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小一時間しゃべっていたかな?突然、春菜が立ち上がった。
「さて、あたしらはおいとましますよ」
「あら、ゆっくりしていけば?」
「そうもいかんの。今から、親に付き合わないと」
「ウチはお茶の稽古や」
忘れてた。
春菜はうちと同じような普通の家庭(お父さんがある会社の部長らしい)だけど、菜々美の家は、関西では少し名の知れた家系の分家らしい。そのお家柄なのか、日本文化のお稽古事を色々習わされてる。だが、本人も嫌いじゃないらしく、割と積極的に通っている。
「そう、二人とも気をつけて帰ってね」
「お見舞いありがとうね」
「い、いえ!恐縮でありますっ!」
敬礼までする春菜。もう大丈夫だって…。
「あなたはどうするの?」
「あ…はい…」
二人が退室した後、看護師は下級生に今後の行動について尋ねた。
「私はもうすぐ休憩時間が終わるから、仕事に戻ら…」
そう言いかけた時、
『大河師長、大河師長。水野先生がお呼びです。医務室までお越しください。繰り返します…』
と、館内放送が入った。
「これって…」
母さんの方を見ると、急にまじめな顔をし始めた。看護師モードに入ったようだ。
「ごめんね、急いで戻らなきゃ。千夏ちゃん…だっけ。時間の許す限りゆっくりしていってね。それじゃ、一美」
「うん、いってらっしゃい」
「ごめんね~」
パタパタとサンダルを鳴らして、母さんが病室を出て行った。
「……」
当の彼女は、ポカ~ンと口を開けて固まっていた。
「あのぉ~、藤宮さん?」
「……は、はいっ!」
「どうしたの?固まっちゃって」
理由は想像できてるから、苦笑しながら彼女に問いかける。
「あの看護婦さん、放送があった途端、慌てて出て行きましたけど、どうしたんですか?」
やっぱりね。最初はみんな驚くのよ、私も含めて。
「サボってるのがばれたんですか?」
「違う違う」
サボりなら、私が追い返してるって(苦笑)。
「さっきの放送は『スタットコール』と言って、先生や看護師の緊急呼出しなの」
「は、はぁ」
「あの放送には隠された意味があるのよ」
「?」
「『急患が入ってきます。急いで集まって!』って意味…だったかな?」
そう説明している最中、救急車がやかましくサイレンを鳴らして近づいてきた。それを、病室の窓から二人で見下ろす。やがて、救急車はサイレンを止め、救急搬入のスロープに入って見えなくなった。
「ね?」
「はぁ。それなら、普通に放送すれば…」
「ここは病院よ?そんなことをしたら、他の入院患者さんが不安がってしまうわ」
「あ…」
「さらに言えば、ここの病院にはいっぱいお医者さんがいるけど『水野先生』と言う先生はいないのよ」
「??」
「そこで、存在しない先生からの呼び出し=緊急呼出という図式が出来上がるわけ」
「へぇ~、そうなんですか」
納得していただけました?私も昔、やたら『水野先生』に呼ばれるから、おかしいなぁと思ってたわけ。いざ、母さんに聞いてみたら、そういう絡繰りだったの。
「そういえば、そういう暗黙の会話…とでも言うんですか、そういうものがファミレスや喫茶店にもあるのを聞いたことがあります。招かざるお客に対して、特定の名前で来店した旨を伝えるとか」
へぇ~、それは初耳ですな。
「ま、似たようなものかな?相手に悟られない、という点に関しては」
「ふふ、そうですね」
「あと、訂正。『看護婦』じゃなくて、『看護師』ね。呼び名が変わってるから気をつけて。あと、さっきの看護師が私の母親。紹介しなくてごめんね」
「えっ?そうだったんですか。失礼しましたっ!」
まぁまぁ、そんなにかしこまらなくても。
「そういえば母さんも言ってたけど、どうするの?このあと」
「え?」
「だって、春菜達に強制連行されたんでしょ。部活とか大丈夫なの?」
あの二人のことだ、有無を言わさず連れてきたんだろう。多少強引なところがあるからなぁ。
「それは平気です。今日は自主練習日なので」
そうですか。じゃあ、悪く言えばサボっても良いと。
「うぅ、いじめないで下さい~」
あはは、ゴメンゴメン。
「この後、予定ある?」
「いいえ、特には…」
「じゃあ、あなたさえ良ければしばらく側にいてくれないかな?ここ個室だし、急な入院だからTVもないし、退屈でねぇ…」
まさか、たかが検査入院で個室を用意されるとは思わなかったわ。…母さんの差し金かしら(何の?)。
「それが罪滅ぼしになるのでしたら…」
あらら、まだネガティヴになってるよ。
「あのね、今朝のは事故。別に怒ってるわけじゃないしね。被害も額だけ…」
あれ?他にもあったような……記憶がある限りの回想をしてみる。ええと、携帯を確認して、影が映って、声がして、振り向いて、ぶつかって……あっ!
