沈黙の品定め
iPhoneの青白い光が、男の眼窩に深い影を落としている。
彼は痛む脇腹を押さえながら、獲物を定めるような目で、私と「光る板」を交互に見つめていた。
「……お嬢さん……それは、何だ……? ……手品か。それとも……」
私は答えなかった。答えるだけの言葉を持っていなかった。
「……ちょっとサオリ! さっきからずっと見てたけど、それ、一体なんなんだよ! なんでそんな不気味に光るんだい!」
隣で男を支えていたハナが、我慢の限界といった様子で声を荒らげた。
「あ、いや……これは、その。……ちょっと、私の大事な持ち物というか……」
私はたじろぎ、言葉を濁しながらiPhoneを懐へ滑り込ませた。スパイだと疑われるのが怖いわけじゃない。ただ、中身が詰まった自分のスマホを、土足で踏み込まれるような不快感と、どう説明しても通じないであろう面倒くささが勝ったのだ。私は懐の上から、その「四角い感触」をガードするように押さえた。
男はハナの追及を無視し、血のついた手で、私の泥だらけのリクルートスーツを指した。
礼を言うわけでもなく、かといって問い詰めるでもなく、ただ「得体の知れない異物」を検分するような、ひどく冷めた沈黙が流れる。
「……あんた、変なことを言うな。本郷は燃えない、と……。どうして言い切れた」
「……分かりません。ただ、そうしなきゃいけない気がしただけです」
私は、嘘をついた。
未来を知っているとも、営業で歩き回ったとも言わなかった。ただの、極限状態で出た出鱈目だと思わせる方が、今はまだ安全な気がしたからだ。
「ふん……。出鱈目か。だが、その出鱈目が俺を救った」
男は不敵に口角を上げたが、すぐに顔を顰めて激しく咳き込んだ。
彼はそれ以上何も言わず、ただ坂の下――猛火に包まれる東京の東側を、じっと見つめ始めた。
「……サオリ、この人、なんだか普通じゃないよ。……早く、どこか落ち着ける場所を探そう」
ハナが私の袖を震える手で引き、声を潜めて囁く。不気味な「板」への不審さよりも、目の前の男が放つ圧倒的な威圧感への恐怖が勝ったようだった。
「……そうですね。ハナさん。まずは、この人をどこか風の当たらない場所へ」
男は大人しく私たちの肩を借りたが、その視線は一度も私から外れなかった。
それは、助けてもらった者が見せる眼差しではない。
暗闇の中で、偶然見つけた「奇妙な獲物」を、逃がさないように見張っている……そんな、冷徹な観察者の目だった。
iPhoneが、ポケットの中で再びドクンと熱を帯びた。
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東の空が、火災の赤とは違う、白んだ色を帯び始めていた。
一九四五年の、あの「三月十日の朝」が来る。
本来なら、私が修正案を手に、会議室のドアを開けるはずだった朝が。




