2
side一美
「お疲れ、一美」
「あ、母さん。病室で待っていたの?」
自宅近くの総合病院。診察受付をしたら即、MRI検査室に誘導されて入念に検査された後に、先生の指示であてがわれた病室に移動したら、母さんが待っていた。
大河美紗子。私の母親。ここの総合病院で外科の看護師長をしている。
「ううん、たった今来たところよ。休憩もらってね」
師長だからって、サボってないでしょうね。
「莫迦なこと言わないの。色々手配したりなんだりで、バタバタしてたのよ?」
そのおかげで、一晩の検査入院ってことになってるんですけど…?
「やっぱ、頭に関しては軽視できないって、脳外科の先生も言ってたわ」
専門医が言うから、そうなのかな。
「あ、携帯貸して。友達にメール入れたいから」
「はいはい」
病院内では、電磁波などの関係で普通の携帯電話が使えない。ので、母さんなど病院で働いてる人は、電波出力が小さい専用の携帯を使用している。それを借りないことには、連絡手段は廊下の公衆電話しかない。
「これで…よし、と」
病院一泊の旨と、病室番号を春菜に送った。うちの母のメルアドを知ってるのは、私の友人関係では春菜だけなので、彼女に情報を送れば後はうまくやってくれる。
「しかし、一美が事故に遭うなんて…」
「相手の前方不注視による衝突事故、ってとこかしら」
「そこで、叔父さんの真似をしないの」
「はは…似てた?」
「口調はね」
親戚の叔父は、交通課に勤務する警察官。事故現場で陣頭指揮を執る、え~と、何だっけ…役職を聞いたんだけど、忘れちゃった。たまに遊びに行って、ニュースなんかで事故の話題が出ると、先ほどの口調で原因とか色々なことを説明してくれる、強面だけど優しい人なのだ。ちなみに、うちの父親はごく普通のサラリーマン。特徴は…特にないか(笑)
「打ったのは、額だけ?倒れたときに後頭部を打たなかった?」
「とっさに春菜が、身体を滑り込ませようとしたらしいけど、間に合わなくて後頭部も打ったみたい。春菜は『お尻打った~』ってわめいていたらしいけど」
「そう…でもさすがは春ちゃん。バレーやってるからこその反応かしらね」
たまたま隣にいた、ってのもあると思うけどね。でも、よくあそこから身体が動いたよな~。
「頭痛以外にどっか悪いところない?」
「悪いとこも何も、頭突きの瞬間に気を失って…」
何か…他の感覚が…何か柔ら…かく…て……あっ!
「何か悪いところあるの?」
ま…まさか…まさか…!
私、ぶつかった拍子に…キ…キ…キスしちゃった?
「どうしたの?赤くなっちゃって」
し、しかも、唇とくちび…
「~~~~~~~~~っ!」
恥ずかしさのあまり、布団を頭から被る。
「何をしてるの。…やっぱり、何か影響が…」
「そうじゃないっ!そうじゃない…けど…」
ナースコールをしようとしてるのを、全力で止めさせる。
「思い出したくないことを、思い出しただけよ」
「ふ~ん」
そりゃ、そうですよ。事故とはいえ、キスですよ、キス。しかも女の子と…母さんでも、こんな事言えないよ。
「キスがそんなに恥ずかしい?」
はうあっ!な、なぜわかったの?
「独り言、大きいわよ?」
もしかして、全部聞こえてた?
「えぇ、バッチリ」
あわわ…穴があったら入りたいとは、こういう事なのね…。
「相手はどんな子なの?」
は?
「キスの相手。お母さん、興味あるわぁ」
あ、あのね…。そもそも一瞬だから、顔なんか覚えていないよ。
「何で女の子だと分かったの?」
うちのガッコ、女子校でしょうが…。
「女子校だって、男性の教師はいるでしょう?」
ぶつかる前に、悲鳴を聞いたもの。それに反応して振り向いたら…
「正面衝突事故…と」
そゆこと。厳密には、顔だけ『正面』だけど。
「まぁ、大事なくて良かったわ。」
そこへ…
「おっ邪魔しま~す!」
「ハル~、声大きすぎや」
親友二名様ご到着。
「春ちゃん、菜々ちゃん、来てくれたの」
「おばさん、お久しぶりです」
ピシッ!
