表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/18

生き霊

「おまたせしました」


 奥の部屋から出てきたのは、まだ二十代後半ぐらい、くっきりとした目鼻立ちで髪の長い、とても美しい女性だった。


 服装は黒を基調とした、スカートの丈がやけに長いドレスだ。

 肩を半分出しており、少々艶美な雰囲気。

 やっぱりちょっと怪しいが、顔とスタイルが良いので、よく似合っている。


 おお、なんと助手を一人、つけているぞ。

 こちらはメインの占い師よりさらに若く、二十代前半、といった感じか。


 彼女もちょっと目つきがきついものの、美人の部類に入ると思う。服装はやはり黒を基調としたドレスだが、とくにヒラヒラが付いているわけでもなく、スカートの丈も普通で、控えめな感じだ。

 占い師の見習い、といったところか。


「は、初めまして、瞳先生。小城優衣です」


 慌てて立ち上がり、緊張した様子で挨拶する優衣。

 俺もつられて立ち上がり、自分の名前を告げた。


「優衣ちゃんと翔太君、ね。どうぞ、座ってください。気楽にしていいのよ」


 にっこりと微笑む瞳先生。確かに綺麗な人だが、俺は騙されないぞ。優衣が高額な壺とか買わされそうになったら、俺が止めなければ。

 ちなみに助手の方は「ルイ」さん、漢字で書くと「涙」だそうだ。

 椅子に座った俺たち二人を、まじまじと見つめる瞳先生。ちょっと照れる。


「へえ……優衣ちゃん、あなた凄いわね。希に見る霊感の持ち主だわ」

「えっ……私が? そうなんですか?」

「ええ。今までたくさんの女の子を見てきたけど、あなたは群を抜いているわ。この私のお店で働いて欲しいぐらい」

「そ、そうですか? 嬉しいです!」


 なんの疑いも無く素直に喜ぶ優衣。一体何が嬉しいのだろう?


「素直でかわいいわね。あ、それと翔太君。あなた今、何か呆れたような目で彼女の事を見ているでしょう? ダメよ、そんなのだから友達以上の関係になれないのよ」


 うおおおおおぉ! なんでそんな事分かるんだ!

 もしかして、本物の超能力者? いやいや、それは無いとしても、なにか俺の表情や態度とかでそこまで分かってしまうのか。ならば、それはそれで凄い。

 うう、優衣の視線が厳しい。


 とりあえず「いえ、そんな事はないです」と愛想笑いでごまかしたが、この女……いや先生、なかなかやるな。


「……じゃあ、本題に入るわね。私に見て欲しい物があるんですって?」

「ええ、これなんです。画面が小さくて、申し訳ないんですが……」


 優衣はごそごそとカメラを取り出し、その液晶画面上に例の映像を再生する。


「これ、恥ずかしいんですけど、冗談でツチノコを捕まえようとして、罠を仕掛けていたんです。そしたら、変な物が入っていて……」

「ツチノコ……あやかし山ね。だめよ、あそこでイタズラしちゃ」


 やさしく叱る先生。優衣は「反省しています」と素直に謝った。

 カメラの液晶画面に映し出されたそれは、罠を遠巻きに撮影した時に、何か黒いボールのような物が入っている映像だった。

 解説を加えながらそのまま再生を続け、例の瞬間で一時停止させた。


「……えっ、これはっ!」


 瞳先生もはっと息を飲む。

 隣の涙さんも、その瞬間には目を見開いた。


「そう、人間の生首なんです。しかも、もっと怖い事があるんです」


 優衣は少し震える手で、生首の部分を拡大し、上下反転させる。


「……これが、私にそっくりなんです」


 先生は驚愕のまなざしで、優衣と映像を交互に見比べた。

 涙さんも、見てはいけない物を見てしまったような表情だ。


 そして俺と優衣は、この後の状況――慌てて山を降りて警察を呼んだが、生首は忽然と姿を消していた事を説明した。そしてどうせこの映像を警察に持って行っても信じてもらえないと思い、ここに相談に来たということも。


「……なるほど、確かにこれは怖いわね。ちょっと霊視してみるわ」


 瞳先生は静かに目を閉じ、まるで水晶玉を操るときの様な仕草でビデオカメラに手をかざす。ちょっとシュールな光景だ。


「……なるほど、分かってきたわ」

「ええ、もう分かったんですか? 凄いです」


 優衣が畏敬の眼差しで先生を見つめる。


「これは、言うなれば生き霊の類ね」

「生き霊……」


 先生から発せられる言葉の重みに、場の空気が一気に緊迫する。


「そう。優衣ちゃん、何者かのあなたに対する憧れ、嫉妬、妬み。そういった感情が具現化して、そういう形を取って出現したのよ。だからあなたにそっくりなの」


「……それって、私に対する恨みか何かなんですか? 私を……殺そうとしているとか」


「いいえ、それほど質の悪いものではないわ。ちょっと驚かしてやろうって出てきただけ。今は、ね。ただ、このまま放っておくのも良くないわ」


「そんな……私、どうすれば……」


「まあ、それほど心配する事はないと思うわ。あなたの守護霊……あなたのお母さんのお母さんのお母さん、つまりひいお婆さんに当たる人が凄く霊力が強くて、あなたを守っていてくれるから」


「私の守護霊……」


「そう。ただ、あなた、その人のことをあまり供養したこと無いでしょう? 供養して欲しいって言っているわ。そうしたらもっともっと、あなたの事を大事に守ってくれるはずだから。毎日、ひいお婆さんの事を考えて、そうね、お香を焚いてあげるだけでも効果はあるわ」


