思っていたのと違った
たまにある悲劇の主人公ぽく振る舞う男に引っ掛かった女性の話にしようと思ったのに大幅に変更してこれ。
――学園を卒業する前に身分の高い貴族令息を見付けて来い。
信じられるだろうか。これが実の父親に言われたセリフだ。
メーフィル・レルマーは男爵家令嬢だけど、実家は爵位を返した方がいいのではないかと思えるほどの貧しさだ。
身分こそ低いけど貴族というステータスにしがみついている父親は、爵位返上という考えは死んでも嫌だと拒み、ないも同然の見栄だけで生きている。
そんな父親が私を学園に入れたのは箔をつけるため。学園を卒業したらすぐに金持ち貴族の後妻に売りつけるつもりのようで、すでに何人かの婿候補に会わされて、手を出されそうになったのをぎりぎり躱してきた。
娘を何だと思っているんだと文句を言ったら、その文句を待っていたのだろう。
『なら、自分の力で卒業する前に身分の高い貴族令息を見付けて来い』
だった――。
貴族令息で身分の高いものは、すでに婚約者がいるものなのに、それを略奪してこいとか。娘をどこぞの川で水死体にしたいのか、山賊たちの慰みものにしたいのだろうかと殺意が沸き上がった。
(いっそ、王族にちょっかいかけて家族郎党処刑してもらった方がいいかも……)
貴族の見栄だけで生きていて、仕事をしない父親。
ないはずの金をどこからか集めて来て宝石など身の丈に合わないものを買い漁る母親。
女性の尻を追いかけて、綺麗な領民の女性に手を出して泣き寝入りさせている兄。
消えた方が世のため国のためになるのでは。
(そう言えば、図書館で借りた本にざまぁ系というジャンルがあった。あんな感じに高位貴族に裁いてもらえば……)
そんな目論見で、学園に入ってさっそく王族に近付いて好感度を上げていった。
婚約者の不満を次々と告げてくる王子に相槌を打ちながらも、
(公務や王子妃教育がどれだけ重要か分かっているのに何で構ってくれないのかって発想になるのよっ!!)
とか、
(はあぁぁぁぁっ⁉ 昔みたいな無邪気な笑みを見せてくれないって!! 淑女教育をどう思っているのよ。笑ってほしいのなら気を休める場所になるというくらいの甲斐性を持ちなさいよっ!!)
と内心の怒りを抑え込んでの相槌は苦痛だった。
(早く、婚約者のご令嬢が動いてくれないかな……)
自分からざまぁされるために集めた証拠品をもう渡してきた方がいいかと判断して、王子の婚約者の公爵令嬢が常にいる生徒会室に向かって宣戦布告という名の裁いてくれというお願いをしに向かったのだが。
「………………何これ?」
大量に積まれた書類。
必死に裁いている生徒会面々。
青白い顔でもう休んでと言いたいほど不健康そうな件の公爵令嬢。
あまりの様子に見ていられなくて手伝いをしてしまう。
「書類仕事に慣れていますのね」
「実家では私がしていましたので」
仕事を全くしない家族を放置して、執事と二人で片付けたのは記憶に新しい。……学園に入ってから執事一人に負担を掛けてしまって申し訳ないと彼の身を案じる。
(長期休みには手伝うから)
そんなことを誓いながら、溜まっていた書類を無事に終わらせる。
「「「終わったぁぁぁぁぁぁ!!」」」
とみんなで感動していたら、やっと部外者であったことに気付いて、
「貴女。誰なの?」
と公爵令嬢に今更尋ねられた。
「で、ざまぁしてもらって、家族ともども処罰されて、領地を信頼できる方に託したかったって……」
「領民を救うにはそれが一番手っ取り早いので」
「………負担を考えて欲しいわね」
「そ、それは………申し訳ありません」
この世に迷惑な存在が居るのなら働かない無能よりも働く無能という言葉がある。私がこなかけている王子は働く無能で、この大量の書類は働いた無能のせいで増えた仕事の数々で、それを他の生徒会の面々が処理していたのだと。
「生徒会だけではなく、公務もいろいろやらかしていて……そんな浮気の証拠など集める余裕はないわね……」
どうやら、ざまぁ系あるあるのしごでき令嬢ではなかったようだ。
そんな王子だから当然継承権も低い。いっそ取り返しのつかないことをして処分したいほどだが、そんな働く無能に大事な公務を任せられないので最近では毒にも薬にもならない微妙な公務ばかり割り当てているとか。
「大変ですね……」
そんな働く無能に巻き込まれている方々に同情してしまう。ああ、書記の少年が入れてくれたお茶が美味しい……。
「それは貴女も」
結果的にこっちの家庭事情も話すことになって同情されてしまう。最初どこぞの金持ちの後妻にされる話を聞いて、
『そんな物語のようなことが本当にあるなんて……』
と心底驚かれていた。
「とりあえず、貴女のくださった証拠はある程度役に立つと思うのでこのままお預かりします。ですが、代わりに」
