墓暴きvsアンデッドとの大群
-1-
その日の深夜、丑三つ時。
どこだかわからないが、上等な墓地に俺たちはいた。
俺は先の尖ったスコップで黙々と土を掘り進めていく。
すでに俺の体が埋まるくらいの深さまで掘り返していた。
長方形の穴の傍らには『アントニーナ・アルベロ』と刻まれた墓石が横転している。
高そうなまだら模様の花崗岩の表面はつるつるに磨かれて新しく、苗字と名前の間の黒い点は彫刻ではなく、半透明の黒い石だった。さすがにこんなところに宝石をはめるなんて酔狂な奴はいないと思うが、宝石のようにカットされた石はキラキラと高級感のある光沢を出している。
元元老院議員ともなれば墓まで高級なんだな、と感心してしまう。
「進捗どう?」
上からサンディが墓穴を覗き込んで来る。
その上空にはサンディが魔法で呼び出した光の玉がいくつか光源としてぷかぷかと浮かんで俺の手元を照らしている。あの小さな助っ人たちはサンディの筋力よりよっぽど作業を助けてくれている。
ただ、光が上に向かって弱くなっていく形状なのと、絶妙に青みがかった色味と墓場というシチュエーションが相まって、人魂にしか見えない。
ただでさえ不気味な墓場の雰囲気をさらに倍増させている。
俺は怖くないからいいんだが、光の玉を出しているサンディ本人が、自分でその光の玉を見ては時折小さく悲鳴を上げている。
「もう少しで何かが…」
カツン。
スコップの先が固いものに当たった。
光の玉が穴の内部にぬるっと入ってくる。
土を払うと、鉄製の棺が出てきた。
「ニック、これ」
「ああ」
上から差し出された釘抜きを受け取り、棺と蓋の間に差し込む。蓋は思ったよりも抵抗なくすんなりと開いた。
穴の中に防腐加工された死体特有のなんとも言えない匂いが立ち上り、俺は思わずむせる。
棺の中身は当たり前のように死体だった。
赤いクッション素材で覆われた棺の真ん中に土気色の死体が、胸の上で祈るように手を組んで横たわっている。
生前はさぞ横柄な男だったんだろうなってのが干からびた全身からしのばれるような死体だ。
「よいしょっと」
サンディがふちに手をついて穴の中に降りようとしてきたのでフォローする。
「ありがとう」
サンディは棺の横に降り立つと、さらに光の玉を召喚する。弱い光でも数を集めるとかなり明るく、俺はまぶしさに目を細めた。
厚手の麻の手袋をはめ、サンディは嘗め回すように棺の中の検分を始めた。俺はその横にしゃがみ込み、サンディの作業を見学する。
「これは何を探してるの?」
「わからない」
即答だった。
「わからないけど、女神様がここを探せっていうからにはきっと何かあるんだよ。この仏さんの甥の方のアントニーナ・ファブニス議員の汚職の証拠がこの棺の中にね」
「なんだそりゃ…」
親戚の墓にどんな証拠があるって言うんだよ。
「え、殺人、とか?」
ついさっきサンディの殺人の話をした後だからこの単語を出すのははばかられた。
「いやー、汚職ってのはアレだよ。農業奴隷を酷使しておきながら、本来ロマニアに払うべき税金を懐に入れてるんじゃないかっていう疑惑の話だから…」
なんてこった。俺の元興行主やセフェリノスみたいな奴じゃないか。闘技場だけじゃなくてロマニアのどこにでも似たような奴はいるんだな。
「そんな悪事のことなら女神様もはっきり言ってくれりゃいいのに!」
「女神様も長尺で喋りたいだろうけど、いかんせん神おろしは巫女の体への負担がでかすぎてねぇ。あんまり長居できないから1つの予言につき一言くらいしか喋ってくれないのさ」
俺はアルマが流していた血の涙を思い出す。
「興行傀儡は操作されてもそういう副作用的なものないけどな?」
「まー、君たちは体を改造してるから…」
「ああ…」
「一時期巫女にも同様の改造をするって計画もあったらしいんだけど、神おろしはメカニズムが完全には解明されていないから改造のしようもなくてねぇ」
「しなくていいならそれに越したことはないだろ」
「うん…」
墓地なのにただでさえ暗い空気。
不意に、死体の固く組まれた手の中がきらりと光った気がした。
サンディも気づいたようでそっとその手を掴んでほどこうとする。
するとパラパラとガラス玉のようなものがこぼれて棺の中に落ちていった。
拾い上げて手のひらに乗せる。
半透明の石の粒が光を受けてきらきらと輝いていた。
形は不揃いだが、どれも澄んだ綺麗な色だ。
「これは…」
サンディは一粒をつまんで光の玉にかざして目に近づけたり遠ざけたりしてじっくりと観察している。
「まさかただのガラス片を墓場まで持っていくわけがない。宝石の原石かもしれない」
「宝石!?」
