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side一美
「ありがとうございました!」
にこやかな笑顔で去っていくバスの運転士さん。
「さ、荷物を部屋に置いてきたら食堂に集合。お昼後にアップを開始するからね~」
顧問の指示で、三々五々移動を開始する陸上部員達。
そんな中、私はその場を動けずにいた。
「先輩、どうしたんですか?」
千夏ちゃんが怪訝そうに聞いてきたが、私は叫ばずにはいられなかった。
「どうして私は此処にいるのっ!?」
きっかけは、この前の勉強会でのやり取り……だったと思う。
「ところで先輩、来週陸上部の合宿があるのを知っていますか?」
夏休みの宿題をキリのいいとこまで片付け、みんなでお昼を作って食べ、食後のマッタリした時間、突如そんな話を千夏ちゃんが振ってきた。
「ほえ、合宿?」
「はい。月曜日から三泊四日で……という話ですが」
「あ~、そういえば噂で聞いたかも」
毎年恒例で、三県ほど隣の高原地帯にある国民宿舎みたいなところに泊まり込んで、いろいろトレーニングするとかしないとか。学校の合宿所でもいいんだけど、周りが平坦すぎるので、わざわざ泊まり込みで行うんだ、と楢川先輩から聞いたことがあったっけ。
「……で?」
「『で?』……とは?」
「何でそんな話を振ってくるのかなぁ~、と」
「先輩も合宿参加するんです……」
「行かないよ?」
「「「えっ!?」」」
何故にそんな反応……って、何で菜々美達までそんな顔をするの?
「ウチはてっきり行くもんやと……」
「んだんだ。もう立派に陸上部の一員だもんな~」
「合宿があるのは風の噂で聞いていたけど、直接話は聞いていないし、そもそも正式に陸上部員になってないし?」
「おかしいなぁ。キミー先輩に聞いていたのと話が違います……」
え、まさか頭数に入ってるとか?
「ちょっと、電話で聞いてみます」
そう言うと、携帯を使って電話をし始めた。
「いっちゃん、ホントに行かへんの?」
「あたしらから離れたくない気持ちはわかる……って、その手はナンデスカ?」
ん?春菜を星に帰そうと思ってなんかいないから。
「思ってるじゃん!?」
そんなやり取りをしてるとき、目の前にスッと携帯が差し出された。
「?」
「部長さんです」
え、電話って部長にかけてたのっ!?
「……もしもし?」
『お~、大河か。今藤宮から聞いたが、合宿行かないのか?』
「聞いてないですよ?そもそも、参加の意思確認もされてないんですけど?」
『あれ?話が行ってなかったのか……大河は藤宮とセットだから、当然来るものだと』
「どういう解釈ですか、それ……」
『まぁ、いいや。取りあえず大河も人数に入ってるから、そのつもりで』
そう言われ、こっちが文句を言う前に電話は切られてしまった。
「どうでした?」
会話が気になったのか、千夏ちゃんが懇願の眼差しで聞いてきた。
「な~んかさ、勝手に人数に入れられてたみたい。こっちの都合が悪かったらどうするのよ……」
「じゃ、参加するんですね!」
「するはいいんだけど、家大丈夫かなぁ……」
「あ……そういえばそうでしたね」
基本、私の家は家族みんな生活時間帯がバラバラ。父さんがフレックス出勤、母さんが看護師な関係ですれ違いな生活が普通。だから、家事は私が殆ど担当してると言ってもいいくらい。そんな私が四日も家を空けるとなると……心配なのは父さんの方。
「そっか、いちみは家が心配なんだな?」
そ~いうことです。
「それならウチらが面倒見よか?」
それは助かるし、嬉しい申し出だけど……いいの?
「洗濯はちょう無理やけど、それ以外はやれるえ?」
「親父さんの食の面倒ぐらいなら、無問題だよ」
それならお言葉に甘えちゃおうかな?
「というわけで、合宿の間は菜々美達が来てくれることになったから」
その日の夜、父母に今日決まったことを報告した。
「え~、一美のご飯食べられないのぉ~?」
「残念、至極残念だ……」
二人してその反応はなによ。私の存在意義はご飯だけなの!?
「ご飯を莫迦にするんじゃない!一日の生活の活力源なんだぞ?」
「そーそー、その源であるおいしい一美のご飯が食べられないなんて……テンション下がるわ~」
……っ、そ、そんな台詞には騙されないんだからねっ。
「菜々美も春菜も、料理は得意なんだから、大丈夫」
「娘の料理には叶わないさ」
「ね~」
「そんなに合宿に行ってほしくないわけ?」
「「うん!」」
即答デスカ。どうしようもない両親だ。
「そうだ、臨時看護師としてついて行こうかしら♪」
「じゃあ、僕はその付き添い運転手として」
「合宿をめちゃくちゃにする気!?」
「ううん、一美のご飯が食べたいだけ♪」
「うんうん」
はぁ~~~っ、頭痛い。いい加減子離れしてくれないかしら……
「回想お疲れ様です」
……え、またやってしまった?
