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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第2章 iPhoneで銀座を落とせ ―焦土のシステムハック編ー

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鱗(うろこ)の落ちる音

本郷の蔵の重いかんぬきを閉めた瞬間、サオリの膝は文字通り砕けた。

「……ひっ、ふぅ……っ、うう……」

 過呼吸気味の吐息が、冷え切った蔵の空気を揺らす。隣では、工藤が脂汗を流しながら、獣のような呻きを漏らしていた。一発。たった一発だ。あのヌシの手下が放った拳が、瑞穂屋の用心棒から「戦う意志」を根こそぎ奪い去っていた。

 サオリは震える手で、ポケットからiPhoneを取り出した。暗闇の中で、液晶の光だけが暴力的に明るい。

「ケンジさん……ケンジさん、助けて……もー、わかんないわよ……」

 Zoomの接続音が、静まり返った蔵に響く。画面が繋がり、令和のコンビニの棚を背景にしたケンジさんの顔が映った瞬間、サオリの涙が溢れた。

「工藤さんが……沈んだの。あいつら、十手とか、本物の刀を持ってた。二〇二五年のスキルなんて、一発殴られたら全部飛んじゃうわよ! コンプラも人権もない、ここはただの野蛮な戦場なのよ!」

 サオリは床に這いつくばり、画面に額を擦り付けるようにして叫んだ。

『……落ち着いてください、サオリさん。画面、血の気が引いて真っ白ですよ』

 ケンジさんの声は、いつも通り温度が低い。それが今のサオリには、唯一の「正気」の錨だった。

『まあ、サオリさんはエリートじゃなくて高卒のドブ板営業ですからね。理不尽な客には慣れてても、暴力耐性はゼロでしょう。それに、あのヌシって男……サオリさんの「瑞穂屋の跡取り」っていう嘘、最初から見抜いてますよ。銀座の古株が、そんな付け焼き刃に騙されるわけないじゃないですか』

「うるさい! わかってるわよ、そんなこと!」

 サオリはiPhoneを床に叩きつけた。画面の中でケンジさんが一瞬揺れる。

「私には戸籍もない。土地の名義だって工藤さんの借り物。中身は、何者でもないただの……っ! 詰んだわよ、もう終わりよ!」

 サオリは頭を抱えて泣きじゃくった。令和では何者にもなれず、一九四五年では嘘すら通用しない。そんなサオリの背中に、小さな、しかし温かい手が触れた。

「……サオリ、これ。お水」

 ハナが、震える手で錫のコップを差し出していた。瑞穂屋から持ち出した、貴重な水だ。

「食べなきゃダメ。……お腹が空くと、もっと怖くなるから」

 その無垢な瞳が、今のサオリには鋭利な刃物のように刺さった。自分はこの子を救った「お嬢」のふりをしていただけの、空っぽな詐欺師だ。それなのに、この子はまだ私を信じている。

「……お嬢……っ」

 低い、掠れた声が床から響いた。工藤が、折れ曲がった腹を抱えながら、必死に上身を起こそうとしている。

「……すまねえ……情けねえ姿を。……だがよ、お嬢。あんたがあの時、一礼して、一言も言い返さずに引いた判断……。ありゃあ、正解だ。あいつら、あんたがただ震えてるだけの小娘じゃないことには、気づいてるぜ。……あんな目をできる素人は、この時代にもそうはいねえ」

「……目なんて、ただ怖かっただけよ……」

 サオリは膝を抱えて、床で光るZoomの画面を凝視した。画面の下部には、ケンジさんが共有した「五月二十五日の延焼シミュレーション」が、死の宣告のように赤く銀座を塗りつぶしている。

『サオリさん、聞こえますか。……営業の基本に戻りましょう』

 スピーカーから、ケンジさんの声が響く。

『相手が絶対に譲らない「聖域」に固執しちゃダメだ。相手の関心を、もっとデカい「利益」に逸らすんです。……隣の築地を見てください。五月二十五日の空襲で、市場の一角が焼けて権利が真空状態になります。……戦後、そこは日本最大の利権の塊になる』

「築地……?」

『ええ。焼ける直前の今のうちに、瑞穂屋の物資を突っ込んで、築地の「入口」を買い叩いてください。……銀座のヤクザに、祠なんていう小銭じゃなく、築地という「新しい大陸」への切符をチラつかせるんです。……あいつらを殺さず、味方にもせず、ただ「勝手に争う場所」へ誘導する。……サオリさん、ドブ板営業の底力、見せ時ですよ』

 サオリは涙を袖で乱暴に拭った。錫のコップに残った水を、喉を鳴らして飲み干す。冷たい水が、火照った胃壁を冷やし、思考の回路を繋ぎ直していく。

「……そうね。……あいつら、馬鹿だもん。あんな小さな祠に執着して。……だったら、もっと『デカい餌』を投げて、地獄へ突き落としてやるわ」

 サオリの瞳から、恐怖の色が消えた。代わりに宿ったのは、令和の夜の街で、数多の理不尽を笑顔で受け流し、数字をもぎ取ってきた「高卒叩き上げ」の冷徹な輝きだった。

 ふと、サオリは画面の向こうのケンジさんに、歪んだ笑みを向けた。

「ねえ、ケンジさん。築地ってさ……どうせ二〇二〇年には、豊洲に移転しちゃうんだよね?」

『……ええ。跡地は今、巨大な再開発エリアですよ。うちの会社も入札に参加して、部長が「歴史に残る地上げだ」って鼻息荒くしてたプロジェクトじゃないですか』

「あはは……そうだった。あいつら、命がけで奪い合って、守り抜いたつもりで……最後は場所ごと引っ越されちゃう。……なんか、そう思うと急に滑稽に見えてきたわ」

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