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私たちのために、死んで……。

次は、雅人がマムシに噛まれるシーン。


 彼はなんかゴムのおもちゃみたいなマムシを持ってきてる。ただ、その蛇の目が生き生きとしているところはさすがだ。あと、口はクリップみたいになっていて、噛みついてなかなか離れないようにしているらしい。さすがに細かいな。


 撮影スタート。まずはカメラを持つ美玖が、先頭を歩く優衣を映している。


「あっ!」


 声がして、その方向を振り向くと、指をマムシに噛まれた雅人が盛んに手を振り払って、それを取り除こうとしている。

 何度か地面に叩きつけられ、ようやく離れたマムシ。


 おおっ! おもちゃなのにうねうねと動いて、前に進んで行くではないか! どういう仕掛けなんだろう。


 美玖の映すカメラは、草むらに逃げ込んだマムシから、その場でうずくまる雅人にターゲットを移す。


 彼の演技、なかなか頑張っているけど、ちょっと惜しいな。動きにハデさが足りない。あと数回は取り直しが必要だ。


「カーット! はい、OK!」

「ええっ、あれでいいの?」


 思わず優衣に確認する。


「ええ。悪くなかったでしょ」

「いや、ちょっと地味なんじゃない?」

「ここはそんなに動きは必要ないわ。次につなげる前振りだし。それに雅人君、アクション担当じゃないでしょ? これで十分だわ」


 なんか、俺だけ虐げられている気がするんだけど。


 問題は次。美玖初のメイン演技で、雅人の治療をするシーン。

 あまり細かい事は台本に書いていなかったが、やはり毒蛇に噛まれたときの定番として、その毒を吸い出すらしい。


「僕、リアリティを出すために、本当に針でちょっと指を傷付けて血を少し出そうかと思っているんですけど、だめですか?」


「……いや、熱心なのはいいけど、それを美玖が吸い出すんだ。さすがにそれはまずいだろう」


「あ……そういえば、そうですね」


「私、まーくんのだったら、平気だよぉ」


 あ、そうだ、この子は異常なほど雅人に夢中だったんだ。でも、これはどうかなあ。

 優衣に視線を向けてみる。


「とりあえず、撮ってみましょう。問題があるようだったら、取り直しすればいいんだし」

「まあ、それもそうだな。じゃあ、試しにやってみるか」


 その言葉に雅人は頷くと、まず自分の指をペットボトルの水で綺麗に洗い、そして道具箱から取り出した錐のような金属で、ご丁寧に蛇に噛まれたように二箇所、傷付ける。


 すぐに小さな血が滲んできた。


「じゃあ、いいわね。スタート!」


「大丈夫? ……血が出てるぅ」


 普段とあまり変わらない間延びした、それでいて心配そうな表情で彼に近寄る美玖。本当に怪我をしているので、これは演技ではない。


「毒を吸い出さなきゃ……」


 そう呟くと、彼女は雅人の指を、その可愛らしい口でぱくんとくわえ込んだ。


チュウチュウ……。


(うんうん、ちゃんと吸い取っているな)


チュウチュウ……。


(もうそろそろいいだろう)


チュウチュウ……。


(おいおい、いくら何でも長すぎるだろう?)


ごっくん。


「カットー! 美玖ちゃん、ダメよ、飲み込んじゃ。蛇の毒なんだから」


 下級生には優しい優衣も、さすがにNGを出した。


「ごめんなさいぃ、まーくんの血だと思うと、つい……」


 お前はヴァンパイアか!

 雅人は心なしか、血の気が失せているようだった。


 その後、何とか二回目の撮影でOKが出た。ふう、見ているだけで疲れる。


 この日は、俺が巨大マングースとの闘いに手間取ったこともあり、ここまでで撮影終了。さすがにヘトヘトに疲れてしまった。


 山を降りる途中、みんなも相当疲れているだろうと見渡してみると、そうでもなさそう。

 ていうか、なぜが笑顔だ。やっぱり、俺だけ大変だったのか?


「雅人、おまえ、こんなとんでもない撮影だったのに、嬉しそうだな」


「僕ですか? 確かに、嬉しいっていうか……充実してました」


「充実?」


「そう。僕は屋外で、みんなでこんなに何かをしたって言う経験がなかったですから」


「……なるほど、休日はインドア派なんだな」


「はい、家に籠もって、ゲームをしたり、絵を描いたり、造形をしたり……それはそれで楽しいんですが、なんていうか……充実感が全然違います」


 それはそうだろう。


 今回、本格的な登山ではない。トレッキングというほどの物ですらない。


 しかし、冒険映画の撮影というちょっと変わったシチュエーションを、アウトドアで、それほど気を使わなくていいメンバーで体験した。しかも、かわいい女の子を二人も連れて。それが雅人にとっては新鮮だったのだろう。


