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side一美
夏休みが始まった。
とはいえ、学校は休みでも部活は休みではない。ただ、ここ数年の異常気象の影響からか、午前中で練習自体は終了。午後は、自主練習する者のみが自己責任で練習している。ただし、一人では何かしらの事故が起きた場合対処が出来ないので、午後の自主練は必ず二人以上で行うよう通達されている。
「それにしても、暑いよね~」
「日陰にいても暑いです」
夏休み二日目。千夏ちゃんが自主練をしたいと言い出したので、私も付き合ってる次第。足は完治した、と病院でOKを出された。午前中は、基礎運動で体力作り。午後からステップの確認やら助走位置の調整やらをして、秋の新人戦に向けた練習をしている。今は、一番日差しがきつい時間帯なので、日陰に退避して熱中症にならないように水分補給したり、冷却グッズで頭を冷やしたりしている。
「水泳部が羨ましい。ずっと水に浸かっていられるんだもん」
「只浸かってるんじゃなく泳いでるんですから、大変なんですよ?」
「わかってはいるんだけどねぇ。こう暑いと……」
「確かに……。先輩、あと二,三本跳んだら終わりましょう」
「だねぇ。早く終わってシャワー浴びて帰ろう」
「え、学校でシャワー浴びることが出来るんですか?」
あ、そうか。千夏ちゃんは知らなくて当然か。
「去年から、合宿棟の更衣室とシャワールームが許可制で使えるようになったのよ。私みたいに正式にクラブ所属してない人限定でね」
そう。部員でない私が部室に入るのはちょっと躊躇われる(言えば二つ返事で入れてはくれそうだが)。何とかならないか?と生徒会に相談したら、学校側と協議して許可を取り付けてくれたらしい。当時の生徒会長には感謝してる。見返りに、とんでもなく恥ずかしいことを要求されるとは思っていなかったが……。その顛末は別の機会で。
私みたいなクラブ無所属の生徒は数人しかいないが、そのおかげで合い鍵を持つことまで許可されてる。もちろん、卒業と同時に返却が義務づけされてるけどね。
「先輩だから優遇されてる気がしないでもないですが」
そうなのかなぁ。払った対価を考えればまだ足りない気がするんだけどね。
「どんな対価を払ったんですか……」
「も、もう!その事はいいから、練習再開!」
恥ずかしさもあって、珍しく声を荒げてしまった。
side千夏
「ここが合宿棟ですか……」
午後の自主練習量後、先輩に連れられてやってきた学校内にある合宿棟。体育館の脇にあるそれは、割と立派な建物だった。三階建てで、二クラスくらいは同時に寝泊まりできる程の規模だった。話によれば、遠征チームの宿泊にも利用されるとか。
目的の場所は一階の一番奥、大浴場に併設されているが入口は別。更衣室……というか脱衣所は共用みたい。合宿時以外は大浴場は使用できないようです。使用後のお掃除が大変だからというのが、理由の一つにあるとか。シャワー室も、使用後は本人達で掃除するのが許可を取り付ける上での大前提にあったらしいので、大浴場ともなると確かに大変だ。
「うわぁ~、下着までベタベタぁ……」
脱衣所に入るや否や、先輩はTシャツからジャージから、挙げ句の果てには下着までポンポンと脱ぎ捨ててしまった。
「ち、ちょ、先輩!わたしが居るというのに羞恥心なさ過ぎですっ!」
「何言ってるの。女同士じゃない。他には千夏ちゃんしか居ないのに。それに……」
「……それに?」
「もう全て見せ合った仲じゃない♪」
こっちが恥ずかしくなるくらいの返答に、顔が熱くなってしまった。
「……デリカシーもなさ過ぎです」
「はうっ!ご、ごめんなさい」
わたしの不機嫌さが滲み出ていたのか、先輩は即座に謝ってきた。こういとこがたまに出るのが、先輩の悪い点。でもまぁ、他人が知らないという部分を見せてくれてるのは、距離が近い証拠よね。
「じゃ、先に行ってるよ~」
気を遣ってくれたのか、先輩が先にシャワー室へ入っていった。見送ってから、わたしも脱ぎ始める。
