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side一美
「二本目スタートします」
何とか、ここまで無事に飛んでいるわね。
ホッと胸をなで下ろす。
直前だったけど、教えたのが功を奏してるかな。
正直、決勝は残れないかなぁとは思ってたけど、残っちゃうとはね。
「あの子、頑張ってるね」
何気なく、春菜が話しかけてきた。
「うん」
「いっちゃんが教えたんやから、当然や」
何で当然なの、と心の中で菜々美にツッコミを入れる。
元同級生は、出番だからとトラックへ戻っていった。
三人には、良いようにからかわれてしまった。
その代償として、千夏ちゃんを怒らせてしまったようだ(泣)。
真相はわからないが、告白された相手にそっぽを向かれるなんて、予想もしていませんでしたよ。
そして、陸上部の先輩と思わしき人と楽しそうに喋ってるようだし…私のことが好きなんじゃないの?
「な~に、一人百面相をしてるんだか」
…はっ!ま、まさか今の気持ち、顔に出てた?
「嫉妬や嫉妬。さっきの人と楽しそうに喋ってたもんなぁ」
…部活の先輩だから、話すこともあるでしょう。ましてや、同じ種目だし。
「な~んか苛ついている感じだったなぁ、その光景を見ていたいちみは」
マジっすか?
「前の椅子の縁をガッチリ握りしめていたから、手形がクッキリと…」
「ついてないわっ!」
スパーンッ!
春菜に久々のツッコミをお見舞いする。
「あいた~っ!ノリ悪いなぁ、いちみは」
無視しない分、ありがたく思いなさい。
そう…そうよね。
先輩からのアドバイスを受けている…んだよね。
でも…この心の奥底に渦巻いているもやもやは何?
なんか、イヤな子になった気分…。
やっぱり、二人に対して嫉妬してるの?わたし。
「あ~あ、確定だね、これは」
「いい加減認めなよ、いっちゃん。自分の気持ち」
そうだね。
たぶん、私は千夏ちゃんのことが好きになってる。
けど、此処で認めたらなんか負けた気分になりそうなので、敢えて言わない。二人にいじられるのがオチだから。
「あ、そろそろ動くよ」
レーンに目を向けると、千夏ちゃんがスタンバイしていた。
”無理しなくて良いからね”
そう、心の中で祈っていた。
先ほどから、恋愛感情とは別の言いしれぬ予感を感じている。
――何かイヤな予感がする。
こんな感じは、自分を含めて今までのスポーツでは感じたことがなかった。だから、余計に不安になる。
(事故が起こらなければいいんだけど…)
スタートした。
…ん?
何かおかしい動きだ。
力みすぎてる?
足の運びがさっきと違う。
踏み切り失敗するかも。
それだけなら良いんだが…。
いよいよジャンプ!
「!」
身体が右へ捩れる。
踏み切り失敗した上に、足を捻った?
ズザザーッ!
千夏ちゃんの身体が砂場の右方向へ投げ出された。
「まずい!」
「きゃあああっ!」
突然の出来事に、春菜も菜々美も声を上げる。
場内が騒然となる。
千夏ちゃんが右足首を押さえてる。
やっぱ、踏み切りで足を捻ったんだ…。
「千夏ーっ!」
先輩らしき人が千夏ちゃんの元へ駆け寄る。
一番早くたどり着いて、様態を見ている。
「担架ーっ!早く持ってこーいっ!」
「救護班はまだかーっ!」
「今呼びにいってまーす!」
「何をやっているんだ!早くしろ!」
怒号が飛び交うグラウンド。
…早くしてよ。
…千夏ちゃんがあんなに痛がってるじゃない。
…可哀想だと思わないの?
…もう、待てない!
