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ウェイター・ニックの初出勤

-1-

自慢じゃないが俺が『巨大殺し』と呼ばれるのにはそれなりの裏付けがある。

8個ある頭を破壊しないと再生し続ける爬虫類やら、火を吐くトラやら。意味の分からんモンスターたちに大剣1本で50回も生存し続けてきた男だ。

そんな過酷な興行に比べれば飲み屋の店員なんて児戯に等しいというか、子供のお使いというか。とにかく楽勝だろうと高を括っていた。

しかし、楽なものなんてめったにないとすぐに知る羽目になる。


白い木綿のチュニカ、黒いズボンの上に黒い腰丈のエプロンを巻いたいかにもウエイターという格好で開店準備を手伝っていた。

ライラの旦那さんのお古を貸してもらった。

チュニカの丈が足りなくて腕の傷跡を隠しきれないのが難点だが、着心地は悪くない。

木目に沿ってテーブルを拭いていると、店の引き戸が開いた。

「い、いらっしゃいませ~」

「こんばんは~、ライラ~」

「あらぁ、可愛い子いるじゃない」

続々と入ってきたのは、クジャクのように華やかな雰囲気の女性3人組。

派手な原色に染めた髪は夜でも目立つように粉が降られ、夜の薄暗い照明に最適化された厚化粧に、オーバーめなリアクション。

肩をあらわにしたショールの下は肌が透けて見えるほど薄い生地のチュニカで、大事な部分はジャラジャラとアクセサリーで申し訳程度に隠している。

その扇情的な姿に脳がフリーズする。

酌婦だ。

コロッセオでも、観客席で客を取っているのを遠目に見たことがあるので、彼女たちがどんな存在なのかは知っている。

しかし、この時間帯にわざわざ酌婦とわかる格好で飲みに来ることに驚いた。仕事前の一杯ということだろうか。

「さ、3名様ですね~。こちらの席に…」

「やだ~、おもしろ~い。こちらの席にだってぇ~!」

酌婦の一人に同調して3人組がケラケラと大声で笑う。

困惑していると、後頭部をはたかれた。

「ばっか!その子たちはいいんだよ。客取りに来てるだけだから」

ライラが呆れたようにため息をつく。

「この店は1階が酒場で2階が休憩スペースなんだ。フリーの酌婦が1階で客を取って、2階の部屋代をあたしに払う。そういう仕組みなの」

「へ、へぇ~…」

「こんなのここらじゃ常識でしょ?あんた、こんなことも知らないのねぇ」

そこに本日一組目の客がやってきたので、俺は慌てて応対する。

ライラの店は意外と繁盛しているらしく、開店してすぐにちらほらと客が入ってきた。

男の常連っぽい客たちの目当てはライラ本人らしく、案内されるまでもなくカウンター席に座ってライラにずっと話しかけていた。

その様子に、女手だけじゃ苦労が尽きない、の意味がなんとなく分かってくる。

酌婦の女の子たちはテーブルの間をめぐってしばらく粘っていたが、てきとうなところで見切りをつけていつの間にかいなくなっていた。

しかしすぐに別の酌婦の女の子が店の暖簾をくぐり、同じようにテーブル席で酌をしながら甲高い猫なで声で場を盛り上げている。

酌婦がいない席も酒が入れば段々声がでかくなり、飲んべえたちがゴブレットを片手に大声で与太話を繰り広げる。

コロッセオとはまた違うにぎやかさだ。

「お邪魔するよ~」

そんな中に、随分と毛色の違う客が入ってきた。

羽飾りのついたつばの広い帽子をかぶり、異国の地を思わせる紺色に白い刺繍がされたベストと同色のズボンという奇抜な格好をした女だった。

「いらっしゃいませ~」

「客じゃない。コレさ」

女は涼やかな声で言い放ち、背中に背負ったリュートをこれ見よがしに持ち上げた。さもコレでわかるだろ?と言わんばかりの堂々とした態度。

いや、コレってどれだよ。

飲み屋は暗黙の了解が多すぎやしないか。

客もメニューに書かれた通りの商品名で頼んでこないし。

カウンターのライラの方をちらっとうかがうが、大して気にした様子もなく常連客のダル絡みを捌いている。

となると、コレっていうのは酌婦の亜種かなんかなんだろうな。

彼女は底の固いサンダルを踏み鳴らしながら酒場に入った。

「なんだ、吟遊詩人か。顔が綺麗なのに勿体ない…」

入口近くの客は彼女の全身を舐めるように見てそうつぶやいた。

吟遊詩人は聞こえたのか聞こえてないのか、入口近くの客は無視して、別のテーブルの客に話しかけていた。

「聞きたい曲はないかい?即興でもいいよ」

赤ら顔の客が答える。

「一昨日の…なんて言ったっけ、ほら、すごい懸賞金がかかってる興行傀儡」

思いがけない流れ矢に俺の心臓が跳ねる。

「『巨大殺し』のニケラス?」

「そう、それ。50連勝したテンションで操縦士と興行主を殺して金を奪って逃げた奴。ヤバいよね。アレの歌とかないの?」

いや、尾ひれがつくなんてレベルじゃない尾ひれがついてるじゃないか。仏心で殴るにとどめてやったのに、人をサイコパスみたいに言いやがって!

