新撰組の春
時代が動き始めたのは、今から遡ること十年前の嘉永6年(1853年)。
僕がおっとう、おっかあ以外の日本語をようやく操り始めた頃、ペリーなるやたらと彫りの深い男がどんぶらことどんぶらこと浦賀にやって来た。
我らの日本国を寄港地として使いたかった海外諸国は、それまでにも幕府に対して『オ願イシマスー、港ヲ貸シテクダサイー』と幾度となく交渉しに来ていたが、幕府は『ノー、ノーサンキューね、うちは一見さんお断りだから。近くに清(中国)っていう国があるから、そこで我慢しておくれ』と片言の英語で門前払いを続けてきていた。
しかし、いつまでもそんな状況が続くわけはない。
業を煮やしたアメリカ合衆国は、圧巻の黒光を押し出した超巨大蒸気船を繰り出してきたのだった。
これまでの揉み手の交渉ではなく、圧倒的な上から目線交渉。
これ以上、国を開かない場合は分かっているよね?
あ、勘違いしないでね。
強迫してるわけじゃないよ、お願いだからね。
という強迫をしてきたのである。
二百年の間、内輪だけでワイワイしていたガラパゴス日本に対して、大航海時代や数多の植民地戦争を経たヨーロッパ諸国とアメリカは、文明レベルを一気に押し上げてしまっており、日本との技術力の差は百年以上。
『次来ルノハ、一年後デスー。ソレガ最終締切日デスー』と言い残して去ったペリーだったが、幕府の連中の慌てっぷりを見て『ヤッパリ半年後ニシマシター』と以前の倍ぐらいの戦艦を引き連れてやってきた。
ここにきてようやく慌てた幕府は、港に寄るぐらいならいいんじゃないか(((( ;゜Д゜)))ガクガクブルブルと、精査もちゃんとしないまま怪しい契約書に判を押すことになる。
そして日本は遂に外へ門を開くことになったのである。
僕とあさは二人で並んで四条烏丸から西へ向かっていた。
自分で言うのもなんだが、それなりの美男美女が談笑しながら風情ある京都の五目盤を歩いてるわけで、傍から見ると恋愛ドラマの一シーンのように見えるかもしれない。
歌人の香川景樹などが散歩がてら我々に出くわせばば、さぞかし趣のある歌を百なり二百なり詠んだとしても不思議ではない。
しかしその実は、ビジネス脳の暴走娘と、プライドずたずたの少年という喜劇(悲劇かもしれないが)であるということに果たして何人が気付くであろうか。
これから、あさが見つけた面白い隣人という、そこらの妖怪よりよっぽど怖い相手に会いにいくわけである。
壬生寺に到着した。
入口はどこかとうろうろ彷徨っていると、庭のど真ん中で筋肉を隆起させた上半身裸の男が腕立て伏せを続けていた。
あれ、絶対やばいよ(いろんな意味で)なんて思いながら目を合わさずにいたところ、あさは何をとち狂ったのか、その男に話しかけにいった。
「人材派遣会社のもんやけど、ここが新撰組の事務所かいな」
そう言うと男は訝しい表情を浮かべた。
全身は汗で濡れていてほかほかと湯気あがっている。
「お前たちが、局長の言っていた者か」
「そうや。人材派遣ビジネスをやっとる今井あさちゅうもんや」
「想像していたよりも一回り若い。歳はいくつだ」
「乙女に歳聞くのは失礼ちゅうもんやで」
あさが手を腰に置いて、堂々と話を続けている。
男の佇まいや頬に入った傷痕から見るところ、間違いなく前科者だろう。
腰の鞘もレプリカということはないだろうし、失礼があると真っ二つにされるんじゃないかとひやひやしながら見守っている。
「事務所はこっちだ」
置いていかれても困るだけなので、二人を追っていく。
あさが妙に楽しそうな表情を浮かべていたので、心配でしょうがなくなって小声で話しかける。
「ちょっと、これ。大丈夫なの?」
「何がや?」
「いや、こればりばりの真剣集団でしょ。これにホイホイと付いていって大丈夫なの?」
「任しとけや。人を見る目はあるんや」
あさの目利きは、確かに凄い当たりの時もあるけど、凄い外れの時もある。