サンディがにやっと笑う。
「ちょろまかした金を金貨のままで持っていたら不都合だから宝石に変えたんだ。アントニーナ家の財産目録と照会すればきっとボロが出るぞ!」
なるほど。盛り上がってるところ申し訳ないが、それがどれだけすごい発見なのかがイマイチわからないな。
俺はそっとあくびをかみ殺す。
「なんか、運命の女神の予言って規模がしょぼいんだな」
「というと?」
「特定の議員に不利な予言なんてわざわざするんだなって。女神ならもっとこう…国家全体の利益のため~みたいなスケールのでかい予言ばっかするもんじゃないの?」
「あはは。案外こういうしょぼいことの積み重ねがロマニア全体のためになるから教えてくれてるのかもしれないよ。聞いたからって全部教えてくれるわけじゃないし。それこそ『イカイ』とか…」
サンディの表情が一瞬曇るが、パッと顔をあげた。
「女神様の真意は僕ら人間風情にはわからないよ。だから信じるしかない。信仰ってのはそういうもんだって師匠は言ってたよ」
「ふーん。じゃあ、サンディも女神様を信じているのか?」
紫色の瞳がわずかに揺れた。
「存在するんだろうなとは思ってるよ。ねえ、ニック。この世に信じるに足るものなんてそんなにないと思わない?唯一信じられるのは…」
光の玉が明滅し、端正な顔に深い陰影を刻み、
「のわぁっ!」
サンディは情けない声をあげて、バランスを崩した。
その手から落ちた原石が死体の上を跳ねてクッション素材に吸い込まれた。
あわや棺に転落しかけたサンディの肩をとっさに掴む。
「おいおい、大丈夫かよ」
こける要素なんてどこにもないだろ。
「ううっ、大丈夫」
サンディは棺のふちに手をついて立ち上がろうとして、もたつく。
「どうした?」
「なんか…足に絡まってるような…」
光の玉がふよふよとサンディの足元を照らす。
目に飛び込んでくるのは白。
なんと土の中から生えた骨がサンディの足首をがっちりと掴んでいた。骨が動いたかと思うとおもむろにサンディの足を地中に引きずり込む。
「ぎゃああああ!」
サンディが悲鳴を上げた。
俺はスコップでその手を粉砕すると、なおも叫ぶサンディの襟首を掴んで地上にぶん投げた。
「ぐぇっ!」
またしても情けない声を上げて着地するサンディ。
墓穴の縁を掴んだところで土を割って現れた白骨した腕が俺の足首を掴む。
「ふんっ!」
構わずそいつらごと体を持ち上げて墓穴から這い出る。
俺に続いて墓穴から顔をのぞかせたしゃれこうべの眉間に蹴りを入れて、墓穴に送り返し、がっちりと俺の足に絡んだままの手をスコップで粉に変える。
「なんなんだよ」
腕についた土を払っていると、また足を掴まれた。
何かと思えばサンディだった。
「ニニニ、ニック!」
青ざめてガチガチと歯の根を鳴らしながら指さす。
整然と並んだ墓石に入り混じって菌糸類のようにうじゃうじゃと白や土気色の腕が地面から生えていた。
うねうねと土をかき分けながら死者の顔が夜の空気にさらされる。
「ひぃいいい!」
声にならない悲鳴を上げながらサンディが益々俺にしがみつく。
まあ、耐性がないと鳥肌物の光景だよな。
綺麗に白骨化してる奴らだけならまだ我慢できるけど、干からび切っていない死体も多く、無理に土から出たせいで顔面の皮と肉がはがれてズタボロな奴なんかはもう目も当てられない。
「夜の墓地はこええな、サンディ。ほら、逃げるぞ」
俺にしがみつくサンディの腕を取るが、サンディは歯の根を鳴らしながら首を振る。
「証拠を取ってからじゃないとダメだ」
「そんなの明日の朝にしろよ。朝ならアンデッドもいないし」
「ダメだ。このタイミングってことはこのアンデッド軍団はトラップ魔法の類だ。しかけた術師は気づく。今逃げたら原石は回収されちゃって、証拠隠滅される」
「なるほどね」
とびかかってきた骸骨をスコップで粉砕する。
「じゃあどうすんの?朝まで死体を潰して回るなんてさすがに俺もヤダよ?」
アンデッド軍団との興行経験がないわけじゃない。
経験したうえで、あんまり戦いたくない類の相手だと思っている。
俊敏性やパワーは死体の保存状況次第だから個体差が大きすぎて動きが読めないし、何よりしぶといのが困る。
頭を潰しても動けるタイプの奴は関節を全部潰すか、全体を磨り潰すか、とにかく物理的に動けないようにしなくちゃいけない。
そう、こんな感じで。
俺はサンディの羽交い絞めにしようとした腐乱死体の脳天をスコップでたたき割り、鋭い部分で関節をザクザクと切断した。
「このトラップを止める方法はないのか?」
「えと…えと…たぶんトラップの大本の魔力ソースがどっかにあるからそこから逆ハックすれば何とかなると思う」
