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撮影開始

「あの人、絶対なにかあるわ。そんな気、しない?」

「うん、変だと俺も思った」

「僕も、何か引っかかりました」

「うーん、あの人、怪しいですぅ」

 全員、首を捻る。


「分かったわ!」

 優衣はぽん、と手をたたいた。


「あの人、ツチノコを捕まえる気だわ! あのリュックの中、罠が入ってたのよ! それで誰にも見られたくないから、こっそり、こんな朝早い時間に山に登って、その罠を仕掛けたのよ!」

「……なるほど、そう考えたら挙動がおかしかった事については納得がいく。でも、たった一人で、今更そんなデマを信じるみたいな事、するかなあ」

「うーん、そう言われてみればそうね」

 どうやら、その線は薄そうだ。


「わかったぁ!」

 今度は美玖が声を上げた。

 目をきらん、と輝かすその表情からは、自分の推理に相当の自信がある様子がうかがえる。全員、彼女の発言に耳を傾ける。

「リュックの中にツチノコ捕まえる罠が入ってて、それをこそっと仕掛けたのですぅ!」

 ……いや、だからそれ今、優衣が言ったから。


 一呼吸置いて、彼女以外、全員爆笑。


 優衣が言ったこととほぼ同じ内容だったと告げると、


「ごめんあさいぃ……私、集中して考え事すると、他の人の話とか聞き逃しちゃうことがあるから……」


 ちょっといじけている美玖の頭を、優衣は「いいのよ、気にしないで」と撫でてあげていた。優しい先輩になったものだなあ。


 ちょっと遅くなったけど、山登り開始。


 怪しい女が仕掛けた(かもしれない)ツチノコ捕獲用の罠を探そうか、という意見があったが、時間とメリットがないので無視。


 前回撮影しそこねた、罠になんにもかかっていなかったシーンを撮影。かわりに脱皮した蛇の皮を映像に収めておく。


 問題は次の、崖から転がり落ちるシーン。

 そんな崖なんて、このあやかし山にあったっけ。


「ここよ」


 優衣が皆を連れてきたそこは、崖、というより、単なる急な斜面だ。

 高さは十メートルぐらいで、斜度は、うん、まあ、スキーで言えば中級者コースぐらい。

落ち葉とかいっぱい積もっているし、確かに歩道から一歩足を踏み外せば、下まで滑り落ちて行きそうだ。


 でも、歩道には手すりがあるし、それを超えて足を踏み外すなんて、普通は考えられないんだけど。


「歩道の脇に、ツチノコの骨らしき物が落ちていることにするわ。翔太はそれを拾おうとして、転がり落ちるの。雅人君、持ってきてくれてるよね?」


「はい、これです」


 おお、さすがは雅人、こんな小物でも手を抜かず、しっかりとした造形になっている。っていうか、本物の蛇の骨格標本みたいだ。ちょっと短いけど、ツチノコのものだから当然か。


