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五年後

夢見る子どもたちの元へ、真っ赤な衣装に身を包んだ、白い髭を生やしたおじいさんがやってくる。街のあちこちでイルミネーションが輝き、木々を飾る。



私はあれから、5回のクリスマスを一人で過ごした。


あの日、砂川の彼女さんが来た日以来、砂川と連絡は取っていない。だから、あの後どうなったのかは知らない。上手く行っていればいいな、とは思うけど。

私は多分、今でも砂川に恋をしている。

その所為か、未だに結婚はしていなくて、もう立派にショーケースに並ぶ、25日を過ぎたクリスマスケーキになった。あははは………。

笑えない………。

多分、きちんと別れを伝えたわけでも、伝えられたわけでもないから、諦めがつかない。今だにどこかで期待している。そんなことをしても、無駄なのに。

いい加減、そのことに気付いてもいいかな、と思って、私はある所に向かっている。

あわよくば、あいつが誰かの隣で笑っている所でも見れたらいいけど、もう引っ越しているだろうし、あの部屋が別の誰かの生活拠点にでもなっていれば、私のあの夢のような一ヶ月は、本当に夢になってくれる。そんなことを信じて、私は、一度も道を違えることなく歩いた。

もう私に、この建物の中に入る資格はない。

私には、ここで見上げることしか出来ない。

幸か不幸か、私が夢の中で住んでいた部屋の電気は消えていて、私の勝手な夢とは別の、現実がそこにあった。私が大好きだった、明かりの付いた部屋も、扉の向こうの笑顔も、温かい匂いも、全部、全部、ただの夢だった。ただの妄想だった。その証明がここにあった。

これが現実。これが事実。

それ以上でも、それ以下でもない。私は、これを受け入れるしかない。それ以外に選択肢なんてありはしない。

そんなこと、わかっているのに……。

わかっていたのに……。






どうして、こんなに涙が溢れるの?






痛いよ。苦しいよ。

何年も、十何年も待ったのに。頑張ったのに。

何も変わらない。何も変わらなかった。

頑張れば、いつか振り返ってくれるんじゃないかって。いつか気づいてくれるんじゃないかって。ずっと、ずっと、それだけを信じていたのに。私のできること全部してきたつもりだったのに。全部、全部、無駄だった。

幼稚園の帰りに遊んでいた公園でこけて大泣きした私を家まで引っ張って行ってくれた、あの日からずっと好きだった。好きになってもらおうって、可愛くしたり、一緒に遊ぶことを増やしたり、とにかく頑張った。小学校に上がってからも、そのキャンペーンは続いていて、事あるごとに私は隣にいた。中学生になって、身体が変わって、男女の差がはっきり出てくるくらいになると、周りの目を気にし始めた。そうしたら、それまでみたいには行かなくなって私は遠ざかる背中を見つめていた。

高校生、大学生、社会人。肩書きは変わっても、私は変われなかった。私は、隣にいれなかった。私の隣には、誰もいなかった。私を待っていてくれる人なんて



誰もいない











「ったく、どこかに出かける時はお家の人に行き先といつ帰るかを伝えてから行きましょうって、橋本先生言ってただろ?」


はずだった。



*・゜゜・*:.。..。.:*・''・*:.。. .。.:*・゜゜・*


「ただいまー、っと」


慣れたように壁に鍵をかけて、電気をつけると、何の迷いもなく部屋に入っていく背中を、ただ眺めていた。

何が起こっているのか、分からない。

とりあえず、引越しはしていなかったらしい。余程ここの立地がよかったのだろう。私に騙された思い出したくもない場所だろうに。


「いつまで突っ立ってんだよ。そんなとこ、寒いだろ?早く上がれって」


声は聞こえている。だけど、耳と脳が上手く繋がらないみたい。意味を理解する前に、通り抜けてしまう。

「……ったく」そう言えば砂川は見た目は王子様みたいなのに、口は悪かったなぁ、なんて考えてた私に、痺れを切らしたのか砂川に強引に腕を引かれて部屋の中に入った。


何も変わっていない。

五年前、私が出て行った時と同じ部屋だった。私がよく寝落ちしていたソファー。よく付けっ放しにしていたテレビに、アクション映画のDVD。ベランダの物干し竿は相変わらずボロボロで引っかけるのが躊躇われる。遠くの方に線路があって、夜だとキラキラと光るチェーンのような電車が見える。

