15
side千夏
いろいろあったが、弓道部の練習が始まった。
タンッ!
パァァン!
タタンッ!
心地良ささえ感じる、的を射る音が道場に響く。
「あなたは少し早気があるわね。もう少し会で溜めを意識した方が良いわ」
「はいっ、やってみます」
「あなたは…離れの瞬間に妻手が下がってるわ。そこを意識して」
「わかりました!」
「うん、さすがは大河一美。指示が的確だわさ」
確かに…細かいところまでよく見ている。
私の幅跳びの時もそうだった。他の人が気づかない細かな部分までアドバイスしてくれた。おかげで、ファウルがだいぶ減った気がする。
「あなたは、胴作りが不安定ね。菜々美、ちょっとお手本見せてあげて」
「ほいほい。足踏みでぇ…こうやね」
弓道で基本となる射法八節(というらしい)。その最初の足踏みと胴作り…幅跳びで言うスタートの位置決めと歩数の確認かな?確かに、最初が決まらないと全てがうまくいかないことが多い。最初が肝心、というのはどの競技でも一緒みたい。
「いっちゃん。ウチにアドバイスは無いんの?」
「あんたは全国出てるでしょう」
「そやけど…やっぱ、見てほしいんよ」
「何か最近はしつこく食い下がるわね。何かあったの?」
「まぁ、目の前でアレを見せられたらねぇ…」
「何があったんです?」
先輩達三人の会話が聞こえてきた。
「去年の全国一回戦で神奈川の代表と当たってね、一中差で負けたのよ。そこの落*1の射があまりにも素晴らしくて…」
「ふ~ん、そんなことが…」
「アレ見せられたら、ウチもまだまだやなぁ~、って思ってしもて…しかもハーフっぽい人なんよ」
「そんな人も出てるんだ」
「どこかで見たことあるな~って最近まで考えてて、ふと思い出したんよ。いっちゃんに似てるなぁって」
「そうそう、射の雰囲気が大河一美に似てるんだよね」
「というわけで、お手本の一射をお願いや~」
「何でそういう流れに…」
「何か参考になるかも知れへんやん。ついでに、彼女さんにも格好ええとこ見せる良い機会やで」
「なんでそこまで…」
何か、先輩の格好いいところが見られる流れですよ。見たいオーラを先輩に発してみよう。
「じ~……」
「…千夏ちゃんも見たいのね」
コクン。
「はぁ~~っ、仕方ないわねぇ…」
やったっ!どんな姿が見られるか、楽しみ~。
「袴持ってきてないから、制服姿でやるのは気が引けるけど…仕方ないか。あ、誰か胸当て貸してくれる?あと弽も」
「誰か更衣室から予備を持ってきてあげて。あと、スペアの弓も」
「分かりました!」
後輩らしき部員が、更衣室へ消えて数分後、言われた物を持って現れた。
「あなた用に弓は常に準備してあるからね、大河一美」
「用意周到過ぎる…」
ブツブツ小言を言いながら、準備を始める先輩。
…確かに、制服で胸当ては違和感ありまくりですね。
「でも、足が見えてる分は胴作りの参考になるでしょ」
「見える部分も見えない部分も参考になるから、よう見ときぃよ、みんな」
「はいっ!」
「あんまり見られるのは得意じゃないんだけどなぁ…」
side一美
「さて…と。制服だから最初を省略して、足踏みからでいいよね?」
「任せるわ、大河一美」
なぁ~ぜか、お手本を見せる羽目になってしまったこの流れ。
そういえば、今日の運勢最悪だった記憶が…。
「キラキラ…」
…何故か千夏ちゃんからも羨望の眼差しで見られてるんですけど。しかも擬音付きで。
ま、ちょっとした試合のつもりでやってみますか。
んでは、集中っと。
「ぉお?早速行射に入ったで」
足踏み、そして胴作り。
「さすが切り替えが早い。凄い集中力よ」
弓構えから打起し…呼吸に合わせてゆっくりと。
「円相が崩れてない」
「理想的なバランスの打起しだわ」
「身長がある分、綺麗に決まるのよね」
呼吸を整えて…引分け。ここから気合いが入る。
キリキリ…弓がしなり、弦が音を洩らす。
注目されているから、緊張しない訳がない。でも、弓道は自分の心との勝負。的を狙ってるとは言え、いかに中て気を消せるかが鍵となる。
そして…会。
離れの直前。心を落ち着けて…いざ!
「ゴクッ」
タッ!
手から矢が離れ、的へ一直線。
パァァン!