「じゃあ、翔太。行ってみよう!」


 うわあ、やだなあ。でもまあ、しょうがない。

 俺は遊歩道の手すりから身を乗りだし、その骨を拾おうとした……その時、片足を滑らせ、重心を崩してそのまま斜面へとダイブする。


 ズササササーッ……ポテッ。


 勢いよく滑り落ちたものの、最後の斜面が緩くなった地点で引っかかって転んでしまった。

 その映像は、美玖が上から、雅人が横から撮影していた。うまく撮ってくれたかな。


「カットカット! だめよ、そんなんじゃあ。台本には『転がり落ちる』って書いてたでしょ! 滑り落ちたら、迫力がないじゃない」


 そんなあ。結構痛かったのに。

 TAKE2。


 ゴロゴロゴロ……ポテッ。


「カットカット、やり直し!」


「ええっ、なんでだよ! ちゃんと転がり落ちただろ!」


「そうだけど、横に転がっただけでしょう! この場合の転がり落ちる、は、前に、派手に、なのよ!」

「えええっ、この斜面を前回りしながら落ちるのか! 勘弁してくれ!」


「だってそうしないと、迫力の映像撮れないじゃないの!」


 この言葉に、俺はカチン、と来てしまった。


「だったら、おまえやってみろよ! そこで偉そうに怒鳴るだけで、自分は何にもしないつもりだろうが!」


「……分かったわ、もう頼まない」


 優衣はそう言うと、自分が手すりから身を乗りだした。


「雅人君、ミクちゃん! 私が転がり落ちるから、うまく撮影してね」


 もちろん、俺は慌てた。


「わっ……分かった、俺が悪かった! 頼むから無茶しないでくれ」


「もう遅いわ。じゃあ、行くわよ!」


「ストップ! ストップ! もう逆らわないから、止めてくれ!」


「……よろしい。じゃあ、早く上がってきてね」


 思いっきり笑顔になった。くそ、またはめられた。


 TAKE3。

 ズササッ、ゴロン、ゴロゴロ、ゴロン、ドン、ゴロゴロドッスン。


「カーット! はい、OK! 翔太、ナイスアクションだったわよ!」


 はあ、三回目でやっとOKが出たよ。もうすでにボロボロだ。長袖の服の上からでも腕に擦り傷ができて、リアルに血が出てる。


 そこで予定をちょっと前倒しして、治療シーンを先に入れる。

 ところが、シナリオでは救護係の美玖が治療してくれるはずだったが、どういうわけか優衣が手当てをしてくれることになった。


 雅人の撮影のもと、優衣が作業を開始する。


 まず、ペットボトルの水で俺の傷口を綺麗に洗い流し、次に消毒液を付ける。


「いてっ」

「ごめん、しみちゃった?」

「いや……大丈夫」


 なんだ、自然に発生してしまった、この定番青春ドラマは! 


 気恥ずかしいけど、優衣にされると嬉しいものだな。さっきの怒りが、ウソのように収まっていく。これも彼女の策略なのか?


 大きめの絆創膏を貼り、簡単に包帯を巻いて、治療終了。なかなか手際が良かった。


 しかし、撮影が終わったあとも、優衣の手は動いた。

 タオルを水で濡らし、泥で汚れた俺の顔や首を丁寧にぬぐってくれる。


 真剣な表情だけど、俺が見つめているのに気付くと、照れたように、ほんの少し赤くなる。うっ、かわいい。こういう所に惹かれてしまうんだよなあ。


 さあ、次も問題の、「土佐犬並の大きさ」のマングースと戦うシーン。


 といっても、もちろん目の前にそいつがいるという「想定」で戦わなければならない。

 なんかのマンガで、似たようなシーンがあった。主人公がシャドーボクシングの発展系として、巨大化した仮想の昆虫や猛獣と闘う。

 しかし、果たして俺にそんな芸当ができるのだろうか。


 一応、マングース対コブラのビデオはネットの動画で見た。

 マングースの動きは非常にすばしっこく、また、想像以上に獰猛だった。

 前後の動きは予測していたが、左右にも俊敏に移動する。また、首を上げ下げすることにより、高低の反射速度も目で追えないほどだった。


 それでいて、敵の攻撃の終わりかけをカウンター攻撃する、カンの鋭さも併せ持っている。本当にこれが犬ほどの大きさだったならば、素手の人間など到底勝てる物ではないだろう。


 今回、俺は武器として、サバイバルナイフ(ただし模造刀)を持っている。

 これで下方向からのマングースに対して、どう攻めていくのか。


 ここは、マングース以上の素早い動きとフェイントが要求される。

 まず、正面に対峙する。


 仮想マングースは、俺の気をそらすように、左右に慌ただしく動いている。

 俺は、タン、と軽く一歩踏み出した。

 ビクッと一瞬、後ろに下がるマングース。しかし頭を上げ、口を半分開いて牙を剥き、威嚇している。

 そのフェイントを二、三回見せ、相手が少し慣れた頃に、俺は大きく三歩踏み出した。

 後方、そして右方向と巧みに下がるマングース。そしてこちらが止まったのを見計らって、猛烈な勢いで飛びかかってくる。


 しかし、それを俺は予測していた。

 奥義「半身ずらし」で、相手の動きをいなす。


 勢いが付きすぎ、一瞬通り過ぎるマングース。すぐに体を翻し、連続攻撃を掛けようとする。

 だが、そこにはナイフを両手でしっかりと掴み、そのまま体重を乗せて振り下ろす俺がいた。


 ザクッ!


 刃渡り二十センチのサバイバルナイフを、その刀身の根本までマングースの首根っこに突き刺した。

 かっと目を見開き、一瞬遅れてパタン、と倒れる猛獣。


(勝った!)


 俺は勝利の余韻に浸りながら、その場に大の字になった。


「カットーッ!」


 優衣の声が響く。俺の見えない敵と闘う迫真の演技に、驚いただろう!


「だめ、やり直し!」


「ええええっー! あんなに激しく闘ったのに、何が悪いんだよ!」


「動きそのものは良かったけど、ちゃんと言ってたでしょ! そのマングースは炎を吐くって」


 ……あ、忘れてた。


「ちょっと待てよ! 前も言ったけど、炎を吐くマングースなんかいるわけないだろう!」


 俺は無駄な抵抗を試みる。


「だから仮想なんだってば! 美玖ちゃんがCGで何とかしてくれるから! あと、さっきの動きだと、マングースの大きさはせいぜい柴犬だわ! 土佐犬はもっと大きいから、そこんところ修正してね。それと、闘いはもうちょっと長引かせて。さっきの三倍ぐらい。はい、じゃ、TAKE2、行ってみよう!」


 ……あの、もう、結構ヘロヘロなんですけど……。


 その後、計三回も仮想マングースと闘ったものの、すべてNG。でも、それらをつなぎ合わせて編集すればかなりいいものになりそう、ということで、ようやく解放された。


 優衣監督、厳しすぎです……。

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