12
side一美
「またあんたなの…今度は何やったの?一美」
娘の顔を見て、第一声がそれですか…。
確かに怪我をすると大概、総合病院のお世話になるわけで。身内がいるってのも、考えものねぇ。
「今日は私じゃないわよ」
そう言って、千夏ちゃんに視線を向ける。彼女は今、患者搬送用のキャリーに乗せられている。
「あら、この前の…藤宮さんだったかしら」
「そう。この子が足を挫いちゃったみたいで、連れてきたのよ」
「そう、わかったわ。今日、外科の先生いたかしら…ちょっと待ってね」
そう言い残して、パタパタと走っていった。
「大河先輩のお母様…でしたよね」
うん、そうだけど…どう?痛みは。
「まだ痛いですけど、少しはラクになりました」
じゃ、救急外来の手続きしちゃおうか。
「あぁ、それはウチがやってくるよ。ハル、つきおうて」
「ほいほい」
助かるなぁ、二人とも。
いつも私の時にもやってくれてるみたいだから、要領がわかってるみたいだね。
「一美~。おまたせ」
あら、お早いお帰りで。
「手続きは…あの二人がしてるのね。じゃあ、あそこの三番の診察室にお連れして。急患だからって、ほかの患者さんには話をしてあるから大丈夫よ」
はい…あ、そうだ、最初の痛がり方が尋常じゃなかったって、瑞浪先生が言ってたけど。
「知香ちゃんが…わかったわ。先生に伝えておくわ」
小一時間後…。
私たちは、何故か入院病棟の個室の一つに集められていた。
ここって、この前私が一晩入院した部屋じゃないの。母さんの策略ね。
コンコン。
程なくして、ドアがノックされた。
「どうぞ~」
菜々美が反応した。その声に合わせて、ドアが開いた。
「お待たせね、三人とも」
そう言って、母さんと松葉杖姿の千夏ちゃん、そして中嶋先生も姿を現した。
「先生!こっちに来て大丈夫ですか?」
「あぁ、今お昼の時間だから抜け出せてこれたんだ」
もう、そんな時間なんですか。
「一通り、先生には私から説明しておいたわ」
で、どうなの?彼女は。
「うん、ただの捻挫。骨もレントゲンで見て、異常なし。ただ捻り方が悪かったみたいで、関節部分に余計なストレスが掛かったのが、異常な痛がり方の原因ね」
そう…安心したぁ。
「とりあえず、痛み止めを打って湿布と包帯を巻き直し。二、三日は不自由するけど、腫れが引いたらあとはテーピングでも大丈夫。一週間ぐらいはあまり足首を動かさない方がいいわね」
骨とかは大丈夫なの?
「さっきも言ったけど、レントゲンで確認してるから。内出血などの症状もないから、負担かけなければ早く治るわよ」
とりあえずは重傷じゃなくて良かった。
「でも、重傷の一歩手前なのは確かね。今回は運が良かった方よ?」
そうなんだぁ…。
「あ、あの…色々ありがとうございました」
千夏ちゃんが、恐る恐るお礼の言葉を述べてきた。
「いいのよ、これが仕事だしね。今は痛み止めが効いてるけど、無理しちゃ駄目よ?」
「は、はい…」
「いやぁ~、大事に至らなくて良かったよ。先生安心したぞ、藤宮」
顧問もやっと安心したようで、安堵の表情を浮かべている。
「よかったなぁ、千夏ちゃん」
「やった瞬間はどうなるかと思ったぞ~?」
菜々美と春菜も、安心したようだ。
「さて、私は仕事に戻るけど、許可は取ってあるからここでゆっくりしてってもいいわよ」
やっぱり母さんですか、この部屋を用意したのは。
「三人とも、色々世話になったな。先生は戻らないといけないから、先に失礼するぞ。藤宮、そのまま今日は自宅へ帰ってもいいぞ。荷物は他の一年に届けさせるから心配するな」
だって。良かったね。
「本音を言えば、会場に戻りたいのですが…この足では無理ですね」
行けなくはないけど、治す方が先だもんね。
母と顧問が居なくなり、私達四人だけが病室に残った。
「あっ、そやそや。もう一度受付に来てくださいって言われてたのを忘れてたわ~」
「えっ?そんなこと言われ…」
ドゲシッ!
