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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第1章 一九四五年のバリ5 ―上野大空襲サバイバル編―

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妻恋坂を右折せよ。液晶の光が導く生存ルート

「……十万人……?」

 ケンジの声が、爆風の中でやけに冷たく響いた。

 画面越しの彼は、二〇二五年の快適なゲーセンで、歴史の教科書を捲るような顔で、私たちが今から死ぬ確率を突きつけている。

『サオリさん、動いて! 迷ってる暇はないっす! 万世橋の北側……数分後にそこは火災旋風で蒸し焼きになる!』

「……っ!!」

 足が震えて動かない。

 万世橋。さっきまでキラキラした看板が並んでいた場所。そこが今、巨大な火の粉が舞う地獄の入り口になっている。

(十万人死ぬってことは、明日、会社に行くどころじゃない……。中央通りが燃えてるなら、地下鉄も動かない? そしたら、十時の会議はどうすればいいの……?)

 パニックに陥った脳は、依然として「社畜のスケール」でこの惨劇を捉えようと、必死にエラーを吐き出していた。

「おい、何をぼさっとしてんだよ! 死にてえのか!」

 ハナが私の腕を引っ張った。彼女はまだ知らない。自分が今、歴史上もっとも悲惨な一夜の真っ只中にいることを。

「あの……こっちへ! 妻恋坂の方へ、坂を上がるの!」

 私は、震える手でiPhoneを掲げた。画面の中では、ケンジが血眼になって二〇二五年のGoogleマップと当時の地図を照合している。

『サオリさん、大通りに出ちゃダメだ、あそこは人が殺到して詰まって全滅する! 記録にある生存ルートをなぞってください!』

「そこを右! 細い道の方!」

「バカ言っちゃいけないよ! あんなとこ、火が回ったら袋のネズミだよ!」

「いいから! 私の……私の『お得意様』が、こっちだって言ってるの!」

 とっさに口に出た嘘は、営業で使い古した言い訳のようだった。

 

 ――空を埋め尽くすB29の重低音。

 ――雨のように降り注ぐ焼夷弾。

 

 高台から見下ろすと、さっきまで私たちがいた街が、滝のような火に飲み込まれていくのが見えた。

 

『――左! 突き当たりを左です! その先に、耐火構造の蔵がある。記録では、そこだけが周囲百メートルで唯一焼け残った、奇跡の「生存の空白地帯」なんす!』

 ケンジの怒号に従い、私はハナを連れて、火を噴く路地を駆け抜ける。

 パンプスのヒールはもう折れ、素足に伝わる地面の熱さが、これがVRではないことを残酷に突きつけてくる。

「……あ、あった!!」

 煙の向こう、黒光りする重厚な扉が見えた。

 それは、周囲の木造家屋が紙細工のように燃え落ちる中で、時代から切り離されたかのように静かに佇んでいた。

 

「……嘘だろ、こんなところに蔵なんて……」

 ハナが目を見開く。

 その瞬間、背後で空気が爆ぜた。

 巨大な火球が、夜空を真っ赤に染め上げる。

「開けて!! 早く!!」

 二人は蔵の観音扉に体当たりした。かんぬきを外し、命懸けで中へ滑り込む。

 重厚な扉を閉めた直後、外で全てを焼き尽くすような轟音が響いた。 厚い土壁が熱気を遮り、蔵の中は一瞬で耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。

 私は真っ暗闇の中で、荒い息を吐きながら、震える手でiPhoneの画面を覗き込んだ。

 そこには、私の運命を弄ぶような「中途半端な数字」が灯っている。

 アンテナは依然として、この時代にあるはずのない『バリ5』。

 けれど、その横で。

 『電池残量、4%』

「……4パーセント」

 喉の奥から、乾いた声が漏れた。

 完全に切れていれば、諦めて泣き喚くこともできた。けれど、このわずかな残量は、私に「まだ未来と繋がっていられる」という残酷な希望を捨てさせてくれない。

 画面の向こう、ビデオを切った音声だけのケンジさんが、ノイズ混じりに叫んでいる。

『……サオリ……さん……聞こえ……っ……電力……節約して……!』

「あんた……一体、何者だい」

 暗闇の奥から、ハナの低く鋭い声が響く。

 青白く光る液晶に照らされた私の顔を、ハナが化け物を見るような目で見つめていた。

 "加賀美沙織のiPhone"が、命の砂時計を刻み始める。

 明日の午前十時まで、あと――十時間。

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