19
side一美
数日後。
「おは~」
「おはようさんさん」
「おはよ…って、どうにかならないの?菜々美の挨拶」
「芸人は日々精進やで?」
芸人関係ないと思います。
そう心でツッコミを入れてるその時に、もう一名が合流してきた。
「おはようございます、皆さん」
「よう、藤宮」
「ぐーてんもるげん」
「また訳がわからない挨拶…」
「今のは、立派なドイツ語の挨拶やよ?発音正確やないけど」
「あ、そのフレーズ漫画で見た事あります」
ふ~ん、そうなんだ。さすがの私も、ドイツ語は習った事無いからなぁ。
「あ、遅れてごめん。おはよう、千夏ちゃん」
「お、おはようございます…」
な、なぜ朝の挨拶で照れるのですか?
「そりゃいちみは彼女の想い人だし?」
「まだ付き合うて日が浅いんやし、当然の反応や」
さいですか。
でもあの時は驚いたなぁ。あれは、家で夕食後彼女を送る途中での出来事だった。
『せ、先輩』
『ん、なぁに?』
『あ、明日から朝の登校を一緒にしてください』
『…え、いいの?』
『この足なので歩調は遅めですが、なるべく一緒の時間を過ごしたいんです。学年違うから、学校では別々になっちゃうし…』
『でも今部活では、ほぼ付きっきりでいるでしょうに』
『それだけじゃ足りないんです』
『ん~、まいったなぁ…』
『え、ダメなんですか?彼女からのお願いなのに…』
『…そうじゃなくって、私が言いたい事を全部言われちゃったんで、まいったなぁ~と』
『それじゃあ…』
『むしろ、こちらからお願いしたいくらいだよ』
『…っ、あ、ありがとうございます!』
『ただし、余計なおまけがいるから二人っきりじゃないけど、それでもいい?』
「余計なおまけとは失礼やな」
「んだんだ。これでも気ィ使ってるんだゾ?」
え、また回想にツッコミが?
「その独り言ダダ漏れは、もはや病気やな」
「ま、そこがいちみクオリティだけどな」
うぅ、本人が気づいてないのが一番ショックだよぉ。
「困った癖ですね。これでは隠し事が出来ません」
あうぅ、千夏ちゃんにまで呆れられた…。
「迂闊な事喋って、亀裂入らんように気ぃつけや~」
「亀裂入ったら、広げてやろうかな~」
何だって?言ったわね、春菜…。
「そうかいそうかい。今日も空の旅がご所望?それとも珍しくモグラと仲良くなりたいのかなぁ?」
指を鳴らしながら、笑顔で春菜を睨み付ける。
「うひゃ~、いちみの怒りに火がついちゃった?これはヤバい、逃げるが勝ち~」
珍しく春菜が逃げ出した。謝る気はないって訳ね。
「マテコラ~っ!」
今日こそ、その減らず口を矯正してやるっ!
side千夏
「あ~あ、行ってもうた…」
「追いかけなくて良いんですか?」
わたしは素朴な疑問を菜々美先輩にしてみた。
「あぁ、平気や。毎度のスキンシップなんよ。あれで結構喜んでるところがあるからなぁ、ハルは」
わ、ワザと先輩を怒らせてるんですかっ!?