「いえ、今回はダダ漏れしていませんでしたから。ただ、明後日の方向を見て固まっていたので、もしかしたら……と」
はは……此処へ来るまでの苦労を思い出しちゃって。
「取りあえずロビーへ急ぎましょう。部屋割りとか諸々の伝達があるそうですから」
あい、了解。
いよいよ三泊四日の合宿が始まる。こういうお泊まり系は久しぶり。急遽の参加だったが、ワクワク感が止まらない。まぁ、無事に終わるに超したことはないんだけどね。
と思っていたら、早速頭痛のタネが降ってわいた。
「何で私も個室なのっ!?」
荷物を持ってロビーに集合した私達に、顧問から部屋割りが発表された。
各学年で二部屋ずつの大部屋へ割り当てられた人員の中に私が入ってなかったため聞いたら、顧問同様シングルの部屋が私に割り当てられていた。
「大河はコーチ枠で部屋を頼んで置いたからな。先方の返事がこうなってたのさ」
にしても、待遇良すぎでしょう。他の部員達に示しがつかないじゃないですか。
「部員達は何も文句は言ってなかったぞ?」
「マジデ!?」
「むしろ合宿の話が行ってなかったことへのお詫びになって良かったね、と」
どんだけ気ィ遣ってるんだよ、みんな~。
溜息をつきながら、私は割り当てられた部屋へ荷物を置きに行った。
鍵を回して……あれ、反応無し?
あぁ、鍵が掛かってなかったのか。
ドアを開け、中に入る。普通に窓があって日当たりはよさそう。中を見回してみると、少し大きめのシングルベッド(セミダブルくらい?)がデンっとあって、コンビテーブルもあり、その辺のビジネスホテル風な感じの部屋だった。
「これ、ホントに私が使っていいの?」
「なかなかいいお部屋ですね」
えっ、と思って振り返ると、そこにはドアを背にして千夏ちゃんが立っていた。そして、カチャリと鍵が閉まる音もご丁寧に聞こえた。
「……やっと、二人きりになれました」
「ち、ち、千夏ちゃん?そそそその台詞は色々と間違ってませんか?たた確かに二人っきりは嬉しいですけど、いいい今は昼間だしわわわ私も心の準備が出来てないし」
「何を動揺してるんですか。先輩の部屋を見に来ただけなのに」
あ、そうだったのか……勘違い。
「荷物は?」
「もう置いてきました。昼食まで自由時間となったので遊びに来てみましたら……」
それは大変失礼しました。千夏ちゃんには頓に格好悪いところしか見せてない気がするよ~。
「でも、二人きりになれたのは確かです。合宿所には感謝しないと……」
練習でも充分なれるんじゃないの?
「わたしは、いつだって先輩がとられるんじゃないかと不安でいっぱいなんです。先輩、人当たりが良いから……」
気をつけてはいるんだけどねぇ~。貴女にはそう見えちゃうのか。
「わかったわ。今だけ甘えてちょうだいな」
「はいっ」
そう言って千夏ちゃんが抱きつこうとした刹那、
『皆川学園陸上部の皆さん、お昼準備出来たから食堂に集合してね~』
と放送が入った。
「……タイミング悪いわねぇ」
「……ホントです。空気読め、ですよね」
これは、夜まで待たないと無理かな?
side千夏
色々あって、一日目が終わろうとしている。
今日の練習は基礎体力とランニングのみ。明日からは本格的な練習が始まる予定みたい。なので、先輩と一緒になる時間が殆どなかった。
今は、夕食も終わってお風呂タイム。三年から順に入って、やっとわたし達一年の時間。
「あ~、シャンプー良いの使ってるね~」
「貸して貸して~」
「ぎゃ、リンス忘れた~」
「あはは、貸したげるよ~」
「このソープありえないよね~。炭って何よ」
「こっちなんか馬よ馬!」
きゃあきゃあ言いながらお風呂を満喫。家では絶対に味わえない大浴場だからね。あ、誰よ!泳いでるのは。
「それにしても……」
部員の一人がわたしに話しかけてきた。
「藤宮の胸ってそこそこあるよね~」
「ほんとだ~。どうしてそんなに大きいのっ!?」
そ、そんなに大きいかなぁ。
「その台詞は私達に対する冒涜かっ!」
そう言うと、別の部員が湯船からざばあっと立ち上がり、堂々と裸体を見せつけてきた。……確かに平たい胸だ。
「何か色々すいません……」
「よって、藤宮を胸揉みの刑に処す!」
何ですって!?
