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時間軸は、予告通り文化祭付近です
side一美
9月に入って、学校も再開。月末には文化祭が控えていることもあって、今日のLHRは文化祭の実行委員と催し物を決める、という内容だった。
幸い?にも実行委員には選出されず。催し物は仮装(コスプレ可)喫茶で方向が固まりそうだった。細かいところを詰めようとしたところで、チャイムが鳴りタイムアップ。残りは委員と有志数名で協議して数日中にHRで報告されることとなった。
「いちみ~、メイドさんの格好すれば?背が高くてロングなんだから、出来るメイドってイメージになりそう」
「春菜こそ、ショートカット生かして執事さんにでもなれば?」
「……妬いておられるのですか?お嬢様」
「はぁ?何に対して妬くのよ。っていうか、いきなり役に入るな」
「何だよ~、人が折角いちみを陥落させようとしてるのに」
「あんたに靡く要素はこれっぽっちもないから」
私はもう千夏ちゃんっていう大事な人がいるんだからね。もう表も裏も見尽くしてる春菜は、恋愛対象にはならないんだってば。
「相変わらず、Sないちみだ~」
そんな莫迦を言いながら、二人で昇降口まで来たときだった。
「大河一美さん」
誰かに呼ばれたようだったので、振り向いた。
「あら?貴女は……」
「演劇部々長の、音羽倫子ですわ」
去年クラスメイトだったので、面識はある。今年は菜々美と一緒だったよね。彼女は?
「もう弓道場へ向かったようですわ」
あ、そう。……で、私を呼び止めたってことは、何か用事?
「はい。折り入ってお願いが……」
「話長くなりそうな雰囲気だね。あたしは部活行くよん」
はいな。また明日ね。音羽さん、場所変えようか。
「じゃあ、部室へ行きましょうか」
案内されたのは、講堂のステージ袖にある機械室?みたいなところだった。放送機材やマイクなどが所狭しと置かれている。それでもそこそこの広さはある感じかな?
「さ、どうぞ」
その機械室を抜けた先にある小部屋が、演劇部の部室らしい。扉を開けた部長に続いて部屋へ入る。
「お邪魔しま~す……」
「あ、部長!もう連れてきたんだ?」
一人の部員が私に反応した。
「いえ、これからお話しするのよ?」
「良い返事が貰えるといいですね♪」
「此処に来たからには、もう決まったようなものっすよ」
……何か話が勝手に進んでいる気がスルンデスガ。
「あ、ごめんなさいね、紹介もせずに。みんな、自己紹介して」
部長に椅子を勧められ、腰を落ち着かせて部員たちの自己紹介を待つ。
「ほーい。わたしは圓谷仁美。同学年だよ。貴女の噂は色々聞いてるよん」
まずは、最初に反応した子か。同学年の割には子供っぽい?
「わたくしは新崎真綾と申します。わたくしも、大河先輩の噂はかねがね」
お嬢様っぽい後輩ですか。後輩にまで伝わってる噂って……
「次つぎ!あたし、那珂裡莉々子って言います!よろしくでっす」
最後は元気いっぱいな感じの子ですね。……これで全員?
「はい。部活動承認ギリギリの人数です」
「先輩方がごっそり抜けてわたしと部長だけだったのが、二人入ってくれたおかげで今年も何とか……」
そうよね。確か去年の文化祭では、大人数で舞台をやってた記憶があるもの。
「真綾さんと莉々子さんには感謝しています」
「わ、わたくしは元々演劇部志望だったので……むしろ、感謝するのは莉々子さんですわ。わたくしが無理やり引っ張ってきたせいで……」
「あはは。まぁ、最初は場違いかなぁ~とも思ったけど、今は来てよかったと思ってるよ?」
なるほど、経緯はわかったわ。で、本題に入りたいんだけど。
「あ、はい。単刀直入に言います。文化祭で演劇部の助っ人をしていただきたいのです」
此処に入った瞬間、そんな話じゃないかなとは予想してたけど……裏方を手伝うのかな?
「いえ、主役をやってほしいのですが……」
……聞いた瞬間、私の顎が落ちた。部員を差し置いて主役、ですって!?助っ人が主役ってまずいんじゃないの?
