昨晩怖い思いをしたのに…!
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家に帰る頃には空が白んでおり、ちょっと仮眠を取ったらもう朝だった。
階下に降りるときにさりげなく耳を澄ますが、ニックは爆睡していた。
あの後、穴埋めまでやってもらっちゃったもんな。心の中でおやすみを言って、僕は元老院に向かった。
今日はフローラス親分が朝からいたので朝一番に昨晩の冒険、もとい、調査結果の報告をした。
机の上に散らばる未加工の宝石の原石に、親分は軽く眉をあげた。
「なんだこれは?」
「大アントニーナの墓から出てきた品です」
胸を張って簡潔に答える。
どれだけ夜の墓地でアンデッドに襲われるのが怖かったかを力説してやりたいが、親分はそういう過程には興味がない。話が長いと怒られるのが関の山だから黙って親分からの言葉を待つ。
親分は指先で原石をより分けながら独り言みたいに呟く。
「統治官時代に誤魔化した税の行先がコレか」
小アントニーナことアントニーナ・ファブニスは少し前まで穀倉地帯のキヴナ地方の統治官を務めていて、元老院議員だったアントニーナ・アルベロの強い推薦で引退後の彼の後釜として現在は元老院議員に収まっている。
親分にとって彼が目障りなのはその経歴だけじゃない。
地方の農地改革を進めたいフローラス親分にとって、名門アントニーナ家の出身で議会での発言権が強く、長く統治官を務めた経験から地方の農地については一家言があり、現行の不透明な地方制度で私腹を肥やしてきた保守派の議員なんて、目の上のたん瘤なんてレベルじゃなく邪魔なのだ。
だから、彼らの汚職を暴いて権威を失墜させることが親分にとっての最優先事項。
「ふむ。だが、汚職の証拠としては使いづらいな」
フローラスは石から手を放し、重厚な椅子に深く座り直した。
「なんでですか!?ちゃんと大アントニーナの墓から出て来たって記録も取ってますよ!」
僕は手持ちの包みからガラス板を取り出す。耳飾り型の魔法道具で捉えた映像を抽出したものだ。まだ新しい技術だが、議会での証拠能力も認められている。
「それが問題だ。使い方を誤れば、先祖の墓を我々が荒らしたとこちらを糾弾する口実にもなりうる。そしてその映像がなければ墓から出てきたことを証明しようがない」
「ぐっ…」
なんてこった、運命の女神様よ。
こんなことなら沈黙してくれればよかったのに。骨折り損とはこのことだよ。実際にアンデッドたちの骨を折りまくってくれたニックに申し訳ない。
「原石はこれですべてか?」
「回収したのは半分くらいです」
「それでも一財産だな。奴を黙らせる交渉材料にはなるだろう」
「本当ですか!」
落ち込みかけていた気持ちが持ち直す。
黒ずくめの秘書が机の上の原石を袋に詰め直している間に、ピンクの方の秘書が豪奢な丹塗りの箱を入れ違いに机に置きなおす。
「サンダリオ、次の仕事だ」
親分が箱を開く。
光沢のあるベルベット張りの箱の内側には赤い背表紙の巻物が収められていた。
「公的神託、ですか…」
できる限り嫌な気持ちが顔に出ないようにその巻物を受け取る。
公的神託は昨日の個人神託とは異なり、予言内容が公的な記録に載る。そして公的な記録に載った予言の内容が重大なら、元老院も議会で審議しなくてはいけない。
嫌な予感がしつつ、巻物の中身を確認した。
案の定『異界』についてだった。
「『異界』の話をまた俎上に載せるんですか?元老院では昨年無視する方針で決まったじゃないですか…」
「お前も俺の性格をわかっているだろう?これからロマニアに大きな風を吹かせる身としてはイレギュラーは一つでも潰しておかねば気が済まんのだ。予言で言う『決断』が、俺の法案の事であればなおさら」
「げ。しかも担当巫女にアルマを指名してるし…」
「当然だろう?『異界』の予言をしたのはアルマなんだから」
アルマが『異界』の予言を女神から賜ったのは1年前のことだ。
年中行事で、新年一発目の公的神託。
毎年形式的に聞く、ロマニアの今年の運勢の予言を追えたアルマは、頼んでいないはずの2件目の予言を口にした。
「『異界』が現れた時、ロマニアは決断を迫られる」
女神様が人間への警告として、こちらが聞いていないことを教えてくれるのを異常予言という。歴史上、そこまで珍しいものじゃない。
突発的な異常予言は凶兆だけど、予測できれば対策ができるので、元老院としては異常予言を歓迎している節もあった。
なんせ異常予言のおかげでロマニアは何度も破滅の危機を免れてきたのだから。
ただ、今回の異常予言は異質だった。
内容があまりにも漠然としすぎているから。
ロマニアに迫る危機も、その回避策も、一切が謎。
というか、これが女神の警告なのかどうか疑う議員も多かった。
『異界』はおとぎ話の存在なんだから。
辞書には建国神話にも出てくる『神の国』の辺境に位置するといわれる神聖な空間だと記されている。ロマニア建国以降、あまたの神学者や考古学者がこぞって研究を進めたが、いまだに実在は確認されていない。
脅威の種類も不明、脅威かどうかも不明。
いつ、どこでといった重要な情報もすっぽり抜けている。
その後、巫女院総出で『異界』について女神様にお尋ねしたが、女神様は『異界』についての一切を教えてくれなかった。
そんな予言とも言えない物が真面目に扱われるわけもなく、元老院はこの異常予言を凶兆とは認めず、無視することを決定してしまった。
もっと卑近に話し合うべき議題があるので、当然の帰結だった。
いまだに『異界』のことを気にしているのは信心深い年長者の議員や、これからロマニアに決断を迫る予定があるフローラス親分くらいなもんだ。
あとは責任感の強いアルマか。
これが厄介だ。アルマにはあんまり無茶なことをしてほしくない。
女神様もお人が悪いよな。
変な情報の断片だけちら見せして後は知らん顔なんて。
大事な予言ならちゃんと話すべきだし、本当にどうでもいい話なら「ごめん、ごめん!『異界』のことは勘違いだったわ!もう忘れていいよ!」って一報くれたらいいのに。