只でさえ教室で祐華に揉まれてるというのに、此処でもっ!?
「総員、藤宮を確保せよ!」
『アイアイサー』
何その某アニメのようなノリは……っていうか、にじり寄ってこないで~!
悪夢のようなお風呂タイムが終わった。
あの後、顧問が入ってきたので事なきを得たが、そうじゃなかったことを想像すると……取りあえず、顧問には心の内で感謝しておく。
部屋に戻る。
わたし達一年の部屋は八人で使用しているが、それでも余るくらい広い。余った一角は、荷物置き場兼ストレッチの場所となったようだ。
「さっぱりした~」
「やっぱ山の中だけあってあまり暑くないね」
「一番近いコンビニが車で一時間とかありえない」
「普通はそうでしょう、こういう所は」
「卓球台がなかった……」
「温泉宿じゃないんだってば」
みんなで喧々囂々。でも、今の学校で初めての合宿ということで、みんなのテンションが高い。
「夏といえば、怪談……だよねぇ」
ある一人の台詞に、みんな更に騒ぎ出した。
「い~~や~~~っ!」
「怪談……定番ですな」
「怖いのいや~~っ!」
「わたしもイヤだけど、聞いてみたいかも」
「おっ、強者だねぇ。実はさ、ここの食堂のおばちゃんから仕入れてきた話なんだけど……」
唐突に怪談が始まった。わたしも苦手なんだよなぁ……
「この土地には、落ち武者伝説っていうのがあるらしくて。この建物の近くに、源氏に追われた平家の武士が自害した滝があるんだって。夜にそこへ行くと、その武士の恨み節が聞こえるんだとか。普通の人には聞こえないみたいだけど、いざ聞こえてしまうと、それに引き寄せられてしまい、滝壺に落ちて溺れて亡くなってしまうらしいよ」
「うわぁ~~」
「年に一回はそういう事故が起きてるみたいだから、気をつけた方が良いよ、って言われた」
「怪談というか……ホラーだね、どっちかと言えば」
うん、その土地に伝わる伝承というか、そんな感じだね。
「1発目にしては不発だったか。んじゃ、定番の学校七不思議を聞いたことある人~」
怪談話は盛り上がりに欠けた。
こんな話があるよ~と話しはするものの、全て裏のあるものばかりだった。よくある夜の音楽室からピアノの音が聞こえる、という話も音楽教師のピアノ自動演奏装置の切り忘れ、と言うオチだったのには全員が拍子抜けした。
盛り上がらなかったので、寝ようということになったが、わたしは部屋の外に出てきた。お手洗い、という用事もあったけど、本命は先輩の部屋。先輩、いるかなぁ。
コンコン。
「先輩、いますか?」
…………
返事がない、ただの屍のようだ……じゃなくて、反応がない。
「いないのかなぁ」
鍵は……掛かっている。何度ノックしても反応がない。
寝るにしては時間が早い。しかしお風呂の時間はもう終わっているし……
「「お、藤宮。何をしている?」
たまたま顧問が通りかかった。
「あ、大河先輩に用事があったんですけど、不在みたいで……」
顧問も不思議に思い、ドアノブを捻ったりノックをするけど、やはり反応無し。
「どこ行ったんだ?まぁ、寝るまでは自由にしていいぞとは言ってあるけど」
「先生も知らないんですね」
「すまないね。伝言あるなら預かるけど?」
「いえ、いいです。ありがとうございました。お休みなさい」
「お休み。あまり夜更かしするなよと同室のみんなに言っといて」
「わかりました」
もしかしたらもう寝てるかも、ですけどね。
それからというもの、合宿中も先輩一緒に過ごす時間が殆どなかった。今回の合宿は、体力強化がメインにあるらしいので種目別練習は少なかった。故に、先輩とはすれ違いばかり。先輩は、昼間は顧問のヘルプ、夜は謎の行動に出ていて宿舎にいないことが多かった。
合宿最終日前夜。今日もわたしは先輩の部屋の前に来ていた。
この行動は、同部屋の部員にはバレていたようで、今日なんか「頑張れ~」なんて言われてしまった。何を頑張るのよ……
ノックしてみると……やっぱり無反応。
ドアノブを捻っても……あれ、鍵掛かってない?