そして、最後の残心。
ここまでが射法八節の一連の流れ。どの動作も気を抜いてはならない。
「綺麗な射…」
「行射の一切に無駄がありませんわ~」
「しかも、的心ですわよ」
「どや、凄いやろ?」
あんたが凄いわけじゃないから、菜々美。
「久しぶりに引いて的心ってどんだけよ、大河一美」
「まぁ、見えない努力をしてますから」
そういうことにさせてもらおう。
「……」
ふと、千夏ちゃんの方に目を向けると、何故か無言で固まっていた。
「あの~…、千夏ちゃん?」
「……」
「お~い、大丈夫かな~?」
「…はっ!」
遠くの世界から帰還されたようです。
「どうしちゃったのかな」
「一連の動作に…見とれてしまいました」
はは…、嬉しいやら何やら。
「こんな素敵な射をしてるんだから、弓道部に入れば全国が狙えるのに…今からでも遅くはない。入部しなさい」
「いやだから、家の事情で入れないと何度…」
まだ諦めてないのか、この人は。
「あんたからも説得しなさい、彩恩菜々美」
「無理」
「即答っ!?」
「今日のコーチングだって何とか来てもろたのに、説得なんかしたら絶交されてまう~」
悪いとは思ってるんですけどねぇ。家の事情を考えると…ね。
「…私は諦めないわよ?」
いい加減諦めてくれると助かるんですが。
side千夏
弓道部にお邪魔して約一時間。
大河先輩は、弓道部員にあれこれと指導している(特に一年生)。
中には、素人の私が見ても上達の早い子もいた。
足を怪我している私は、椅子に座ってその光景をずぅ~っと眺めているしかなかった。
誰も私のことを気にかけていない。
練習してるのだから当然だけど。
先輩も指導に夢中で私を見ない。
これだったら、校門で待ってた方がよかったかな。
そんなマイナス感情に脳が支配されてるときに、突如携帯が振動を始めた。
周りに迷惑にならないように端末をポケットから取り出し、サイドボタンで画面を開く。
「…もしもし」
「あ、千夏?母さんよ。今仕事が終わったから、迎えに行くわ。待たせてごめんね」
「わかった。時間はどれくらいかかるの?」
「そうねぇ…十分くらいかしら」
「じゃ、校門で待ってる」
「了解~」
プツン。
さて、そろそろ行かないと。
弓道場は昇降口から割と離れてるっぽかったから、急がないと…と思ったのが拙かったのか、手にしようとした松葉杖を滑らせて落としてしまった。…ワザと。
カラ~~ンッ!
その音で、道場にいた皆の視線がこっちに向いた。先輩も含めて。
「あ……」
「どうしたの?千夏ちゃん」
その先輩の台詞よりも早く、近くにいた部員が駆け寄り、杖を拾ってくれた。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫です。手が滑っただけ」
お礼を言いながら、杖を受け取る。
言えない。杖を落とした事に別の理由があるなんて…。
「すいません。練習の邪魔をしてしまって。迎えが来るので、失礼しようかと…」
「ま、怪我人だし、杖に慣れてないみたいだから仕方がないわね。大目に見るわ。退屈だったでしょう?」
「い、いえ…」
反射的に偽りの返事が口をついて出た。
この部長さんには、バレてる気がする。
「出入口を開けてあげて。あと、付き添うんでしょ?大河一美」
「えぇ、そのつもりでしたけど。誘った人間ですし」
「じゃ、コーチングはここま…」
「いえ、付き添いは結構です」
「…え?」
驚いて固まる先輩。すいません、嘘をついて。
「リハビリの為に、一人で歩いてみますので」
朝と同じ理由で先輩をはねのける。…本当はついてきて欲しいのに、敢えて天の邪鬼になる私。
また嫉妬してるのかな、先輩に。
「では、失礼します」
そう言って、私は弓道場を後にした。
side一美
千夏ちゃんは弓道場を出て行った。一人で。
付き添おうと思っていたのだが、朝と同じ理由を言われたら、何も動けなかった。
優しさだけではダメ。時には突き放すことも必要だ。
朝も菜々美に言われた言葉。確かに一理ある。
私は千夏ちゃんに何もしてあげられないのだろうか…?
「行かないのかい?大河一美」
…えっ?
「付き添い。そのつもりだったのでしょ?」
「え、えぇ…。でも、あぁ言われたら…」
行くに行けないでしょう。朝のこともあるし…部長は知らないだろうけど。
「いっちゃん、行かへんの?もしかして、朝の事を気にしてるんか?」
菜々美が話に加わってきた。そりゃあ、気にしますってばさ。
「朝と今じゃ、状況が違うてるよ。彼女さんの心理的状況がな」
…え、どういう事?
「理由はともあれ、早く行った行った」
「コーチングは?」
「彼女が帰る時点で終わりだ、と考えていたしね。無問題だわさ」
わかりました。それじゃ、失礼させてもらいます。
「胸当てと弽は置いてってね。あと弓も」
おぉっと、そのままで退散するところだったよ。
「菜々美、パ~スっ!」
「ぅわっとと。いきなり投げんといてぇな。あ、弓は投げたらあかんよ」
「投げないよ。ここに置いておくから、あとよろしく!」
さ~て、どこで追いつけるかな?
side菜々美
ようやっと行ったか…。
意外とニブやからなぁ、いっちゃんは。
彼女さんが寂しがってたの、気ぃつかへんかったんか?
「アンタも苦労してるのな、彩恩菜々美」
「まぁ、いっちゃんやし…」
「でも、端から見ると単なる痴話喧嘩だよな?」
「それはどうかと…。いっちゃんも、もうちょい恋愛に関してお勉強してもらわなあかんかなぁ」
彼女さん、ツンデレ属性を持ってはるようやね。
それが吉と出るか、凶と出るか…。いっちゃん次第やで~?
*1…団体戦で五人の最後に射を行う人
他の武道で言う大将のポジション
お待たせいたしました
毎度ながら、遅筆でスンマセンm(__)m
前回の続きな感じですね
今回は、千夏と一美の視点がころころと変わります
最後は、モノローグな感じで初の菜々美視点までw
何だかなぁ、また千夏ヤキモチかよ^^;
せっかく誘ってもらったのに、これじゃあねぇ…
そら怒りますわなw
次回は、一美が千夏に追いつくあたりから…
もうちょっとだけつづくんじゃよ~<マテ




