国家権力
その日のうちに、警察署に空き巣被害として届け出た。
もちろん、提出したのは雅人で、俺と優衣、美玖は単なる付き添いだ。
俺たちは変な意味で警察の常連になっていたので、空き巣に遭ったということでちょっと話題になっている様だった。
「よう、またお前らか。俺たちをご指名とは……何かやらかしたのか?」
明るく、快活なこの声。二階堂刑事だった。
「二階堂さん、わざわざ来てもらって、ありがとうございます。今回、俺たちは完全な被害者です。空き巣に遭ったんです!」
「ああ、そうらしいな、それは聞いた。ただ、俺を呼んでくれなんて、何があったんだ?」
ここで犯人が清水刑事であることを告発するのは簡単だ。しかし……。
「またあなたたちなの。本当にトラブルメーカーね」
彼女の声が聞こえた。
そう、清水刑事は二階堂刑事とコンビを組んでいる。だから捜査中は常に一緒だ。それを承知の上で、彼を呼んでもらったのだ。
「今回、僕らが撮影していた、あやかし山のビデオが盗まれたんです。これは絶対、なにか国家権力が働いたと思うんです」
優衣が真剣な表情で二人に訴えかける。
「国家権力? 何のために?」
「俺たちが、ツチノコを撮影しようとしていたからです」
二階堂刑事と清水刑事は、顔を見合わせた。そして大笑いを始めた。
「笑わないでください! 俺たち、真剣なんです」
「いや、悪かった、悪かった。申し訳ない、空き巣の被害に遭ったばかりの君たちを笑うなんて。けど、あまりに突拍子もない言葉だったからな」
「……もう、いいです。警察は当てにしません。僕らが自分達で何とかします」
「なんとかって、どうするの?」
清水刑事が、ちょっとだけまじめな顔で聞いてきた。
「この週末から、あやかし山を徹底的に調べます。本当にツチノコがいるかもしれないですから」
俺の人生の中で、もっとも真剣に演じた一言だった。
みるみる清水刑事の表情が青ざめていく。
「おいおい、そんな事したら、ますます君らの言う『国家権力』に睨まれるんじゃないのかい?」
「はい。でも、刑事さんたちにあらかじめ話しておけば安心でしょう? 僕らの身に万一のことがあっても、国家権力にやられたって連想してもらえるはずですから」
「なるほどな。で、わざわざそんな事を言うために、俺たちを呼んだのか?」
「ええ、私たち、真剣なんです」
優衣も、ここぞとばかり迫真の演技だ。
「あの山には、何かあります。ひょっとしたら、ツチノコじゃないかもしれない。でも、僕らが空き巣に遭ってビデオを盗まれるぐらい、重要な何かなんです」
雅人も続く。空き巣にあった張本人だから、言葉にも真実味が宿る。
美玖も何かしゃべろうとしたが、言葉が出ない。これはそういう風にするよう指導しておいたから、それで問題ない。
「分かったよ、君らが真剣なのは。じゃあ、俺たちは、君らがもし今回のような不可解な事柄に巻き込まれたら、通報してくれたらすぐ駆けつける。それで問題ないか?」
「はい、ありがとうございます!」
二階堂刑事は、リアルに頼りがいがあるいい人だ。
「やれやれ、最近の高校生は元気だなあ……うん? 清水、どうしたんだ?」
「い、いえ……ちょっと最近、疲れ気味で……」
確かに彼女の顔は、人形の様に血の気を失っていた。
「そうか。この日曜日も仕事だったし、大変だなあ」
「できれば、明日休みをもらいたいんですけど、いいですか?」
「そうだな。例の事件も膠着状態だしな。休める時に休んどけばいいだろう。……ああ、悪い、こっちの話だ。君らがあやかし山に行くのは週末だったな。あまり大騒ぎしないでくれよ。こっちは今話してた通り、週末なかなか休めないほど忙しいからな」
「はい、ありがとうございます」
俺たちは礼を言って、警察署を後にした。
「……優衣、聞いたか、明日だ」
「ええ……じゃあ、作戦通りに」
俺たち四人はうなずき合った。
翌日。
すぐにでも雨が降りそうな程、どんよりとした曇り空だった。
午前九時。リュックを背負い、ハイキングスタイルにまとめた二十代後半の女性が、周囲を気にしながらあやかし山を登っていた。
異様に白い顔、真っ赤に塗った唇、乱れた長い黒髪。
濃いサングラスをかけ、ふらつくように歩くその不気味な姿を見た者がいたならば、声をかける事はもちろん、近づく事すらしなかっただろう。
濃い霧が出ており、視界は悪い。
しかしその女性は、そんな事を気にせず……むしろ好都合とばかりに、歩みを進めていた。
時折振り返って背後を気にするが、少なくとも見える範囲には誰もいない。
たまに付近の住民が散歩する遊歩道だが、この日の天候では、さすがに登る者も少ないのだろう。
女性は、あやかし山の中腹まで登ると、もう一度辺りを見渡し、誰も居ない事を確認すると、遊歩道脇の柵を乗り越え、原生林の中へと入っていった。
ほんの数十メートル先へ進むと、遊歩道からは見えない位置に、平らで少し開けた空間に出た。木々もまばらになっている。
その空間と、生い茂る木々の境界近くで、彼女はリュックを降ろした。
中から取り出したのは、黒いポリ袋と布製の袋、園芸用の金属スコップ。
そして改めて周囲を確認してから、一心不乱にある一点を掘り始めた。
約十分後。
彼女は、そこから、麻袋に入れられた、バレーボールほどの何かを掘り出した。
「清水さん、捜し物、見つかりましたか?」
その声に、ビクッと肩を跳ね上げ、恐る恐る顔をあげる女。
視線の先には、十数メートル離れた一段高い斜面の上に、一人の男子高校生……つまり、俺がいた。
女は、身動き一つできないでいた。
「学校は、休んでしまいました。授業より、どうしても気になる事があったので……みんなそうらしいです」
俺の背後から現れる、雅人、優衣、そして美玖。
「昨日言った国家権力が、どうしても心配で。だから、こうやって待ってたんです。あなたを」
「……」
「その麻袋の中身、見せてもらってもいいですか?」
明らかに青ざめる女。
十数秒間、そのまま時空が固まったかのように、お互いに無言の状態が続いた。
しかし、彼女は突然勢いよく立ち上がると身を翻し、麻袋を抱えたまま、脱兎のごとく山を駆け下り始めた。
濃い霧によって彼女の姿はすぐに見えなくなる。
「清水さん……逃がすわけにはいかないんです……」
俺たちはすぐに次の行動に取りかかった。




