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side千夏
「幅跳びの選手は、集合して下さい」
コールが掛かった。
いよいよ出番だ。
今回、選手は十六名。予定人数より登録数が多かったので、急遽予選を行うことになった、と大会スタッフから説明があった。予選で、半分が振り落とされる。
自分にとって、公式じゃないけど学園では初の大会。先輩の話によると、全国大会予選の選考も兼ねているとのこと。全国なんてまだまだなレヴェルだけど、その前にある県大会には出てみたい。
…でも、誘えなかったなぁ。
この前は、折角のチャンスだったのに、恥ずかしさと邪魔が入ったせいで…。
いけないっ!
ネガティブに考えてはいけない。
タイミングが悪かったのだ。
また折を見て誘えばいい。
チャンスはいくらでもある。
でも、せっかく大河先輩にもコーチしてもらったんだから、目の前で結果を出してみたい。
「では、一番手の宮脇選手、準備して下さい」
あ、予選が始まる。さぁ、余計なことは考えないで、集中集中。私の跳躍は八番手。教えてもらったことを思い出して!
「千夏。緊張してるかい?」
同じ種目に出場の先輩が、声をかけてきた。
「あ…、キミー先輩。やっぱ、緊張しますよ?初めての大会だし」
楢川公江先輩。県でトップクラスの実力を持つ凄い先輩。先輩達がキミーと呼んでいるのに習い、後輩も『キミー先輩』と呼ぶ。っていうか、それ以外での呼び方では振り向いてもくれない。名字で呼んだ後輩が怒られていたところを目撃したこともある。
「ま、何回出ても大会は緊張するよね」
「え、キミー先輩ほどの人がですかぁ?」
「あたいは鉄人じゃあないっての」
苦笑する先輩。その笑いで、幾分か緊張も和らいできた。
「むしろ、少しは緊張もしてないと良い記録は出ないからね。あまり緩んでいると、記録も緩みっぱなしだよ」
「そんなもんですかね」
「そんなもんよ。上を目指してる以上、気負いがないと壁を越えられないよ?」
何となく言いたいことは分かりました。
「順番は?」
「八番目です」
「う~ん、微妙な順番ねぇ」
やはりそう思いますか。
自分でも、この順番は微妙な気がしていたんです。
「でも、記録を出せば順番なんて関係ないし」
「簡単に言いますねぇ…」
この人の強さはこのメンタル面。
去年の県大会で一番手で跳躍し、そこで凄い記録を出してきて後続の選手にプレッシャーを与え優勝してしまった、という逸話のあるもの凄い人なのである。ここ一番でのメンタル面の強さは半端じゃない。
「やっぱ凄いです、キミー先輩」
「そう?もっと褒めて褒めて」
…これがなければ良い先輩なんだけどねぇ。
時々子供じみた行動&言動が出るのがキミー先輩の欠点。裏を返せば、親しみやすい先輩でもある。
「ま、あたいの実力はかずみんのおかげでもあるんだ」
「かずみんって?」
「千夏もコーチしてもらったんでしょ?大河一美」
えっ、大河先輩?
「去年の春か…記録が伸び悩んでる時に、かずみんが体験入部に来ていてね?『それじゃあダメです』ってダメ出しされたのね」
「き、キミー先輩にですか?」
す、すごい…先輩にダメ出しできるなんて。
「それじゃあ跳んでみなさいよ、って喧嘩売ったら、いともあっさり私の記録を大幅に超えたわけ」
そ、そんなことが…。
「目の前でそれをやられたら、もう負けを認めるしかないじゃない?それからは、あたいの何処が悪いのか根掘り葉掘り聞いたわよ」
それで、今のキミー先輩の跳躍がある、と。
「そう。その後、部員全員でなんとか入部してもらおうと必死に勧誘したんだけど…」
ダメだったんですか?
「家の事情で、どうしても部活動が出来ないって頑なに拒まれて…諦めたわけ」
家の事情って、なんなんでしょうか?
「さぁ、その辺りはプライバシーもあるから、こっちからも敢えて聞かないわ。でも、部長がいたくお気に入りだから、ウチの部には出入り自由ってことになってるのよ」
だからですかぁ。大河先輩がいても、誰も何も言わないのは…。
「いろいろ聞いたおかげで、メンタルも強くなったのよ。やっぱ、出来る子は違うね~」
そういう意味では、先輩も違うと思いますが。
「それで先輩?その時の大河先輩の記録って…」
「あたいもまだ超えられないのよ」
県実力ナンバーワンとまで言われるキミー先輩でも超えられない?
「なんせ、即全国優勝してもおかしくない位の記録だから…良い目標にはなってるんだけどね」
な、何て事!
噂はいろいろ聞いていたけど、勉強が出来て運動能力もこれほどずば抜けているとは…。ますます惚れ直しちゃいますぅ~。
「次、藤宮選手」
あ、順番が来た。
「ま、取りあえず教わったことを思い出して、確実に一本跳んできな」
「はいっ!」
「うむ、良い返事じゃ。行ってこいっ!」
よしっ!まずは一本。
助走の開始地点、確認。
踏み切り地点、目視…オケ。
風向き…よし。
いざ、スタート!
タッタッタッ…
3…2…1…ここだっ!
ダンッ!
空中姿勢を気をつけて…。
ズザ~~~~ッ!
うん、なかなか良い感じ。
「ただいまの藤宮選手の記録~………」
よしっ、自己ベストちょい手前!一本目から良い感じ。
「なかなか良いじゃない」
「あ、有り難うございます!」
キミー先輩に褒められた。
そこで、何気なくスタンドを見上げた。
「!」
大河先輩!
見に来てたんですかっ?
…ん?何か仲間内でじゃれ合ってるような感じがするんですが。
良いよなぁ、あの二人は大河先輩と距離が近くて…。
当たり前だよね。同学年だし。あの三人組は結構有名だし…私もあんな風に近づけたらなぁ。
しかし…私を見に来てくれたんじゃないんですか?
ううん、私は誘ってないからそれは自惚れかな?
でも、ここにいるって事は、少なからず期待をしてしまう。
でも、観戦してるんですかぁ?
「あ…」
目が合った。
片手まで挙げてくれた。
私を見に来てくれたんだ。
でも、何故か私はそっぽを向いてしまう。
なぜ?こんなことしたくないのに。
まさか、嫉妬?誰に?なぜ?
大河先輩の返事はまだ聞いていない。
だから?いや、違う。
さっきの凄い記録の話を聞いたから?
それも違うような…。
何だか、自分の気持ちがわからない。
でも、先輩を好きなのはハッキリしている。
私の気持ちをかき回しに来たんですか、先輩?
「ん、どした?千夏」
「い、いえ、なんでも…」
「しっかし、ウチの応援団も気合い入ってるねぇ~…ん?例の三人組が来てるじゃん。珍しい」
え、珍しい?
「三人揃ってスポーツ観戦ってのが珍しいんよ。いつもは、誰か一人が試合に出ていて残りが応援、って言うパターンだから」
そうなんですかぁ…。
「そう。かずみんも来てるし、教わった者としては良いとこ見せないとね」
「…そうですね」
また、ネガティブ方向に行ってしまったようだ。まだまだ試技は続く。集中集中っと。
大会が始まってからの、千夏視点です
前回とほぼ同じ時間軸です
何故か新キャラも登場(ぉ
一美のちょっとした過去が垣間見えます
先輩に平気にダメ出しするとは…おそろしやw
走り幅跳びを表現するのって難しいです
変なとこがあったら、容赦なく…いや、お手柔らかにツッコミを<何