「お客さん、わかってるね。ちょうどそいつの曲を作ったんだ!」

吟遊詩人が誇らしげに胸を張る。

ああ、やめてほしい。

「すいませ~ん。酒~」

「ああ、はい。ただいま…!」

給仕して戻ってみれば、吟遊詩人がリュートを構えて歌い始めたところだった。

「『巨大殺し』のニケラスは巨大サソリを叩き潰しながら考えた~。興行主も虫けらみたいに叩き潰したらさぞ気持ちいいだろうと~」

なんてむず痒い内容だ!

「大恩人のセフェリノスを衆人環視で叩きのめし~。恐ろしいレオホークの餌にした~」

せめて俺的ベストバウトの4つ腕ゴリラ戦とか入れてくれたらいいのに、完全に世紀の大犯罪者の人間殺戮ショーの歌になっている。誇張を通り越してほぼ全部嘘じゃん。

羞恥なんてレベルじゃない。

歌詞は最低だが、曲と歌唱技術がそれなりなのがまたいたたまれない。

今すぐこの女の声が届かないところまで逃げてしまいたい。

グラスをもってそそくさと裏に引っ込むが、厨房にまで吟遊詩人の歌は微妙に届いていた。

皿を洗っているとライラがオーダーの紙を無言で置いていったので、結局すぐさまフロアに戻らざるを得なくなる。

曲が短かったのは不幸中の幸いだった。俺が注文の品をもってフロアに入った時にちょうど歌が終わって、まばらな拍手が巻き起こっていた。

吟遊詩人は帽子を取ってお辞儀した。

吟遊詩人はさっきの清涼感のある歌声の持ち主とは思えない派手な目鼻立ちをしていた。豊かなまつ毛に縁どられた大きな黄緑色の不思議な目は猫のように挑発的で、赤みの強いオレンジ色の髪の毛が猫っぽい印象を強めている。