「それは問題ありません」
新崎さんだっけ?真剣な表情で答えた。
「わたくしが今回の脚本を担当させていただいてるのですが、一年生の間では大河先輩の舞台に立つ姿を見てみたい、という要望が非常に多かったので、先輩をモデルに書いてます」
そんな勝手にモデルだなんて……私、演技とかやったことないよ?ど素人もいいとこだってばさ。
「大河さんは、新聞部の校内人気投票をご存じですよね?」
夏前にやるやつよね。なぜかトップになっちゃてて、恥ずかしい記憶しかないんだけど。
「そこでトップになった人に、文化祭の劇の主役を依頼するのが、演劇部の伝統なんです」
そんなのあるのっ!?はた迷惑な伝統だなぁ。
「まぁ、お遊びですし。正式な大会への出展ではないですしね」
伝統ってことは、過去に餌食になった方もいるんだね。
「現生徒会長も、去年やってもらったそうッスよ?」
……あ~はいはい、思い出した。そういえばそんな記憶があった。断ることはできないの?
「貴女のクラス委員長には、既に許可をいただいてます。好きに使って構わない、と」
いいんちょ~ぉ……恨んでやるぅ~。
「お受けしていただけますか?」
そこまで話が進んでいるんじゃあ、断れないわねぇ……
「外堀から埋めていくのが、交渉の基本ですから」
策士だ。策士がいるよ。
「お受けしてもらえるお礼として、お知り合いを劇の出演者として誘うことも可能です」
……ほほぅ、それは良いこと聞いた。
「実際問題、この人数じゃキャストが足りないかもッスから」
演目次第では確かに……。中身は決まってるの?
「一応、推理ものをやることになっています」
「裏方も必要だからまだ何人かは必要ね」
まぁ、乗りかかった船だし、引き受けましょう。此方の要望もある程度は聞いてもらえるのかな?
「あ、はい。勿論色々とサポートは致します。お受けしていただきありがとうございます」
side千夏
「……で、そんな経緯からあたし等を巻き込んだ、と」
「や、やだなぁ、巻き込んだなんて人聞きの悪い……穏便にお願いしたじゃない」
「拉致られた挙げ句、目隠しで此処へ連れてこられた記憶しかないんデスガ」
「……ちっ、覚えていたか」
「ぅおいっ!」
「ハルは有無を言わさず連れてくるのがデフォやから」
「そんなデフォ要らない……」
相変わらずの漫才ですね。
「千夏ちゃんもごめんね、変なことに巻き込んで」
今朝、先輩から一生のお願いとして頼み込まれた演劇部への参加。必死になって頼み込んでくるから、ついOKしてしまったけどこれっていいのかなぁ。新人戦も控えてるのに。
「あたしには謝罪なしかいっ!」
「でも、いっちゃんも面白い事に首突っ込んだなぁ」
「私に話が来たときには、既に断れない状況だったのよ」
だからといって、わたし達を巻き込むのはどうかと思います。
「……フフフ、死ねば諸共ってやつよ」
「本音がでたよ」
「まぁ、ウチは面白そうだからつき合うけどな」
「さすが菜々美、話が早い」
部活は大丈夫なんですか?
「秋の試合は、ウチの出番は無いんのや。だから割とヒマなんや」
「あたしんトコは冬の試合に向けて忙しいんだけど?」
「あぁ、顧問の許可貰ってあるよ。春菜を外して戦力の底上げをするところだったから、丁度いいって」
「マジか~っ!」
春菜先輩、いろいろご愁傷様です。
「千夏ちゃんは……手伝ってくれるよね?」
此処まで連れてきておいて、今更ですよね。先輩も此処にいるんだし、問題ないですよね。
「もちろん!陸上部の許可も貰ってあるよ~」
やっぱりですか。で、何をやるんですか?劇は。
「それは此方から説明いたします」
そう言って、演劇部員の一人が前に出てきた。
「今回の脚本を担当した、新崎真綾と言います。今回はミステリーものを演じていただきます。TVとかでよくある殺人事件ものですね」
「それって、舞台の上でできるものなの?」
先輩が質問していた。わたしも、その辺は気になります。
「時間の制約もあるので、結構簡素化はしています。しかし、それなりのものを書いたつもりです」
新崎さん?の目が燃えている。かなり気合いが入ってるのね。
「人気投票トップだった大河先輩には、女流探偵役をお願いしたいのです」
「……探偵?私が?」
「主役ですから。恋人の藤宮さんには探偵のアシスタント、助手役を」
こ、恋人って……ぇえっ!