「Mっぽいところがあるからなぁ、ハルは。でも、何かあったときはああやって、いっちゃんを元気づけてるんよ、いつも」
「親友だから出来るんですね…」
「大抵はハルが口滑らせて自爆してるだけやけどな」
「はは…」
でも、そういう事が出来る関係って羨ましい。わたしは、まだそんな域にはたどり着けていない、残念ながら。わたしにもああいう風に出来るときがくるんだろうか。
「大丈夫。今にあの役目はあんさんに回ってくるから」
「そ、そうでしょうか」
「間違いなく」
そうありたいですが、ワザと怒らせるなんて無茶ですよ。
「怒らせるんやなくてもいいんよ?どんな方法でもええねん、何かあったときは元気づけたってな」
「なれるよう頑張ります」
そんな話を菜々美先輩と歩きながらしているときだった。
ドンッ!という衝撃が突如、右後方から飛んできた。
「きゃあっ!」
バランスが崩れ倒れそうになるが、菜々美先輩がすかさず支えてくれていた。
「おぉっと。大丈夫か?」
「あ、はい、何とか。ありがとうございます」
「まぁ、隣におったしな。こら~、そこの子。気ぃつけぇや~。相手は怪我人やで?」
「すみませ~ん、急いでたもので~。ごめんなさ~い」
ぶつかった相手は、それだけ言うと脱兎のごとく走り去っていった。
「何やあの気持ちの入ってない謝罪はぁ~」
確かにそんな感じでしたね。気にも留めていないっていうのかな?そういった類の謝罪でしたね。
「何か起こらんとええねんけど…」
どうしたんですか、怪訝そうな顔してますよ?
「あんさん、暫く周りを気ぃつけたほうがええかも知れへんで?」
は、はぁ。まぁ、気をつけるにこしたことはありませんが…。
「な~んか、嫌な予感がするねん…」
結局、二人の先輩はそのまま学校まで行ってしまったようです。なので、菜々美先輩と連れだって学校に到着してしまいました。何だかなぁ(笑)。まぁ、こんな雰囲気も悪くはないし、菜々美先輩とも距離が近づいた感じもする。とにかく、この三人の先輩といると退屈しない。ハル先輩も割とわたしに気を遣ってくれてるのがよくわかる。だてに『文武両道三人組』と呼ばれてるわけじゃないんだ。
菜々美先輩と昇降口で別れ、自分の下駄箱に到着。いつものように扉を開けていつものように上履きを手に取ろうとしたところで、わたしの動作が止まった。
「あれ?何だろ」
そう呟いて、下駄箱の中にある違和感の正体を手に取った。
「…手紙?何でまた」
今時、大抵の友達とは、ちょっとした話はメールでやり取りするのが普通になってる。…という事は、面識のない人からの物だと推測できる。
(差出人書いてあるかな?)
そう思い裏返してみると、ハートマークの封印シールが!
(も、もしかして…これが噂に聞くラブレターってやつ?)
漫画なんかで見た事あるシチュエーションを、わたしが実際に体験するなんてビックリ。っていうか、何でわたしなの?何も取り柄がない幅跳び選手ですよ?ましてや怪我をして印象良くない方なのに…。しかも、大河先輩がわたしとの関係を公言しているんですよ?あの後、瞬く間に噂が広まって大変だったんですから…って、めちゃめちゃ混乱してるよ、わたし。
(取りあえずこれを仕舞わないと…友達に見つかったら、えらい騒ぎになるのは目に見えてるよ~)
取りあえず、周りを確認。
前方、良し。
後方、良し。
左右、良し。
念のため…上方、良し。
下方、良し…って、本当にいたらパンツ見られちゃうじゃない。何やってるんだろう、わたし。
誰もいない事を確認して、ブツを折りたたんでスカートのポケットに仕舞う。本当はこんな大事なモノ折りたくはないんだけど、ひょんな事から見つかってしまわない為に敢えて小さくした。
「おはよ~!」
ほっとしたと同時に、クラスメイトが肩を叩きながら挨拶をしてきた。
「うひゃあああああっ!?」
「うわ、ビックリした~。どうしたの?」
「い、い、いきなり驚かさないでよっ!」
心臓止まるかと思ったよ。
「驚いたのはこっちだよ~。普通に挨拶しただけじゃん」
そう言ったのは、沖 祐華 。クラスメイトの中では仲が良いほうの一人だった。
「にしても、驚きすぎだよ~」
「ごめん、考え事をしてたから…」
「何かあったの?」
「まぁ、大したことじゃないよ」
「ふぅ~ん。ま、いいや。教室いこう?宿題見せてもらわないと」
「またぁ~?やってきてないの?」
「いや、今回はやってきたよ。ただ、合ってるか自信がないだけ」