帽子をくるりと裏っ返す。

「吟遊詩人のキット・ベティの歌がいいねと思ったらこの帽子にいいねと思った分だけコインを入れてくれよな!」

名前まで猫みたいな奴だ。

「姉ちゃんいくらだ?」

オーダーを取っていると、酔った客がベティの手首を掴むのが見えた。

「お気持ち程度で十分だよ!もちろん高いに越したことはないが!」

「一晩いくらだ?」

ベティの笑顔が凍り付く。だが、かろうじて笑顔を張り付けたまま穏便に済まそうとする。

「私は誇りある吟遊詩人さ。私の売り物は技術であって体じゃない」

「ちんけな歌より体の方が高く売れるんじゃないか?」

同席の男たちがどっと笑った。

「なんかああいうの嫌だな」

ボソッと客が呟いた。

俺も同感だった。

「ライラ、アレはいいのか?」

カウンターのライラに尋ねる。

ライラはベティに絡んでいるテーブル席を表情一つ変えず一瞥する。

「放っておいていいよ。旅芸人ならあの子もこれくらい自分で捌けるでしょ」

「そういうもんなのか…?」

「いいからあんたはさっさとオーダー持ってきなさい」

この会話の間ずっとライラはグラスを磨く手を止めなかった。

「こっちはこっちで忙しいんだから。吟遊詩人風情気にしてる暇ないの!」

まあ、それもそうか。雰囲気的にベティの帽子に投げ込まれたおひねりがライラに入ってくるわけじゃなさそうだし。

オーダーされた酒をもって戻ってみると、ベティは客の膝の上に乗せられていた。逃げられないように腰を掴まれて、ベティがもがいている。

「放せ!そういうのは酌婦にやれよ…!」

「お前が酌をしろよ。お前の下手な歌で酌婦が逃げちまった詫びに」

なんかとんでもない因縁をつけてるな。

「やぁね~。あんな粗暴なお客さんにつくのは怖いわぁ!でも、お兄さんは優しそうで素敵…!」

と別の席ではその光景を尻目に酌婦が客に営業しているわけだが。

ベティと目が合う。

黄緑色の瞳から挑発的な色は失せ、なんとも言えない上目遣いで俺を見つめていた。

助けを求めている?でも、ライラは旅芸人なら自分でどうにかするって言ってたしな。

こほん、とライラの咳払いが聞こえた。

いけない、いけない。酒を客のところに持っていかないと。

「お待たせしました~」

ゴブレットに入った赤葡萄酒をテーブルに置く。

オーダーした客は気まずそうに酒とベティたちの席に目を向けた。

「いや、やっぱいいわ。この酒は俺のおごりでいいから君にやるよ」

「えっ…!」

「ああいう客がいると酒がまずくなる。これお勘定」

銀貨を置くと、同じテーブルのツレともどもさっさと退店してしまった。

「えぇ~…」

机の上の手つかずのゴブレットを持て余す。

やると言われても。仕事中にこれ飲んでいいのかな?

ライラは常連客の相手で忙しそうだし。

…なら。

俺は店内で一番騒がしい席に向かった。

「透かしてんじゃねぇよ。脱いだら銀貨やるからよぉ」

「誰が…!」

騒ぎの大元の頭上でゴブレットをひっくり返す。

唖然として言葉を失う客の膝の上からベティを掴んで奪取する。

「なにすんだ、てめぇ!」

ワインで真っ赤になった客が俺の胸倉に掴みかかる。

「すいませんけど、他のお客さんがあんたらのせいで酒がまずいって帰っちゃったんですよ。注文もせず騒ぐだけなら帰ってもらえませんか?」

男が怒り狂いながら殴りかかってくる。その拳を受け止め、頭突きで沈める。

「俺はただ他の客の迷惑になることをやめろって言いたいだけで…」

ガタガタと音がして同席の二人も立ち上がり、俺の両腕を羽交い絞めにしてきた。

「いや、だから…」

頭突きを食らった男は鼻を抑えながらフラフラと立ち上がり、また俺に向かってきたので、その腹に軽く蹴りを入れた。そのままひっくり返った男を尻目に、俺を羽交い絞めにしている男二人も振りほどいて床に転がす。

「問題起こされると困るんですって。酌婦の女の子ならまた来ますし、何も嫌がってる人にちょっかい掛けなくてもいいじゃないですか」

俺は何とか穏便に収めようとするが、酔っ払いに説教が効くわけもない。

男三人組が立ち上がり、じりじりと俺に近づいてくる。

「やっちまえ兄ちゃん!」

「喧嘩だ!」

周囲の客たちも手を叩いて囃し立てる。これだから酔っ払いは!

男のパンチを受け止めて床に転がしたところで、店内にリュートの和音が響いた。

ベティが遠くの席でリュートをかき鳴らして歌い出す。

アップテンポで迫力のあるロマニア建国物語-つまりは英雄譚。

あの野郎。何食わぬ顔で喧嘩を煽るようなBGMを演奏してやがる!

元はと言えばお前が…!

ああ、くそ。こんなところでも興行させられるなんて冗談じゃない。

俺は飛び掛かってきた男たちを次々に床に転がし、3人を椅子のように固めてその上に乗ってやった。

「ぐぇえっ!」

やっと3人組は暴れるのをやめた。

俺の尻の下敷きにされてトーンダウンしていく迷惑客とは対照的に、店内がわっと拍手に沸く。

「いいぞ、兄ちゃん!」

「かっけぇぞ!」

慣れ親しんだ喝采に思わずガッツポーズをしそうになって、思いとどまる。冷菜よりもなおキンキンに冷えた視線の存在に気づいて、今の喧嘩で火照った肌がスーッとと冷えていく。

