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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第1章 一九四五年のバリ5 ―上野大空襲サバイバル編―

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1%の断絶、本郷への坂

――ヒュルヒュルヒュルヒュル!!

 蔵の土壁越しに、空を切り裂くような不気味な風切り音が降り注ぐ。直後、近くの屋根を何かが突き破る「バリバリッ」という破壊音と、ガソリンが爆ぜるような「ボフッ」という不快な音が重なった。

 ナパーム弾だ。

 B29が撒き散らしているのは、ただの爆弾じゃない。街を、人を、根こそぎ焼き殺すための火の雨。

 私は、明滅を繰り返すiPhoneを両手で包むように握りしめている。

 『1%』

 もう、いつ切れてもおかしくない。

 画面は勝手に暗くなり、スピーカーからは砂嵐のようなノイズが溢れ出していた。

「……リ……さん……聞こえ……っ……隅田川……っ……絶対……だめ……っす……」

 ケンジさんの声が、遠い異次元からの通信のように途切れる。

「ケンジさん! よく聞こえない! 何がダメなの!?」

 叫んだ直後、蔵の扉を叩く音が、悲鳴と共に一段と激しくなった。

「開けてくれ! 頼む! 川まで持たないんだ!」

「熱い! 熱いよぉ!!」

 扉の隙間から、目に刺さるような白い煙が、細い糸のように入り込み始めていた。外はもう、呼吸すらできない焦熱地獄になっている。

「もうダメだよ、ここにいたら蒸し焼きだ!」

 ハナがガタガタと震えながら、かんぬきを必死に押さえつけて叫ぶ。

「川へ行こう! 隅田川へ! あそこまで行けば水がある、みんなあっちへ逃げてるんだ、助かるんだよ!」

「ダメ……ケンジさんが、ダメだって……」

「何がダメなんだい! このままじゃ、あんたもあたしも、ここで炭になっちまうんだよ!」

 ハナの叫びは正しい。この地獄の中、誰もが「水」を求めて東の隅田川へ走っている。

 けれど、iPhoneから漏れたケンジさんの断片的な怒号が、私の脳にこびりついて離れない。

『……隅田川……行くな……ネットに……っ……そこが……一番死ぬって……書いてある……っ……!!』

「……っ……!」

 その瞬間、画面の光が一段と細くなり、最後の一絞りでケンジさんの声が響いた。

『……サオリさん、信じて……! 川は……ダメだ……扉を……開けるな……っ!』

 ブツッ。

 嫌な音を立てて、液晶が黒く沈んだ。

 

 ――電池切れ。

 本当の暗闇が、蔵の中を支配した。

 ケンジさんの声も、二〇二五年との繋がりも、全部消えた。

 ただの冷たい鉄の塊になったスマホを抱きしめて、私は真っ暗闇の中で震えた。

「ハナさん……待って、行かないで」

「離しなよ! 死にたいのかい!」

 ハナが私の腕を振り払い、閂に手をかける。

 このままでは、彼女に押し切られて隅田川へ向かうことになる。あっちへ行けば死ぬ。ケンジさんはそう言った。でも、どこへ行けばいい?

 その時、パニックでぐちゃぐちゃになった頭の中に、ふっと「ある景色」が浮かんだ。

 

(あそこ……本郷の、あの坂の上……)

 営業の外回りで、何度も、何度もパンプスを鳴らして歩いた場所。

 本郷の台地。東大の周り。

 あそこには、すごく古い門や、レンガ造りの建物が、当たり前のように二〇二五年まで残っていた。

 

 「残っていた」ってことは、今夜、あそこは燃えないんだ。

 高卒で営業一筋の私が、歴史なんて詳しいはずがない。でも、自分の足で歩いて、自分の目で見た「二〇二五年の景色」だけは信じられた。

「本郷! 本郷の方へ行くの!」

 私はハナの肩を強く掴み返した。

「隅田川はダメ。人が多すぎて全滅する。坂を上がるのよ、妻恋坂を越えて、山手の方……本郷の台地まで逃げるの!」

「何言ってんだい、あっちに水なんてないよ!」

「いいから! あそこは燃えないの、私は知ってるの! お願い、私を信じて!」

 何の根拠もない。けれど、私はかつての「営業スマイル」をかなぐり捨て、必死の形相でハナを睨みつけた。

 

 ゴォォォォ……ッ!

 蔵の外で、火災旋風が空気を吸い込む巨大な唸り声が聞こえる。

 

「……わかったよ。あんた、死んだら承知しないからね!」

 ハナが叫びながら、閂を跳ね上げた。

 扉が開いた瞬間、蔵の中に流れ込んできたのは、熱風と、真っ赤に染まった夜の光だった。

 私たちは、隅田川へ向かって濁流のように流れる人混みを逆走するように、西へ、山手の方角へと走り出した。

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