昨年末に会わされたのは、悪だくみして私腹を肥やしているを貯め込んでいる悪党の家に忍び込み、宝を盗もうと提案してきたこそ泥の類だった。
あさは一瞬考えて断ったが、その翌週にその男が逮捕されて首が洛中に晒されていた。
僕はその日からしばらく寝付けなかったのは言うまでもない。
あさがなぜ一瞬考えたのかも、怖くて聞けない。
「それでも、せめて小藤さんくらいは連れて行こうよ。今からでも遅くないからいったん引き返そう」
「いや、小藤はちょっと長州(山口県)に出しとってここにおらんのや」
嗚呼、何ということでしょう。
ということは子供二人でヤクザの事務所に乗り込むということですか。
「なあに、うちも頼りになる護衛さんがおるやないか」
「え、何、どこどこ」
「新次郎以外に誰がおんねん。一応は有段者なんやろ。頼りにしとるんやで」
確かに僕は剣道の有段者だ。
幼少期から白岡家の方針で剣道のスパルタ教育を受けてきた。
それなりに名のある先生から北辰一刀流を教わっていたし、稽古も嫌いじゃなかった。
同年代に剣道で負けることもそうはない。
とはいっても、あくまで竹刀や木刀で打ち合ってるだけだ。
真剣を使った稽古もやったことはあるが、しょせんやったことはあるという程度。
本物の人斬りを前にして、あさを守ることなんてできるわけない。
それでも女性に『頼りにしてる』と言われてやる気になるのが男だ。
全く馬鹿な生き物だけどそうなんだからしょうがない。
次の瞬間、僕の中に白岡一刀斎なる最強剣客(もちろん架空)が現れていた。
事務所の一室に案内されると、そこには三十程度の長身細身でインテリメガネ(Q_Q)の男が黒いスーツを着て立っていた。
まずは自己紹介からということで名刺交換をする。
僕も最近覚えたビジネスマナーをさっそく披露する。
たしか、まずは四十五度のお辞儀から、いや三十度だったか、いや、むしろ最初は十五度だったかもしれないなどと考え、最終的にひどく中途半端な角度でぎこちなくお辞儀をしてしまった。
しかし、男は気に留めた様子もなくにこやかに挨拶をしてきた。
「有限会社新撰組の局長(代表取締役)やってます近藤勇といいます」
「あ、どうも。人材派遣会社今井あさの白岡新次郎と言います」
思ったより物腰は柔らかいな。
しかしいざ剣を持つと、うひひを笑いながら天空殺法を繰り出すようなタイプなのかもしれない。
そんな事を考えながら机越しに向き合う。
「しかし、こんなにすぐに来てくださるとは」
「鉄は熱いうちに打て、ちゅうからな」
あさがそう言うと、組長さんは何も面白くないのに笑った。
ひょっとしたら鎌倉の笑いのレベルが驚くほどに低いかもしれない。
「さてと、早速だが本題に移ってもいいですかね」
「もちろんや。その話をしにやってきたんやからな」
「単刀直入に言いますと、剣を使える浪人を探しています」
「ま、そうやろうとは思ったわ」
「関東からやって来たばかりで土地勘がありませんで。バイトルがいいと言われるままにしましたが、ただの喧嘩好きが集まるだけでした」
「実力があるのが欲しいってことやな」
「理解があって助かります」
「人を斬ったことがある位のがええんか?」
「そこまでは求めていないので問題ありません。免許皆伝までいかずとも流派に属しており、何よりも規律を遵守出来る者ですね」
「経験者のみちゅうことやな。で、給料はいくら出せる?」
「実績によりますが、月収1・5両(22万)ということからですね」
「なるほど。上限はどんくらいや?」
「最大ですか……そうですね。3両(44万)までですね」
「3両か。上泉信綱や宮本武蔵が仕官したとしても3両ちゅうことか」
「そうですね。それ以上払うのは財政的に難しいですね」
そう言われ、あさはふんふんと頷いていた。
剣で斬りあう命を張った仕事の割りには安給料かもしれないけど、今は徳川も財政難で給料の支払いには困っているのだろう。