……あ~あ、脱ぎっぱなしにしてぇ、先輩はもぅ……。
服を拾って篭へ入れる。そして、先輩が脱ぎ……捨てた……下……着……。
「…………っ、いけないいけない」
邪な気持ちが頭の中を支配しかけたが、振り払い下着を篭へ入れたあと、先輩に続いてシャワー室へ。
先輩は、丁度髪の毛を洗い流しているところだった。相変わらず、綺麗なロングの黒髪だよな~。
「……どうしたの?」
……はっ!知らないうちに見とれてしまっていたようだ。先輩に言われるまで気がつかないなんて、どうかしてるよ。
「な、何でもないです」
そんな台詞を絞り出すのがやっとだったわたしは、そそくさと別のシャワーを手に取った。ここのシャワールームは仕切り等が無いので、先輩が丸見え。おかげでドキドキが止まらない。
「うりゃっ!」
そんな声が聞こえたかと思ったら、先輩の方からシャワーの飛沫が向けられていた。
「ぶっ!な、何をするんですかっ!?」
「何か考えてたみたいだから、払拭する為に?」
「それが何故シャワー攻撃なんですかっ!」
「特に理由はないYO?」
……子供ですか。
「それよりも、頭洗ってあげる」
「自分で出来るから結構です」
「そんな事言わずにさぁ~」
洗うの洗わないのでドタバタしてたのだが、先輩に頭を取られた瞬間、目が合った。間髪入れずに先輩がキスしてきた。
「ちゅ、ん……」
そのまま、先輩のなすがままにされてしまった。そういえば、先輩からされるって初めてじゃないかしら?みたいなことを考えながら……。
side一美
「ホント、何を考えてるんですか。いきなりあんなことをしてくるなんて……」
シャワー後の脱衣所。何故か千夏ちゃんがぶりぶりに怒っていらっしゃいます。まぁ、することをしたからなんだろうけど……。
「春菜先輩と大して変わりませんね、やってることが」
非難という特大の槍を、私の心に遠慮無く突き立ててきた。春菜と同類にされるなんて……。
「ふぇぇぇぇ~ん、千夏ちゃんが苛めるよ~ぅ」
「自業自得です」
とどめの台詞を言われ、がっくりと私は跪いた。
「千夏ちゃんは、私を嫌いになってしまったのデスカ?」
「誰がそんな話をしてますか!……まったく、先輩といいキミー先輩といい、どうしてわたしの尊敬する先輩はみんな子供っぽくなるんでしょう」
いあ、楢川先輩はもともと子供っぽいでしょう、と心の中でつっこんでみる。
「それだけ、千夏ちゃんがしっかりしてるってことだよ」
「……っ、そ、そんな言葉には騙されませんよ」
あらら、顔を真っ赤にして俯いちゃったよ。
「ま、莫迦が出来るくらい、貴女との距離はだいぶ縮まったかな」
そんなことを言ったら、彼女は更に赤くなってしまった。……同じ事を考えてたな?
「……先輩は、鈍いくせに時々直球を投げてくるから……ずるいです」
に、鈍いって言われたぁ……。菜々美に言われるだけでも凹むのにぃ。
「ふふ、意趣返しが出来ました」
まぁ、何て策士な子なの!?お母さん、貴女をそんな風に育てた覚えはありませんよ。
「育てられた覚えもありませんし。何か弓道部の部長さんっぽいですね?」
ま、まずい。同類にされてはいけない。ボケるのは自重しよう。あの二人が居ないと、どうしてもボケ要員になってしまう。それが原因で千夏ちゃんに呆れられてしまったら、破局に向かってしまうかも……。あぁ千夏ちゃん、私を捨てないでぇ~。
「……またそこに行き着くんですか」
あれ?何故ツッコミが?
「これが、菜々美先輩の言っていた『独り言ダダ漏れ』という現象ですか。困った癖です」
え、またやっちゃった?
「実際に見るのは二回目です。呆れすぎてモノが言えません」
うぅ、気をつけるよう善処しますぅ……。
「取りあえず、掃除を済ませて退出しましょう」
side千夏
「先輩、明日はどうするんですか?」
明日は、部活がお休み。先輩はどうするのか、何気なく聞いてみた。
「あ、明日休みか……。宿題をある程度片付けるかな~。春菜の為にも」
何故春菜先輩の為に?