く、空気が…ま、拙いよ、春菜ぁ…。母さん、顔は笑ってるけど怒りのオーラが漂ってる~。
「ハル、おばさんちゃうやろ?」
すかさず、菜々美がフォローに入る。
「…はっ!み、みみみ、美紗子さん!おおお久しぶりでありますっ!」
「ご無沙汰してます」
「二人とも、久しぶりね。お見舞いありがとう」
「い、いえ、当然のことをしたまででありますっ!」
自分のミスとはいえ、春菜ったら口調が変わっちゃってるよ。敬礼までしちゃって…。
母さんは、『おばさん』と呼ばれるのを極端に嫌う。確かに、見た目は子持ちの母とは思えない位若く見える。街で一緒にいると、姉妹と間違えられる事が多い。
「速かったね、来るの」
メール送ってから、そんなに時間経っていないよね。
「メールもろたときには、もう病院の前やったんよ」
「いちみが病院…と言ったら、ここしかないでしょう」
それもそうか。母さんがいるせいか、怪我なんかで結構お世話になってるしね。
「外科関連では有名な病院だしね」
「某漫画みたいに、優秀な先生がいっぱいいるんだから」
なにげに宣伝しないでください。
「それはそうと…」
ん?
「あの子は入れなくていいの?」
ドアの方に目をやると、知らない女の子が隠れて立っていた。
「あぁ、忘れてた。いちみ、事故の原因を連れてきたよ」
事故の原因?
「ようするに、ぶつかった相手や」
…それが、あの子?
「そ。いちみが学校を出た後、昇降口にいたんで」
「都合を聞いて、放課後を待って連行させてもろたんよ」
そう…学校で感じた視線の正体は、この子だったのか。
しかし、連行って…穏便に済ませたんでしょうねぇ。彼女に同情するわ。
「ほら、モジモジせんと、入ってきぃ」
菜々美に言われて、おずおずと病室内に入ってくる。
…ん?下級生?
「そうね。一美とタイの色が違うわね」
私達の学校の制服は、普通のブレザー。どこぞのデザイナーがデザインした…と言うものではないのだが、色使いが洒落ていて意外と人気がある。
そして、リボンタイとバッジで学年が分かるようになっている。ちなみに、現時点では私達二年が緑、この子は紺色だから一年。ちなみに、三年はピンクが強い赤となっている。
「さ、謝るんやろ?」
「あたし達には、もう済んでるしね」
先輩三人+αに囲まれていては、さすがにオドオドしてしまうか…。
「あ…あの…」
お、覚悟決まったかな?
「わ…わた…、わたし…」
うんうん、頑張れ、女の子!
「あ…あの…そのぉ…」
ブチン!
「ええ~いっ!じれったいんじゃああああっ!」
「あ、あかん!ハルがキレてもうた~」
うるさいなぁ、もう…キレるの早過ぎ。
ドキャッ!
はたいて黙らせるつもりが、無意識に拳を握っていたみたい。綺麗に春菜の横顔にヒットしてしまった。
「ぐ…グーで来ましたか…」
ドサッ。リノリウムに崩れ落ちる春菜。
…まぁ、良しとしますか(いいのか?)。
「おぉ、ナイスツッコミ。でも、グーはやりすぎちゃうか?」
暴走した彼女にはこれくらいでいいのよ、と心の中で弁明する。
春菜は、頭の中に『我慢』という言葉が存在してないんじゃないか?というくらい、短気である。こういう時のツッコミ担当は、いつも私に回ってくる。
「ったく、あの子が怯えちゃうじゃない」
「せや。折角勇気を出してここにおんねんやから、野暮はあかんよ?」
「う、うい」
「……」
あらら、私達のやりとりを見ていて固まっちゃったよ。しょうがないなぁ、助け船を出しますか。
「あの、お名前は?」
「…藤宮…千夏…と言います。今朝は本当にすいませんでした。ごめんなさい」
ペコリと音がするぐらいに、頭を下げた。う~ん、気持ちいいくらいな謝り方、いいですねぇ。
「苦しゅううない、面をあげ~い」
…は?どこのお殿様ですか、菜々美。ていうかそれ、私が言うべき台詞じゃないの?