うちを始めとする大坂の大手商家には何度も資金の貸付をお願いが来る程になっていた。
「今の雇用主は、会津藩主の松平容保やな」
「そうですね。京都に尊皇攘夷をうたう連中が跋扈したため、それの取締りに参りました」
「京都は。江戸と比べて違うもんか?」
「長州に近い分だけ、荒れていますね」
僕は二人の会話を頷きながら聞いていた。
僕も仮にも白岡家の次男であるので、当然世間の動向は気にしているが、あくまでも傍観者だ。
襲いかかる火の子は振り払わなくてはいけないが、時代の移り変わりが早すぎてどこに気を留めればいいのか分からないというのが正直な感想だ。
そして、個人的には世間の動きに目を向けるよりも、内輪のことでいっぱいいっぱいだった。
去年あたりから白岡家は、というか僕は後継者争いの真っ只中にいた。
のんきに外を眺めていれば、いままで享受できていた恩恵を全て奪われることになりかねない。
そんな一方、あさは日本の変化を慎重に見ているように見えた。
源氏と平氏、後醍醐と足利、徳川と豊臣、過去の歴史では対立した二派は大義名分を振りかざしながらどちらかを滅ぼすまで戦った。
今は攘夷か開国かの大義名分で、日本は二つに分かれている。
両者共に日本をアメリカやヨーロッパに並ぶ国にするという目標を掲げているにも関わらず、些細なやり方の違いだけで互いに血を流す戦いになってしまっている。
攘夷派は井伊直弼の安政の大獄での弾圧にぶち切れ、開国派は原理主義者たる攘夷派を許せないものと見ているのだ。
新撰組の連中は、開国派である政府の傭兵とも言える。
もっとも政府といっても一枚岩ではなく、また敵対するグループも一枚岩ではないというのが、事態をややこしくしていた。
おそらく新撰組という連中は政府にとって邪魔な存在を排除する組織であり、そこに思想はないのかもしれない。
京都に入ろうとするテロリストを見つけ出しては、悪即斬で成敗していくのだ。
「ところで実際に剣の稽古をしとるところを見てみたいんやが、出来るか?」
「はい、この時間はちょうど稽古の真っ只中です。是非見ていってください」
「そりゃどうも」
室内道場に近づくと、心地よい木刀の打ち合いの音が耳を鳴らした。
さぞかし心地いい光景が見れるのだろうと思い中に入ったのだが……
まず最初に目に飛び込んできたのは四人で一人を取り囲み、一斉に斬りかかる光景。
えっ、なにこれ? 別の場所では死角から突然人間が斬りかかろうとする光景。
うん? どういうこと? さらに別の場所では足元を狙う振りをして後方からの斬り付け、間合いが出来た瞬間に一斉に繰り出す突き攻撃。
いやいやいや。
なんちゅう卑劣戦術……
思わず口をぽかんと開けて馬鹿面を引っ提げてしまった。
「おお、面白い戦い方やの」
全く動じた様子のないあさが口を開いた。
「そう言われると助かります。さすがに剣を学んだ者にこれを見せると、ショックを受けてしまいますからね」
いや本当に。
剣をかじった程度の者だけど動揺を隠しきれません。
「多人数で一人をボコるのが新撰組の基本の型なんか?」
「言い方はあれですが、大まかに言えばそうなります」
「もし、一人で戦うことになった場合はどうするんや」
「その前提は考えていません。常に集団でいることが新撰組の決まりです」
「常にか?」
「常にです」
「トイレに行ってるときなんかはどうするんや」
「同時に警護ですね」
「宿舎を抜け出して、気になる女の子のところへ行きたいときは?」
「禁止になっています。男子校の寮生活みたいなものです」
何てガッデムな生活なんだと僕は心の中で思ったが、そもそも逢引なんてやったことないので何がガッデムだったのか分からなくなった。
そんなことよりも中々恵まれない機会でもある。
訓練で気になる点があったので質問することにした。
「あ、そういえば。使っている剣が普通のよりも短い気がするんですけども」