「あの子、去年の夏休みの最後に宿題終わらない~って泣きついてきたのよねぇ」
あ~、何となく想像出来てしまいました。
「最後の三日間、菜々美と二人してスパルタで終わらせたわ。もちろん、写しとか一切無しで」
そ、それは凄いです。ホント、春菜先輩には二人とも妥協しませんね?
「只写したってあの子のためにならないしね。春菜はやれば出来る子。ただ、面倒くさがりでやらないだけ」
ですよね。数学は異常に出来るようですし。
「私らは休みだけど、あっちはどうかなぁ……」
そう先輩は呟くと、携帯をカコカコし始めた。メールで確認しているようです。程なくしてメール着信音……が二回連続?
「ふむ……千夏ちゃん、明日用事ある?」
「いえ、特にはないです」
「なら、一緒に宿題片付けない?」
唐突のお誘いだ。……デートじゃないけど。
「寧ろこちらからお願いしたいくらいでしたからOKですけど、先輩の家でですか?」
「そうしたいんだけど、母さんが夜勤明けだからなぁ」
安眠を邪魔しては悪いですね。
「それじゃ、わたしの家でやりましょう。うちの母さん、先輩が来ると嬉しそうにしますから」
「何故気に入られているのか気になる……」
そう言いながら、先輩はわたしの提案に賛同してくれた。明日は、先輩と朝から(ですよね?)二人っきりになれる。成績がそこそこなわたしは、ちゃんと甘えられるようになるためにしっかり勉強しないと。勉強したあとは……おっといけない、邪な気持ちが。でも、同じ事を先輩が考えてるといいなぁ。ちょっとは期待してもいいですよね?
side一美
「………………」
次の日。
千夏ちゃんと宿題を片付ける約束をしていた私は、出迎えられた千夏ちゃん家の玄関先で、何故か彼女に睨まれていた。
「あ、あの~?」
「どうして……」
「ち、千夏ちゃん?落ち着いて……」
その先の台詞が容易に想像出来る私は、彼女をなだめに入るが効果は無かったようだ。
「どうして後ろのお二人が居るんですかっ!」
「お~、彼女さん爆発してもうた~」
「喧嘩はよくないぞ~、いちみ」
……取りあえず、春菜を星に帰しておこう。
「……で、先輩が家を出たら、既に菜々美先輩が居た、と」
「そうなんだよ~」
朝の涼しい時間から始めれば、効率よく宿題が片付くと考えた私は、千夏ちゃんに『八時半頃にそっちへ行く』とメールし、朝食を夜勤から帰ってきた母さんと取り、寝室に引っ込んだのを確認して家を出た。そしたら、既に菜々美が家の前に待ち構えていた。この時点で、情報が筒抜けになっていると悟った私は、抵抗は無駄だと諦めて歩き出した。途中の大通りで春菜とも接触。菜々美を見た時点でこうなるとは予想していた。で、冒頭に繋がる、と。
「私、部活休みの確認しかしてないよね?」
「そんなメールだったな。『明日部活休み?』って」
「CCで同じメールがウチにも来たえ」
「あっ、お二人に確認してたんですね?それで着信音が連続で鳴ったんだ……」
そう。二人からは一応『休み』という返事は貰っていた。でも千夏ちゃんのことだ、いろいろ期待をしてるかも知れない。期待が何かは敢えて言わないでおくが……。だから、二人を誘わなかった。それがこんなことになるなんて……。
「どうしてこうなったっ!?」
「いっちゃんの考えそうなことはお見通しや。ウチらはそれに便乗しただけや。去年の二の舞にならん為にな。せやろ?ハル」
「その辺を菜々に突かれて、あたしは”仕方なく”来たんだ」
そっか、仕方なく来たんだね。じゃあ、私も”仕方なく”スパルタで勉強教えようかしらねぇ。
「去年のようなスパルタは勘弁してください~」
予定外に人が増えたけど、よろしいでしょうか?千夏ちゃん。
「……はぁ、仕方ないですね。その辺はあとでみっちり追求するとして、菜々美先輩にはこの前の借りもありますし、どうぞお上がりください。……非常に不本意ですけど」
まだお怒りが収まってない様子の千夏ちゃんに、私は恐怖の戦慄を覚えた。こりゃ、あとが大変そうだ~。
な、何か中途半端な感じで切れてしまいました
ネタが出なかった……orz
次回は、いよいよ「あの」権利を千夏が
行使するようです(ぉ