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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第1章 一九四五年のバリ5 ―上野大空襲サバイバル編―

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残量4%の遺言

『4%』


 右上の小さな数字が、今にも消え入りそうな細い赤色で私を嘲笑っている。

 画面の明るさを最低にし、不要なアプリを全て落とす。営業の外回りで培った「電池を持たせる姑息なテクニック」を総動員するが、数字の減少は止まらない。

「……ケンジさん、聞こえますか」

 声を潜めて呼びかける。スピーカーから漏れる声は、すでにノイズの海に沈みかけていた。

『……サオリ……さん……ビデオは……切って……。いいっすか、その4%は……あなたの命の……灯火ともしびと同じ……っす。絶対に、無駄な操作は……』

「わかってます。でも、消すのが怖いんです。これを消したら、私……」

 このわずかな光を失えば、自分がいよいよ一九四五年の暗闇に飲み込まれ、二度と現代に戻れない気がした。

「……あんた、さっきから何をしてんだい」

 暗闇の奥から、鋭い、けれど震える声が響いた。

 一緒に逃げてきた、あの「もんぺ姿の少女」だ。

 彼女は少し離れた場所で、火打ち石を打ち鳴らし、蔵に備え付けられていた古びた行灯あんどんに火を移した。揺れる灯が、彼女の泥だらけの顔を照らし出す。


「その、不気味に光る板。あんた、本当はスパイなんだろう。でなきゃ、見ず知らずの他人の蔵に、あんな迷いもせず飛び込めるはずがない」

 少女の手には、瓦礫の中から拾ったのか、鋭い木片が握られていた。

「違います……! 私はただ、道に迷って……。これ、スパイの道具じゃありません。ただの、携帯……その、ライトの代わりなんです」

沙織は震える手で、スマホの画面を自分ではなくハナの方へ向けた。最低限にまで落とした光が、ハナの足元をぼんやりと照らす。

「見てください、武器なんて持ってません。私はただの、会社員で……」

「カイシャイン……?」

聞き慣れない言葉に、ハナの眉が不審げに跳ね上がった。けれど、目の前の女が震えながら必死に掲げているのが、自分を害するような鉄砲でも爆薬でもないことは伝わったらしい。ハナは警戒を完全には解かないまま、鼻を鳴らした。

「……変な格好だね。そんな薄っぺらな服で。あんた、どこの誰だい」

「サオリ、といいます。……そちらは?」

「……あたしはハナだ。この蔵の……いや、もう家なんてありゃしないか」

 ハナ。

 その響きだけを頭の隅で反芻した。けれど、それを深く考える余裕は一ミリも残っていない。

 それよりも、意味がわからない。

 なんで私は、こんなすすけた蔵の中で、古臭い喋り方の女の子と見つめ合っているんだろう。

 さっきまで、私はゲーセンにいたはずだ。一息ついたら家に帰って、真っ白なままの修正案を朝までかかって仕上げるつもりだった。一行も、一文字も書いていない。

 ――ピロリン。

 静寂を裂いたのは、カレンダーアプリの無慈悲な通知だった。

 『3/10 10:00 修正案提出・会議』

 画面の時計は、午前零時三十分。

 

「……っ、ふふ……あはは……っ」

 笑いが漏れた。

 日付が変わった。会議は「明日」ではなく「今日」になった。

 あと九時間半後には、私は丸の内のビルにいなきゃいけない。

 なのに、なんで私はここにいる? なんでB29が飛んでいる?

 PCもない、資料もない。あるのは、切れかかったスマホ。

 脳が、自分のいる場所を拒絶して、激しい吐き気がした。

「おかしいよ……。何が、会議だよ。なんで、私がこんな目に……っ!」

 私は膝に顔を埋め、声を殺して泣き出した。

 「歴史を生き抜く」なんて高尚な覚悟なんて微塵もない。ただ、わけのわからない状況に放り込まれた恐怖と、積み残した仕事への強迫観念が混ざり合って、心がズタズタに引き裂かれていく。

「……あんた、本当に頭が焼けちまったのかい」

 ハナの声から、殺意が消えた。代わりに、呆れたような、ひどく悲しいような響きが混じった。

 彼女は泥だらけの手を伸ばし、震える私の肩をそっと掴んだ。

「……今日なんて、誰にも来やしないんだよ。この火を見な。世界が全部、終わろうとしてるんだから」

 ハナが私の隣に、ゆっくりと腰を下ろした。

 『2%』

 あと二回、この数字が動けば、私は「当たり前だった私の世界」との唯一の線を失う。

 

 その時だった。

 蔵の重厚な扉を、外から狂ったように叩く音が響き始めた。

 

「開けてくれ! 頼む、入れてくれ!!」

「熱い、熱いよおぉ!!」

 逃げ場を失った人々の悲鳴が、土壁を越えて入り込んでくる。

 ハナが顔を強張らせ、私の肩をさらに強く掴んだ。

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