「全校公認ですからね。パートナーにしないわけにはいかないでしょう」
うきゃぅ……恥ずかしいやら、お気遣いありがとうやら。
「等々力さんには、探偵と対峙する刑事役を」
「ふふふ、あたしらしい役が回ってきたようね。『犯人はこの中にいる!』ってね♪」
「某アニメの見過ぎなんだよ……」
その辺は激しく同意します。でも、春菜先輩には確かにぴったりかも。
「資産家の妻役は、圓谷先輩に。その愛人役には彩恩先輩を置いてみました」
菜々美先輩が愛人役?なんか想像付かないですね。
「おほほほほ。正妻の座はウチのもんや~」
「……お、お手柔らかにお願いしますよ、菜々ちゃん」
「そして、資産家の娘役ですが……」
その時、遅れてきたのか部室のドアが開いて、意外な人物が入ってきた。
「此処で合ったが百年目よ、大河一美!……って、えぇ?なんか人がいっぱいいるよ?」
「祐華!?」
「あれ、千夏?何でここに?」
「祐華こそ」
「わたしは、そこのどろぼ……んんっ、大河一美に呼び出されたのよ」
そんなことしたのですか?先輩。
「人は多い方が良いからね。顔見知りを含めて使えそうな人を厳選してみたのよ」
「なのに何であたしは拉致なのかな……」
一人落ち込む春菜先輩は置いておくとして。
「何だか状況がわかんないんだけど……」
「ただ今登場した沖祐華さんにやってもらいます」
「あら、新崎さんじゃ……って、何をやるって?」
「だから、資産家の娘役を、演劇で」
「……は?」
あら、祐華が固まった……というより混乱しているっぽい?
「わ、わたしは大河一美と勝負をするためにここに来たのよ?」
「演技で勝負するためにね♪」
「何故に演技で勝負なんだ?」
「というより、勝負とすれば貴女は必ず来ると思ってね♪」
ドヤ顔で真実を祐華に告げる先輩。それを聞いて目が点になる祐華。先輩の方が一枚上手だったようですね。
「くっ、罠か……卑怯だぞ」
「あら、貴女よりはよっぽど手ぬるいわよ……なに、勝負が恐いのぉ?」
あ、煽りますねぇ、先輩。
「ふん、売られた喧嘩は買う主義でね。千夏のためなら受けて立つ!」
「はい、無事に成立したようですね。よろしくお願いしますよ、祐華さん」
……一番の策士は、この新崎さんかも。
「あとの配役は、資産家のメイド役にわたくし、新崎が入ります。そして……」
「裏方として、音響関係は私、音羽が。照明関係は莉々子さんに束ねてもらいます」
「頑張りマッシブ!」
……凍り付く部屋内。
「あ、あれぇ?やっぱこの気合い文句はスベるのかなぁ」
「ま、その辺は精進やな」
それはフォローになってませんよ。
「まぁ、色々ありましたがこの布陣で明日から練習に入ります。皆さん、文化祭を盛り上げるためにご協力お願い致します」
部長さんの挨拶で、この場はお開きとなった。
演劇かぁ……やったことないけど、周りの皆さんも同じ感じだし、先輩が一緒だからあまり不安もない。まぁ、やるだけやってみますか!
