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side一美
「ここまでくれば、歩いても間に合うかな」
ランニングから、歩行モードに切り替える。
直線上の約一キロ先、私の通う『皆川学園』が見える。
私達の学校は漫画などにありがちな、とんでもない高台にあったり…てなことはない。山宮市の市街地のど真ん中にあり、歩いても山宮駅まで十五分位と、アクセスは悪くない。路線バスも走っている。
皆川学園は、いわゆる「お嬢様学校」ではない。しかし、地域唯一の女子校なので必然的にそれなりのお家柄の方々が集まってきているようだ。しかも、学校側が文武両道に力を入れているため、学校のレヴェルはかなり高いらしい。
私、大河一美は、ここの二年生。
実を言うと、私は女子校に来たくなかった。特にこれと言う理由はないのだが…。何となく苦手意識があった。
親が熱心に勧めるから、私から折れて受験し入学した。その方が親としては安心らしい(そんなもんかねぇ)。
最初はあんまり馴染めなかったが、一年も通えばそれなりに慣れてくる。普通に友達もできた。
「いちみ~、おっはよ~」
後ろから、シャアアアアアという自転車の音とともに、友人の挨拶が聞こえた。そして私の横に来ると、自転車を降りて一緒に歩き始めた。
「おはよ、春菜」
彼女は等々力春菜。皆川学園入学時からの親友。去年同じクラスでたまたま席が隣同士になり、お昼を一緒してから意気投合して現在に至る。今年も同じクラスだ。彼女は電車通学組で、駅から自転車でやってくる。
去年の暮れに愛用の自転車を盗まれてしまい、それ以来折り畳み自転車を電車に持ち込んで通っている。
「今日はちと早くない?」
「そこまでランニングしてきたから」
「ってことは、また助っ人?今度はどこ」
「今回はバスケ」
自分で言うのも何だが、運動能力にはそこそこ自信がある。去年の球技大会では、自分のクラスを学年優勝どころか学園全体で二位に導く大活躍…と目立ってしまった。
それ以来クラブの勧誘が凄かったのだが、事情によりクラブに入れないことを説明すると、クラブの臨時コーチ&試合の助っ人要員を打診されるようになり、私も時間が合えば…との条件で引き受けることにした。主に球技が中心だが、剣道や弓道などの武道もたまに依頼が来る。
「あんたの運動能力は、ほんと底なしね」
「ひとを化け物みたいに言うな」
「その源は、この胸か?んん?」
「胸は関係な…ちょっと、どこ触ってんのよ!って、こら、揉むな!」
何をトチ狂ったのか、春菜が私の胸を揉んできた。事あるごとに彼女は、私の胸に手を伸ばしてくる。これがなければ、いい子なんだけどねぇ。
「もう…いいかげんにしなさいっ!」
ビシッ!
離れない春菜に、チョップを入れる。
「ふぃ~っ、堪能させてもらったゼヨ」
「まったく…あんたはレズか」
「いや、それはない」
そこまでやって、きっぱり否定ですか。
「どっちかと言えば…オヤジ?」
「余計にキモイわっ!」
「じょーだんだよ。これはぁ、単なるいちみへの愛情表現だYO」
はた迷惑な表現だな、おい。
「しかし、女子であそこまでスポーツできる人はいないって」
ようやく、普通の会話に戻ったか。
「体を動かすのが好きなだけよ」
「そうだろうけど、いちみの場合レヴェルが違うのよ」
それは、無駄に高い身長のせいだと思うんですが…。
小学校高学年のころからスポーツに興味を持ち、いろいろな競技に参加した。飲み込みが人より早かったせいか、すぐに活躍して大会で優勝したこともある。
その頃から身長が伸び始め、中学ではバレーとバスケを掛け持ちしたせいでさらに伸び、今では男子の平均くらい。だから、クラスで並ぶと頭一つ飛び出してしまうので割と目立つ。
まぁ、同じクラスの春菜もバレーのおかげで割と背が高いから、二人して目立ってるんだけど…。
「あんな活躍するから、けっこー隠れファンがいるらしいよ、あんた」