皆んな、みんな変わっていない。

まるで、あの夢の世界に戻ってきたみたいだ。


「真澄。何ぼーっとしてんの?とりあえず、これ飲みな」


そう言って、私の前に置かれたカフェオレ。あいつはカッコよくブラック派だけど、私は飲めないから、砂糖のミルクをふんだんに使ったカフェオレ派だった。そのせいで、お子様だってよく笑われたっけ。


微妙なカフェインが頭を晴らしていった。

状況を少しずつ理解していく。


だから、私はカップを机に置いて






















「申し訳ありませんでした‼︎」





床に頭を擦り付けた。


再会してからの砂川の雰囲気で、記憶が完全に戻ってることは分かった。記憶を失っていた間の記憶があるのかは分からないけど、きっと彼女さんから話は聞いているはずだ。私が砂川を騙したこと。砂川の記憶がないことを私の都合のいいように利用したこと。私が許されないことをしたこと。全部聞いているはず。

なんて思われているんだろうか。もう幼馴染として見てはもらえないだろう。話かけることも、顔を合わせることも、許されないかもしれない。

あんな卑怯な手をつかってでも、砂川の側にいたいって願った報いを受けなければならない。

私は最低のことをしたのだから。


「真澄。顔上げて」


覚悟していたよりも、優しい声が降ってきた。思わず、顔を上げてしまいそうになる。

けど、怖い。

私は砂川の顔がどんな顔をしているのか。軽蔑?侮蔑?ゴミを見るような目?

想像するだけでも怖くて。首を振った。


「まーすーみ。話は、美波から聞いてる。知ってる上で、真澄を部屋に入れたんだから、俺が怒ってないことくらいわかるだろ?な?」


砂川は肩に手をかけて、私を起こそうとするけど、私は拒否した。

砂川が面倒そうについたため息で、更に怒らせてしまっていることが分かって、益々体が固まる。

どうしたらいい?どうしたら許してもらえる?いや、許して貰おうなんて考えたらダメだ。出会ったら挨拶をしてくれる関係にするためには、何をしたらいい?


「怒るなよ」


え?なんて言う暇もなく、突如として襲われた浮遊感。そのまま、危なげなく少し固めの何かの上に着地する。

気づいた時には、子供のように抱き上げられて、おまけに膝の上に乗せられて、ぽふぽふ頭を撫でられた後だった。


「なっ、何⁉︎」

「こうでもしないと、話をきいてくれそうにないから。昔っから頑固だもんな。もうちょっと、要領よく生きろよ。苦労するぞ」

「ほっといてよ‼︎」

「涙目に上目遣い。他の男に、そんなことするなよ?碌でもない男に目をつけられるかな」

「そんな物好きいません。もしいるなら、目をつけてほしいよ。むしろ、そのままお持ち帰りしてほしいね」

「そうか、なら、このままもらってもいいか?」

「こんなのを欲しいって言ってくれる変人に心当たりがあるのなら、もらって下さい。今なら半額セール中で………っん‼︎」


急に柔らかいもので口を塞がれた。

その正体が分かった途端、顔に熱が上がってくる。なんとかして、逃れようともがくけど、ガッチリ首をホールドされているせいで、大して動けない。手もお互いの身体の間に挟まって、思うように動かない。頭がぼーっとしてきた頃にようやく解放された。


「真澄、キス下手だな。息継ぎくらい頑張れよ」


人が肩で息をしているのに、飄々と言ってのける砂川に怒りが込み上げけくる。


「………に、…でよ…」

「ん?」

「バカにしないでよ‼︎」


パンッ‼︎


なんの加減もせず、思いっきり砂川の顔を引っ叩いた。どさくさに紛れて膝から飛び降り、今度は上から睨みつけた。


「人の気も知らないで、人の心弄んで‼︎何が楽しいの⁉︎何をしたいの…よ……」


下を向いたせいで溢れてくる涙を止められない。

こんな事を言いに来たわけじゃなかった。こんな事を言いたかったわけじゃなかった。こんな事を、


「…ごめん。ふざけ過ぎた。ごめんな」


そう言って、伸ばしてくる手を私は払い落とした。触るなとでも言うみたいに。


「ごめん。久しぶりに真澄に会えて、調子に乗ってたんだ。本当ごめん。だから泣くなって、な?頼むから」


そう言えば、砂川は昔から私の涙に弱かった。私が泣くと今みたいにオロオロして、泣かないでってお願いしてくる。もう十何年間も経っているのに変わらない態度がおかしくて笑ってしまった。

