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キスシーン

 翌日、二年生の俺と優衣は、わざと遅れて視聴覚室に向かっていた。


 もちろんこれは、一年生部員の雅人と美玖を、二人きりにさせるためだ。

 ひょっとしたら距離を取って座って、無言の重苦しい空気になっているかもしれない、と危惧していたが、扉からこっそり二人の様子を覗いて安心した。


 結構打ち解けたようで、楽しそうに話し込んでいるではないか。

 まあ、雅人の方が若干ぎこちなさそうではあるが。

 優衣も安心したのか、俺に対して笑顔を見せる。

 ガラガラガラっと扉を開き、俺たちも視聴覚室に入っていく。


「おはよー!」

「あ、先輩。おはようございます!」

「おはようございますぅ」


 放課後なのだが、放送業界では最初の挨拶は時間にかかわらず「おはよう」らしいので、それに習って俺たちも「おはよう」から部活を始める事にしている。


「楽しそうにしてたみたいだけど、いったい何を話してたの?」

「はい、まーくんが私の顔を描いてくれたんですぅ」


 満面の笑みを浮かべる美玖。うーん、笑顔はすごく可愛らしい。


「へー、どれどれ……おっ! やっぱりうまいわねえ。しかも、何か愛情みたいなもの、感じるわ」


 優衣が茶化す。


「そ、そうですか?」


 絵を褒められた事に照れているのか、それとも冷やかされたことに照れているのか。雅人はすぐ顔に出るからわかりやすい。

 けど、こううまくいっていると、何か妬けるなあ。


「じゃあ、全員揃ったところで、今作成中の『我々UMA探索部は、あやかし山で幻の虹色ツチノコを捕獲した!』の台本、配るわね。メンバーが増えたから、シナリオ大きく書き換えてるわ。期待してね!」


 弾むような声で語りながら、全員に二十ページほどの台本を配っていく。

 このタイトル、何とかしてほしいんだけどなあ。


 まず最初に、制作部員としての役割と、劇中の配役が載せられていた。

 優衣は制作総指揮、シナリオライター、演出担当で、探検部隊の隊長、かつヒロイン。

 まさにおいしいところ取りなのだが、一応この部活の部長なので、誰も文句は言わない。


 次に俺は、役割としては制作アドバイザーと撮影アシスタントのみ。うーん、特にこれといって特技はないからなあ。


 そのかわり演技では「アクション主担当」となっている。ふむ、これはこれで目立つからいいか。さらに、配役としては副隊長と、悪役である「密猟者」の一人二役だ。難しそうだが、まあ、出番は多そうだな。


 最初は文化祭用の映画に出演なんて……と思っていたが、メンバーが揃い、本格的に制作が始まると面白そうに思えてくるから不思議だ。やるからには全力で取り組まねば。


 次に雅人は、当然「美術担当」だ。あれだけの造形やイラストが描けるんだから、活躍してくれる事だろう。配役は、「新米冒険隊員」だ。これもお約束のメンバーだな。


 最後に美玖。こちらは「撮影メイン担当」、かつ「編集・CG部門・技術部門担当」だ。なにか凄そう。


 実際、彼女がカメラや編集用PCの扱いに一番長けている。っていういか、プロレベルだ。よくこんな子が俺たちの部に入ってくれたものだと感心する。あ、雅人目当てだったか。


 で、彼女の配役は「冒険隊員助手、兼看護係」

 なるほど、彼女が傷の手当てとかしてくれるのか。一部の人間に取っては萌え要素になりそうだな。


 とりあえず、今までのところ、大きな問題はなさそうだ。

 次に、みんなでストーリー展開を確認していくことにした。


 『最初に全員でツチノコ捕獲用の罠を仕掛けるも、空振りに終わる』


 そうそう、俺と優衣の二人で始めたときは、ここでいきなりつまずいたんだ。なんだ、最初の一行もクリアできてなかったのか。


 『しかしそれで諦めることなく、ツチノコの物と思われる抜け殻と足跡(正確には這った後)を手がかりに、林の奥へと進んでいく。突然、足元の地盤が崩れ、翔太は崖から転がり落ちる』


 はっ? 


「優衣、なんだこのシナリオは! いきなり俺、崖から落ちるのか?」

「うん、そうよ。冒険物にハプニングはつきものじゃない。それに台本に書いてあるでしょ、アクション担当って」


 う……確かに。

 微妙に騙された気分だが、とりあえず先を読み進んでいく。


『幸い大きなケガも無く崖下で立ち上がる翔太。するとそこには、巨大なマングースと一匹の小さな生き物が対峙していた。落ちてきた翔太に驚いて、彼を見る巨大マングース。その一瞬の隙をついて、その小さな生きツチノコは、藪の中に逃げ込む』