「ツッコんでくれへんの?」
ど~やってツッコめと…。
「は、はい…」
あなたも素直ですね~。まぁ、いいか(いいのかよ)。
「そもそも、何で私にぶつかってきたの?身長差、あるよね」
そう、一番の謎はそこ。私は前述の通り、背が高い。新学期の身体検査では、確か174センチ。彼女は…どう見積もっても157センチぐらい。普通なら、額同士がぶつかることはないはず。
「えっと…実は私、陸上部に所属しているんです」
「「…は?」」
いきなり関係のない話が始まり、親友二人は目をテンにして聞き返した。それと事故と何の因果関係が?
「それで、得意種目が走り幅跳びなんです」
ますます謎めいてきましたよ?
「よけい分からへん…」
「あ、あたしも…」
「取りあえず、順序立てて説明してくれてるのよね?」
え?よく分かりますね、母さん。伊達に看護師をやっていないということですか。
「あ、はい。それで毎朝、朝練代わりに校門で踏み切りの練習…みたいなことをしてるんです、門のレールを踏み切り線に見立てて」
確かにウチの学校は、校門内側は砂利を敷いてあるから、そんなことも出来るか…。でも本気で飛んだら、着地で転ぶでしょうに。
「タイミングの確認だけですから、本気では飛んでません、いつもは」
…いつもは?
「今日は、たまたま寝坊しまして…気が動転していて、急いで走ってきたら、つい本番の調子で踏み切ってしまい…」
気がついたら、着地点に私達がいた…と。
「声をかけたけど、間に合わなくて…本当にごめんなさい」
「おかげで、あたしのお尻が犠牲に…」
「ハルのお尻はどーでもええねん」
激しく同意。
「なぁんでぇ~っ?あたしは、二人分を受け止めようとしたのよ!重なって倒れていくいちみと彼女を」
「ちょう、間に合わなかったけどな」
それは、感謝してます。でも、この際あんたのお尻は関係ないから。
「それより、あなたの方は大丈夫なの?藤宮さん…って言ったかしら」
そうだよ。私の方ばかりこんな大事になってるけど、彼女も額を打ってるはず。瑞浪先生は大丈夫そうなことを言ってたけど。
「あ、はい。身体が丈夫なのが取り柄なので…」
「それ、あまり関係ないような…」
「それに、大河先輩がクッションになったので、大したダメージはありませんでした」
大した怪我がなくてよかった。
「しかし、いっちゃんを一発で沈めるとは、なかなかええツッコミや。普通の人には出来ない芸当や」
ツッコまれた方の身にもなってよ~。てか、あんなツッコミは二度とゴメンだから。
「事情はだいたい分かったわ」
色々な話を聞いて、看護師なりに納得したようだ。
「取りあえず、一晩のお泊まりは変わらないからね。諦めなさい」
「はぁ~い…あ、お父さんには?」
「言ってないわ。出張先から飛んで帰ってきそうだもの」
はは…あり得る。
過去にも、試合中の事故で捻挫したときに、仕事を放り投げて病院に駆けつけた、という逸話があるくらいだ。そのときは休日出勤だったから、業務に支障は出なかったらしいけど…。心配してくれるのは良いんだけど、娘を溺愛しすぎ。
「…本当にご迷惑をおかけしました」
「まぁ、事故やからな。これから気をつければええんやないの?」
「はい…気をつけます」
「いちみがぼぉーっと歩かなければ大丈夫」
「ぼぉーっと歩いてない!ってか、私のせい?」
「ちゃうの?」
「立ち止まりはしたけど、ぼぉーっとしてないわよ」
ったく…こっちは、訳も分からずに巻き込まれたっていうのに、この二人は…。
少し間が開きましたね すいませんm(__)m
病院での一コマです
主要人物はほぼ出そろいました
病室での展開は、まだ続きます
それは…次回のお楽しみにw