上
初投稿です。誤字脱字が多いとは思いますが読んでいただけると、嬉しいです。
よろしくお願いします。
深い深い海の底に、人魚の王さまのお城がありました。
ある日、海の上の人間の世界を見に行った人魚姫は、大きな船の上に美しい人間の王子を見つけました。
その夜、嵐に遭い海に落ちてしまった王子を助けた人魚姫は、王子に恋してしまいます。
人魚姫は、もう一度王子に会うために、魔女のところへ出かけました。人間の女にしてくれるようたのみに行ったのです。
魔女は人魚姫の声と引き換えに尻尾を足に変えてくれました。でも、足は歩くたびにナイフをふむように痛みました。そして、もし人魚姫が王子と結婚できなかったら、人魚姫は海の泡になってしまいます。
魔女の力で人間の女になった人魚姫は、口のきけない身で人間の世界へ戻り、王子の城をたずねました。
でも、王子の心は、命の恩人と思いこんでいる、あの浜辺で会った娘にうばわれていたのです。
やがて王子と娘は、結婚式をあげることになりました。
王子と結婚できなかった姫は、次の日の朝、自分の目から涙が一しずく落ちるのを感じながら、泡となり風ともに雲の上へとのぼっていきました。
王子と娘は、いつまでも幸せに暮らしました。
アンデルセン童話『人魚姫』
*・゜゜・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゜・*
1週間前、雪の降る寒い一月に、私は引っ越をして、二人暮らしを始めた。今まで一人暮らしだった私にとって、帰る部屋の窓に明かりが付いているのは嬉しい。毎日、マンションを見上げては、頬を緩めている。周りから見れば、ただの不審者だけど私自身は、上機嫌。鼻歌を歌いながら1段飛ばしで階段を駆け上る。
「ただいまー‼︎」
そのまま勢いを殺さずに扉を開け放つ。我ながら、近所迷惑も甚だしい。………すみません。
でも、反省はしても改める気は、全くない。だって、
「おかえり」
早く、あいつに会いたいんだから。
部屋から顔を出して微笑んでいるのは、私の幼馴染の砂川洋。
ちょっとムカつくくらい、見た目がいい。頬にまつ毛の影が出来てるし、私のお腹くらいまで足だし、その辺のモデルよりも絶対にイケメン。「スカウトされたー」って笑ってたことだって、1回や2回じゃないからね。
まぁ、そんな見た目だから、学生時代、もちろん今もモテまくってる。街中歩いてるだけで、100mに一回は逆ナンされてるし、合コンなんてものに行こうものならお持ち帰りされたい女子で身動き取れなくなるくらい。家が隣どうしだった所為で、物心ついた頃からずっと一緒にいたから、よく知ってる。
……ずっとってことは、ないか。社会人になってからは、疎遠になっていたし、お互い一人暮らしを始めて、外で偶然会うこともなくなってた。
「早く、着替えてきなよ」
だから、こんな風に一緒に暮らせることがあるなんて夢にも思わなかった。
堅苦しいスーツを脱いで、緩いスエットに着替える。ブラウスを洗濯機の中に放り投げたら、袖が縁に引っかかって、結局、洗面所に入ることになった。面倒だけど、そのまま放置するわけにもいかない。ブラウスを入れ直して、部屋に入る。
一人暮らしの時に感じる孤独感が全くない、温かい部屋。
「わぁー、美味しそう。グラタン?」
こんがり焼けたチーズに、私のお腹が思い出したみたいに空っぽだと主張し始めた。
残念ながら、私よりもあいつの方が料理が上手い。料理だけじゃなくて、掃除も洗濯も、何もかも私よりも効率良く、要領よく終えていく。男子のくせに女子力が高すぎる。せめて、一応生物学上は女の私より下にしておいてよ。
「材料あったからね。好き?」
「うん」
「良かった。……覚えて無いから、好きか嫌いかわかんなくて…」
「大丈夫だよ。ゆっくり思い出せばいいからねー」
「ごめん」って笑うあいつに、もっと気の利いたことの一つでも言えればいいのに、何も見つからなくて「食べよ」なんて、分かりやすい話題転換しか出来なかった。
二週間前、雨の降る、暗い夜に、あいつは今まで生きてきた24年間を落としてきた。あいつは、私も家族も自分さえも分からなかった。
3日ぶりに目覚めたあいつが、不安そうに見回して、ベッドサイドにいた私を見つけて「誰?」と言ったあの瞬間のことを私は、一生忘れないと思う。
それから、あいつのご両親に頼んで二人暮らしを始めた。
あいつは、退院してから一週間経った今では、所々抜けている程度にはなったけど肝心なことは何も思い出していない。
「真澄?大丈夫?なんか、俺まずいこと言った?」
「えっ?ううん。何でもない。考え事ー。えっとー、スプーン、スプーン」
「ここにあるよ」
「えっ?ごめん、ごめん。ぼーっとし過ぎだね。年かな?」
「まだ、若いでしょ」
顔を見合わせてくすくす笑う、この時が幸せで、この夢がずっと続いて欲しいと思う。
「ほら、さめるよ」
そうして、笑っててくれれば、何も知らなくていい。
何も、知らなくていい。
*・゜゜・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゜・*
日曜日の朝は好き。
休みの日が待ち遠しいのは、大人なっても変わらない。
机の上で寝てしまったから、体中がバキバキ鳴る。猫みたいに全身を伸ばして、布団に潜り込んだ。寒い冬は、二度寝に限る。もちろん、私の自論だけどね。
足元で丸まっている布団を引き寄せ、ゴロゴローっと転がればマスミノムシの完成ー。
ほんとミノムシが羨ましい。日曜だけじゃなくて、365日24時間ずっと、丸まっていられるからね。来世は、ミノムシがいいなー。
「今は、人間だから活動して下さい」
ん?