side一美
キャスト発表から数日。
台本もみんなに配られ、練習も段々と熱を帯びてきた。演劇経験は皆無に等しい私だが、演技指導をしてくれてる新崎さんのおかげもあって、形になりつつある。まぁ、素人っぽさ全開は仕方ないとして。
『刑事さん。わたし達はとんでもない見逃しをするところでした』
『何、本当かね』
『千夏さん、あの証拠をここへ』
『わかりました、先生』
『あんなことを言うということは、あたしの推測が間違っていたと言うことなのか……』
『致し方ありません。私もついさっき真実に辿り着いたのですから』
「はい、そこまで。さすが親友同士ですね。間の取り方が絶妙です」
新崎さんが私と春菜を褒めちぎる。
「いやぁ~それほどでもあるよ~」
あ~あ、春菜がその気になってる。
演技前に新崎さんに言われたこと。それは”普段の会話な感じで”だった。二人の会話シーンがわりとある故のアドバイス、だと思うけど、おかげでリラックスして出来た。
「菜々ちゃんったら、アドリブ全開なんだもの。ついて行くので精一杯だったわ」
「シナリオ通りではつまらんやんか」
先ほど演じていた、正妻とと愛人との喧嘩のシーンでは、何かのコントを見せられてるかのように菜々美が暴走気味だったので、見ていたみんなが笑ってしまった。新崎さんからも「程ほどに」と注意が入ったほどだ。
「流石は関西育ちだなぁ、菜々」
「舞台に立つ以上、笑いは取らんと」
「そんな気遣いは要りません」
新崎さんに咎められて、菜々美は舌を出す。
「いい感じで進んでいるようですわね」
そこへ、部長の音羽さんが練習場に現れた。
「部長。皆さんもの凄く優秀なので、わたくし達もうかうかしてられませんよ」
「大丈夫、それを来年の大会への糧にすればいいんだから」
う~む、この部長、器が大きいわね。
「皆さん。本番は来週末です。文化祭はお祭りですから、完璧さは求めません。でも、見せる以上は真剣な演技をお願い致します」
『はいっ!』
皆の気合いの入った返事。私も任された以上、頑張らねばね。しかし、探偵役ってのも難しいね。
「う~んと、犯人は……あれ、ラストが書いてない?」
ふと台本を見直していたら、ラストの犯人を問い詰めるシーンがないのに気がついた。演じるとはいえ、知ってると知らないのでは演技に差が出ないのだろうか。その辺を、新崎さんを捕まえて聞いてみた。
「あぁ、それはワザと伏せてあるのです。当日には発表する予定です。ラストは、皆さんのアドリブに期待しています」
えぇっ、難易度が上がったよ!
「本当は反則なんですが、敢えて伏せることによって、皆さんにも作品を楽しんでもらえたら、と」
サスペンスものはラストを知ったらつまらないでしょ?と言い残して、他の演者の所へ行ってしまった。
「それってありなのか?」
「何がです?先輩」
いつの間にか、千夏ちゃんが傍に来ていた。
「いや、ラストを新崎さん以外誰も知らないんだなぁ、と」
「あぁ、そういえばラストが丸々ありませんでしたね、台本」
素人にアドリブでラストを演じろ、って難易度高すぎだよ。
「それだけ、先輩の演技が良くなっているということじゃないでしょうか。先ほどの春菜先輩との稽古……ちょっと妬けました」
えっ?は、春菜とは息が合うというか、ツーカーというか、そんな感じですから!恋愛感情はいっさいありませんから!こんな所で妬かれたら、心臓が幾つあっても足りないよ~(泣)。
「フフフ、冗談ですよ。劇とはいえ、わたし達はパートナーですから」
ふぅ、脅かさないでよ~。ただでさえ、ジロリとにらみを利かせてる人物がいるんだから……と思い、視線の正体に顔を向ける。
「……!な、何か用?」
更ににらみを利かせるところが祐華ちゃんらしいけど。何でもないよ、と手でジェスチャーしたら、プイッと顔を背けたんだけど、千夏ちゃんと話を始めたらまた視線を感じる。いらんプレッシャーは勘弁願いたい。ま、誘ったのは私だから仕方ないか。
「さ、本番まで一週間ありません。是非とも劇を成功させましょう!」
そして迎えた、本番当日。
「みんなおはよー」
劇に集中していたせいで、クラスの出し物に全くタッチしていなかった私は、罪滅ぼしのため?にクラスに顔を出した。
「あ、大河さんおはよー」
「一美~たすけて~!」
挨拶と同時に、何かヘルプ要請が?
「どうしたの?」
「裏方の子が一人、昨日から風邪でダウンして人が足りない状況なのよ~」
「準備が間に合わない~」
何という!
