ともしびと 番外編
「こら、知音。むやみにものを壊してはいけないよ。」
「だって、形あるものはいずれ無くなるんだもの。構いやしないわ。」
それに直せばよいのだ。ということに気付くのはもっと先のことである。
「そうかい。ではおまえさんはずっとひとりぼっちだよ。」
「どうしてそういうことが言い切れるの。意地悪ね。」
「知音、おまえさんは知っておかねばならぬことがたくさんある。
そのうちのひとつが、おまえさんはひとりではあるがひとりきりではないのだということだ。
壊したのはおまえさんだが、壊されたものはおまえさんを毎日支えて、助けてくれていただろう。それが役立たずであったとおまえさんは言えるかい?」
「おじいさんはどうしてこうすっぱりと言わないの?こんな無力でばかな妖を匿って、ひとつもいいことないじゃない。ふしぎだわ。」
「ふふ。おまえさんは不思議に思うだろうが、いつかきっとわかる見えないまじないだよ。」
「それはきっともの好きというものだわ!先日降りた道端で人が喋っているのを聞いたもの。」
「ああ知音、無邪気で愛しい私の拾い子さん!おまえさんはほんとうに頭と口がばらばらだね。調和が取れたらきっと大きな力になるだろうに。」
よしよし、と鶴じいは私の頭を撫ぜた。それはしわがれた固い木の棒のような手の平であったがぬくもりを感じさせる手であった。
わたしはそれがきらいではなかった。
「そうやって大人しく撫ぜられている姿もかわいいよ。おまえさんと居られるのもいつまでかわからないが、おまえさんはそれを隠されるのを嫌がるだろう。」
「そうね。じいのそういうところはきらいではないわ。」
「ふふふ。」
「なあ知音。この世界もあの世界も、ふたつとない世界なのに、なぜそれぞれの良さのまま納まって居れないのだと思う?」
「……それは私も不思議だわ。なんらかのバランスを保ちたいのだろうと思うけれど、広さを求めるなんてやっぱり不毛だと思うもの。」
「かといってそうしなければ衰退したものもあるよ。」
「耳が痛いわね。でもだからこそよ。私は宝珠を持つことを許された。それは何のちからも持たなかったからよ。一族の方針というのは名目上であり、ほんとうは、お兄様が私に生きていて欲しかったからだと思うわ。それが、ともしびとの知音であっても。」
「ほお。おまえさんはただのばかではないな。ドあほのつくばかじゃ。…だが、わるくない。おまえさんはそれを以てして、何を為すのかね。あるいは、ともしびととは何者かね。」
「随分と見込まれているようだけどおあいにく様。私は今も、ほんとうに、何かをできるという自信はないの。けれど、なぜかしらね。やらなきゃならないと思うのよ。もしかしたらやりたいだけなのかもしれないけれど。」
「知音。おまえさんは、わしのまたとない拾い子じゃ。だから、おまえさんにともしびとを託そう。どの世も縮図だらけじゃ。だが、おまえさんがきちんと大人になって、もしともしびとを捨てずにいるのならば、おそらくは再び会えるであろうよ。」
「うん。私もそういう気がする。」
そうして二人は家に入り、祈りを捧げて床についた。
(end.)