ライラが俺を射殺さんばかりに睨みながらゆっくりと近づいてくる。

いや、何も言わなくてもその視線が俺に語りかけてくる。

「お前、問題起こしたらクビって言ったよな?」

と。

俺は思わず男たちの上からゆっくりと退き、ライラからも少し距離を取る。

ライラは男の一人のポケットから金貨を掴みだす。

「飲み代と迷惑料ね」

「ひぃっ!すんません!」

「二度と騒がないんでご勘弁ください!」

そういって男たちはそそくさと店から走り去った。

冷たい視線が再び俺をとらえる。

「あんたも…」

「ひぃっ!」

「まあまあ、そんなかっかすんなよ、ライラ!」

カウンターから常連客の声が飛ぶ。

「若いんだから血の気が多いのはいいことだ」

「一杯おごってやるから好きなの飲みな、兄ちゃん」

ライラは常連と俺を見比べて苛立たし気に俺の鳩尾を人差し指でついた。

「今回は店の備品壊してないから許すけど、次はないからね…!」

「うっ、すんません…!」

「謝ってる暇があったらそこのテーブル片付けておいて!」

「はい…!」

グラスを回収していると、清掃中のテーブルに誰かが座る。

「あー、すいません。まだ片付け中で…」

「ねえ、お兄さん。私からも一杯おごってあげようか?」

顔を上げるといたずらっぽい顔でベティが俺に笑いかけていた。

「君のおかげでがっぽりだからお裾分け」

そういって帽子の中の銀貨を見せられる。

「あんたなぁ…」

そのふてぶてしい愛嬌に毒気を抜かれる。

「歌う余裕があるなら自分で何とか出来たんじゃないですか?」

「あっはっは。ご冗談を!私はか弱い吟遊詩人だぞ!まあ、困っていたのは事実。商売チャンスだったのも事実ってだけ!」

「ちゃっかりしてるなぁ~…」

ベティはリュートを軽く爪弾いた。

「私の歌はどうだった?」

ニックは一曲目の自分の歌を思い出して頬がカッと火照るのを感じる。

「よかったですよ、二曲目は」

「君は古典的なのが好きなんだな!ロマヌス様の凱旋の部分から歌い始めてよかったよ。冒頭から歌い始めたらサビまで行けなかった。君、喧嘩なれしすぎじゃないか?」

ベティの手が和音を奏で、冒頭を軽やかに歌い始める。

「大洪水を生き延びた人類~。神への感謝に神の国を詣でたゴライアの美しき王女~。戦神マールスと恋に落ちた~。マールスの子を身籠った王女に王はカンカン。カンカン日照りの荒野に追いやった~」

これは俺でも知ってる内容だ。

この気の毒な王女が命と引き換えに産んだのが、ロマニア建国の父・ロマヌス。この国の始祖は神の国でタネを仕込まれたありがたい存在ってワケだ。

拍手すると、ベティはにっこり微笑む。その頬がなんとなく紅潮しているのは歌い切った高揚感からだろうか。

「女の吟遊詩人は舐められがちでねぇ。ああやって体を売れって言ってくる奴らばっかりでほんと、うんざりするよ。私はリュートで稼ぎたいから…今夜はいい夜になったよ」

「体以外を売れるなんて大したもんですよ」

「…ありがとう」

俺はグラスを盆にのせて厨房に運んだ。

再びフロアに戻るとベティはいなくなっていた。

本当に猫みたいな奴だったな。


-2-

「明日から試用期間ね。同じ時間に来て」

ライラはそう言いながら小さな麻袋を渡してきた。

そんなに重いものではないが、手のひらにかかる確かな重量。

中を確認すると、金貨と銀貨が1枚ずつ入っていた。

「これは…!」

「あんたの今夜の賃金ね。うちは日払いだから」

正直これが賃金として高いのか低いのかはわからない。でも、額面以上に重たく感じた。

俺が稼いだ金が俺に支払われている!

「ちょっと、なんでにやけてるの?店閉めるからさっさと出なさいよ」

「ああ、はい。また明日」

俺はポケットに入れた麻袋の重さを確認しながらライラの店を出た。

日払いってことはこれを毎日もらえるのか。

なんてホクホクしながら表の看板を『Close』に変えた。

「お疲れ、ミック」

「うわっ!」

横から声を掛けられて俺は飛び上がった。

誰かと思ったらサンディだった。

引き戸の死角にしゃがみ込んでいる。

「サンディ、なんでここに?てか、ちょっと疲れてない?」

「魔法使いは勘が鋭いのさ」

「勘でここまで来たの!?」

サンディは意味深長に微笑む。

「そんなわけないじゃん!タネも仕掛けもあるよ!教えないけど」

「いや、教えろよ!」

相変わらずの秘密主義だなこいつ。

サンディが歩き出したのでついていく。

「ピウスから聞いたよ。あの店で働くんだね?」

「まあな」

「一筆書いておいたから、ライラに渡すといいよ。僕の同意書」

そういって丸めた紙を俺に差し出してきた。

なんという準備の良さ。

「ピウスに店の位置までは教えてないよな?本当にどうやって…?」

「僕ほどの魔法使いになればこれくらい特定余裕なのさ」

「だからどうやって?」

「魔法の懐は深いのさ!神様が人間にもたらしたモノのなかでも最も良いものが魔法だと僕は思ってるよ」

「…」

傀儡術で自由を奪われていた身としては素直に同調しづらい話だ。

俺はそっと歓楽街の喧騒に視線をそらした。


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