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side千夏
「以上が決勝進出の選手です。決勝は三十分後に開始します」
決勝進出選手リストが張り出された。
えぇっ、ギリギリ…残ってるぅ?
「やったじゃん、千夏!一年ではあんただけだよ」
「び、ビックリです。初めての大会なのに…」
「かずみん効果が出始めてるかな?」
どんな効果ですか、それ…。
でも、確かに自己ベスト超えは無いけど、その近辺に三本とも揃った。ファールもない。
やっぱ、『かずみん効果』出てるのかな?
「ここまで来たら、自己ベスト超えなさい」
え~~~~~~っ!
「どうせ、上はあたいがいるから無理として」
うわ、自画自賛ですか。
「折角、自己ベスト直前まで来てるんだから、いっそのこと超えてしまいなさいな。これ、先輩命令♪」
出来るかなぁ…。
「出来ると思ってやらなきゃ、出来るものも出来ないよ?」
ダメ元って言う言葉もありますけど?
「それは最後の大逆転を狙ってるとき。全てを出し尽くして戦いに挑むときに使う言葉。今の千夏には関係ない」
…そ、そうですか。
「最初の壁ね♪」
壁って…。
でも、確かに今日は調子が良い。練習も含めて、まだファールを一回もしていない。こんなの初めて。
自己ベストまであと四センチ。
よし、やれるだけやってみよう。キミー先輩の言うとおり、気持ちが最初から負けていたんでは、良いジャンプが出来ないのは確かかも。せっかく、大河先輩も見に来ていることだし、良いところを見せないと。
「では、走り幅跳びの決勝を始めます。跳躍は、予選下位から順に行います」
予選下位から…って事は、私からっ?!
「うわ~、プレッシャーになっちゃったねぇ~」
…こんな所で憐れみの目を向けないで下さい、先輩。
「でも、跳ばなきゃ…ですよね?」
「そ。まぁ、勝てるわけじゃないから、気楽に行ってきな」
「勝つのは、キミー先輩だから?」
「そゆこと~」
二人でウケてしまい、大笑いする。
何か、妙にリラックスしちゃった。
…まさか、これも先輩の計算?さすがです。
「藤宮選手、準備して下さい」
おっと、コールがかかった。
もう一度、キミー先輩を見る。
「♪」
パチン、とウインクで答える先輩。
(行ってきます)
そう心の中で返事をし、スタート位置へ向かう。
スタート位置に着き、砂場と対峙する。
(さぁ思い出せ、私)
目を瞑り、集中。
目を開け、歩いて歩数の確認。
再度スタート位置に立ち、もう一度集中。
そして、上体を少し引いて反動を付けて、スタート!
タッ、タッ、タッ……。
ステップOK。
踏み切り板が迫る!
3,2,1……。
ダンッ!
いっけぇぇぇぇ~っ!
フワッ…。
空中姿勢をしっかり…。
ズザァ~~~~ッ!
着地成功…っと。
記録員が、計測している。ということは、ファールじゃない。
それよりも、記録はっ?
「ただいまの藤宮選手の記録~……」
うっわぁ~~~っ!あ、あと一センチ…。
ガックリと項垂れ、選手待機所に戻る。
「オッケーだよ、千夏!良い跳躍だったよ」
キミー先輩が駆け寄ってきて、手放しで褒めてくれる。
「有り難うございます。でも…」
「でも?」
「自己ベスト、越えませんでした」
あぁ、と納得したのか、手を打つ先輩。
「まだ四本残ってるよ。今のジャンプが出来れば、行けるよ」
「…そうですね。まだ、一本目ですもんね」
「そう、その意気。今のモチベーションを崩さないで」
「はいっ!」
さすがは、メンタルの強い先輩だ。落ち込んだ私を持ち上げて、励ましてくれた。
ホント、よく人を見てるよ。
「次、楢川選手」
…あれ?もう先輩が呼ばれた?
「先輩、予選トップじゃないんですね?」
「ん?あぁ、予選は色々試していたから、練習みたいなものよ」
「はは……」
予選を練習って…やっぱ、あなたは器が大きいですよ。
「じゃ、行ってくるかね」
「頑張って下さい!」
後ろ姿で、ひらひら手を振って答える先輩。
ここからが、先輩の本気。じっくり見させてもらいます。
一本目終了。
現在、私の順位は八人中八位。
まぁ、決勝に残れただけでも奇跡みたいなものだしね。取りあえず、無難なとこか。
そして、暫定トップは我らがキミー先輩。
本人の口ぶりでは予選は抑えていたみたいだったけど、決勝一本目で度肝を抜く跳躍を披露。二位との差がかなりあるスーパージャンプを決めてきた。さすがは、去年の県大会覇者。
「先輩…凄いです。っていうか、凄すぎ」
「そ~ぉ?もっと褒めて褒めて」
うわ、出たよ。先輩の子供モード…。
これで、去年の成績はフロックじゃなかった事が証明された。
キミー先輩の記録が出た瞬間、ライバルと思われる選手が口をあんぐり開けて固まっていたのを思い出した。
「…確かにこれは、プレッシャーになるわね」
自分一人でブツブツ言いながら、冷静に状況を分析する。
「ん?何か言った?」
「い、いいえぇ、何でもないです」
独り言が聞こえていたようだ。
でも、一本目から決めてくるなんて、なかなか出来ないですよ。それも、先輩の強さなのかな?