「なんだこれ? いきなりツチノコが登場するのか?」

「うん、でも一瞬だけ、それも翔太が見るだけよ」


 ふうん、なるほど。まあ、前半での定番パターンだな。で、その後は……。


『獲物に逃げられて怒った巨大マングースは、翔太に襲いかかる。激闘の末、辛くもこれを倒す』


「俺、マングースと戦うのか? マングースって苦戦するような敵なのか」


「巨大って書いてあるでしょ? そのマングース、犬ぐらいあるのよ」


「犬? それはすげえな。チワワぐらいか?」


「ううん……そうね、土佐犬ぐらい」


「土佐犬って、闘犬じゃないか! そんなマングースとどうやって戦うんだよ!」


「うーん、素手じゃ厳しいかな? なにか武器持つ? その方がアクション的も見栄えがすると思うから。あ、もちろん格闘シーンの撮影は、『エアマングース』との闘いになるから、あたかもそこに敵がいるようにアクションしてね。後で合成するから。雅人君、美玖ちゃん、技術的に問題ないかしら?」


「えっと……マングースの造形見たいのものは作れます。あと、ワイヤーで動かすのも」


 これは雅人の弁。まあ、彼ならそのぐらいたやすいだろう。


「私も、まーくんの作ったマングースと、その動きのパターンをいくつか撮影したら……例えば、攻撃前と攻撃中の体勢を取り込んでおけば、その間は自動的に補正・作成できますぅ」


 おお、凄い。この二人が組めば、本当に最強なんじゃないだろうか。

 優衣も満足げに頷いている。


「じゃあ、この格闘シーンはなるべくハデにいきましょう。あと翔太、このマングース、炎を吐くからうまく避けてね」


「ちょっと待てーっ! マングースが炎って、あり得ないだろう!」


「もう、冒険映像なんだから、多少脚色が入って当たり前でしょう。そもそもツチノコを追う時点で現実離れしてるんだから、いいの」


 自分で言いおった。


 もういい、もうこれはそういう映像なんだ。ギャグというか、受け狙いなんだ。そう割り切れば、多少の理不尽も気にならなくなるだろう。


 でも、炎を吐く土佐犬程もの大きさのマングースがいたら、そっちの方がツチノコなんかよりもよっぽど大発見だよなあ。

 まあいい、次は、と……。


『崖から落ちた翔太の後を追って、残りの三人のメンバーがロープを使って降りてくる。巨大マングースの倒れた体をみて、全員驚く。ケガをしている翔太(軽傷)の手当をてきぱきと行う美玖。そのとき、雅人があっと声を上げる。見ると、右手をマムシに噛まれている』


 なんか、いきなりな展開だな。


『マムシを追い払い、美玖が雅人に駆け寄り、治療を開始。まずその指を咥えて、毒を吸い出す』


 そこを読んで、ポッと赤くなる美玖。雅人もちょっと慌てている。


「そう、そこ! それ、ちょっとした萌えシーンになるかなって思って、追加したの。アップで恥ずかしそうに演技するシーン、いいと思わない?」


「えっと……アップ、ですか」


 雅人は既に恥ずかしそうだ。美玖は嬉しそうだけど。

 けど俺、なんか損な役回りだなあ。こっちの治療は「てきぱき」で終わるのに。

 まあいいや、続き。


『治療を終えた後、全員でツチノコが逃げたと思われる藪の中に入っていく』


 やっぱり巨大マングースの死体は無視なんだ。あと、マムシに噛まれたんだから、毒吸い出して消毒して、包帯巻くぐらいの治療でいいのかな? それとも、血清とか持って行ってるんだろうか。細かいことはどうでもいいか。


『藪の中を捜索していると、突然銃声が聞こえる。何事か、と全員で顔を見合わせる。するとそこに、猟銃を持ったハンターが現れる。話を聞いてみると、彼もツチノコを追っているという』


 ふんふん、これが俺の第二の役か。


『彼によると、ツチノコには死体でも三百万、生け捕りならば一千万円もの賞金が懸けられているという。ただ、ツチノコは非常に強力な毒を持っているから、殺した方が安全だということだ。探索クラブのメンバーは、「殺すのはだめだ、捕獲して映像に収めるだけに留め、その後は自然に帰してあげるべきだ」と主張するが、彼は「そんなあまっちょろいことじゃ、裏社会じゃやっていけねえんだよ」と暴言を吐く』


 ひどい役だな。


『それでもなお食い下がる優衣を、その男は銃の後部で殴りつける。何するんだ、と翔太が飛びかかろうとするが、逆にハンターに銃で撃たれてしまう』


 へっ?