意識が上昇しかかったその時に、私は心地いいミノの中から、冷たく硬い床に放り出された。
「わぁー‼︎ちょっ、ちょっと‼︎寒い‼︎」
「はい、おはよー。…って、こんにちはの時間だけど」
なかなかに衝撃的な目覚め方をした私の脳は、一気に覚醒した。
覚醒したのは、いいけど起こし方‼︎なんかもっとあるでしょ。普通。一応生物学上、女子だよ。胸を張って言えないあたりがすごく悲しいけど、多分女子だよ‼︎確か、女子なんだから、もっと、優しくしてよ。いきなり落とすってどーなのよ。男として、人として!
「早く来てねー、ご飯できてるよー」
「………ふぁ〜い」
非道な行いもイケメンにかかれば、あら不思議、微笑むだけで、何故か許せちゃう。神様って不平等。滅びろイケメン。
お腹が空いてるかは分からないけど、ご飯が冷めると大変だから、重力に逆らっている寝癖を抑えながら、欠伸だか返事だかよく分からない声を上げて、立ち上がった。
ただ、やっぱりまだ寝たていたいという願望に動かされて、あいつが丁寧に畳んでくれた布団を巻いて部屋から出た。
余った布団の裾をずりずり引きずりながら、とりあえずソファまで移動して、ゴロンと横になった。
………。
…………………。
………………………。
…………zzzZZZ
「真澄?」
「うぁ!はい‼︎起きてます………」
危ない危ない。寝てしまうところだった。やっぱり、布団がダメなのか?でも、布団を手放すなんて………無理だ。死んでしまう。
でも、このままだと……また……寝て……し…ま………。
「ま・す・み‼︎」
「えっ‼︎あっ、うん。どうしたの?」
「どうしたのって……」呆れたような、心配そうなあいつの様子に視線を落とすと、知らない間に目の前にご飯があって、あいつが座ってた。
私、大丈夫か?目の前の出来事に気づかないとか末期でしょー。まずい、まずい。
前から受ける視線が痛い。
病人に心配掛けてどうするんだって。
「わぁー、おいしそー。いただきまーす」
朝ごはん食べないと、エネルギー出ないって言うしからね。きっと食べてないから、こんなに眠いんだな。食べなきゃ。食べなきゃ。あー、味噌汁うめー。しみるー。あー、ほら視界開けて来た。頭シャキッとしてきた。良かった。良かった。やっぱ、朝ごはん食べないとね。ブレスリーか、誰かも言ってたよね。毎日朝ごはん食べないとって。やっぱり偉大だわー。朝ごはん。それに、日本の朝ごはんは、味噌汁に、白ご飯だよね。さすが世界遺産。洋食で、パンを食べる人が増えてるけど、やっぱり日本人なら、白米だよねー。時代は米だよ。米。
「ねぇ、真澄」
「やっぱ、米だよねー」
「えっ?」
「朝ごはんって大事だよねー。やっぱり、すごいよ。エネルギーの源って感じ」
「………うん。そうだね」
いやー、すごいすごい。
それに美味しい。出汁がー、染みるー。頭が冴える………
「真澄」
……そんな目で見ないでよ。
そんな、苦しそうな、辛そうな顔しないで。
あいつの手がゆっくり上がってきて私の頬を撫でる。
ゆっくり、壊れ物を扱うような手が苦しい。
「やっぱり俺、出て行こうか?」
その声があまりにも悲痛に聞こえて、胸を締め付ける。
やめて。違う。そんなことを言わせたかったんじゃない。
「なんで?何か、私しちゃった?あっ、靴下とタオル一緒に洗うの嫌だった?うちは、一緒に洗ってたからつい一緒にしちゃった。ごめんね。嫌がる人もいるよねー。ごめん。ごめん。あっ、それとも、あれ、夕飯が先かお風呂が先か、みたいな?お風呂上がってからゆっくりしたい人派?ごめん、なんか私お風呂の余韻に浸りながら寝たくって。ごめんね。お風呂上がってからゆっくりしたい人もいるよね。ごめん。あっ、それとも………」