な、何か、菜々美の肘鉄が春菜のお腹に入ったように見えたんですが…。
「い・わ・れ・て・た・や・ろ?」
「……そうだったような無いような…」
「だからウチら、も一度行ってくるな」
はいはい、行ってらっしゃ~い。
「ちょう、時間掛かるかも♪」
部屋を出る間際に、そんな台詞を残して出て行った菜々美であった。なんつー意味深な…。
二人が取り残された病室。
何か、びみょ~な空気が漂い始めた。
「とりあえず、座ったら?松葉杖じゃ、疲れるでしょ」
変な空気を払拭するために、私は千夏ちゃんにベッドに腰掛けるよう勧めた。
「あ、は、はい」
それに習って、私も隣に座る。
…隣?
あれ?
何で自然と座ってるのかな?
傍には、丸イスもあるのに。
自分の中で葛藤が始まった。
「…先輩?」
言われてハッとなった。
…落ち着け、私。
葛藤を見抜かれてはいけない。
「…足、大丈夫?」
何という質問をしてるんだ、私!
大丈夫なわけないじゃないっ!
「痛みはありませんね、痛み止めのおかげで。包帯のおかげで、歩きにくいですが」
…ふぅ、とりあえずは普通に会話が始まった。
「何とか初期対応が間に合ったかな」
「はい…、あの時はすいませんでした。我が儘言って」
「わかってくれればいいのよ。こっちこそ、叩いちゃってごめんね?」
「いいえ、私が悪いんですし…」
よし、普通に会話が出来てる。
「それにしても、転んだときはビックリしたよ~」
「何だか力んでいたみたいで…こんな怪我なんて生まれて初めてです。丈夫が取り柄だったのに…」
「そうなんだ…しかし、何で力んでたの?」
…ボンッ!
そんな音が聞こえるくらいに、彼女の表情が一瞬で変わった。
「…キミー先輩の応援に応えなきゃ、ってのもあるんですが…」
うんうん。
「……………」
え、今何て言った?
「…大河先輩に良いとこ見せたくて…」
小声でようやく聞こえる位の音量で、答えてくれた。
私?
私が見てたから?
「聞きました。去年の大河先輩とキミー先輩のやり取り」
「どんな?」
「体験入部での…」
…あぁ~、そんなこともありましたねぇ。言われるまで、すっかり忘れてましたわ。
「そして、大河先輩のお友達に嫉妬して…」
あ、もしかして、目が合ったときにそっぽ向かれたやつ?
「本当に怒ってたんだ…」
「え?」
「いやいや、こっちの話~」
うきゃあ~、どどどどうしよう。
まだ怒ってるのかな?
「…折角告白したのに、見てくれていないんじゃないかと、勝手に考えて…自己ベストを超えたら、私を見てくれるんじゃないかと思って…」
そっかぁ~、それで力んでたんだ。
「返事もまだ聞いてないのに、一人で空回りして…格好悪いです」
あなたの気持ち、教えてもらいました。
ここまで言われたら、こちらもちゃんと答えないといけないね。もう、気持ちは固まってるけど。
「ごめんね。貴女が怪我したのは、ある意味私のせいかもね」
「そ、そんなこと!」
「言わせて。私の返事がないから不安だったんだよね?」
「…い、いえ…」
「正直、私の気持ちもあやふやだった。でも、貴女が目をそらした瞬間、言いやまれぬ気持ちになって、ようやく自分の気持ちに気がついたの」
ぅわ、いつの間にか、告白モードに入ってる?
千夏ちゃんも、真剣な目で私を見ている。
もう、後戻りは出来ないっ!