「どうして昨日のうちに教えてくれなかったの?そうすればすぐにヘルプ出来たのに」
「委員長がさ、大河さんは劇で大変だからわたし達で何とかしましょう、って」
気ぃ回しすぎだよ、いいんちょ。
「で、そのいいんちょは?」
「足りない物をわけてもらうって、他のクラスに飛んでいったわ」
いいんちょはいいんちょで既に動いているのか。
「何か手伝う?」
「んじゃ、ケーキの飾り付けお願い!」
ケーキ?……って、ホールケーキが幾つか机の上に置いてある。一から手作りなの?
「そこは拘ったわよ」
「既存の市販品じゃ私達らしくないしね~」
私の知らないところで、結構気合い入ってるじゃない。それでは、いっちょ頑張りますか。劇までちょっと時間あるしね。
「春菜、そっちのチョコレートをデコって」
「ぅえ?」
「なに惚けてるの!クラスの出し物を手伝えるチャンスなのよ?」
「台詞を忘れそうな気が……」
「その時は、私と菜々美で叩き込むから」
「それもヤだけど……やりますか」
その後、帰って来たいいんちょに驚かれたが、彼女による高速指示のおかげで、開店前に準備が間に合った。
「何とかなったね~」
「間に合わないかと思って、泣きそうだったよ」
「いちみ、恨むぞ~」
春菜は追い込まれてから本領を発揮するタイプだからね。あえて逆境をぶつけてみました。
「言い換えれば……ドM?」
「そんなんじゃないやい!いちみがドSなんだよぅ」
春菜ぁ、自分のミスを棚に上げる気ぃ?
「言い過ぎましたごめんなさい勘弁してください」
「一美のドSは春菜だけに発動するようね」
「等々力さんがあのキャラだからね~」
そんな会話をしてたら、チャイムが鳴った。いよいよ開店だね。
『あ、あ~。放送部です。マイク、テステス……え~これより、第43回皆川学園文化祭の開会を宣言いたします。みなさん、盛り上がってまいりましょう!』
お~っ!と言うかけ声と共に、教室のドアが開かれ、クラスの仮装喫茶も開店した。
『いらっしゃいませ~っ!』
出足は上々。ケーキはおろか、飲み物もかなり気合いを入れてるせいか、口コミで美味しいと広まってるらしく客足が途絶えない。クラスにはあまり関われなかったけど、美味しいという評判を聞いて安堵する。
そこそこ忙しいので、私も給仕さんの格好をしてお店の手伝いに入った(何故、衣装が用意されていたのかは謎だが)。手伝いに入ったと同時に、菜々美が冷やかしに来て、劇が始まる頃に迎えに来ると言って去って行った。知り合いに見られるのは、やっぱハズいなぁ。そんなことを考えていたら……
「ここだったかな?ケーキと飲み物がめっちゃ美味しいって評判だよ!あの女のクラスなのが玉に瑕なんだけど」
「あの女とか言わないでよ、私の先輩なのに」
えぇっ、千夏ちゃんが祐華ちゃんと一緒に我がクラスへ来店されましたよっ!?本日最大の恥辱ですよっ!!出来れば接触を避けたい。しかし、その目論見はあっさり崩された。
「一美~接客おね~」
なんですとぅ!私を修羅場に突入させる気ですかっ!?心の中で抵抗したが、手の空いてる人がいないのも事実。はぁ、仕方ないか。
「いいいいらしゃしゃいままませええ。おおお二人でですかかか?」
「先輩、言えてないですし」
「ふふん、この場はわたしの勝ちね」
失笑とドヤ顔いただきました。
「……こちらへどうぞ」
取りあえず、机で作った簡易テーブルへ二人を案内する。
「どうして二人で?劇の方は?」
「劇の方はお昼に集合って話ですし……」
「劇のおかげで、クラスの出し物からハブられたしね~暇だから回ってみようって誘ったのよ。文化祭デートすら誘っていない誰かさんと違ってね~」
あ、しまった~っ!劇のことで頭がいっぱいでそっちまで回らなかった。恋人失格だ。
「ごめんなさい、千夏ちゃん」
「ホントです。いくら何でも鈍感すぎます」
「や~い、怒られてる~♪」
くっ、悔しいけど言い返せない……はっ、そうだ!