「真澄。俺の話聞いて」
聞いてるよ。聞いてるから、だから……
「………何?」
「分かってると思うけど、俺、今記憶ないんだよ。今まで、靴下とタオルを一緒に洗ってたか、とか。夕飯かお風呂かどっちが先か、とか。そんなの分からない。だから、そんなことどっちでもいい。それに、寧ろ真澄と生活するの楽しいよ。真澄、毎日、俺の作った朝ごはん美味しいって食べてくれるし、自分も何かさせてって言って、やるって決めた皿洗いを一生懸命してくれるのも可愛いし、本当毎日楽しいよ」
「じゃあ……」
「でもね。そんな、真澄がつらそうな姿を見てまで続けようとは思わない」
「別に、つらくなんか……」
「本当に?じゃあ、これは何?」
「えっ?ほっぺたになんか付いてる?」
「うん。紙の跡。昨日、書類の上で寝たんじゃない?時計の跡がついてた日もあったし、セーターの跡がついてた日もあった。ほとんど毎日、机の上で寝てるよね。それに、化粧で誤魔化してるんだろうけど、隈もすごい……。今の俺の記憶は抜けているところが多いから本当かは分からないけど、多分、いや絶対、俺の所為で……
彼女がこんなに目に遭うのは嫌だと思う」
あぁ、やっぱり、こんなに苦しい。こんなはずじゃなかったのになぁ。
あいつの長い睫毛に縁取られた漆黒の瞳は何も分かっていなくて、責められているわけでもないのに、どす黒い罪悪感が胸を圧迫する。
自分がしたことなのに、自分が仕組んだことなのに、全部私のせい………。
「お願いだから、無理しないで」
本来なら、この心配が私なんかに掛けられることは無かった。なのに、私は……
「あのね……」
私の次の言葉を一言も漏らすまいと息を凝らして見つめてくる。
私は口を開いた。
「ご馳走様でしたー」
場違いな感じがこの上なく溢れ出す呑気な私の声が、静かな部屋に響き渡って、消えていった。
こんなに固まってる人を見るのは久しぶりだなぁ。と言うより初めてかも。たっぷり秒針か3回動くくらいの時間を経てから「はあぁ⁉︎」とこれもまた久しぶりに、ここまで声を荒げる人を見た。横の人から壁ドンされなかったらいいけど。
「美味しかったー。本当、料理上手いねー。私も見習わないと」
私が、朝から料理なんてしようものなら、家が何個あっても足りない。毎朝、119番してくる奴とか、消防署のお兄さん方が大変お怒りになられあそばれるからね。消防署のブラックリストに載っちゃうからね。あるのか知らないけど。というより、下手したら、その辺の放火魔と同じ扱いだ。………すごいありそうな未来……。
消防署の皆さんの連日出動や私を犯罪者にしないために、作ってもらうのは、あいつにお願いするとして、お皿洗いくらいは自分でするのが、なけなしの女子としてのプライド。ここだけはね。譲れないよね。譲ってしまったら、もう終わりだよね。うん、すごい危機感。
適当にお皿を重ねて立ち上がる。
「じゃあ、お皿洗ってくるー」
「ちょっ、真澄‼︎話を逸らさないで‼︎」
後ろのあいつの声は聞こえていたけど、私は無視した。
だって、あいつは、何も知らない。
大切なものを失って、ただ純粋に笑っている。
だって、私は、あいつを騙した。
無垢なあいつを操って、自分の都合のいいように書き換えた。
だって、これは、罰だ。
過去を書き換えたが故に生まれた、歪みだ。
だから、
「真澄‼︎」
「大丈夫だよ。私はつらくなんかないよ。充分、幸せだよ」
笑え。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
全4話 毎日17時に更新します。
続きも読んで、いただけるとありがたいです。