わたしのを見て、安心したい訳か。
「だって、千夏の英語は完璧じゃん」
小さい頃から習わされてるおかげでね。母の友人にも外人の方が何人かいるし…どんな縁があるのか謎な人なんだよね、うちの母さんは。
「それじゃ、容赦なくダメ出しするからね」
「え…お手柔らかにお願いしますぅ…」
そんなこんなで、その後お昼前まで手紙の存在をすっかり忘れていたわたしだった。
side一美
午前中の授業終了。お昼休みだ~。
今日は特に用意してないので、購買でサンドウィッチをゲット…出来るかなぁ。ま、何とかなるでしょ。
「ほら春菜、いつまでも沈んでないで購買行くよ?」
私は、前の席にうずくまってる物体を軽くはたいた。
「うぇ~い…」
ようやく起き上がったよ。
「そんなに数学の先生に負けたのが悔しい?」
「だぁ~って、あんな引っかけ問題にやられるなんて…」
私らの間では阿呆な子で通ってる春菜だが、何故か数学がずば抜けて出来るので、授業で時々先生と対決するというイベントが起きる。ここ最近は春菜が勝利していたせいか、今回は先生が意地悪な問題でリベンジを果たしていた。まったく、大人げない数学教師だわ。でも、後でちゃんと解説してくれるのでわかりやすい授業だと評判は良いのだ。
「ま、引っかかるところが春菜らしいけどね」
「何とでも言ってくれぃ…」
「いっちゃ~ん、ハル~、お昼行くえ~…って、どしたん?ハル」
菜々美が合流。
「数学イベントで、春菜が負けたのよ」
「おやまぁ、えげつないのぉ~あのセンセも」
春菜との勝負を楽しんでる節があるけどね。
「それより、購買行くんやろ?早よせんと」
お昼ゲットが遅くなる上に、千夏ちゃんを待たせてしまう。お誘いは四時限の前にメールで済ませている。
「ほら行くよ!」
「へ~い…かったる~」
長身が丸まったら格好悪いから、しゃんとしなさいってば!
「お待たせ~」
屋上のいつもの場所。最近はここで四人でお昼が定番になりつつある。
前回の初お昼のあと、一度二人でお昼を食べたが何か物足りないという考えで二人は一致し、以後は四人でお昼するようになった。段々この四人で、一グループな感じになりそう。
「って、あれ。反応なし?」
春菜がそう言うのも無理はない。私達が傍で声をかけたというのに、同じ姿勢で微動だにしない。
「どしたん…ん?手紙…?」
菜々美は、彼女が持ってる手紙に気がついたようだ。
「何々…な、何やて!」
その驚きの声に千夏ちゃんがビクッと反応した。
「ダメでしょう。人の手紙覗いちゃ…」
「そないな事言うてる場合やない。見てみい!」
問題のモノを奪い取る菜々美。
「あ…」
千夏ちゃんが小さく声を上げたが、全くと言っていいほど抵抗しなかった。
菜々美から手紙を受け取った私は、文面に目線を落として…驚愕した。
『大河一美に近づくな。守れない場合は成敗する』
「どういう事よ、これ…」
「何々~なんて書いて……マジかよ、これ」
春菜も横から覗いて…驚いていた。こんなことをする輩が、この学園にもいることがまず驚きだ。女子の嫉妬は恐ろしいって話はよく聞くけど、実際目にするとクるものがあるわねぇ。
「この手紙、どうしたん?」
菜々美は、千夏ちゃんに事の経緯を質問していた。
「…今朝…下駄箱に…仕舞い込んだ…忘れてて…時間…あったから…今読んで…」
固まってたところに、私達が来たって訳か。
「千夏ちゃん、こんな手紙無視していいからね。私達の関係は誰にも邪魔させないから」
「おお~」
二人が感心したように手を叩いていた。当たり前じゃない。千夏ちゃんを泣かせる人は、絶対に許さない。
「先輩…」
涙目で顔をこちらに向ける彼女。
「いつも通り、普段通りでいいからね。こんな事で離れたら、私が寂しくて泣くかも」
「それはそれで見てみた……おぼぅあっ!」
あぁ、無意識に手が出てたわ。ごめん春菜。
「反応速過ぎっす…」
「まぁともかく、誰がこんなん事をしたか調べる必要があるな」
見つかるかなぁ。
「ウチの情報収集力をなめたらあかんえ。必ず見つけ出したるからな」
「あ、ありがとうございます…」
side千夏
それからというもの、嫌がらせ行為がエスカレートしている気がする。
通学途中では、必ず誰かがぶつかってくるようになったし、朝の下駄箱の中は嫌がらせの手紙でいっぱい。あまつさえ、休み時間中に廊下で話をしているときでも、誰かがぶつかるようになってきた。
何で?