気がついたら、観客席の手すりを飛び越えていた。
「い、いちみ!?」
「い、いっちゃん!?」
約三メートル下のグラウンドへ着地。
一目散に千夏ちゃんの元へ駆ける。
「よく、ここを飛び降りたなぁ~」
「感心してへんで、階段で先回りや。ウチが救護室見つけてくるから、ハルは道を作ってあげて」
「あいよ。そっちは菜々にまかせた!」
「千夏ちゃん!大丈夫?」
「おろ、かずみん」
のんきに挨拶してる場合じゃないでしょう、先輩。
「足、触らせてもらうね」
そう言いながらシューズを取り、靴下も取ろうとするが…
「い、痛ッ!ん~~~っ!」
少し触れただけでかなり痛がる。
まずいよ~これ。早く処置しないとヤバイよ。
「腫れ始めている?」
「そんな感じですね。担架はっ!?」
「まだ来てません」
もぉ~っ、遅すぎるっ!
「いちみ!取りあえず通路は確保したぞ~」
あ、春菜。流石手際がいい。
「救護室は菜々が探してる。取りあえずは運ぶか?」
そうね、その方が早いか。
そう思うが否や、私は千夏ちゃんを抱え上げた。
しかも、お姫様だっこで。
「もう少しの辛抱だからね」
そう声をかけたが、痛みで余裕がないか。
「いちみ、こっち!」
春菜の声を受けて、スタンドの下の通路へ移動する。
「い、痛い…痛いよぉ…」
千夏ちゃんの悲痛な声が、私の心に突き刺さる。
(待ってて、すぐにラクにしてあげるから)
「あ、いっちゃん!こっちや」
程なくして、菜々美の姿を見つける。
「救護室は?」
「ここや」
救護室の張り紙がされているブースを目にする。
「ドアオープン」
前を先導していた春菜が、ドアを開けてくれた。
「ぶつけないように気をつけて…っと」
「どうしたの…って、さっきから騒いでたのはその子のせいなの?」
なんと、そこには自分たちの学校の保健医である瑞浪知香先生が座っていた。
「ちかぼー先生!?」
「どうしてここに…」
「お仕事で頼まれてここにいるのよ。で、どうしたの?」
女医は苦笑していた。
「あ、はい。足を捻ったらしくて…」
「担架がなかなかこないので、担いできました」
「そう…さっき担架が行ったはずだけど、行き違いになっちゃったかな」
そう喋りながらも、すでに千夏ちゃんの足を診始めている。やっぱり頼りになります、瑞浪先生。
「ちょ~っと触るね。この辺は?」
「だいじょ…痛っ!」
痛みで顔を歪める彼女。
出来ることなら、代わってあげたい…。
「捻挫だけだとは思うけど…痛がり方が尋常じゃないわね」
「骨折の可能性は?」
「ないと思いたいわね。見た目でも、変な方向に足が曲がってないし」
それを聞いて、私はほっとする。
「とりあえず冷やさないとね」
そう言い、手近な袋から氷嚢を取り出し、氷を詰めて千夏ちゃんの足首にあてがう。
「冷たっ!」
「ちょっと我慢してね~」
しばらく氷で冷やした後、湿布を取り出し患部に貼り付け、そして、手際よく包帯を巻いていく。
「応急処置はこれでよし、と」
「さすがちかぼー先生」
「さすがやね~」
「あのね、一応これでご飯食べてるんだからね」
ですよね。いつもお世話になってるし。
「一応病院に行った方がいいかもね。骨折はないとは言ったけど、私は医者じゃないし、専門機関で判断してもらった方がいいね」
やっぱそうなりますか。
「痛がり方が気になったのでね。骨はレントゲンじゃないとわからないしね」
そこへ…
「千夏~っ!」
先ほどの先輩が飛び込んできた。
「はい、救護室ではお静かに」
女医がやんわりと嗜めた。
「あい、すいません…あ、かずみん」
あぁ、楢川先輩でしたか。
「んもぉ~っ、あたいのことはキミーでいいっていつも言ってるでしょう」
一応部外者なんで、遠慮させてもらってます、毎回。
「で、どうです?千夏は」
「捻挫だけだとは思うけどね」
そう言って、女医は自分の見立てを先輩に説明する。
「そっかぁ…病院どうしよう」
それより先輩、競技は?
