエルフのシティも例外ではない
ルーエルシオンが落ちれば各ハーフエルフのシティも攻め込まれ全て蹂躙されるぞ」
「は・・・はは!!」
「他に何かある者はいるか?」
メリーカは会議に来ている面々を見渡す。
「はい」
手を挙げたのは女王直属の弓兵部隊副隊長のサーリタンだ。
「何だ、サーリタン」
「は、女性陣が戦いに参加したがっています
女王様にお伝えして頂くようにと頼まれました」
「・・・・駄目だ
万一敵に捕まれば後は地獄が待っていると思え」
「しかし・・・
今回の犠牲者や戦った男性達の家族や恋人や友人達は悔やんでいます
自分達だけ安全地帯に逃げた事に
一緒に戦っていれば或いは・・・と」
そのサーリタンの言葉にメリーカは目を細めた。
「何のために男達が命を掛けたかを考えるが良い
いま女達が捕まれば犠牲になった男達が浮かばれん
どうしても許せないと言うのならば、指示を出したこの私を恨めばよい」
「・・・はい」
女王の言葉にサーリタンは意気消沈した面持ちで答える。
「他には?」
「あ・・・あの」
手を上げたのは森林環境長のダナイブである。
「ダナイブか、何だ」
「い・・・いえ・・・あの、直接関係ないとは思うのですが」
「・・・・構わん、言ってみろ」
「はい、ルービアンカの森林で深夜に竜を見たという情報が・・」
ダナイブの言葉にメリーカは片方の目の端をやや上げる。
「・・・どこの情報だ?」
「はい、ルービアンカの防衛に当たっていたエルフや逃げた女達の中に遠目で見たという報告が・・・
あと、梟達も見たと
丁度スケルトン軍とエルフ防衛隊が森林で戦っていた頃です」
ダナイブの言葉にメリーカは顎に手をやった。
「竜・・・が魔王軍にいると?」
側にいたウィンダムはそう言いながら女王の顔を伺う。
「・・・・・・」
メリーカは考えていた。
「竜・・ルービアンカ・・スケルトン・・
魔王軍・・竜・・ルービアンカ・・
竜・・竜・・竜・・
魔王軍・・ルービアンカ・・・・」
「まてよ?」・・・と思う
メリーカの記憶に竜とルービアンカを結びつけるキーワードが一つ浮かび上がった。
「名前は・・・何だったか・・・
そうだ、シルティアだ!
もしかして・・シルティアが来ているのか?」
シルティアは竜界の王女だ。
エルフ界にて12年前に前女王が亡くなりメリーカが女王就任した際に竜族も呼び大々的な就任式を行った。
その時に来ていた幼女。
シルティアはルービアンカの里に友達が出来たと言っていた。
確か少年だったか・・・名前は覚えていない。
竜は金銀財宝や自分の所有物に対する独占欲や執着心が強い
もし竜がシルティアだとすると今年で20歳。
「ふふ・・・なるほど、自分の男を守りに来たという事か」
メリーカは納得し口を開く。
「その竜に関しては少し心当たりがある
・・・が、魔王軍とは直接関係ないだろうから放っておいてもよい、他には何かあるか?」
一同を見渡す。
「なければ行け!!」
女王の号令の下、会議に集まっていた臣下や関係者はバラバラと一斉に動き出した。
「ウィンダム、此方へ」
同じく退出しようとするウィンダムに女王が呼び止める。
「何でしょう?、陛下!」
女王の前で恭しく跪くウィンダム。
「もうちょっと近くへ」
「は・・・はい」
更に近づき跪く。
女王は椅子から立ち上がりウィンダムに近づき耳元で囁いた。
「後で私の部屋に来い」
「は・・・はい」
それだけ言うと女王メリーカは自室へ歩き出した
部下に色々と指示を出し、雑事を済ませたウィンダムは早足に女王の自室に向かう。
会議から結構な時間が経っていた。
本来ならば会議終了後直ぐにでも向かいたい件だが、そういう訳にもいかない。
何よりも仕事を片付けてからでないと女王陛下から叱責を受けてしまう。
女王メリーカとはそういうお方である。
コンコン
自室の前に辿り着いたウィンダムは扉をノックした。
「ウィンダムでございます」
少し上擦った声が出てしまった事にウィンダムは舌打ちしたくなった。
女王の自室に呼ばれるなどそうそうある訳ではなく、ウィンダムも緊張する。
内政長である自分が呼ばれた・・つまりこれは何か重要な案件の秘密会議であるのは明らかだからだ。
女性の警備員が扉から少し離れて立っているが、事前に女王陛下から自分が来る事を知らされているらしく、特に何も言ってこない。
でなければ、内政長と言えど忽ち訪問の理由を問い質されるだろう。
「入れ」
ややあって女王の声が聞こえた。
「は、失礼致します」
ガチャッ
さして大きくもない扉を開け中に入ったウィンダムは部屋の内装に少し驚いた。
女性らしい可愛らしい家具や小物類が置いてある。
しかし、いつもの少し雑な感じの陛下とは感じさせない程に部屋は片付けられ掃除も行き届いていた。
「こっちだ、こっち」
「は・・」
声のする方に行ってみる。
すると、ソファーにだらしなく寝そべった女王が手招きしている。
「ウィンダム、只今参上致しました」
恭しくお辞儀する。
「うむ、ご苦労・・まぁ、座れ」
「は、では失礼致します」
向かいあって置かれているソファーに手を向けられ、ウィンダムは腰を下ろした。
「早速だが、来てもらった要件を話そう」
「はい」
「四つのハーフエルフシティの援軍要請の件は話したな?」
「はい」
「実はもう1つ援軍要請を行いたい」
「もう1つ・・でございますか?」
ウィンダムは内心小首を捻る。
援軍要請と言ってもこれ以上援軍要請を行える者達に心当たりはない。
「本来なら外交長に言うべき事だが、最初にウィンダムの意見を聞きたい」
「は、ありがとうございます
それでどこに援軍要請を?」
ウィンダムの言葉にメリーカは悪戯っぽい笑みを浮かべ、そして静かに口を開いた。