「同士討ちを防ぐためですね。先ほども言ったように新撰組は複数人での戦いを原則としますので。長い剣だと重さで剣筋の制御が乱れる上に、剣先が味方にあたる確率もあがってしまいますので」
「すいません、少しだけ訓練に混ぜて頂いてもいいでしょうか」
剣術を学んできたものの性か白岡一刀斎が降臨したせいか、思わず口走ってしまっていた。
近藤組長は静かに眼鏡をくいとあげる。
「怪我をするかもかもしれません。骨を折ることや、最悪それ以上のことだって起きます」
「ええで。ノープロブレムや」
即答したのは、僕ではなく、何故かあさだった。
自分に合った重さの木刀を手に取る。
「美女の前でかっこいいところを見せるチャンスやで」
あさもこの状況を愉しんでいるのか、柄にもないことを言ってくる。
初めは四人で一人を追い込む訓練だった。
一人がこちらを揺さぶるように、逃げようとする。
こちらも取り囲むように追いかけ、死角の人間に呼応して仕掛ける。
とにかく逡巡してはいけないということだった。
覚悟を決めて踏み込めば、四方向から同時に剣筋が飛んで来て絶対に殺せる。
一回の訓練は一分ほどで計四回の取り組みを行ったが、攻撃を一度も受けることなく四勝をおさめた。
これは凄い。
ぱっと見では卑怯さしか感じられないが、連携を磨き上げあげることでほとんど必殺に近い剣術になる。
今まで偉そうな先生に一体一で戦う上での心構え、負けないための戦い方の説法を山ほど聞いてきたが、そんな考えが馬鹿らしく思えるほどに完成された戦い方だと思った。
「新撰組、土方歳三が参る」
先ほど入口で会った男が立っていた。
踏み込もうとするのを躊躇わせようとする気を全身から発している。
土方さんはその体に見合わず、動物のように左へ右へと飛び回り、こちらを振り回してくる。
「どうした、足が止まっているぞ」
一人が打ち倒されていた。
土方さんはほとんど止まることなく動きつづけている。
暴力的な剣筋が飛んで来る。
走りながら打ってるとは思えないほどに重たい剣で、受け止めるのが精一杯だった。
走り込み不足か僕が最初に息が上がり始めているのに、土方さんは笑いながら走り回っている。
止まらないので仕掛けるタイミングが見当たらない。
味方の一人が隙を作ろうと攻撃を仕掛けるが、土方さんはそれを難無く弾き返す。
何なんだこいつは。
本当に同じ生物なのかと疑問を投げ掛けたくなる。
土方さんは圧倒的な力と速度で、二人目、三人目と次々と倒していって、あっという間に一対一の構造が出来上がった。
「さて、邪魔者はいなくなった。小僧、これで迷うことなく戦うことが出来るな」
土方さんは目をぎらつかせており、僕に目には鬼と死神の怖いところを足し合わせた怪物に映った。
外野のあさからは勝ったらハグしてやるぞおと、本気か冗談かよくわからない言葉が飛んで来る。
なんとなくうれしい気もするが、のんきに考えている場合ではない。
気を抜いたらマジで怪我しかねないし、何より勝てる気がしない。
「その構えは北辰一刀流か。さあどう出てくる?」
事務所に帰る途中、あさに散々、腰抜け弱虫ガリ勉ウジ虫と、古今東西のありとあらゆる罵倒を受けつづけた。
土方さんに負けたからではない。
あの後、僕はこういったのだ。
「降参します」
やりあう前に降参など情けないことこの上ないが、自分より明らかに力量のある者と意味もなくやりあって怪我をするなど愚の骨頂だ。
それは勇気ではなく無謀なんだとあさにも自分にも言い訳を試みたがあえなく撃沈した。
その一方、あさにとって新撰組の内容は満足いくものだったのだろう。
嬉しそうな表情で近藤局長と話を続け、話はまとまったようだった。
事務所に戻ると、十代にしかみえない童顔、むちむち体型でいうまでもなく巨乳。
長い黒髪を後ろで縛り上げ、茶碗を机に並べている一人の女性の姿が見えた。
「あ、はつ姉さん」
「あら、新次郎くん、お帰りなさい」
その姿を見るや否や、元気が泉のように湧き出て来る。