「いま一時中断。もう少ししたら再開するらしいから、その合間でここに来てみたのよ」
さらに、陸上部の顧問まで救護室に現れた。
「どうですか、藤宮の様子は」
「あぁ、中嶋先生」
先輩にした説明を、もう一度顧問に説明する女医。
「そうですか…病院連れてった方がいいですね」
「それがいいと思います。幸い、病院に詳しい方がいますからね」
そう言って、瑞浪先生は私に目を向けた。
「お?大河いたのか。…なぜ彼女?」
「この子の母親が、総合病院の外科で看護師をしてますから」
あぁ、瑞浪先生は知ってましたね、うちの母さんを。
「中嶋センセ、ウチらが連れていきましょうか?」
「彩恩…等々力も、三人組が勢揃いか」
「先生は忙しいでしょ?代わりについて行きますよ」
「それは有り難い申し出だが…どうやって?」
「ウチが車呼びますよって」
言うが早いか、携帯片手に菜々美が救護室の外へ出て行った。
「それじゃ、大河の母さんがいる病院へ?」
自然とそうなりますね。多少は融通が利きますし。
「申し訳ないが頼めるか?今日は副顧問が都合でいなくてな。先生もここを離れられないんだ」
「先生、貸し一つ…」
スッパ~ン!
「あいた~っ!あにするだよ、いちみ」
先生に対して言う言葉じゃないよ?
「相変わらず、ツッコミが早いなぁ」
あぅ、先生に苦笑されてしまった。
「莫迦なことしてないで、連れて行くわよ」
「へ~い…」
「悪いけど頼むな。後で先生も伺うと言っておいてくれ」
了解しました。
「じゃ、肩を…あちゃ~。背が違いすぎて無理だわ」
あらら、確かに…。
「仕方がないわね。千夏ちゃん、我慢してね」
私はそう言って、先ほどみたいにお姫様だっこで彼女を持ち上げた。
「うえええええっ!?は、恥ずかしすぎますっ!」
だから、我慢してねと言ったんだけどな…。
「いちみ、見せつけてくれるなぁ♪」
…これって、抱っこする方もかなり恥ずかしいのでは?
いま、初めて気がついた…。
「つ、つべこべ言ってないで行くわよ」
恥ずかしさを誤魔化すため、速やかに救護室を後にした。
「せ、先輩!お、降ろしてくださいっ!」
その足で歩けるの?
「あ、歩けます!」
じゃあ、降ろすから歩いてみて。
「はい…っっ!い、痛っ!」
ほらぁ、無茶をしないの。
「抱っこの恥ずかしさよりはマシです」
そんなことしたら、悪化しちゃうってば。
「大丈夫です」
パンッ!
「莫迦なこと言わないで」
気がついたら、私は千夏ちゃんを叩いていた。
「怪我の初期の段階でそんな無茶したら、治るものも治らなくなっちゃうわよ」
「…………」
「恥ずかしいのもわからなくはないけど、変な見栄は張らないで欲しいわ」
「す、すみません…」
「こっちも意外と恥ずかしいから、おあいこよ」
そう言い、もう一度抱き上げる。
「いっちゃ~ん、こっちや~」
遠くから菜々美の声が聞こえてきた。
「あれ、タクシーじゃないの?」
春菜が素朴な疑問を投げかけた。
「家の車の方が早いかと思てな、こっちにさせてもろたんよ」
目の前には…これはいわゆるワンボックスカー?
「この方が乗り降りしやすいやろ?」
そう言いながら、テールゲートを開けてくれた。これなら、抱えたまま乗り降りできるね。
「よいしょっと」
ようやく、座席に彼女を降ろす。
「…あ、ありがとうございます」
素直は良いこと♪
「大河様、総合病院でよろしいでしょうか?」
「えぇ、お願いします」
「承りました。お嬢様も等々力様もお乗りください」
「よろしゅうな。東雲はん」
「頼みます~」
私らが乗り込むと同時に、車は急発進…じゃないけどスムーズに走り出した。
前回の事故の部分を一美視点から~
結構大胆な行動に出てます
自重しろって言われてたはずだよなw
恋する乙女の行動力は凄い、ということで(ぇ