「生徒会の手伝いはします」
うん。これ見捨てられない。
「貴女に生徒会の手伝いをさせたら、ありもしない貴女を虐待ということを言い出して婚約破棄宣言してくれないかしら……それを公衆の面々で言ってくれれば取り返しのつかない行為になるわよね……」
ふふふっ
疲労で疲れた目でそんな笑い声をあげているのを聞き、ああ苦労しているんだなと他人事には思えず涙を流してしまった。
それから生徒会に出入りして仕事の手伝いをすることになった。
「メーフィル嬢が来てくださってから仕事の負担が減りました」
書記の少年……伯爵家次男のカルメくんが嬉しそうに話をしてくれる。最初は敬語を使おうとしたのだが、兄夫婦に嫡男が産まれたら平民になるので敬語は不要と言われて、くん呼びになってしまった。
そんな彼の用意してくれたお茶菓子に舌鼓を打つ。こんな美味しいお菓子があるなんて、生徒会に出入りするようになって初めて知った。
「……着々と餌付けをしているわね」
公爵家ご令嬢……。そんな呼び方をしたらミディアという名前があるからと名前を呼んで欲しいと言われたのでミディアさまと呼ぶようになった。
「何がですか?」
「分かっていないのならいいわ。――先日、あれがわたくしの元に来て、メーフィルを解放しろと騒ぎだしたわ。まあ、王家の護衛や影もしっかり控えていて、証拠集めに勤しんでくれたわ」
「自分の家族からも見捨てたいと思われているんですね……」
哀れというか。なんだろう。まあ、それ相応のことをしていたから仕方ないか。
「ついでにあの頓珍漢の傍にいた自称側近も処分するいい口実が出来たと喜ばれましたわ」
優秀な人材は諫言して遠ざけられて、時勢の読めないおべっか使いだけ残ったので影響は全くないようだ。
「うちの手の者が唆したから公衆の場で婚約破棄宣言する準備を整えているようよ」
「……………よくそんな余裕ありましたね」
先日まで生徒会の書類仕事で休めなかった人だったのに。
「わたくしも余裕が出来るとは思わなかったわ。優秀な人材を補佐にしたらこんな時間が出来たのよ」
「それはよかったですね」
優秀な人材か……公務の方で見つけたのかな。そういう方がうちの領地を立て直してくれないだろうか……。
「気付いていないわね」
「気付いてませんね」
何故か二人に変なことを言われて、助けを求めようと他の生徒会の面々を見るがそっと目をそらされた。
そんな生徒会の仕事を手伝っている日々はかなり充実していた。領地の仕事はしなくてはいけないことでそれが当たり前のようになっていたけど、生徒会の仕事は助かると感謝されて、相談しあえて、助け合える。
いくら相談しようと思っても話を聞いてくれなかった両親や厄介ごとばかり作ってくれた兄。執事は手伝ってくれてはいたがあくまでメインは私がすることだった。
だから、この仕事やりがいがあると思って、将来のことを考えてかなり気鬱だが、最悪の場合は家出をして、ミディアさまに雇ってもらおうとか考えてしまう。
だから、忘れていた。
「メーフィル!! 君がミディアにこき使われていると聞いたよっ!!」
生徒会を出たとたん王子に絡まれる。
「………ミディアさまとお話をしたのです。それで……」
「あいつと話すことなどないっ!!」
肩を強く掴まれる。
「大丈夫だ。君は俺が守ってやるから」
とそれだけ告げて去っていく。
「………計画通りでしょうか」
「偶然ですけど、いい方向に行ってくれますね」
カルメくんが傍にいたのにも気づかなかったようだ。まあ、私も視界の端に見えるなと思ったら王子に見つからないように隠れていたので気付かなかったのも仕方ないだろう。
「ミディアさまから伝言です。”父親から届いた手紙を残してあるのなら貸してほしい”とのことです」
「了解しました。ですが、失くさないでくださいね。――大事な証拠なので」
手紙には金づるの貴族を引っかけて来いとか、お前を途中で退学させて金持ちの所に売り飛ばしても構わないのだぞなどなど書かれてある脅しの内容。
王子を引っかけて罪を問われた時に家族もグルですと言えるようにしっかり残していたのだ。
「さすが用意周到ですね」
褒められても、こっちの予定としては家族もろとも処刑されるつもりだったのに上手いこと自分だけ助かりそうなのでいろいろ思うことがあるのだが。
「…………ところで、貴族の令息を引っかけて来いという条件は今も有効ですか? 将来文官になる予定の若造が立候補したいと狙っていますけど」
微笑みながら告げてくるカルメくん。その言葉の意味を考えて、もしやと思ったが、あの王子を嵌めようとしている時点で口に出したら危険だと思ったので問い掛けない。代わりに、
「家の問題が解決すればそんな相手を探さなくてもいいかもしれませんが……あの父親だからすでに確約しているどこぞのスケベジジイがいるかもしれませんね」