わたし、何かした?
ただ先輩と仲良く…それ以上もあるけど…してるだけなのに。
こんな事が続くと、心が折れそう。
先輩は気にしなくていいって言ってくれたけど、こうも続くとさすがに…。
「千夏、大丈夫?顔色悪いよ?」
教室で祐華が心配して、私の顔を覗き込んできた。
「うん、何とか…平気だよ」
「何かあったの?イジメ?」
「よくわかんない。先輩には気にしなくていいって言われてるけど…」
「先輩って…大河先輩?」
「知ってるの?」
「うん。剣道部にも来た事あるんだよ、あの先輩」
まぁ、弓道部に行くくらいだからそれもあるか。
「そういえば、ラブラブだったよね?千夏と先輩は」
「な、何故それを…」
「有名じゃん。弓道場で堂々と宣言したって話」
こ、こんなとこにまで浸透してたとは…。
「実はさ、チラッと耳にしたんだけど…あんたの事を良く思わない上級生がいるって噂を聞いた事があるんだよ」
え……?
「じ…上級生って、二年?」
「いや、どうやら三年らしい。ほら、元々先輩の方が有名人だろ?その先輩といちゃついてる生意気な一年がいるって噂を聞いた事があるんだ。それって千夏の事だよね?」
「…その噂、いつ聞いたの?」
「今週の頭かなぁ。剣道部の先輩が話してたのが聞こえてきたんだよね」
それって、あのデートの後ってこと?見ていた人がいたんだ…。別に地元だったから目撃されてもおかしくはないけど、たまたま良く思わない人に見られていたんだ。
「まさかとは思うけど、その先輩が何かしたとか…」
「あぁ、それはないない。うちの先輩達は逆にあんた達を応援してるんだよ?」
そうだったんだ…。
「誰がいったいこんな事を…」
そう言って、私は例の手紙を机の上に置いた。
「な、何これ…ラブレターっぽいけど?…え、何この文面。全部こんな感じなの?」
「うん…」
全部で二十通くらいはあると思う。数えるのが嫌になるくらい。
「陰険だなぁ。言いたい事があるんなら、直接言いに来いっての」
こんな女子校で陰険な…いや、むしろ女子校だから起こるのかも知れない。男子ならもっと直接的にくるはずだから、女子特有なやり方なのかな?
「もし何かあったら、大河先輩が来るまで私が守ってあげるよ。剣道部の意地と誇りにかけて」
ありがとう。友人として期待するわね。
帰りのLHRが終わった。
さて、気持ちを切り替えて部活に行こう。
「千夏、下まで一緒に行こう」
「うん」
祐華と一緒に教室を出て、階段に向かう角を曲がったときだった。
「藤宮千夏さんですね?」
「あ、はい…」
声をかけられたので、反射的に反応した。
…あ、三年生の人?
「何も聞かずに、わたしについてきてくださいますか?」
え、え、えぇ?
「部活がありますので…」
「ついてきてくださいますか?」
顔はにこやかだけど、雰囲気が穏やかじゃない。有無を言わさない感ありありだ。
まさか、この人が一連の事象の黒幕?