『「バカが、かっこつけるからだよ。他の奴らもさっさと山を降りるこったな、ひゃっひゃっひゃ」と言い残して、ハンターは茂みの奥に消えていく。苦痛に悶える翔太。最後に彼はこう言い残す。みんな、あんな奴のいいなりになるんじゃない、なんとしても、ツチノコを……このあやかし山の大自然を守ってくれ、と。―― 伊達翔太、死亡』


「待て待て待ていぃーーー! なんだこのむちゃくちゃなシナリオは! 俺、死んじゃったじゃないか!」


「そう、感動的なシーンでしょ! 刑事ドラマとかでも、殉職シーンはぐっとくるものがあるし、視聴率も高いらしいものね」


「いや、そういう問題じゃないだろう! 俺、これ以降出演できないじゃないか!」


「え、あるじゃない、ハンター役が」


「ハンターは悪者だろうが!」


「だから、悪役でも名俳優、いっぱいいるじゃない。何が不満なのよ」


「別にそれはそれでいいけど、素の俺の役が死んじゃうのは納得がいかない!」


「もう、わがままなんだから……わかったわ、じゃあ、足にケガしてそれ以上捜索を続けられなくなるけど、自分の事は気にせず、冒険を続けてくれって言うという事に変更するわ」


 ……うーん、なんか納得がいかないけど、さっきよりはマシか。


「……でも、なんか納得がいかないわね。感動的な殉職シーンにするつもりだったのに」


 お前も納得がいかないのか。けど、俺はお前が納得がいかないことに、納得がいかない。


『三人になったメンバーは、ハンターとの遭遇を恐れながらも、翔太の意志を引き継ぎ、ツチノコ捜索を続行する。なんとしてもあの凶暴な男よりも先にツチノコを見つけ、保護しなければ。全員、その使命感に突き動かされ、歩みを留めることはない』


 なんか俺が抜けたらかっこよくなったな。


『その後、幾たびかツチノコらしい影は見かけるが、警戒心が強い上にその動きも速く、一瞬で見えなくなってしまう。また、散発的に猟銃の発砲音が聞こえるのも不気味だった。しかし捜索を諦めかけたその時、ついに我々はツチノコを発見した!』


 諦めかけたその時っていうフレーズ、よく使われるね。あと、「我々」に俺が入っていないのが悲しい。


『それは小さな、まだ子供のツチノコだった。しかも、散弾を受けたらしく、背中から血を流していた。みゅーみゅーと鳴くその子は、とても可愛らしい瞳で、何かを訴えかけるように我々を見つめていた。かわいそうに、と泣きながらその小さな体を抱き上げる優衣。美玖は、その子の体から散弾を抜いて、包帯を巻いてあげた。もう大丈夫。今後はくれぐれもハンターに見つからないように。さあ、行きなさい、とその子を見送る一同。こちらを振り向いて、みゅー、とお礼を言うように一声鳴いてから、藪の中に還って行くツチノコの子』


 ツチノコって、みゅーって鳴くんだな。


『ツチノコの姿を映像に収めることができ、もうこれで十分満足な一同。よかった、自然を守れたとすすり泣く美玖。新米隊員の雅人は、そんな美玖の事がたまらなくかわいく思えてしまい、その体をそっと抱きしめた。二人は見つめ合い、そして唇を重ねた』


「ええっ、雅人と美玖のキスシーンがあるのか?」


 俺は思わず声を上げた。


 さすがにこれには、当人二人とも固まってしまった。いくらなんでも、これはちょっと。

 すると優衣は席を離れ、俺の腕を引っ張って廊下に出た。そこでこそこそと会話する。


「優衣、これはちょっとまずいんでないか? あの二人のキスシーン撮影して、みんなの前で発表するのか?」


「うーん、どうしようかなって考えてる。っていうか、そういうシーンがあったら、あの二人もっと仲良くなるかなって思って。ほら、二人とも奥手みたいでしょ? キスするきっかけ作ってあげたら、後はスムーズに本格的な恋愛に発展すると思うの。私としても、あの子たちの事応援してあげたいし」


「けど、そんなにうまくいくかな? だいたい俺たちだってまだ、キスなんかしてないじゃないか。なのにそんな、無理に進めるような事はどうかと思うけど」


「それはそうだけど、私たちは幼なじみじゃない。気心も知れてるし、そんなに焦って先に進む必要ないでしょ? でもあの二人は別。一気に燃え上がるような展開じゃないと、恋愛に発展しないわ。それに……私は雅人君の想いに、応えてあげられないし」


 そうか、優衣はそれを気にしているんだ。


 自分は雅人の恋人にはなれない。だから、雅人には本当の意味で、恋人と呼べる存在ができて欲しい。その候補が、彼のすぐ側にいるのだ。


「なるほど、その気持ちは理解できる。俺もそうなって欲しいし。でも、それは優衣の焦りすぎじゃ無いのか? 自分達がしていない事を、あの二人にさせるなんて」


「……もう、分かったわよ」


 優衣がちょっと不機嫌そうにそう呟いた。


 しかしその直後、彼女は目を閉じ、背伸びをして、自分の唇を俺の唇にほんの一瞬だけ触れさせた。


(えっ……!)


「ほら、これでいいでしょ。さ、戻りましょ」


 顔を赤く染めながらぷいっと振り返り、視聴覚室に戻る優衣。


(キスされた……キスされた……)


 頭の中が真っ白になるような、不思議な気分。まだ感触が残っている。

 ストーリーの続きの解説が優衣によって行われていたが、俺はしばし、ぼーっとしてしまった。


「さあ、いよいよクライマックスシーンよ!」


 優衣のその声で、我に返る俺。いつの間にか、物語は最終場面に突入していた。


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