「後夜祭!後夜祭は空いてる?」
文化祭の全てが終わった後、グラウンドに組まれた櫓に灯された炎の周りで行われるダンパみたいなイベント。これなら……
「残念ですが先約が……」
「わたし、という先約がね!」
そこまで手が回っていたのね……完敗だわ。
「劇では配役の関係上貴女に譲るけど、それ以外は千夏は今日一日わたしの物よ!」
「……全て先輩が悪いんですからね」
完膚なきまでに叩きのめされた私は、注文も取らずに奥へ引っ込んでしまった。
「お~い、注文~……って行っちゃったよ」
「……劇、大丈夫かしら?」
「こんな事で壊れるような人じゃないでしょ」
「恋愛方面はダメな人だからなぁ……心配」
一人になりたくて、クラスメイトに断ってクラスを離れ、いつの間にか旧校舎の屋上へ来ていた。ここまでの記憶が一切ない。フェンスにもたれかかり、眼下にある町並みと文化祭の様子をぼんやり眺めていた。
「はぁ~」
出るのは溜息ばかり、ってね。よくある台詞だけど、自分で体現する羽目になろうとは。
今日は祐華ちゃんに一本取られたなぁ。でも、仕方ない。劇に気を取られすぎていた自分が悪いのだ。文化祭デートを完全に失念していたし。こういう所がダメだって、菜々美に言われそうだ。
ショックでかいなぁ。何か、一気に何もかもやる気がなくなった。劇、どうしようかなぁ……
「劇をサボろうなんて考えてませんよね?」
そんな声がしたので、振り向いたら千夏ちゃんが息を切らしてそこに立っていた。
「さ、探しましたよ。まさか、ここだとは思いませんでしたが……」
「千夏ちゃん……エスパーですか」
「わたし達を勝手に巻き込んでおいて、サボるなんて許しませんからね」
色々あって、やる気がなくなっちゃったよ。
「わたしと祐華のことですか?自業自得ですよね?わたしと恋人同士になってから、慢心していませんか?」
そうかもね……失念してるって事はそういうことなのかな。
「その辺もあって、ここで一人反省会をしてました。全て私が悪いのよ。千夏ちゃんは、こんな私を見限ってくれてもいいのよ。幻滅したでしょ?」
「それもあり、かもしれませんね」
はうっ!そこは嘘でも……って、そんなことを言っちゃいけない。悪いのは私なんだから。
「だからといって、劇を投げ出すのは別問題です。演劇部の人達の顔に泥を塗るつもりですか?」
だから、どうしようか悩んでいるわけで。
「悩む必要なんてありません。劇をちゃんとやればいいんですから」
そのやる気がね、出ないんだよ。
「はぁ、ここまでダメな人だとは思いませんでした。では聞きます。今わたしは、何故ここに居ると思いますか?」
恋人である私を探してくれたから?
「そうかもしれません。では、何故先輩を探すことが出来たんですか?」
え……質問の意味がわからない。
「質問の仕方を変えます。わたしは、今日祐華とデートしています……非常に不本意ながら。そのわたしが、本当の恋人である先輩を何故探すことが出来るのですか?」
私のさっきの姿を見て、仕方なく?
「はぁ、よくそんな答えが返ってきますね。祐華がそれを許すと思いますか?」
う~ん、確かにそれはないかも。
「ですよね。でも今回、探してきなって祐華が言ってくれたんですよ?」
……あの子が?うっそ、信じられない。
「でも事実です。『いつぞやの借りを返すときなのかな?』とも言ってましたけどね」
いつぞやの借り、ねぇ。ということは敵(とは失礼かな)に塩を送られたのね、私。
「祐華にここまでされて、貴女は黙っているのですか?わたしの知ってる先輩は、そんな人じゃないはずです」
そっか……祐華ちゃんは千夏ちゃんを争うライバルとして対等の立場にいたい訳か。凹んでいる私に勝っても嬉しくないのね。あの事件を起こした時から少しは変わってくれてるのは評価出来る。今回は、私と祐華ちゃんの立場が変わっているだけだ。なら、私も凹んでばかりいられない。
「とは言え、実際問題千夏ちゃんは今日、祐華ちゃんに取られちゃってるんだよねぇ。困ったなぁ」
問題はそこ。今日はもう仕方ないから、後日埋め合わせするしかないか。そう思って千夏ちゃんを呼ぼうとしたら、
「あ、あの、先輩!」
と、先に呼ばれてしまった。
「何かな?」
「これを……」
と言って、手紙のようなものを私に渡してきた。
「これは?」
手紙を開けようとしたら、止められた。
「今は開けないでください。後夜祭の時に読んでください」
「え……」
おあずけなのですか?