「千夏をどこへ連れて行く気ですか!」
「貴女には関係ありません…が、騒がれても困りますので、ご同行していただきます」
「…断ったら?」
「剣道部が県大会出場を辞退する事になりますが」
脅迫だ。最悪は実力行使に出るという宣言だ。っていうか、祐華が剣道部だという事まで知っている!?
「わたしが断ったら、どうなりますか?」
「剣道部が陸上部に対象が変わるだけです」
という事は、ついて行かないとキミー先輩に迷惑がかかるという事になる。
「祐華、ごめん。付き合って」
「…仕方がないなぁ。ま、守るって決めたしね」
「賢明な判断痛み入ります。あ、そうそう。携帯を預からせていただきますわ。メール等で知らされては困りますからね」
仕方なく、わたし達は携帯を差し出した。
「こちらですわ」
三人で階段を下り、昇降口を抜けて学校の裏手へと案内された。
side一美
放課後。
いつも通り、陸上部へ私は顔を出した。
そろそろ千夏ちゃんの足も良くなってきたので、少しずつ足に負荷をかけて慣らしていく方向へ練習をシフトしていくつもり。
取りあえず、秋口までは無理をしないで身体を壊さないメニューで基礎練習を続ける。そうすれば、秋の新人戦には間に合うはず。
「こんにちは~」
挨拶をしながら幅跳びレーンへ向かう。
「よ、かずみん」
レーンでは、既に楢川先輩が練習を始めていた。
「気合い入ってますね~」
「まぁね~。全国でかずみんの記録を抜くんだからね」
そんなこと言ってましたね。
「前にも言いましたけど、助走の開始位置はちゃんと意識してますよね?」
「もちのロンロン。まさか、そこだけで記録が伸びるとは思ってなかったからねぇ」
「踏み切り位置との関係が変でしたから。そこさえしっかりしてればバネはありますからね、先輩は」
「アドバイス、サンキューね。かずみん」
変な先輩だが、この人もまだ伸びしろはある。千夏ちゃんついでに時たま見てさし上げてます。
さて千夏ちゃん…は、あれ?
「先輩。千夏ちゃんは?」
「およ?そいえば見てないなぁ、千夏」
「今日はまだ姿を見ていません」
話を聞いてたのか、他の幅跳び選手が教えてくれた。
「ふ~ん、いつもは一番乗りで来るのに…珍しいな」
そういえば、私が陸上部に顔を出す頃には既にストレッチ初めてたもんなぁ。遅いですっ!って怒られた事もある。正式部員じゃないから、その辺は勘弁してもらいたいんだけど…。
「ホント、どうしたんでしょうね…」
「そいえば、同じクラスの部員が居たなぁ。お~い…」
そう言うと、先輩はその対象の部員を呼び寄せていた。
「千夏見なかったかい?」
「え、来てないんですか?先に教室を出たから、てっきり来てるものだと…」
「一人で?」
「そういえば、剣道部の子と一緒でしたね。仲がいい子が一人いまして、その子と出るのを見ました」
じゃあ教室には居ない、と。
「貴女は何故それを見てたの?」
「私、日直だったので雑用をしてるときに…」
その後の行動は見てない、か…。
「どこか寄り道してるとか?」
「する理由がありませんよ。テスト前でもないのに」
となると…彼女の身に何かが起きた?
そんな事を考えてるとき、ポケットの中の携帯が振動してることに気がついた。
発信相手は、情報収集のスペシャリストだった。
「菜々美?どうした?」
『いっちゃん、彼女さんそこに居てへんか?』
「いや、今居ないんでどこに…ってな話をしてたとこ」
『うわ、ちょう間に合わんかったか…』
「どういうこと?」
話の筋が見えず、相手に質問していた。
『今回の黒幕がわかってん』
「…マジで?」
『まさかと思うた人物が黒幕やってん。ウチも驚いたのなんのって…』
「誰なの?」
『それは追々話すとして、今から部室棟辺りで合流できひんか?』
「まぁ、いつでも動けるけど?こっちは」
『ほな、また後で~』
そう言って電話は切断された。
合流するって事は、どこかに移動するんだろうか?
