五話目
「あー……真衣、お茶欲しい」
「手から飲むのと口移しとどっちがいい?」
「…………」
起き上がって、自分でコップに注いで飲んだ。
冷蔵庫から出してしばらく経っているから、結構ぬるかった。
ただいま夏休み真っ最中。
いつもより遅く起き、適当に遊んで寝る。
こんな生活をしても許される、素晴らしいものだ。
まああまり遊んでると後で痛い目を見るけど。
「今日はどうする? 泊まってく?」
「お願いしようかな」
私は毎日真衣と遊んで、たまに泊まって過ごしていた。
本当は毎日泊まりたいところだけど、流石にこれ以上真衣のご両親に迷惑をかけるわけにはいかない。
ごろごろしていると、電話がなった。
私の携帯だ。
「誰ー?」
「あー、佳奈だ。もしもし?」
『もしもし! あのさ、テープ切れたんだけど、クラス費どこ?』
「先生が持ってるから貰いに行くか、立て替えてレシート取っておいて」
『わかった! それと、たまには綾香も来て!』
電話は切れた。
うちの高校は夏休みが終わってすぐ文化祭があるから、夏休みの間に準備をする。
なので、各クラス2人ずつ文化祭の委員を選ばなきゃいけなかった。
私がやるのかなあとか思っていたら、先生が私じゃなくてもいいと言ってくれた。
なので佳奈と沙希に快く引き受けさせた。
「なんだって?」
「クラス費何処かって。またそのうち行かなきゃなあ」
「じゃあ綾香が行く日に私も行こうかな」
前はいつ行ったっけ。
携帯を置いて、床に寝転んだ。
ひんやりしていて気持ちいい。
そのまま目を閉じる。
学校にいつ行こうかな。
暑いしなあ、なるべくなら行きたくないなあ。
でもこの暑い中佳奈たちは準備に行ってるし……。
まあ今日はいいかな……。
気がつくと、私はどこかの交差点にいた。
あたりを見ると近所だということがわかったけど、どういうわけか人も車も全くいない。
とりあえず家に向かおうとすると、誰かがこちらへ歩いてきた。
人がいることに安堵して、すれ違おうとした。
でもその人はその場でぐりんと向きを変え、私についてきた。
驚きながら私も向きを変えると、その人も向きを変える。
小走りに逃げようとすると、向こうから人がやってくるのが見えた。
一人ではない。
道路を埋め尽くすくらいだ。
振り返ると、後ろからも何人もの人が迫ってきていた。
交差点の真ん中で、私はどうしようもなくなってしまった。
左右の道路からも人が来ている。
老若男女問わず、たくさんいる。
ゆっくり歩いていて、確実に近づいている。
やがて、手を伸ばせば触れてしまう距離になった。
それでも、人々は歩みを止めない。
「こ、こないで……」
抵抗虚しく、人が私の体に当たった。
人々の動きは止まらない。
そのまま、私を押しつぶしていく。
「た、たすけ……真衣……」
はっと目を開けると、見知った天井だった。
今のは夢だった。
起きたのに潰される感覚があると思ったら、真衣が私の上で寝ていた。
助けを求めた相手が原因とは。
横へ転がすと、唸ったけど起きなかった。
軽く身震いをする。
そういえば少し寒い。
冷房が効きすぎてるのかな。
起き上がって調整しようとすると、腕に抱きつかれた。
「真衣?」
「……」
起きてるのかな。
まあいいや。
離れそうもないし、真衣にくっついてまた寝ることにした。
肌寒さは感じなかった。
「あつーい……」
「暑いねー。じゃあ手をつなごう」
「真衣の手がひんやりしてるならつなぐ」
「保冷剤巻こうかな……」
夏休みも後半になったころ、私たちは学校に行くことにした。
室長と副室長が何もしないのも悪いと思って、夏休みが始まったころは週に2日くらい行ってたけど、ここ一週間は行ってない。
「綾香! 久しぶり!!」
「お疲れ様。ありがとね、いろいろ」
佳奈と文化祭について話す。
夏休み前に立てた予定はだいたい順調だった。
これも佳奈のおかげかな。
やがて他にもクラスメイトが来て、各々の仕事を始めた。
私も、改めて必要になった備品の申請をしたり、製作の手伝いをしたりした。
やがて下校時刻になり、みんな帰り始めた。
そうして、戸締りのために私と真衣と佳奈と沙希が残った。
「私鍵置いてくるねー」
「うん、ありがとう!」
「私お手洗い行ってくるね。綾香も行く?」
「いや、いいよ」
真衣と沙希は行ってしまい、私と佳奈が残された。
そういえば、今日の佳奈は私にあまり近づいてこなかったなあ。
いや、別にいいんだけど。
「ねえ綾香」
「なに?」
「あたしご褒美がほしいなあ」
「なんの?」
「ほら、文化祭委員もやって、ほとんど毎日準備もしてるしさ」
「あー……うん、じゃあなにがいい?」
「ハグして!」
手を洗って、トイレを出る。
教室前に戻りながら考える。
夕ご飯は何かな。
今日は泊まってくれるかな。
夕方だし手をつないで帰ってくれるかな。
廊下の角を曲がった。
「綾香ー! おまた……せ……」
綾香が抱き合っていた。
私以外の人と。
私の中で、爆弾は再び爆発した。