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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第1章 一九四五年のバリ5 ―上野大空襲サバイバル編―

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高低差の聖域

三人での逆走は、もはや歩くことさえ困難な苦行だった。

 背負った男の体温、ハナの荒い息遣い、そして背後から迫る火の粉が、私の感覚を麻痺させていく。

「どけぇッ! 逆走るんじゃねぇってんだろ! 死にてぇのか!」

 正面から来た男の肩が激しく当たり、私はついに膝をついた。石畳の熱が、ストッキングの破れた膝を容赦なく焼く。

 だが、顔を上げた先に、それがあった。

(……あった。湯島の、急坂……!)

 二〇二五年なら、お洒落なマンションやオフィスが並んでいる場所。

 今、そこは巨大な闇の壁のように立ちはだかっていた。けれど、木造家屋が密集し、炎が面となって襲ってくる下町とは違い、この坂の上には圧倒的な「高低差」がある。

「ハナさん、あの坂を登るのよ! あそこまで行けば、火は追ってこれない!」

「嘘だい! あんな上、逃げ場がないじゃないか! 袋のネズミだよ!」

「いいから! あそこは……あそこは未来でも残ってるんだから! 私を信じて!」

 理屈じゃない。営業で何度も、何度もパンプスを鳴らして歩き倒した「足の記憶」が、あそこが生存ラインだと叫んでいる。

 私たちは、倒れ込むようにして坂に取り付いた。

 一歩、登るたびに、重力が肩の男をさらに重くし、肺が火煙で焼ける。

 折れたパンプスのヒールが邪魔で、私はそれを引きちぎって投げ捨てた。裸足で踏みしめる石畳は、熱い。けれど、一歩登るごとに、背後の轟音が少しずつ遠ざかっていくのがわかった。

 その時だった。

 ポケットの中で、ただの文鎮と化してずっと冷たかったはずのiPhoneが、不気味なほどの熱を持ち始めた。

(……え? なに、これ……熱いっ!)

 電池は完全にゼロ。回路はとっくに死んでいるはずだ。なのに、太ももに伝わる熱は、まるで生き物が必死に心拍を打っているかのように規則的で、激しい。

 

 坂を登り切った瞬間。

 背後で轟々と唸っていた火災旋風の音が、まるで分厚い扉を閉めたかのように、急激に静まり返った。

「……あ……ああ……」

 ハナがその場に膝をつき、呆然と下界を見下ろす。

 坂の下、私たちがいた神田から秋葉原にかけては、見渡す限りの赤黒い火の海だった。街全体が巨大な炭火のように熱を放ち、逃げ惑う人々の叫び声すら、炎の咆哮にかき消されている。

 けれど、坂を登り切った本郷の台地の上は、嘘のような静寂と闇が支配していた。

 

 助かった。

 歴史の「空白地帯」に、私たちは滑り込んだのだ。

 私は力尽き、背負っていた男と一緒に地面に転がった。

 喉の奥が血の味で熱い。震える手で、異様な熱を帯びたポケットからiPhoneを取り出した。

 

 真っ黒な画面の中央。

 一九四五年の夜の闇を切り裂くように、あのリンゴのマークが、不気味なほど鮮やかな「白」で浮かび上がった。

「……嘘。……なんで……?」

 起動音すらしない。代わりに、指先にピリピリとした静電気のような振動が伝わる。

 画面の右上に表示されたのは、空っぽの電池アイコン。

 

 [ 残量 0% ]

 

 電力供給の理屈を無視して、画面が明滅する。

 通常なら、赤い電池マークが出てすぐに落ちるはずだ。なのに、この端末は「0%」という矛盾を突きつけたまま、ロック画面を維持している。

 そして、その横には二〇二五年には存在しなかったはずの、奇妙な文字列が点滅していた。

 

 [ 検索中:不明なソース ]

 青白い光が、私の煤だらけの顔と、隣で虫の息になっているスーツの男の顔を照らし出す。

 男は、幽霊でも見るかのような目で、私の手の中にある「光る板」を凝視していた。

「……お嬢さん……それは、何だ……? ……手品か、それとも……」

 サオリの心臓が、iPhoneの不規則な振動と同調するように、激しく跳ねた。

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