今ここに、千夏ちゃんがいない事と関係あるのかな?
「ってなわけで楢川先輩、ちょっと席を外します」
「あいよ。千夏の事はかずみんに全権委任だから問題ないよ」
い、いつのまにそんな事になってるんですか…。
「顧問も部長も承認済みだよ」
本人抜きでそういう事を決めないでくださいよ。
「それはともかく、何があったか知らないけどちゃんと千夏を連れてきなよ?」
「それはもちろん!」
そう言い残して、私は菜々美が待っているであろう部室棟へ向けて全速力移動を開始した。
side千夏
「こちらです」
そう言って案内されたのは、学校の裏手。三棟ある校舎の一番北側、いわゆる旧校舎といわれる一番古い校舎のさらに裏手へと連れてこられた。
確かに、ここなら多少騒いでも気づかれない場所だよね。いかにもってところに案内されたなぁ。
さて、何が出てくるやら…。
「案内ご苦労。消えなさい」
そんな台詞が、何故かわたしの後ろから聞こえてきた。しかも、馴染みのある声だ。それを合図に、案内人はわたしの前から姿を消した。
「……どういうことなの?」
頭の中で警鐘が鳴り響くわたしは、そう訪ねるのが精一杯だった。とある可能性を認めたくない一心で。
「こんな状況になれば、さすがにわかるわよね~」
まただ。
わたしの前は無人。
後ろには、友人しかいないはず。
「…祐華?」
言葉が出ないなかで、わたしは敢えて友人の名を呼ぶ。
「何かしら?千夏」
「もしかして、貴女が全部仕組んだの?」
「…そうだと言ったら?」
友人から肯定している風な台詞が返ってきた。
「何でこんなイジメまがいな事をするの?」
祐華は親友とまではいかないけど、かなり仲がいいクラスメイトの一人。というか、向こうからスキンシップをしてくる位。こんな事をする理由がわからない。
「どっかの先輩とラブラブなあんたには、わからないでしょうね~」
「んなっ!それは関係ないんじゃあ…」
「大ありよっ!」
大迫力な返事にたじろぐ。
「事あるごとに先輩先輩先輩先輩先輩先輩…」
そ、そんなに言ってたかなぁ。
「だってわたしの気持ち、知ってるでしょう?」
相談した事もあるくらいだ。知らないわけがない。
「当然よ。だからじゃない」
そこがわからないんですが?
「自分の気持ちを押し殺すのに必死だったんだから」
ま、まさか…祐華も先輩の事を?
「でも、わたし達はお互いに気持ちを認め合って、正式に付き合う事になったんだから…」
「そうよね。で、弓道場で先輩がとどめを刺して、学校中に知れ渡った」
それはさっき話したとおりですよ?
「挙げ句の果てに、駅前でデートしてるし…」
見たのは祐華だったのか。
「デートを目撃して、貴女に対して嫉妬の炎がついたのよ。折角、気持ちを押し殺していたのに…諦めていたのに…」
しかし、何で今頃…。まぁ、祐華が先輩の事を好きだと知らなかったわたしも悪いのかな?
「それでも、先輩の事は渡さないんだからね。たとえ相手が祐華でも」
「先輩なんか要らないわよ」
…………え?
「わたしが欲しいのは、………なんだから」
え?声が小さくて聞き取れないんだけど。
「わたしが欲しいのは、ち・な・つ、なのっ!」
数瞬、お互いに沈黙。
「えええええええええ~っ!?」
声を大にして驚いたのはわたしだった。そ、それって、祐華がわたしの事を…好きって事?