その途端、あからさまにホッとする砂川の態度にまた笑ってしまった。

今なら言える、そんな気がした。


「私、砂川のこと好きなんだ。五年前のクリスマスの時も、その前からずっと。だから、あの状況を利用できると思った。今なら、砂川の恋人になれるって。最低だよね。本当ごめん。ごめんなさい。今日は、ちゃんと終わりにしたくて来たの。ストーカーとかは絶対にしないし、極力会わないようにするから、ここにももう来ない、だから、実家に帰った時に、もし道で会ったりしたら、挨拶くらいはしてほしいな。勿論、しなくてもいいけどね。もし、許してくれるならでいいからさ。それじゃ、お礼なんて言う資格ないのは分かってるけど、言わせて、ありがとう。楽しかったよ、一緒に暮らせて。幸せな時間をありがとう。本当に、ありがとう」


これでいい。

これで最後にしよう。笑って、終ろう。





「自己完結するのやめてくれるか?」 「え?」

「真澄の言いたいことは分かった。話も聞いた。だから俺の話も聞け」

「う、うん?」

「初めから話すけど、なんだか俺が事故を起こしたのは自分のせいだと思ってる感じがするが、それは間違いだ。あれは完全に俺の注意不足が引き起こした事故だ。ただの自業自得だ」

「けど……」

「次に、真澄のことを恋人だと勘違いしたのは俺の落ち度だ。ごめん。それで話が拗れた」

「それは……」

「そして、記憶を無くしたお荷物を一ヶ月も看病してくれた真澄には感謝こそすれ、最低だ、卑怯だと思う気持ちなどこれっぽっちもない。無駄に自分を卑下するな」

「そういう話じゃ……」

「だいたい、勘違いを疑わないくらいには俺も真澄のこと好きだったんだよ。あの頃の俺もな」

「だから、…………へ?」


今、なんて言った?

砂川が、……好き?


「あー、本当は、もっとカッコよく言う予定だったのによ。こんな、うっかり口に出たみたいな形で言いたくなかった」

「ちょっと、待って。え、いや、まっ、待って………もう一回言って?」

「ん?だから、俺も真澄のこと好きだったって、いや、勿論今でも好きだけどな」

「えっ、でも、彼女さん…は?」

「彼女さん?……あぁ、美波か?んー、好きだったとは思うけど…正直冷めかかってたんだよな。俺ら。だから、尚更必死に繋がろうとしてたんだろうけど、やっぱり合わないものは合わないからな」

「そういう、ものなの?」

「そうだよ。だから真澄が出て行った後、すぐに俺らは別れて、オレは一人で家主のことを待ってたって訳、分かった?」

「分かった……けど…だって、…」


あまりにも都合のいい現実に、実は夢なんじゃないかと本気で思った。あの時の夢の続きなんじゃないか。


「あー、もう、面倒くせー」


砂川は、突然私の腕を引いて、その腕の中に私を閉じ込めた。


「瀬尾真澄さん、あなたのことを愛しています。だから、いい加減認めて大人しく俺と付き合って下さい。もちろん、結婚を前提にして」


冷静を装っているけど、実際はきっと緊張している。心臓がバクバクと激しく音を刻んでいるし、身体も熱い。

私なんかよりも、ずっとかわいい女の子達を落としてきただろうに、こんなにも緊張している様子がおかしくて、こんな状況で笑っていられる今があまりにも幸せで、思わず返事をしてしまった。


「よろしく、お願いします」



あぁ、この世の中は残酷だ。

誰もが憧れる王子様の隣には、海の底から王子を救ったお姫様ではなく、砂浜で偶々王子を発見したモブが収まることがあるらしい。王子様とお姫様が幸せに結ばれる話は、現実には起こらないようだ。やっぱり、











この世に神様なんていない。






最後まで、お読みいただきありがとうございました。

この後、少しだけ後日談を書こうと考えています。日は空いてしまうと思いますが、そちらも読んでいただけると嬉しいです。

稚拙な文章に最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

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