 雅人にぴったりと寄り添っている、美玖にとってもそうかもしれない。


 彼女もどちらかといえば、インドア派のはずだ。そして今日、自転車で数十分という近場ながら、屋外でこれだけいろんな体験をしたのだ。楽しそうにしているのも分かる気がする。


「どうしたの、翔太。雅人君たちを見つめて。うらやましいの?」


 傍らで優衣がそう問いかける。


「うらやましいっていうか……楽しそうだなって思っただけだよ」


「翔太は今日、楽しくなかったの?」


「俺は……けっこう大変だったからな。正直、『疲れた』の方が先にくるな」


「そっか。無理させすぎちゃったかな。ごめん。でも、おかげでいい場面、撮影できたよ」


 並んで歩く彼女の笑顔に、俺も思わず顔がほころぶ。


「優衣は、どうしてこの部活を始めようと思ったんだ?」


「どうしてって、楽しそうだと思ったからよ。実際今日、すっごく楽しかった」


「ふーん、めずらしいな」


「めずらしい?」


「ああ。女の子で、こんなにアクティブに活動するなんてさ。『部活を作る』っていうエネルギーまで含めて、たいした物だよ」


「そうかな……でも、本当はもっともっと、冒険したいんだけど」


「もっと?」


「うん、日本中、いや、世界中のパワースポットやミステリーゾーンを冒険するのが、最終的な私の夢」


「世界中! それは凄いな。でも、そうなると危険も多いぞ」


「うん、そう。だから、一人じゃ怖いなって思って」


「そりゃ一人じゃ無理だろう。そんな本格的な冒険だったら、それなりのチームを作って、それから……」


「……そんな事、言ってないのに」


 なぜかいじける優衣。俺、何か悪い事言ったか?

 はっ! ここはリアルにコマンド選択ウインドウが出現していたのか?

 俺は状況を整理し、何とかフォローのコマンドを考える。そして思いついた。


「どんな危険な場所に行く事になったとしても、俺が付いていってやるよ」


 ちょっとわざとらしい台詞だったかな?


「……ありがとう」


 彼女は俺の手を取って、繋いできた。

 ほっ、なんとか正解だったらしい。


 こうして、ようやく撮影再開一日目が終了したのだった。

 

 翌日、撮影二日目。日曜日のこの日も青空が広がっていた。

 昨日と同じく、早朝から全員が集合。さあ、登山開始と意気込んだその時。


「あなたたち、今日もこの山登るの?」


 と、怪訝そうな声に呼び止められた。


「あれ……清水さん。おはようございます、今日も散歩ですか?」


 俺は不審に思いながらも、一応挨拶した。


「残念ながら、今日は仕事なの。刑事っていうのは、休日が不定期だからね。そんなことより、今日は注意に来たのよ。苦情があったから」


「苦情?」


「そう。『昨日、あやかし山で、遊歩道から離れた場所で大騒ぎしている男女の若者がいた。危険だし騒がしいから、注意してほしい』ってね。あなたたちの事じゃないの?」


 ……間違いなく、俺たちの事だ。


「別にこの山に登るなとはいわないけど、最低限のマナーは守ってもらわないと困るわ。みんなの憩いの場でもあるんだからね」


 うーん、そう言われると反論できない。


「ごめんなさい、気をつけます……」


 おお、優衣がいつになく殊勝だ。


「そう? 分かってくれるのならいいわ。私も仕事の一つは果たせたから。繰り返しになるけど、遊歩道以外の場所は、基本的に立ち入り禁止よ。それに、その荷物もだめよ、何、そのモデルガンは」


 まずいことに、今日はツチノコを狙うハンターが出現するシーンを撮影することになっている。そこで三万円も出してライフルのモデルガンを購入、今日持ってきていたのだ(全額俺の自腹)。