「活躍する予定じゃなかったんだけどなぁ…」
「で、試合はいつ?」
「今度の土曜日。勝ったら、日曜日も」
「大変だ~」
「ま、キライじゃないからね」
それからは、たわいない話をしながら歩く。校門まであと五百メートル。そこに、
「もうかりまっか~」
と、曲り角からもう一人の友人が現れた。
「ぼちぼちでんな~、って何やらせるのよ!」
「ナイスなノリツッコミや。おはよう、お二人さん」
…普通の挨拶できんのか、あんたら。
「普通にやったら、オモロないやん。笑いは人生で一番大事やよ?」
「いや、ウケてないし」
「うっ、痛いところを…」
もう一人の友人の名は、彩恩菜々美。
関西出身で、三年前からこの地で暮らしているので、学校近くの住宅団地からの徒歩通学組。
彼女もまた、入学時からの親友。弓道部所属なので、弓道部の助っ人依頼は彼女経由が多い。
「ところで、いっちゃん」
「な、何すか?」
「ウチのクラブには、いつ入部してくれるんの?」
ま、またその話ですか…。
入れないという説明をしたにもかかわらず、熱心に勧誘をしてくるクラブが幾つかある。菜々美の弓道部が一番良い例だ。こんなことなら、調子に乗って皆中を連発させるんじゃあなかったなぁ(自業自得です)。
「入れないと言ったでしょう」
「ウチの部長は諦めてないで?クラブ行く度に、まだか、いつ連れてくるんだ、って聞いてくるし」
…あの部長、意外としつこいな。
「なぁ、ホンマに入れへんの?」
「色々忙しいからねぇ…ゴメン」
「そーいって、ホントは逃げてるだけとか?」
かっつぃ~んっ!
「春菜ぁ……そんなに、三途の川を渡りたい?」
わたしは、笑顔を作りながら恨みを込めて、春菜を見つめる。ついでに、指も鳴らしながら…。
「うぁ…本気モードでいちみが怒ってるぅ…」
「ラクに逝かせてあげるから…ってか、逝ってこい!」
「ごめんなさいすいません。あたしが悪ぅございました…」
まったく、もう…。一言多いのよ、春菜は。
「まぁ、その件はうまくごまかしておくから」
助かります、ホント。
「ところで、春菜ぁ」
「ん、なんね?」
「どーして、私のことを『いちみ』って呼ぶの?」
「なんでって…漢字そのまんま読みで『いちみ』じゃない」
ガクッ!
あなたは莫迦な子ですか。
「香辛料みたいやな。『一味あります?』みたいな」
蕎麦かうどんに入れられちゃうの?私。
「まぁ、あだ名なんてそんなものでしょ。呼びやすければ、何でもいいのよ」
「そうやね。特に意味もないしな。省略するか、短縮するかが普通やもんな」
そうね。菜々美は春菜のことを『ハル』、春菜は菜々美のことを『菜々』。二人とも短縮で呼んでいる。確かにそこには意味はない。私の場合は、読み替えの方がしっくり来るようだ。でも、『いちみ』はないよねぇ。
「さて、少し急ぐとしますかね。話し込んじゃったし」
校門を通過するときに春菜がそう言ってきたので、立ち止まって携帯を取り出し、時間を確かめた。
うん、確かに少し急いだ方がいいかな…そう思ったとき、ディスプレイに何か陰みたいなものが映った…ような気がした。
「うきゃあああっ!そこの人!避けてぇぇぇぇぇっ!」
「ん?」
声らしきものに反応して振り向いたのがいけなかった。視界に突然、人の顔らしきものが飛び込んできた。あまりに突然すぎて、受け身がとれないっ!
ごちん!
額に何かがいい音を立ててヒットした。と、同時に唇に何か柔らかい感触が…。
「むぎゅっ!」
「!!」
「いちみ!?」
「いっちゃん!?」
人がぶつかった。それはわかった。でも、記憶があるのはそこまでだった。
「…う~~ん」
だいぶ寝ていたような気がする。
手を目覚まし時計にやっているのだが、時計が…ない。
…あれ?
寝ぼけ眼に天井を見る。
見慣れない天井…いつもと違う朝の匂い…今、何時?
「あっ!!」
思い出したっ!
ガバッとベッドから起き上がる。と、同時に…
「~~~~~~~~っ!」
突然、頭痛が襲ってきた。
ガラッ!