「「あ、あの…」」
声がハモった?
「な、何かな?藤宮さん」
「い、いえ…先輩からどうぞ」
「「……」」
い、いきなり気まずい雰囲気だぞ。も、もしかして…
「あ、あのさ…」
「は、はい」
「事故の時に、……しちゃったの、覚えてる?」
「な、何をです?」
どもった。知ってて聞いてるな?確信犯だ。
「…き、き、キス…よ」
うわぁ~、いざ言葉にすると恥ずかしい~~っ!
「…やっぱり、そうだったんですか。何か変な感触が唇にあったなぁ~と位にしか感じなかったのですが」
何か解説が生々しいんですが…。
「目撃したクラスメイトにからかわれていたんです、午前中ずっと」
「な、なんて?」
「…そんなこと、言えませんっ!」
あらら、赤くなって俯いちゃったよ。
「まぁ、いいわ。お互い、事故って事で忘れましょ」
「え……」
えって…何でそげな悲しい顔をするの?
「女の子同士よ?あなただっていい気じゃないでしょう」
「…………そんなこと」
へ?
「そんなことありませんっっ!」
「うわぁっ!」
なんという迫力の全否定…って、えぇっ?
「ありませんて…」
「だって、憧れの大河先輩ですよ?文武両道を地でいくスーパーヒロインの一人ですよ?嫌なわけありません!」
…何か、変なスイッチ入ってません?
「事故とはいえ、入学時から密かに想っていたあの大河先輩とキスできたんです。ライバルも多いし……」
あ、あの?勢い余って告白までしてますよ…って、告白? ええええええ~っ!
お、お、お、女の子から告白ぅ~?
さすがの私も、初めての経験デスヨ?確かに、藤宮さんはかわいいよ?背がちっちゃいのもかわいい要因の一つだし、意外と礼儀正しいし、割とスタイル良いし…って、何を混乱しているんだ、私。
「事故なんかで片付けたくありません。好きなんです、先輩のことが…………あ」
向こうも、冷静になったみたい。
「あわわわ…」
大それたことを言ったことに気づいたようね。赤い顔から一転、顔面蒼白になっているよ。
「すすす、すみません!今言ったことは、忘れてくださいっ!」
「忘れてもいいの?」
「私の戯れ言です。気にしないでくださいっ!」
それはそれで、何か悲しいような…。
「すいません、失礼しますっ!」
だだだだだだだ……
あ~あ、ドア開けっ放しで帰っちゃった。
よいしょっと。
ベッドから立ち上がり、病室のドアを閉める。
「あの子も、隠れファンだったのね…」
今朝の春菜の話を思い出していた。
女子校特有(?)の百合フラグ。
まさか私に立つとは思ってもみなかった。
だって、私は背は高いけどロングヘアー。どう見ても女の子。こういうのって、ボーイッシュな女の子に対して起こるイベントじゃないんですか(それは偏見です)?
何かこの先、ものすごい波乱が起こりそう…ていうか、結局今夜一人じゃないの!はぁぁ…せめて、TVが欲しい。さっきの告白イベントを忘れるために…。
病室での風景、後編です
勢いで告白してしまった千夏、脱走<マテ
初めておにゃのこから告白された一美、混乱<マテマテ
この先の行方は…?
私にもわからうわなにするはなせやめ