「う、う、う、嘘…でしょ?」
「こ、こんな事冗談で言えるか~~っ!」
「そんなそぶり、見せたこと…」
思い返せば、ない事はないか。確かに、普段から過度なスキンシップをしていた記憶がある。胸を揉むなんて日常茶飯事だし、キスを迫られた事も何度かあったなぁ。その時は冗談で返していたけど。
「幾つか質問」
「何?」
「部活の先輩の噂は?」
「あぁ、あれは相乗効果を狙ってのデマ♪」
マジデスカ。
「普段の時ぶつかったりしてるのは、祐華じゃないよね?貴女と話してるときもぶつかられたし」
「あれはみんな、あんたと先輩の仲を良く思わない人達に協力してもらったの。もっとも、他のみんなはわたしと違って先輩に好意がある子ばかりだけどね」
目的は違えど、利害が一致したという訳ね。
「先ほどの三年生の人は?」
「家の使用人よ。年上だけどね」
え、祐華ってお嬢様なのっ?
普段話をしてるときには、そんなそぶり見せた事ないじゃない。結構気さくだし、誰とでも仲良くなれるし…。
「どんな家柄だろうと、わたしはわたしだしね」
でも、一番気になる事、それは…。
「わたしのどこが好きなの?何でわたし?」
「千夏は、どんな事でも一生懸命じゃない。確かに勉強も運動もそこそこだけど、物事に真剣に向き合ってるあんたを入学時からずっと見てきたんだから…」
ドジったりしないように気をつけてるだけなんですが…人から見るとそう見えるのかなぁ。
「この前のソフト、三振ばかりでみんな笑ってたけど、わたしには一生懸命な姿に見えて…ますます惚れたんだからっ!」
わたし的には恥ずかしい記憶しかないんだけど…。
「弓道場の一件を聞いて落ち込んだし、デート現場を見て何とか二人を引き離せないかと考えたり…」
…もしかして、病んでるってやつなのか?これ。
「わたしたち、友達でしょ?」
「そうだけど…わたしはそれでは満足できなかった。もっと仲良くなりたい、千夏をわたしのモノにしたい、そう考えるようになったの」
最近やたらとスキンシップが過激になってきたのはそれでか。事あるごとにスカートを捲ろうとするからなぁ。何とかして抵抗してるんだけど、たまに捲られたときは落ち込んだんだから。
「取りあえず、祐華の気持ちはわかった。でも、わたしの気持ちは大河先輩に向いてるんだから。気持ちは嬉しいけど…ゴメン」
もう先輩と結ばれた以上、この気持ちは変えられない。
「そう…どうあってもわたしには応えてくれないのね…」
タイミングが違えばわからなかったけど、わたしが好きなのは、やっぱり先輩であって祐華じゃない。友人としては好きだけど、それ以上にはなれない。
「……やはり、実力行使するしかなさそうね」
そう祐華が呟くと同時に、周りの空気が冷えた気がした。そして、先輩が怒った時に見えるどす黒いオーラが見える気がした。
「もう一度、右足を怪我してもらうよ。そして、今度はわたしが献身看護するんだ…先輩なんか近づけさせないんだから…」
そう言って近づいてくる祐華。手には、いつの間にか木刀を握りしめている!
「ごめんね千夏。あんたが悪いんじゃないんだよ。あの先輩の存在が、わたしをこうさせるんだから…恨むなら先輩を恨んでね…」
やっぱり病んでるよ!
しかし、困った。逃げ出したいんだけど、まだ足は完全に治ってるわけじゃないから、ダッシュが出来ない。どうしよう。このままじゃまた足を怪我する羽目になってしまう。どうしたら…。
「痛いかも知れないけど、我慢してね?今度はわたしが千夏の足になってあげる…からっ!」
木刀を振り上げる祐華。
衝撃に備え、目をつぶる。
………………。
あれ?何も起きない。
「ふぅ、何とか間に合ったか。こんなもん振り回しちゃ危ないでしょうが」
…え?先輩の声?
恐る恐る目を開けると、じたばたしてる祐華と振り下ろされる寸前の木刀を握りしめる先輩の姿が!