「お、気がついたようね」
アコーディオンカーテンが開いて、白衣を着た人がのぞき込んできた。
「瑞浪先生…?と言うことは、ここは保健室?」
瑞浪知香先生。皆川学園の常勤保険医だ。
「とりあえずは、正常なようね」
「今、何時ですか?」
「えぇ~っと、四時限の真っ最中だね」
お昼近いじゃない。
「今朝のことは覚えてるかしら?」
「人がぶつかってきたことまでは…」
「じゃあ、頭突きで倒れ込んで気を失ったみたいね。後頭部には、目立った外傷がなかったけど、ちょっとコブが出来たくらいか」
それよりも、額がヒリヒリしますですぅ。
「見事に額が赤くなってたから、悪いけどそこだけ絆創膏を貼らせてもらったわよ」
言われて、鏡を見ると…うげ、デカデカと貼ってある。どこの漫画キャラですか。
「二、三日で腫れは引くと思うから、我慢してね」
みんなにイジられそう…。
「他に身体の異常を感じるところはない?」
「頭痛と後頭部以外は、特にないっす」
「まぁ、大丈夫だと思うけど、打った場所が場所だからねぇ…。私としては、早退してちゃんとしたお医者さんに診てもらうことを勧めるけど」
確かに…。打ち所が悪いだけで、死に至るケースもあることですし。
「ところで、先生」
「何かな?」
「ぶつかった相手はどうしたんです?」
あぁ、と女医は思い出したようだ。
「向こうの方が丈夫みたいでね、額もあなたほど腫れてなかったから、そのまま授業受けてると思うわ。本人も平気そうだったし」
ひえ~~~っ!
私より石頭だったですか。確かにいい音したもんなぁ。
「平謝りだったねぇ。他の二人に対して」
そんなことがあったんですか…。
キーンコーンカーンコーン…。
「お、四時限が終わったみたいね」
ドドドドドドドドド…
おぉ、地鳴りみたいな足音が聞こえてくる。
ガララッ!
「失礼しまっす!いちみ、目ぇ覚ましました?」
「こぉらっ!廊下は走らないっ!」
勢いよく保健室に飛び込んできた春菜に、瑞浪先生の怒号が飛ぶ。
「すみません。いちみのことが気になって…」
「で、授業終わってすぐにここへ来たのね」
ははは、春菜らしいなぁ。
「あ…。いちみ!気がついたのね」
あぁ、つい先ほどですが…。
「失礼します。…いっちゃん、気ぃついたんか」
菜々美も遅れて保健室に顔を出した。何とか生きてますよって。
「よかったわ~。相手は意識あったけど、いっちゃんはウチらが呼びかけても気ぃつかへんから、ちょうビックリしてもうて…」
「菜々と二人して、ここまで担ぎ込んだのよ」
そうだったんだ…ありがとう。
「そしたら、ちかぼー先生に怒られて…」
え?
「頭打った人は、無闇に動かしたらあかんって…ウチら、気が動転しててすっかり忘れてたわ」
「先週、応急手当の講習をしたばっかりなのにね。先生、悲しいわ」
そういえば、そんな特別授業やりましたね。学校にAEDが配備されたから、この機会にってことで。
「まぁ、次があったら気をつけて。しかし、あなたが担ぎ込まれたときは驚いたわ」
そうですか?
「怪我などでよく来てるけど、そこの二人が担いできたんだもの。しかも意識がないというから、二度ビックリよ」
まぁ、その辺の記憶は私にはないわけで…。
「どんなにスポーツ万能でも、事故はおこりうるということを身をもって証明しちゃったね」
「あの状況じゃ、さすがのいっちゃんも回避不可能ということやね」
…私は、何かの超人かなにかと思われていたんですか?
「…ところで、大河さん。早退の件、どうする?」
どうしようかな…。そうなると、親にも連絡しないと。
「え?いちみ、早退するのっ?」
「大事をとってね。瑞浪先生も、その方がいいって言ってるし」
「頭やからねぇ。精密検査してもろた方がいいんとちゃうか?スポーツやってるし、何か起こるかもわからへんし」
だねぇ。では、早退させてもらいます。
「担任には私から言おうか?」
「いえ、この足で職員室に寄っていきます」
「そう。お大事にね」
「結果わかったら、教えてな」
支度をして、保健室を出る。
即座に携帯を取り出し、母親が勤めている総合病院に電話をかけた。母親から、事の顛末について根掘り葉掘り聞かれたが、検査の手配をしてくれると言ってくれた。あとは、タクシーをつかまえて…。
んんっ?なんか、視線を感じるような…。
サッ。
振り向いてみたが、誰もいない。気のせいか…。
「………」
きっかけとなった事件ですw
まだ名前が出てきてませんが、ぶつかった相手というのが
人物紹介の藤宮千夏ということになります
その辺は、話が進めばわかるようになりますw