「逆ハック?」
「僕の魔力でアンデッドを操ってる回路を乗っ取るというか上書きするというかとにかく魔力ソースさえ見つければあとは僕がなんとかできるってこと!」
「OK。その魔力ソースとやらはどこにあるんだ?」
「この規模の魔法だし、この近くにあると思う」
「さっきの棺とか?」
「可能性は高い…」
「じゃあ…」
俺の考えに気づいたようだな。サンディの青ざめた顔がピクッとひきつる。
「まさか…!?」
「話が早い」
「わっ!ヤダヤダ…!」
半べそをかいているが、無視してそのひょろひょろの体を肩に担ぐ。
「我がまま言うな。朝までアンデッドに絡まれるのか、アンデッドのいる墓穴に戻るかの二択だろ」
ま、選択肢が存在するってだけで、サンディに選択権がある訳じゃないのは理不尽かもしれないが。
俺は今しがた出たばかりの穴にサンディをつれてUターンした。
「ひぃいい!」
「怖いのが嫌ならさっさと見つけろよ~」
「ニックのスパルタ~!」
俺たちを歓迎するように差し伸べられた白と茶色の無数の腕を踏みつけながら着地し、サンディを棺の上に下ろす。
「う、うぇええ、どこにあるんだよぉおお!」
ギャーギャー騒ぎながらサンディは棺の中をまさぐる。
それを邪魔するように伸びてくる手をスコップで粉砕して額の汗を拭う。その手も土の中から生えてきた腕に掴まれる。
クソ、潰しても潰してもキリがない。
逆の手でアンデッドの顔面を何度もぶん殴ってその手を反対方向に折り曲げる。
「多すぎんだろ。まさかこの墓地にある墓すべてがアンデッドなわけじゃないよな?」
敷地面積から推察するに50体はくだらないぞ?
「おい、サンディ。まだ見つからないのか?」
聞いても無駄だろうけど一応進捗を聞く。
「ない~!」
サンディが涙声で返してくる。
「しゃーねぇな。俺も探すの手伝ってやる。その魔力ソースってどんな見た目なんだ?」
「ガラス玉みたいな石かな。こういう奴」
そういって自分の身分証ブレスレットの石を指さした。
「こういうのが一番魔力を込めやすいんだ。死霊術なら黒っぽい色をしてるはずなんだけど!」
「石って…」
棺の中にはどんだけ半透明の石があると思ってんだ。
だからこんなにサンディは苦戦してるのか。
俺に指示しながらもサンディは半狂乱になりながら死体の手が握っていた石を漁っていた。加勢しようとして俺はふと気づいた。
黒い石ならさっき見たぞ。
ちょうど横合いから抱き着いてきたアンデッドを引き倒して踏み台にしつつ、俺は穴から再び飛び出した。
「ちょおお!一人にしないでよぉ!!」
すまん、サンディ。すぐ戻るから。
ということでサンディのガルーダの断末魔みたいな声は一旦無視。
掴みかかってくるアンデッドを蹴散らしながら墓穴の近くで横転している花崗岩の墓石に到達する。
空中に浮遊する光の玉の青白い光を反射して『アントニーナ・アルベロ』の『・』の部分がきらりと光る。
「これじゃないか?」
宝石のようにカットされたその黒々とした石を掴み、墓石から引き抜く。
「サンディ!見つけた!」
心なしか熱を帯びたそれを墓穴の中に放り込む。
サンディは危なっかしく両手でそれをキャッチし、パッと顔を輝かせる。
「これだ!!」
サンディが早口で呪文を唱えると黒い石から紫色の光がほとばしる。石は光を放ちながらサンディの手の内から空へと浮かび、墓地中のアンデッドを照らした。
蠢くアンデッド達はその紫の光にあてられると、糸が切れたようにその場に倒れ伏し、冷たい土の中へと沈殿していった。
アンデッドが消えると石の光も消えてぽとりとサンディの手に落下する。
「大丈夫か、サンディ?」
サンディは俺を見上げてサムズアップする。その手はブルブルと震えていてとても大丈夫そうには見えない。
「怖いもの苦手なんだな?」
苦笑いさえ微妙にぎこちない。
「不甲斐ないとこ見せてごめん。グロいのがどうにもダメで…」
「へぇ、興行ファンなのに?」
俺の興行はお上品さとはかけ離れた代物だったと思うが。
サンディの笑顔に自然さが戻る。
「ニックの雄姿を見にいってるだけだったから、対戦相手がどれだけ怖い化け物でも平気だったよ」
わかるようなわからないような感覚だ。
俺はあくびをしながら伸びをする。
「なあ、さっさと証拠とやらを取って帰らないか?アンデッドがいなくてもここは不気味だ」
「同感だ」
サンディは棺の中にしゃがみ込んだ。
「ところでサンディ。さっき言いかけていたけど、お前が信じているものってなんだ?」
「ああ、これさ」
サンディは軽く呪文を唱えて手の中から光の玉を生み出した。




