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どこかで夢見ていたのかもしれない。
平和すぎて退屈なこの世界から抜け出すために勝手に作り出した妄想、想像。テレビに映るニュースは所詮テレビの向こうの出来事で、殺人強盗、おもしろおかしい動画から有名人同士の結婚のニュース、そんなものは自分が住んでいる世界の出来事ではないのである。
だって、わたしの世界はこんなにも狭い。
「本当の闇って、どんなか考えたことある?」
「わっ、びっくりした!優刀、いたなら声かけてよ」
「あ、悪い。お前またボヤッとしてたから声かけるタイミング失ったんだよ」
真後ろから唐突に声をかけられて驚きで肩が跳ねた。
人んちのソファに転がりテレビに目を向ける姿はもう見慣れた。全然謝る気もないくせにへらっと笑うこの男は隣人の火野優刀、幼馴染である。
「俺さ、今日誕生日なんだよね」
「なに、わざわざ言いに来たの?そんなの知ってたんですけど」
自分から言いだすとか阿呆なの?
それなりに長い付き合いになるし、火野家の両親は忙しいみたいで、かれこれ2.3年ほど海外に出張しているため現在実質一人暮らししているこの男の誕生日は大体うちで祝っている。
同い年の子を持つご近所同士がここまで仲良くなるものなのかは知らないが、それなりに火野家とうちはうまくやっているらしい。私と優刀も同じ高校の3年生で、それなりに上手くやっている。はずだ。
「今日うちで食べてくでしょ?お母さんもお父さんも早めに帰ってくるって言って…」
「俺帰らなきゃいけないの」
今朝母が言っていた言葉を思い出して寝転がる優刀に目も向けずにテレビを見ながら話すも、途中で優刀の声が私の言葉を遮った。
まさか家に帰ると言うのだろうか。少し驚いて後ろに座る優刀を振り返った。
「え、なんで?お客さん?誰か来るの?」
毎年、うちで祝ってるじゃん。
高校の友達でも呼んだのなら始めから言ってよ、てか呼ぶなよ。テレビを眺めたままの優刀はこっちを見ようともしない。
「ねえ、優刀?」
「違うよ。家じゃない」
優刀は少し息を詰めているようだった。
なにかいつもと様子が違う。心配になって、体ごと優刀に向けてもう一度名前を呼んでみた。よくわからなかったけど、なんだか無性に優刀が一人で遠くに行ってしまうような。そんな気がして。
「あっー、やべ。電気つけっぱだ、ちょっと消してくるわ」
また母さんに好き勝手やってって怒られる、そうぼやきながら優刀はソファから立ち上がる。
優刀は少し笑ってじゃあな、そう一言残して玄関に向かって歩き始めた。