「ちょっとはつ姉! 聞いてくれやこのヘタレボス! 敵と戦う前に全力で白旗を振り回しやがって」
「ちょっと聞いて下さいよ。僕ね、人斬り相手に打ち会おうとしたんですよ」
「あさちゃんも新次郎くんも少し落ち着いて。ほら、こっちに座って座って。二人分のおやつを準備しといたんだから」
こう言うのは、あさに刻み込まれた肉体・精神ダメージを癒してくれ、あさの姉である今井はつだった。
二人の性格は項羽と劉邦、いやサタンとルシファーといってもよいくらい対照的になっている。
もっと分かりやすく言うなら、あさはO型理系で、はつ姉はA型文系という感じだ。
で、差し入れのうまうまデザートをほおばりながら、あさの噴火を眺める会になっていた。
「でも、本物の剣士と打ち合うってのはいい経験じゃない」
「相変わらずはつ姉は甘い。蜂蜜、いやいちご練乳のように甘すぎる。これが実戦やったらうちも一緒に斬り捨て御免になるんやで」
「堪忍やで。ほんま堪忍やでえ」
「いんちき臭い関西弁使うな! 腹立つわ、ホンマ。剣道何段とか偉そうに言うとるけど、いかに胡散臭い称号かようわかったわ」
偉そうに言った記憶はないのだが、今は何を言っても火に油だろうから静かにしておく。
「でも、治安維持のために人が派遣されるというのは、私達としては安心ですね」
「そうやな。去年なんかは天誅組の人斬りが跋扈したせいで、普通に藩内(京都市内)の治安もやばかったし」
「下校はかならずペアで移動だったよね。遊ぶ場所も制限されてたし」
そう言うと、あさが険しい表情を浮かべた。
それはちょうど去年の夏頃、あさはローカル新聞みたいな物を作って小銭を稼いでいたのだが、攘夷派の過激活動に伴う治安悪化によりビジネスの幅がかなり狭まり、かなりのストレスを抱えた状況が続いてた。
そんなときも、はつ姉さんは持ち前の太陽オーラで湿った空気をことごく陽気に変えてくれ、それがどれだけあさの助けになったことかは言うまでもない。
「そういえば、はつ姉さんは今日は何の用だったの」
「お使い(仕事)で大坂に行ってたわ」
「山王寺屋?」
「そうですよ」
山王寺屋は僕の実家である加野屋と名を張る商家、いわゆる大坂四商の一つである。
あさの実家である小石川今井家とも仕事の繋がりがあり、巨乳で読書家で、手作りの差し入れを欠かさない今井家一の癒し女子であるはつ姉を派遣することで、その関係を揺るぎない物にしようとする今井家の思慮深さを感じる。
「お昼も向こうの社員さんと一緒だったんですけども、鍋焼きうどんという大坂で流行りの食事に連れってて貰って、それがすんごくすんごく美味しかったんです」
「へえ」
「味は覚えたんで、今度、味コピで試してみますね」
「楽しみにしてます」
「あ、そういえば」
「はい」
「帰りにぷらぷらと寄り道していたら正吉(僕のおやじの名前)さんにお会いしましたよ」
「うっ」
思いもよらないところからボールが飛んできて後頭部を直撃。
頭がぴよぴよのグロッキー状態。
「な、何の話をしたんですかね」
「まあ、商人ですし最近の実家の状況の話とか、他にも適当な雑談なんかを交わしたりしました」
「ぼ、僕の話って出ました?」
「さすがに出ましたね」
背中を冷や汗が流れて来る。
「大丈夫ですよ。あさのお手伝いをしていることは黙ってましたから。勉学に勤しんでいます、と答えておきましたよ」
それを聞いて、ほっと安堵の息。
「ありがとうございます」
「相変わらず、うちの手伝いしてんのは隠してんのかいな」
後ろめたいことではないのだが、進路や実家で後継ぎの話がある中で、京都でバイトとも捉えかねられないようなことをしていると分かれば、大坂強制召喚の可能性もあるわけで。
しかし、そんな安心しているところまたしても意表をつく一言が飛んできた。
「あ、でも帰り際に伝言をお願いされたんでした」
「何でしょうか」
「『話があるから、近いうちに顔を出すように』だ、そうです」