「ふと思ったんですが、先輩のライバルって誰ですか?」
「何、唐突に」
「いや、ホントにふと思ったんですけどね…」
選手としては、気になるところですよね?
「どしてそないな事を思ったん?」
…何処の人ですか、あんた。
「予選を練習とか、気合いが入ってるようだったし…」
「う~ん、いつも通りのつもりなんだけどなぁ」
…あれがいつも通り?
「予選があるときは予選でいろんな事を試して、無いときは前半で試すのがあたい流」
へぇ~、そうだったんですか。
「その後は、記録に向けて全力跳躍」
「記録?ライバルじゃなくて?」
「うん。ライバルなんていないからね」
え?
「いや…一応いるのかな。大会には出てこないけど」
「この大会に?」
「それもそうだし、この後の全国にも出てこないよ」
それ、ライバルじゃないんじゃあ…。
「うんにゃ、あたいにはライバルであり、目標でもあるのよ」
謎めいてきましたよ?
「誰ですか」
聞いてもわからないとは思うが、聞かずにはいられないですね、ここまで来たら。
「千夏も知ってる人だよ」
「そうなんですか」
「うん、かずみんだもの」
…は?
「大河一美。教わった人の名前を忘れたの?」
「そ、そんなことありません!」
ただ、意外な名前が出てきたのでびっくりです。
「さっき、記録がどうたらって話をしたでしょ?」
「はい」
「その記録が目標であり、超えようとしてるって事は、ライバル視してる…と解釈できない?」
う~ん、出来るような出来ないような…。
「それだけ、ハードルが高いのよ」
「どんだけな記録なんですか」
「うんとね…」
非公式な記録なのでか、先輩は耳打ちで教えてくれた。
「そ、その記録ホントですか?」
「紛れもない事実。部員全員が証人よん」
確かにハードル高いけど、無茶苦茶高いですよ?
「今年中に記録を超えてやるんだ」
うはぁ~っ、キミー先輩燃えてます。
「二本目に入ります。藤宮選手、準備して下さい」
あ、コールがかかった。
「千夏、飛んできな。そして、かずみんを超えるんだ~っ!」
キミー先輩にも出来てないのに、私なんか出来ませんってば…。
「いけ~っ千夏!飛ぶんだ千夏っ!」
応援団化してますよ、あの人。
でも、少なからず気合いは入った。
あの人の傍に行く為に、さらなる向こうへ…。
準備OK。
いざ、参る!
タッタッ…。
ん?何か、足の運びがギクシャクしてる?
まぁ、いい。踏み切りさえ合えば、飛べる。
3,2,1……。
ダンッ!
踏み切った瞬間、足からグニャリとした感触が伝わってきた。
「!」
そして、視界が何故か右へ傾いていく。
(あぁ、倒れるんだ)
そんなことを思ったのは、砂場にたどり着く直前だった…。
side公江
「ちょっとけしかけ過ぎたかな?」
子供じみた応援に、ちょっと反省…。自分の悪いところが出ちゃったな。
でも、千夏には期待している。
彼女には素質がある。
教えたことは、ちゃんと自分のものにしているし、何より練習熱心。ましてや、『あの』かずみんが直接教えたんだ。悪くなりようがない。
「かずみん…」
永遠の目標であり、ライバル(一方的に♪)。
あんたがいたから、あたいもここまで頑張れてるんだよ。
見学会で見せたあんたの記録を抜くことが、最大の恩返しだとあたいは思ってるんだ。
…お、千夏がスタンバってる。
いつも通りで大丈夫だよ。
そう心の中で祈る。
スタートを切った。
ん?心なしか、ステップがバラついてるか?
まさか、力んでる?
まずい、あの運びでは、踏み切りでミスる!
その瞬間を、あたいは目撃してしまった…。
幅跳び決勝シーンです
とうとう事故が発生してしまいました
こんな事故が本当に起こるのか?というツッコミはなしの方向でw
次回は、このシーンを一美視点で書きます