「真剣に貴女の気持ちに返事をします。私は、貴女のことが好きになりました」
告った瞬間、千夏ちゃんの目から涙が…。
「怪我をしたとき、もういてもたってもいられなかった。貴女の苦痛の表情を見る度に、変わってやりたい、貴女を泣かせたくないと、何度思ったことか…」
「そんなことを思ってたんですか…」
「うん。だから、貴女が無理をして歩こうとしたとき、つい手が…」
「……」
「捻挫で済んで、本当に良かった。心配だったんだから」
そういって、私は彼女の肩に手を回し抱き寄せた。
「せ、先輩?!」
ぅわ~、私って大胆!?
でも、ほっと出来る。ここに千夏ちゃんがいることに。
骨折でもしてたら、私号泣してたかも。
「先輩…」
「目をそらされたとき、めっさ落ち込んだのよ?」
「あれは…、すいません」
「いいのよ。おかげで自分の気持ちに気がつけたんだし」
もう一度、面と向かい合う。
「貴女のことが好きです」
「…はいっ!私も先輩のことが好きです」
そう言った千夏ちゃんが…目を閉じた!?
ここここれは…もしかしなくても、きききキスを求めていらっしゃるぅ?
一度、事故でキスはしてるけど…あれはやっぱりカウントには入らないよね。
そうなると、私も彼女もおそらくは初めての…キス。
しかも、女の子同士…。
ええぃっ!好きになったものは仕方ないんじゃあ!
彼女を待たせては申し訳ない。
覚悟を決めろ、大河一美。
ゆっくりと、距離を縮める。
十センチ、五センチ、四センチ、三センチ…。
千夏ちゃんの吐息を感じる。
「せんぱい…」
そこで、その反応は反則です!
い、行きます。
二センチ、一センチ…ゼロ。
ちゅっ。
ぅわ~、女の子の唇だ~。
たっぷり、十秒間は行為に及んでいたようだ。
「…んぱぁっ」
ようやく、離れることが出来た。
キスだけで、こんなに心が暖まるなんて…。
「何か…ヤバいね」
「…何がですか?」
…心なしか、ポォ~ッとしてるね。余韻があるとか?
「離れるのが寂しかった。まだしていたい」
「…私もです。同じ気持ちで嬉しい」
「もう一度…する?」
「はい…」
お互いの気持ちを確認し、再度顔を接近させる。
「ただいま~っ!」
唇が再びゼロ距離になるその瞬間、突然病室のドアが開き、春菜が入ってきた。
「うきゃああああっ!」
私達は瞬時に距離を取り、平然を装う。
「あ、お取り込み中やった?」
その後ろから、菜々美も顔を覗かせた。
「ななな、何のことかな~」
平静を装っていたつもりだったが、悲しいかなそこでどもるとは!
「…な?やっぱり」
「隠しても無駄だよ~ん。ばっちり覗かせてもらったから♪」
な、ななななんですとぉ~っ!
「でも、まだまだやな~。ここは一つ、大人のディープなやつを…」
「うぉ~、それはまたエロい…」
「折角両思いになれたんやしなぁ」
…こいつら、黙ってれば好き放題言ってからにぃ~っ!
「春菜ぁ、菜々美ぃ?近うよれ」
「…あ」
「ヤバ、地雷踏んだ?」
「地雷って何かしら?私はお二人にお話があるんですけど~?」
逃げようとする二人に、私はジリジリと近づく。
「まずいっ!いちみが敬語調になったっ!?」
「どうまずいんの?」
「怒りがクライマックスモードに入ってるぅ…」
当然でしょう。私はかなりの辱めを受けたんですからねっ!
「ちょ~っとそこの廊下でお話をしませんこと?」
「ははははははいいいいいいい~」
「ウチもぉ?」
「当然ですわよ…あ、千夏さん?」
「あ、はい…って、千夏さん!?」
「少しお待ちになっててね?平和的にお話ししてくるから、このお二方と」
「う、うそや~っ!」
「有り得ん有り得ん」
うるさいお二人ですわね。
ガッチリ!
二人の肩を掴み、部屋の外へ連れて行く。
「マジっすかぁ~っ!……」
side千夏
あ~ビックリした。
大河先輩って、本気で怒ると口調が敬語になるんだぁ。
覚えておこ。
…とうとう、してしまった。先輩とキスを。
しかも、事故ではない正真正銘の…。
ようやく思いが伝わった。
怪我の功名って言葉があるけど、この場合も当てはまるのかな?