ミディアさまに頼る選択肢が出来た分、気が楽ですけどと当たり障りのない今の現状を伝えておく。
「ああ。その心配があったか」
厄介だなと呟くカルメくんの目が冷たいものだと気付いていたけど、あえて気付かないふりをして、
「まあ、父親が処罰される場合巻き添えに合うのはごめんだと離れてくれるかもしれませんが」
などとお気楽な言葉を返す。
「あの王子が自分で言うとおりに優秀な方ならば、さっさと相談したんですけどね」
無能な働き者だと気付いたので相談する気にもならなかったが。
「そういう場合でも、ミディアさまに相談していたと思いますよ。真に優秀な方なら異性交遊にならないか慎重になりますから」
「ああ。そうですね」
どちらにしても結果は変わらなかったか。過大評価なのか過小評価なのかそんな想像して申し訳ない。まあ、実際の王子と雲泥の差だけど。
………ここで優秀さを見せられるのなら婚約者や家族に見放されないのに。
(うん。案の定やらかしたわね)
「ミディア・ライナス。お前との婚約を破棄する!!」
月に一回の全校集会。もっと大きな式典で騒ぎを起こしたかったけど、そこは時期が悪かったと言えない。
王子の宣言と共にまず、ミディアさまが呼ばれ、次に私の名前が呼ばれたので壇上に上がる。
「お前は、メーフィルを冷遇して奴隷のように扱……」
「扱われていません。生徒会の手伝いをしただけです」
奴隷のように扱われてと言おうとしたのを遮る。
「なっ⁉ あんな女庇わなくていいんだっ⁉ 俺が守るからっ!!」
「………なら、メーフィル嬢の声なき悲鳴に気付いてください」
ミディアさまが取り出したのは父親から届いた多くの手紙。その数通を王子に渡す。
「なっ、なっ、なっ……」
「カルメ・コシェック」
すぐにカルメくんの名前を呼ぶと生徒会だからすぐ傍に控えていたカルメくんが壇上に上がり手紙を受け取る。
「――学園での生活はどうだ。そろそろ侯爵以上の身分の男でも釣り上げたか。まあ、別に失敗してもいいんだぞ。お前を味見したいと言っている方々は多くいるし、後妻として可愛がってくれると言っている人もいるしな。勉学など、余計な知識はいらん。せいぜい男を喜ばせる技でも覚えて来い」
手紙の内容を皆に聞こえるように読み上げる。
それに騒めく生徒の面々。当然教師もだ。
「メーフィル嬢は貴方に媚びを売って、家族に売られそうになっているのを助けてくれそうか見極めようとして、それが無理だと判断したので、わたくしの元に来たのです」
(いえ、家族ともども処刑されたくて近付いてました)
そんな私の心の声は当然王子には届いてなく、そんな裏を見ぬけた公爵令嬢と見抜けない王子という明確な差が生まれてしまった。
「そ、そんな……メーフィル。それは……」
嘘だと言ってほしかったのか。それとも違う対応を求めたのか不明だが、ミディアさまを肯定するように少し悲しげに目を伏せる。
(………すみません。これ演技です)
内心謝罪しつつも、あながち全部嘘ではないのでと自分を納得させる。
それはそうと、こんな学園内のことで影響は出るのかと疑問だが、そこは学園に通っている子息、子女たちが、親にしっかりご報告するし、王家にも裏から手を回しているので。
公の場面じゃないのはただ無能な働き者だったという現実を理解してほしいという温情だとか。まあ、王族としての立場がますます弱くなるだけで、公務に支障がない程度で終わらせるつもりだったとか。
まあ、うちの家族は王家がしっかり動いてくれるとミディアさまを通して確約してもらったので無事処刑された。
のだが……。
「なんでこうなったんでしょうか……?」
「どうかしたの?」
「いえ、カルメくん。私も処刑されると思っていたんですよ。まあ、ミディアさまのおかげで何とかなるとは思っていたけど、せいぜい平民の生活かなと……」
だと思ったのになんで、ミディアさまの親戚の方の養女になって、カルメくんと婚約が決まって、
「元うちの領地を管轄しているんでしょうか……」
「それはもう。あの王子を更生させるきっかけを作ってくれたとか、領民を守るために悪女になったと評判になって、ならばこそそんな彼女に領地を守ってもらわないといけないと世間が動いてね」
「情報操作ですか……公爵家怖い!!」
「優秀な人材を手元に残すために養子をとる方法もあるからね」
「……………」
公爵家怖い。ただの男爵家では想像できない世界だ。
「これで領民を守れるでしょう。誰かに託さなくても」
言われて頷く。思っていた結果と違ったけど、これこそ……。
「結果よければすべてよし。かな……」
ということにしたのだった。
…………はたらく無能を上手く扱えるヒロインのおかげで助かる悪役令嬢の話を作りたくなったな。