「失礼しま~す……」
コッソリと部屋に侵入(犯罪です)。
ぱたりとドアを閉め、灯りをつける。
途端に目に入る、部屋の惨状。
脱ぎっぱなしのTシャツ、ソックス、エトセトラ。
「先輩って、意外とだらしないのかなぁ……」
そう愚痴りながら、部屋を片付ける。家に遊びに行ったときは片付いてたのに、と想いながら。
「よし、こんなものかな♪」
脱ぎ捨ててあったものは洗濯物と判断し、部屋にあったランドリーバッグにまとめて入れた。後は小物などをまとめて配置しておき、使いやすいようにしておいた。机の上の勉強道具は、動かすと悪いのでそのままに。
「ここでも勉強してたんだ……」
感心しながらベッドに腰掛け、枕に頭を落とした。
「あ、僅かに先輩の匂いが……」
久しぶりに嗅ぐ香りにうっとりしながら目を閉じた。
side一美
「よし、取りあえずは充実したかな?」
用事とお風呂を済ませ、部屋に戻ってきた私。
鍵を指し、捻って……あれ、反応ない。
「あ、閉め忘れたか」
自分のドジに苦笑いし、ドアを開けて中に入る。
「あれ?電気点いてる……」
おかしいな、確かに切って出た筈なんだけど……部屋も何気に片付いてる?小人さんが……って、それはダメ人間の発想よ。
「しかしなんで……ん?」
何気なくベッドに目線をやると、いるはずのない人が枕を抱えて寝息を立てていた。
「千夏ちゃん……来てたんだ」
そっとベッドに腰掛け、千夏ちゃんの頭を撫で、髪の毛を手で梳いてやる。
「んん……」
刹那、目を覚ます彼女。
「あ、起こしちゃった?」
「せん……ぱ……い?」
「はい、そうですよ~」
「どう……し……て……ここ……に……?」
「そりゃ、私の部屋だからね♪」
「……!そうだ、ここ先輩の部屋!」
ようやく覚醒されたようです。
バネ仕掛けが働いたかのように飛び起きた。
「うっかり寝ちゃってました……」
まぁ、三日目だしね。疲れも溜まってるんでしょう。あ、それよりも部屋片付けてくれたんだね。ありがとう。
「この前のシャワーの件といい、だらしなさ過ぎですよ?」
疲れてるとね、何もかもが面倒になるんだよねぇ。
「疲れてるって……毎晩何をしてるんですか?」
あ、もしかして夜来てたの?
「……し、知りませんっ!」
うわぁ~、悪い事したなぁ……また、寂しがらせていたのかなぁ。
「ごめん。楢川先輩の絡みで練習してたから。まさか夜に来てくれてるなんて思いもしなかった……」
成長してないなぁ、私も。
「そ、そんな台詞では騙されませんよっ!」
あぅ、また怒らせてしまった……そうだ!
「ねぇ千夏ちゃん、一日言うことを聞く権利、まだ使ってないよね?」
「はぁ。ですがいきなり何ですか?」
「怒らせたお詫びに、言うことを聞いてあげようかな~なんちて」
非常手段とはいえ、これで怒りが収まれば……
「今からでは時間が遅いし、もったいないです」
デスヨネ~。やっぱり無理か……
「非常に不愉快ですが、その考えに乗じることもやぶさかではありません」
え?ぅわお、言ってみるもんだ~。
「但し、もう一度別の機会で同条件を発動する、という条件を呑んでいただくことになりますが」
それは……致し方ないですね、あぅ。春菜には内緒だよ?ズルイって言われそうだから。
「わかりました。先輩の顔を立てておきます」
取りあえずはホッとする。しかしこの後、とんでもない限界いちゃラブを要求をされるとは、この時点では私は想像もしていなかった。
「取りあえず、抱きしめて……キス、してください。情熱的に」
ぅわ、いきなり難しい要求だなぁ。そう思いながら、私は千夏ちゃんを抱き寄せ、彼女の唇を奪った。
帰りのバスの道中。
何故か私と千夏ちゃんは横並びに座らされた。更に、周りは誰も座っていない。
(どんな罰ゲームよ、これ……)
いくら席が余ってるとはいえ、これは……あからさまにいちゃいちゃしても良いってことですかい!?
「ん……すぴ~~」
隣では千夏ちゃんが気持ちよさそうに寝ている。しかも私に寄りかかって。
(憂いヤツじゃのう)
頭を抱えて、気持ちよく寝られるようにしてあげ、髪を梳いてあげる。時々気持ちよさそうな表情をする。……狸寝入りじゃないよね?
最後に、彼女の寝顔を堪能して合宿は終わりを告げた。
練習?ちゃんとやったよ?その成果は秋に試されることになっている。大丈夫、千夏ちゃんはやれる。ホント、秋が楽しみになってきた。あ、途中で春菜達にお土産買っていかないと。意外とうるさいからなぁ、特に春菜が。
「な~んだ、しょぼいお土産買ってきたなぁ」
私は、即座に春菜を星に還した。
更新が大変遅くなりました
残念なことに、千夏は完全に権利行使を
していません 確かにここではもったいないw
次回は、水着回です(何
はてさて、どーなることやら
書いてる本人もわからない<マテ
とりあえず、キャスト総出演ということは
決まってます^^;(ぁ