 他にも、雅人や美玖も荷物満載、服装もそれなりに『冒険隊』っぽいものなので、他の人が見れば違和感ありまくりだろう。


「……わかりました、ここでの撮影は諦めて、別の場所を探します」


 諦めるのか? いやに素直だなあ。


「そう? じゃあ、問題ないわね。でも、ほかの場所でも、あんまり大騒ぎしちゃだめよ」


 安堵したしたような表情を浮かべる清水刑事。俺たちが自転車に乗り、その場を離れるのを見て、満足そうに車に乗り込んで、帰っていった。


「……うーん、困ったなあ。だれか通報した人がいるんだなあ」


「何言ってるの、国家的な陰謀に決まっているじゃない! 冒険にはつきものでしょ」


「へっ?」


「『我々取材班は、国家権力による妨害工作に逆らってでも探索を続けた』……かっこいいじゃない! ますますやる気がでてきたわ!」


 うーん、優衣も相当頑固だなあ。怒られると、さらに燃え上がるタイプだ。

 ということで、一時間後にはまたあやかし山のふもとに帰ってきていた。


「おい、本当にいいのか?」


「いいわよ。『諦めて他の場所を探しましたけど、見つかりませんでした』って言えば、何の問題もないわ」


 いや、問題はあると思うが。

 なにより、地域住民の皆様にご心配とご迷惑をおかけしているのでは心苦しい。


「遊歩道内で、静かに撮影する分には構わないでしょ?」


「うん、まあ、そりゃそうだろうけど」


 この辺りのやりとり、雅人はお二人の判断にお任せします、っていうスタンスだし、美玖はなーんにも考えていないようだ。


 という事で、山を登り始める。


 時折散歩する住民とすれ違うが、優衣は笑顔で元気に挨拶する。好感度を上げて、通報されないようにする作戦のようで、俺たちも追随する。


 そして昨日のうちに見つけていた、撮影ポイントに近づいた。幸か不幸か、他には誰もいない。


「今よ!」


 優衣は藪の中に入っていく。


「歩道内で静かにしているんじゃなかったのか?」


「ばれなきゃいいの!」


 やっぱり。こうなると思った。

 急いで彼女の後に付いていく三人。ふう、撮影前から疲れたぞ。


 さあ、次はハンター登場シーン。ここで俺は、一人二役を演じないといけないから忙しい。


 とはいっても、実際に二人同時に写るわけではない。まず、ハンターにやられる俺のシーンを撮影して、その後にハンターになった俺のシーンを撮影し、それを編集でつなげて一つのシーンとするのだ。

 まず、言い合いのシーン。仮想の相手に向かって、全員で説得を開始。


 優衣「ど……どうして銃なんか持っているの!」


 俺 「そんな、てめえ、金のためならなんでもするってのか!」


 雅人「やめてください、ツチノコがかわいそうです!」


 美玖「……」


 美玖は台詞をしゃべると緊迫感が薄れる、という事ので、睨みつけるだけだ。いいなあ、楽で。

 ここでもハンターの台詞があるが、今は割愛。


 優衣 「そんな事、私たちが許さないわ……きゃあぁ!」


 後ろに吹き飛ぶ優衣。銃の後部で殴られた(という設定)なのだ。


 俺 「てめえ、何しやがる!」


 そう叫んで、突っ込んでいく。


 しかしここまでの台詞、事情をしらない一般人が聞いていたら、間違いなく本物のトラブルだと思って警察に通報するだろうな。少しでもサイレンの音が聞こえたら、真っ先に逃げよう。


「はい、オッケー。じゃあ、次は腹を打たれて、後方に弾け飛ぶシーンね」


「ちょっと待て! 俺はケガをするだけで、生き残るんだよな? 腹なんか打たれたら、死んじゃうじゃないか」


「うん、それなんだけど……昨日いろいろ考えたんだけど、やっぱりここは、隊員の一人が命を落とす方が、ドラマとして優れていると思うの」


「なんだよ、それは! 前と話しが違うじゃないか」


「うん。でも、仕方ないじゃない。撃たれた人とハンターが同じっていうのも、あまり登場シーンが多いと違和感が出てくるし。それにやっぱり、仲間が死んでしまうっていう場面は、みんなの印象に残るし。お願い、翔太。私たちのために、死んで……」


 目をウルウルとさせて懇願する優衣。

 いつかリアルでも、こんなシーンが訪れそうで恐ろしい。


 その後も抵抗を試みたが、結局殺される事になった俺。


 嫌々ながら撮影が開始された感動の殉職シーンだが、ここ、七回も撮り直した。

 表情が全然ダメらしかった。そりゃそうだろう、嫌々やっているんだから。


 まあ、最後は優衣が切れそうだったので、迫真の演技を見せたが。

 七度死んだ男。まったくしゃれにならない。


 ピクリとも動かなくなった俺を見て、一応他のメンバーは悲しむ。


「翔太……私、あなたの事、忘れない」


 どこかで聞いたような台詞を口にしながら、俺の体を斜面から転がして下に落とす。

 ここでも、いろいろとツッコミどころが満載だ。


 大体、なぜ本名を使うんだ? ほんとに次の作品、出られなくなるじゃないか。


 次に、死体を転がり落とす必然性が感じられない。別に人気の少ない山中なのだから、放置していても問題ないだろう。


 その事を優衣に聞くと、転がして落とした方が「お別れ」っていうイメージが強くなるから、その演出を入れたという。そんなもんか?


 しかも、またしても俺の転がり落ち方が悪かったらしく、三回の撮り直し。


 もうね、ホント好きにしてください。


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