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side一美
放課後。
「ふぅ…」
職員室を後にした私。
まぁ、普段の行いが良いせいで(自慢かよ)、お小言だけで済んだ。
いつもはこんな事はないんだけど、あの子が目に入ったせい…いいや、あの子のせいにしてはいけない。自分が悪いのだ。
…でも、あの子がいると分かった途端、目が離せなくなった。それは事実。
なぜ?
そんなの、自分で分かるわけがない。
告白されたことに対して、意識してる?
何だろ…このもやもやした気持ちは…。
しばらく考えながら歩いていると、いつの間にかグラウンドの脇に来ていた。そのまままっすぐ行くと、正門がある。
ふとグラウンドを見ると、陸上部が練習していた。
(今日は、陸上部の番なんだ)
グラウンドは、ソフトボール部・サッカー部・陸上部が日毎に順番で占有している。グラウンドが使えない日は、側にある運動公園(学園で一部出資したという噂がある)で練習している。
陸上部…あの子がいるかもしれない。
そんなことをふと考え、時間も今日はたまたま余っていたので、見物することにした。
「お、一美じゃない」
手近な所に座り込んで、見物して小一時間。
陸上部所属の元級友が、目ざとく私を見つけた。
「どうしたの?今日は」
「ん。何となく見物?」
「コーチ依頼もしてないのに、珍しいね」
「そういう日もあるわよ。休憩?」
まぁね、と言いながら彼女は私の隣に腰掛けた。しばらくたわいもない話をしていたが突然、『あの話』を振ってきた。
「ところで…陸上部の子に告られたって?」
「ぶーーーーーーっ!」
飲んでいたジュースを吹き出してしまった。
「な、な、な、なんで知ってるのっ?」
「情報元は彩恩」
…あぁー、菜々美と同級だっけ、今年は。
というより、私の知らないところで喋ってるの?菜々美は。
「そんな噂があるよ~、ってメールが回ってきて、彩恩に回したら詳細な内容が返ってきたわけ」
「じゃあ、ほとんど知ってるのね…」
否定する余地は無し…と。
「相手は藤宮…だっけ」
「ん」
「藤宮は…あぁ、あそこだ」
彼女の指さす方向を見ると、グラウンドの隅にある幅跳び専用レーンに、あの子がいた。
「…いた」
今朝のように助走を確かめたり、本番さながらに跳んだりしている。他の部員と色々話しながら、真剣に練習していた。
「何か気合い入ってるね」
「そりゃそうよ。今度の日曜日に、記録会があるし。その結果次第で、全国大会の予選に出られるか決まるもの」
「記録会?予選?」
聞き慣れない単語に、プチ混乱。
「そ。全国大会の予選出場を賭けた記録会。他の部で言うなら、レギュラー争いってとこ?」
わかりにくい例えだが、言いたいことは分かった。
「まぁ、ゆっくり見物していってよ。何なら口出ししても構わないから。一美、ウチの顧問と先輩達に一目置かれてるから、大丈夫」
「そうはいっても…」
「あぁっ!休憩時間過ぎてるっ!ゴメン、戻らないと」
「はいはい、いってらっしゃい」
ごめんね~と言いながら、彼女は戻っていった。戻ったところで、先輩に怒られている。
こっちこそゴメン、と心の中で謝る。
取りあえずは、幅跳びの様子を眺めてみよう。
口を出しても良いとは言ってたものの…今朝のこともあるから出しにくい。
しかし…ええい、もどかしい!
「助走のタイミング、ちゃんと取ってる?」
とうとう、口を出してしまった。
「え………あっ!」
気づかれた。
「あ、あ、あ、あ…」
まずい、これでは今朝の二の舞。
「あっ…」
逃げ出す前に、ガッシリと腕を掴む。
「あぁ、ごめん。痛かった?」
「い、いえ…」
「こうしないと、今朝みたいに逃げられちゃうから」
「…ご、ごめんなさい」
今朝のことを思い出したのか、縮こまっちゃったよ。
「まぁ、昨日の今日だし、気持ちは分からないでもないかな?でも、逃げてちゃ何もならないでしょう」
「あうぅ…」
「あまり逃げられてばかりだと、嫌われてるみたいで逆にヘコむわよ」
「い、いえ!嫌ってなんかいません」
勘違いされたと思ったのか、今度は慌てふためいている。
「わかってるわ。でも…今は、あなたの気持ちに答えられない」
「…えっ?」
見た目で分かるくらい、彼女は落胆した。
…いけない、言葉を間違えた。
「あぁ、そうじゃなくって…私の方も、混乱していて気持ちの整理が出来てない、そう言いたいの」
「……」
無反応。なんか怖い気もする。
「勢いとはいえ、気持ちを伝えてくれたことに対して、真剣に返事を返したい。だから、整理する時間を下さい」
言い終わると同時に、頭を下げた。
「そ、そんな…先輩が頭を下げるなんて…」
彼女は驚いている。私が頭を下げるなんて、思ってもいなかっただろう。しかし、これが現時点での私の正直な気持ち。
「あ、頭を上げて下さい。みんなが見てます…」
なにげに頭を上げると…うわ、注目の的になってる?