両想いのキスって、こんなにも暖かいんだなぁ。
先輩がヤバいと言った意味がわかるような気もする。
柔らかかったなぁ…。
な、何か変態っぽい思考になってるっ!?
でも、にやけ顔が止まらないぃ~。
先輩と両想い。嬉しいな。
「ごめんなさいね~お待たせしてしまって…」
あ、先輩が戻ってきた…って、まだ敬語!?
「毎度のことですけども、本当に悪ふざけが過ぎますわ、あのお二人」
まだ怒り心頭…なのかしら。
「今度という今度は、さすがに許せるレヴェルではありませんわ」
「まぁ、先輩…その辺りで」
「ま、千夏さんもあのお二人の肩を持ちますの?」
「そうじゃないですけど…」
…こんなキャラは先輩じゃない。
先輩はもう少しフランクで、さりげない感じが良いんであって、お嬢様キャラは違う気がする。
どうしよう。
このままでは、先輩が先輩でなくなっちゃう…。
「先輩?」
「何かしら?」
先輩を呼んで、不意打ちでキスをしてみる。
「んんっ!?」
白雪姫のキスじゃないけど、これで元に戻ってくれるなら…。
「んふ、ちなつ…ちゃん」
…私をちゃんで呼んでる。元に戻ったかな?
「んんっ、ぷはぁっ」
唇を離して、様子を見てみる。
「…んもぅ、千夏ちゃんってば、ダ・イ・タ・ン♪」
「あぁっ、すすすすいません!」
「いいのよ。両想いなんだしね」
…あ、口調が元に戻ってる。
少しは怒りがおさまったのでしょうか?
「何だか、らしくないところを見せちゃったわね」
「唯々ビックリしまくりでした」
「これからは、貴女にも多少火の粉が掛かるかもしれないから、覚悟してね」
「ふぇぇぇぇっ!?」
私もいじられるのですか?
「そういうのを楽しんでる節があるからねぇ、あの二人は」
か、覚悟しておきます。
「さて、帰りますか。家へ送るよ」
先輩が手を差し出してきた。その手を取り、立ち上がる。そこへ、松葉杖をさりげなく渡してくれる先輩。
「ありがとうございます」
「本当はまだここにいたいけど、さすがに…ねぇ?」
ここは病院。さすがに長居は出来ない。しかも、あんなことをしてるなんてバレたら…。
「ま、そこまでを見越して部屋を用意したのかもしれないけどね、うちの母さんは」
確信犯ですか。
しかし、松葉杖は歩きにくい。
足首が使えないから、仕方がないけど。
「ごめんね。本当なら肩を貸してあげたいんだけど…」
「いえ、結局は同じですから、歩きにくいのは。それに先輩に迷惑が…」
「いいのよ、そんなことは。折角なんだから、『彼女』を頼ってくれると嬉しいかな?なんて」
そんなことを言ってから、先輩は顔を赤らめてうつむいた。
ぅわ、先輩かわいい!
何か、先輩の知らない部分がどんどん出てくる。
先輩から『彼女』なんて台詞が出てくるとは。
「立ち回り的に、先輩は『彼氏』だと思ってたんですけど」
「う~ん、学年はいっこ上だけど、私も恋する乙女だから、って何言ってるのぉ、私」
ますます顔を赤らめて照れてしまいましたよ、先輩。
「じゃ、じゃあ取りあえず私の家まで連れて行ってください」
「お安いご用。かわいい彼女のためなら」
ボンッ!
今度は私が『彼女』に反応してしまった。
「お、お、お願いします…」
そう返すのが精一杯だった。
少し間が開きましたorz
とうとう結ばれた二人…展開早い?w
色々と心の中を打ち明けてる二人です
しかし、周りの人間がおせっかいすぎるww
なお、キスシーンの一部を自主的判断から
カットしています(計20行くらい?)
読みたい人います?たいしたもんじゃないけど(ぇ