「その時に開ければわかりますから」
……はい、わかりました。
「じゃ、先に集合場所へ行ってますね。それまでには劇のやる気だけは出してくださいね?」
そう言い残して、千夏ちゃんは去って行った。
「ふうっ」
息を大きく吐き、頭の中を整理する。
そうよね、千夏ちゃんを悲しませるのは本意じゃないよね、海の時もそうだったけど。ここまでされたんじゃあ、祐華ちゃんをちゃんとしたライバルとして認めてあげないとね。そう思い、顔を思いっきり両手で叩いて気合いを入れた。
「よぅっし!とりま、劇を頑張りますか!」
お昼を少し過ぎた頃。
演劇部には、それなりの人数が集まっていた。演者、裏方合わせて二十人くらい居るかな?どうやら私が一番最後の到着だったようだ。
「いちみ、おっそ~い!何やってたんだよ」
「来ないかと思って心配したえ~」
いやいや、色々ありまして……って菜々美、まさか事の顛末を知ってる?
「どやろな~♪」
まぁ、いいや。取りあえずは劇。
「皆さん、お集まりありがとうございます。いよいよ本番です。今までの練習の成果を遺憾なく発揮してください。しかし、お祭りでもあるので、あまり気負いせず楽しんでください」
部長の挨拶。良い緊張感に包まれたようだ。
「舞台の上はもう一つの現実です。起こったことは変えられません。もしトラブった場合は、我が演劇部員がフォローに回りますので、失敗を恐れずに演じきってください」
脚本担当の新崎さんも挨拶した。起こったことは変えられない、か。そう言われると緊張するね。
「ノコノコとやってきたようね、大河一美。ヘタレてミスするんじゃないわよ!」
目線が合ったと思ったら、いきなり祐華ちゃんに罵られてしまった。
「祐華!そんな言い方ないでしょ」
「ふ、ふん。さっきみたいにヘタレてないか心配してやったのよ」
彼女なりに心配してくれているようだ。ありがとう、私なりに頑張るね。
「き、期待しないでおくわ」
そう言うと、顔を背けてしまった。
「相変わらず毒舌やねぇ」
代わりに、菜々美が隣にやってきた。
「ま、仕方ないよ。私は、劇を頑張るだけ」
「殊勝な態度やな。何かあったん?」
……知ってるんでしょう?
「そやな」
なら聞かないでよ。
「ま、取りあえずは劇やな。いっちゃんの人気ぶりがどんなもんか楽しみやなぁ」
半分、どーでもよくなってるけどね。
「そんな態度で劇が成功すると思ってるのか、貴様!」
春菜……また面倒なキャラになってるなぁ。
「やるべき事はやるわよ」
「そんな考えでは、客の心が掴めん。綱紀粛正!」
そう言って私に向かってきた春菜の手を払いのけ、代わりにアイアンクローを春菜にかませる。
「いだだだだっ!?」
「今はこの程度にしてあげるけど、舞台を楽しみにしてなさいよ~?」
「言い過ぎました反省してます一美殿~」
よろしい。解放しますか。
しかし、春菜の言うことも尤もだ。屋上の時よりはマシだけど、テンション上げていかないと他に迷惑がかかるね。頑張らないと。
『お待たせ致しました。これより、演劇部恒例の、人気投票上位選出舎とのコラボで送る、劇を上演致します。タイトルは、「有名資産家殺人事件」です』
安直なタイトルに、私はコケた。
「新崎さん?」
「タイトルを考えてなかったので……先ほど放送部に提出したばかりです」
脚本家がそれじゃダメでしょう。まぁ、内容はわかるからいいのかな?