「先輩の気持ちは分かりました。では、お返事を待たせてもらいます」
「うん。そうしてくれると助かるわ。取りあえず、この件は置いといて…」
「はぁ…」
「黙認だけど、許可は出てるらしいから口を出させてもらうわよ」
臨時コーチモード、発動!(どんなだよ!)
「えええっ!?」
驚いても遅い。もうスイッチ入ったからねっ!(あのぉ~、キャラが変わってるんですが…)
ふと、校舎の壁にある時計に目をむけた。
「あ、もうこんな時間だ」
結局、フルに部活に付き合ってしまった。
「家、大丈夫かな…?」
お父さん、おなかを空かせて待ってるかも…。
真剣に藤宮さんの練習を見ていたため、時間のことをすっかり忘れていた。
仕方ないもの。藤宮さん、教えれば教えるほど上達していくし、技術をスポンジのように吸収して…んもう、また人のせいにしてるよ。
でも、すごく良くなったのは事実。飛翔時のフォームが格段に良くなり、距離が出るようになった。これは、今度の記録会で期待できそうね。
「あとは、踏み切りを安定させる事ね」
「…は、はい」
ちょっと、お疲れモードかな?
「ステップはしっかりしてるんだから、位置と歩数が合えばファールの確率がかなり下がるはずよ」
「わかりました」
「記録会、頑張ってね」
「は、はいっ!」
うむ、相変わらずいい返事だねぇ。
さて、帰り支度をして早いとこ家に帰らないと…。
「あ、あの…大河先輩…」
「ん?何かな」
「…あ、あの…ですね…き、記録会…なんですけど…」
「うんうん」
そこへ…
「一美~、彩恩が呼んでるよ~」
元級友の声が飛んできた。
「はいな~。それで?」
「…あ、いいえ、いいです。何でもありません」
ん?何だったんだろう?
「そう?じゃ、ごめんね。急ぐから」
「はい、ありがとうございました」
じゃね~、と言い残して、呼ばれた方へ向かう。
「いっちゃん、珍しいなぁ。こないな時間に居るなんて」
「ん~、たまたま?」
「どういう風の吹き回しや?今日はコーチの日やないやろ?」
なんで、私の予定を知ってるんですか。
菜々美には、なぜか私の予定が筒抜けになっていることがよくある。別に教えている訳じゃないのに、私より詳しいときがある。
「そこは企業秘密や」
え?な、何で、私の考えてることがっ?
「独り言、大きすぎやよ?」
ガ~ン…母さんにも言われたけど、そんなに?
「まぁ、それはさておき…ホンマ、この時間におるのにはビックリや」
「偶然と言えば偶然だけど…」
事の経緯を、菜々美に教えた。
「ふ~ん、そうなんか」
私の説明で、合点がいったようだ。
「取りあえず、急ぐんやろ?帰ろか」
二人並んで、校門を後にする。
「そういえば、春菜は?」
「体育館にはまだ明かりが点いてたから、まだ終わってないんかな?」
あそこの顧問は、練習熱心だからなぁ…。時間オーバーしてよく怒られてるし。
「それで、どないするの?」
…は?
「日曜日や。記録会、見に行くんやろ?」
何でそうなるんですか?
「あの子、誘ってきたんやないの?」
「そんなこと、一言も言ってなかったよ?」
「はぁ~~~っ」
盛大にため息をつかれてしまった。
「あんなぁ、帰り際に記録会の話を持ち出したって事は、見に来て欲しかったんやないの?」
あ………。
「憧れの大河先輩に見に来て欲しくて、話を持ち出したんちゃうかな?」
「憧れって…」
そういうこと…なのかな?確かに、言われてみれば何かを言いたそうだったけど。
「いっちゃんって、意外とニブやなぁ」
ガァ~~~~ン!
「そ、そうなのかな?」
「乙女なら、気付きそうなもんやけどなぁ?」
それは、遠回しに老けたと言ってるのデスカ?
「あははっ、ちゃうちゃう。まぁ何にせよ、日曜日はお出かけやな」
そういうことになるのね。私は、まだ治りかけの怪我人だというのに…あぁ、私の安息な日々はまだ訪れないの?
6話目ですw
部活のシーンを書いてみました
ちょっとぎくしゃくしてた一美と千夏
一応、収まった…ように見えますが、さて?w
次回、時間軸は日曜日に飛びます