「お香? どうやれば……」


「あ、お香の炊き方、知らない? じゃあ、特別に教えてあげるわ」


 瞳先生は、助手の涙さんに合図を送る。

 すると彼女は一旦席を立ち、奥の部屋から手の平に乗る小さな物体……香炉を持ってきた。


「この香炉は、有名な陶芸家が心を込めて作成し、私が特別にお祈りを捧げてできあがった特注品よ。これでお香を焚いて毎日お祈りしてあげたら、あなたの側にいるひいお婆さんも喜ぶわ。お値段は三万円で、一生使える物だから安いと思うけど、どうかしら。手順は全部教えてあげるわ」


 キターーーーーーーッ!

 もろ霊感商法じゃないか! そんな百円ショップで買えるような香炉、三万円もするわけがないだろう! 優衣、騙されるな!


「え、あの、でも……」


「そっか。高校生にはちょっと高いかな。でも大丈夫、分割払いでいいのよ。金利、手数料は私たちが負担するから」


 ジャ○ネット○○○か!


「いえ、あの、そうじゃないんです」


 おお、優衣、断るつもりか。なかなかしっかりしているな。


「あの……私のひいお婆さん、まだ生きてるんです」


 ――その瞬間、全員が硬直した。


 優衣が放った無意識の強烈なカウンターパンチに、数十秒間、時間が止まった。

 瞳先生は視線を下に落とし、心なしか唇を噛んでいるように見える。


 涙さんは、一瞬先生の方向を見て何か言おうとしたものの、結局何も言えず下を向く。


 優衣は「どうしよう」っていう感じで、俺に視線を投げかけてくる。だが、俺もフォローできない。

 永遠に思えた、気まずい時間。


「……なるほど、そういう事だったのね」


 重い沈黙を破って、ついに瞳先生が声を出した。


「あなたの守護霊は、本当に珍しい、まだ生きている人の霊魂……つまり、生き霊だわ」


 うお、なんという開き直りだ! そんなの初めて聞いた。それにしても生き霊好きだな。


「守護霊が……生き霊?」


 さすがの優衣も不審がっている。


「そう。ほんとうに珍しいわ。ごめんなさい、だから私も間違ったの。私は間違ったことを言ってしまったら、それは素直に認めるわ。でも、あなたのひいお婆さんが『私が死んだら、誰が供養をしてくれるんだろう』って心配しているのは本当。それが私の霊力に語りかけてきたのよ。だから、あなたは本人に『もしひいおばあちゃん死んじゃったら、私が毎日供養してあげるからね』って言って、安心させてあげるといいわ」


 ……いや、まだ生きている人にそんな事言っちゃダメだろ。


「なるほど、わかりました。近いうちにひいお婆さんのお見舞いにいって、そういうふうに言って安心させてあげます。それで、香炉は……」


「ああ、これ? ううん、今はまだいらないはずよ。また必要になったら、またいつでも相談に来てね……あら、もう時間ね。ごめんなさい、次の予約の人が待ってるの」


 さっきの失敗をうまくごまかしたか。あの状況じゃ、さすがに香炉を売りつけるのは無理だと考えたな。なかなかしたたかだ。


「そうそう、そのビデオのメモリカード、私が預かってもいいかしら。私のほうでちゃんと供養、してあげたいの。それにそんなに鮮明に写っているの珍しいから、私の方でももっと調べてみたいの」


「これですか……はい、いいですよ。私もちょっと気味が悪かったですし」


 即答する優衣。生き霊を供養って時点で既におかしいだろ? ちょとは警戒して欲しいが。まあ、昨日のうちにバックアップ取ってるし、別にいいか。

 でも、結局なんにも問題が解決していない。優衣の不安も、解消された訳じゃないだろう。


「それで、あの……俺たち、これからどうすればいいんでしょうか」


 最後に、俺から本質的な事を聞いてみる。


「そうね、肝心なこと言い忘れていたわ。大きな問題はないと思うけど、まだしばらくはさっきの生き霊のせいで不思議な現象が起きるかもしれない。どうしても気になったら、また相談に来てくれればいいわ」


 なんだ、結局そうなるのか。三千円、優衣とワリカンでもけっこう痛いんだけど。


「それと翔太君……あなた、なるべく優衣ちゃんの側にいてあげて。さっきも言ったように、彼女は希に見る霊感の持ち主。それに加えて、良きにしろ悪きにしろ、『いろんなもの』を引き付ける力があるわ。とんでもない幸運だったり、思わぬトラブルだったり。優衣ちゃん自身がそれを望んで、行動しているっていうのもあるけどね。だからこそ、あなたの役割は重要。彼女を守って、安心させてあげて。それが一番重要よ」


 へっ? 俺?


 隣の優衣をみると、彼女もこっちを見ていて、視線が重なる。

 優衣は僅かに頬を赤らめ、照れたようにうなずいた。

 うっ……やっぱかわいい。


 俺としても優衣と一緒にいる時間は長いほど嬉しいし、まあ、いいか。瞳先生、霊能力はちょっと疑問だけど、なかなか良い事を言ってくれた。払ったお金だけの価値はあったかな。


 こうして、俺たちはその怪しい占いの館を後にした。


 ただ、どうしても気になる事がある。

 どうして瞳先生は、俺たちが恋人同士では無いと分かったんだろうか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