「は~な~せ~っ!」
「離せと言って離す阿呆がどこにいる」
「大河一美の莫迦~っ!」
「む?それは聞き捨てならないわね。ふんっ!っと」
そう言って木刀を握りしめたまま祐華を振り回す先輩。握力が限界だったのか、木刀から手が離れ祐華が地面に落ちた。
「菜々美」
「ほい、彼女さん保護~。大丈夫やったか?」
はい、まだ何もされてなかったので。
「それは良かった。間一髪やったな」
「な、なんで此処が…」
祐華に目をやると、悔しさのあまり歯をギリギリさせて先輩達を睨み付けている。
「ウチにかかればあんな捏造情報、一発でウソやとわかるえ?」
しかし、まさか先輩達が此処に乗り込んでくるとは夢にも思わなかった。
「さぁ~て、話は全て聞かせてもらったわ。私の千夏ちゃんに手を出そうとするなんて…覚悟は出来てるんでしょうねぇ~」
黒モードな先輩発動だ。これで謙譲語がでるようなら、怒りMAXレヴェルだ。
「…ふん。泥棒猫のように横からかっさらっていったくせに」
す、すごい。火に油を注ぐような台詞。先輩と対等に張り合う人なんてキミー先輩以外見た事がない。
「出会いは偶然なのは認めるけど。泥棒猫は聞き捨てならないわね」
「何を言ってる、このドサンピンが。あぁ、可哀想な千夏。将来、ボロ雑巾のようにされて捨てられるんだ…」
「酷い言われようだなぁ~」
そんな事はないと信じてますが…大丈夫でしょうね?
「なぁ~んで、千夏ちゃんも疑いの眼差しで見るかなぁ…私ってそんなに信用ない?」
「いっちゃんは恋愛に関してはニブやからねぇ」
「…そっち(菜々美)からツッコミが来るとは予想外です」
菜々美先輩の言う事も、もっともです。
「まぁ、いいわ。今回はここで引いてあげる。いいこと、大河一美。いつか貴女から可哀想な千夏を取り返してやるんだから。覚えておきなさいよ」
そう言い残して、祐華は私達の前から立ち去っていった。
「ふぃ~っ、なかなか迫力のある子だったなぁ。あれ、本当に千夏ちゃんの同級生?」
「情報ではそうやったんやけど」
あ、はい。クラスメイトで友達です。
「え、友達なの?そんな感じがしなかったんだけど」
此処に来て豹変したっていうか…わたしもビックリしてたんです。
「しかし、意外なところにライバルが出現か」
「安心出来んくなったな?いっちゃん」
「何で?」
「今までのようにしてると、彼女さんが心変わりしてまうかもしれへんで?」
確かに、呆れて浮気するかも知れませんね。
「さらりと恐ろしい事言わないでよぉ~。今まで以上に頑張ります。だから見捨てないでぇ~」
まぁ、それは先輩次第ですね。
「取りあえず、部活行きましょう」
わたしはそう言って、この話を切り上げる事にした。
この日をきっかけに、わたしと先輩と祐華の妙な三角関係が始まったのだった。
毎度お待たせしております
今回は、少し毛色を変えてちょびっとダークです
暴漢に襲われる千夏を一美が助ける…というイメージで
書き始めたのですが、終わってみれば単なる痴話喧嘩(ぉ
それもこれも、祐華の登場のせいで…(人のせいにすんなや
本来は、別に黒幕を設定してたのですが、また新たに
キャラをたてるより祐華をそのまま黒幕にした方が
面白いのでは?と思い、シナリオを変更
伏線回収に手間取りましたが、何とか完成しました
もっとダークにするつもりでしたが、シナリオ変更で
泥沼?恋愛事情に… しかもヤンデレっぽくなっちゃったし^^;
しかも、自身初の一話1万文字オーバー\(◎o◎)/!
ここまで書いたので、祐華も今後登場してくると思います
遅筆ですが、乞うご期待w