「それでは皆さん、頑張りましょう!」
『はいっ!』
そして、幕は上がった。
(劇に関しては、後日別の形で公開予定です)
文化祭のスケジュールが滞りなく進んでいる。軽音学部のライブも、ここのところの人気からかなりの盛り上がりを見せた。私の劇?何とか無事に終了したわ。途中、菜々美がまた暴走して、どこかの新喜劇風になったけど。ラスト直前に、新崎さんから犯人を教えられて、驚いたのなんのって。まさかあの子が……という感じだった。これに関しては、会場どころか演者まで驚いていたからねぇ。
「さて、と」
私は、先ほど劇の前に受け取った千夏ちゃんの手紙を見ることにした。時間的には、既に後夜祭が始まっている。春菜達やクラスメイトにも誘われたが、いかんせん昼間のダメージ?が残っていて、加わる気にはなれなかった。また一人で旧校舎の屋上にいる。人があまり来ないので、物思いに耽りたいときには便利な場所だ。
いよいよ手紙を開封する。中には、便せんが一枚だけ入っていた。
『校門前で待っています』
便せんには、その一言だけが記されていた。
「……どういうこと?これ」
確か、後夜祭の時に開けてくれと言われた手紙。その本人は宴に参加しているはず。なのに、校門で待ってる……?
「劇の続き……?」
私に謎解きをしろ、っていうの?
う~む、わからん。
でも、何かのメッセージであることは確か。
……考えるんだ、大河一美。
「まるでわかんない」
こんな所、菜々美にでも見られたりしたら、また嘆かれるかも。でも、わかんないものはわかんないんだよ~。
しかし、待っているかもしれないのなら、行くべきかな?校門に。あ~、こんなにうだうだしてるのは私らしくない。行動あるのみだ!
思い立って行動を開始し、校門までやってきた。そしたら、見知った人物がそこに居た。
「やっぱり……いた」
「先輩……」
千夏ちゃんが一人、壁に佇んでいた。
「祐華ちゃん(あのこ)は?」
「いませんよ」
「そう……待たせちゃったかな?」
後夜祭も三分の二程時間が経っている。
「そんなには待っていません……手紙、読んでくれたんですね」
「と言うには短い文面だったけど」
たった一行だもんね。
「後夜祭は?」
「途中で抜けてきました」
「あの子、怒ってなかった?」
「元々そういう約束でしたし」
はい?
「後夜祭まで付き合うけど途中まで、と約束していました。祐華と」
なんでまた。
「……こうしないと、何処かの鈍感さんは何もしてくれませんからねっ!」
あいすいません。またしても怒られてしまいました。上級生の威厳、形無しですよ。
「そんなの、元からありません」
そ、そんなぁ……しどい。
「……クスクス、冗談ですよ」
へ?心臓に悪いよぉ。
「本当にそうだったら、敬語なんか使いませんよ」
でも、結構容赦ないよね?私に対して。
「鈍感な人と付き合ってるんです。こうもなります」
そんな鈍感鈍感って連呼しないでぇ。
「まだ言い足りません」
今日の千夏ちゃんはかなり黒いですぅ。
「誰のせいですか」
はい……それはともかく、何故に此処で待ち合わせたの?今から何が起きるの?
「……デート、行きますよ。街へ」
ち、千夏ちゃんからのお誘いですか?
「文化祭で出来なかった分、思いっきり我が儘言いますからね。覚悟してください」
何か恐いけど、罪滅ぼしになるなら……
「……そんな考え方じゃ、ダメです」
だって、ねぇ……
「せっかくの……デート……なんですから、先輩も楽しんでもらわないと……困ります」
……わかったわ。折角誘ってくれたんだもの。千夏ちゃんとなら、どこへ行ったって楽しいわ。
「わかりました。では、まずは某有名テーマパークへ……」
そんなの無理!着く頃には閉園だよ?
「わたしの我が儘を聞いてくれないんですか?」
物理的に無理だし!我が儘過ぎるし!
「嘘でも『わかりました』と言うのが恋人ですよ?」
そうなのかなぁ。何か納得いかないけど、もう今日はとことん付き合いますか。
「お嬢様、何なりと行き先を申しつけてくださいませ」
私は、仮装喫茶での接客を思い出し、わざと仰々しく接してみた。
「クスッ。……では申しつけますわ」
千夏ちゃんもノってきた。
そのまま、二人は街の喧騒に消えていった。
一部、不完全な形となっておりますがご容赦くださいませ
おそらく、次の話で最後にする予定でいます
クリスマスな時間軸になると思います
内容はまだ決まっておりませんが……
ヘタレ返上になるといいね、一美?(ぇ