壺
ここが地球のどの辺りかは分からないが、そこには小さな島があった。緑で覆われたその島には鳥や獣の鳴き声は一切なく、周りは見渡すかぎり海。
しかしそんな島でも誰も住んでいないというわけではない。島には一人の男が、たった独りで暮らしていた。気がついた時にはすでに独りだった男は、他の人と関わったことは無い。でもそれを不満に思ったことは無かったし、むしろ自分以外誰も居ないことを好都合に思ってすらいた。
なぜならその島には、男の望みを何でも叶えてくれる壺があったから。美味しい料理が食べたいと言えば世界中のどんなシェフも舌を巻くような美味しい料理を、面白いマンガが読みたいと言えば世界中のどんなヒットしたマンガより面白いマンガを。壺は男の望むときに男の望むものを男に与えた。
そうして何一つ不自由のない、と言うより大満足の暮らしを送っていた男だったが、その日は少し違っていた。朝方男が散歩していると、浜辺に一人の少女が倒れていたのだ。
自分以外の人間を見たことがなかった男は最初は恐怖や嫌悪感から少女に近付けなかったが、少しすると倒れたままで全く動かない少女が心配になり恐る恐る近づいていった。
「お、おい。大丈夫か?」
「…なか…った…」
「なんだって?」
「おなか…へった…」
男は少し考えると、壺に「美味し食べ物」といい出てきた厚切りステーキを少女に与えた。しかし、少女はそれを拒んだ。
「嫌だ。おにぎりがほしい」
これまで壺にしか話しかけたことがなかった男にとって、自分の意見が拒まれたのはこれが初めてだった。自分が否定されたような気がして少しむっとしたが、しぶしぶおにぎりを出し少女に渡した。少女はそれを美味しそうに食べた。悪い気はしなかった。
おにぎりを食べ終えた少女は、今度は男に遊ぼうと言ってきた。パズルが得意だった男はパズルをしようと言ったが、少女はかくれんぼがしたいと言って聞かなかった。「かくれんぼ」を連呼し転げまわる少女を見ていると、男は次第に腹が立ってきた。
「僕はパズルがしたいと言っているじゃないか」
「あたしはかくれんぼがいいの!」
「このわからず屋め。もう君のことなんて知らない。」
そう言って男は壺から家を出すと、一人で家の中に閉じこもってしまった。しばらく外から少女の泣き声が聞こえていたが、しばらくするとそれも止んだ。いつもなら壺から色々なものを出して遊ぶのだが、どうもそういう気分になれずベッドに横になり、ただ時が過ぎるのを待った。
段々太陽が沈んできて辺りが暗くなり始めた頃、少女はどうしたかと思いちらと窓の外を見てみた。少女はまだ朝と同じ場所にうずくまっていた。それを見た途端、男は自分がひどく小さい人間に思えてきたのだ。でも今更話しかけるのも何だか気恥ずかしくて、自分には関係ないと言い聞かせようとした時だった。
誰かにぽんと、背中を押された気がしたのだ。後ろを見てもそこには壺があるばかり。
だがそれがきっかけとなり、男は勢い良くドアを開け叫んだ。
「もーいーかい!!」
うずくまっていた少女はピクリと体を震わせ、ゆっくりと男の方を向いた。その両目は涙で赤く染まっていたが、確かに笑っていた。
「まーだだよ!」
と少女は叫び、嬉しそうに森の方へ駆け出した。しばらくして「もーいーよ!」という声が森から響いてきて、男も森へ駆け出した。運動はあまり好きではなかったが、悪い気はしなかった。
この後少女が満足するまで二人はかくれんぼをした。そして二人で小高い丘に上り、夜空を見ながらおにぎりを食べた。そのおにぎりは、今まで食べたどんな料理よりおいしく感じた。
次の日の朝、島には初めて船が訪れた。その船を見るなり少女は「お父さん!」と叫び船が止まった方へ走っていった。そして船から降りてきた大きい男としばらく抱き合うと、船に乗り込み行ってしまった。船が遠ざかる間少女はこちらに手を降っていたが、男は船が島から離れていくのを小高い丘からぼうっと眺めていた。
船が完全に見えなくなってから男はふと、今まで自分が何をして時間を潰していたかわからなくなっている事に気づいた。世界一面白いマンガも、世界一美味しい料理も、どれも男の心を満たしてはくれないのだ。
そして男はおもむろに壺からのこぎりとトンカチと釘を出すと、森へ向かい木を切り、船を作り始めた。今までの男なら壺から直接船を出していたが、何故か男はそれをしなかった。
船を完成させた男は船を海に浮かべ、それに乗り込んで漕ぎ出そうとした。が、ふと思い出したように浜辺に行き、抱きしめていた壺を離しそっと浜辺に置いた。そして満足気に船に乗り込み、次こそ知らない世界へと漕ぎだしていった。
男はもう、島に不満しか感じていなかった。
何故かって?
なぜならその島には、男の望みを何でも叶えてくれる壺しか無かったから。
男は子供、壺は親で人間の成長みたいなのをコンセプトにしてみました。
いかがだったでしょうか




