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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第2章 iPhoneで銀座を落とせ ―焦土のシステムハック編ー

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銀座の主(ヌシ)と動かぬ祠(ほこら)

サオリの描いた「黄金の長方形」の図面には、一箇所だけ、虫食いのようにポッカリと空いた数坪の空白があった。四丁目の路地の突き当たり。空襲の猛火を奇跡的に免れた、黒ずんだ石造りの小さな**ほこら**だ。

「……工藤さん。ここよ、ここさえ手に入れば、私のパズルは完成するのに」

 サオリがiPhoneの画面を指で叩く。二〇二五年の地図では、そこは確かに巨大ビルのエントランスの一部として塗りつぶされている。だが、現実の一九四五年には、その場所には動かせない「意思」が鎮座していた。

「お嬢、あそこだけはやめとけ。あそこは銀座の『目』だ。あそこに手を出すってことは、銀座のヌシの喉元を掻き切るってことだぞ」

 工藤の声は、いつになく低い。

 祠の前には、一人の老女が地べたに座り込んでいた。煤けた着物を着ているが、背筋は真っ直ぐに伸び、その眼光は射抜くように鋭い。彼女こそが、代々この祠の火を絶やさず守り続けてきた守り主だった。

「……瑞穂屋の小娘かい。酒と米でこの街の死体を買い漁っているというのは」

 老女の声が瓦礫に染み入る。サオリは営業用の笑みを浮かべようとしたが、老女の隣の闇から、一人の男が音もなく現れた。

 仕立ての良い国民服に、手には細いステッキ。銀座を裏から統べる**「ヌシ」**その人だった。

「お嬢さん。この祠はな、俺たち銀座のヌシが代々、命を賭して守ってきた『くさび』なんだ。……あんたの引いた『長方形』は美しい。だが、この一点が欠けていれば、それはただの死んだ土地だ。欠けたパズルは、誰にも認められん」

 サオリは、初めて「数字」と「論理」が通用しない壁にぶち当たった。iPhoneを握りしめ、画面に映る二〇二五年の完璧な区画図を凝視する。

(ビルの設計を変えて祠を避ける? あるいは、別の場所へ遷座を提案する?)

 だが、サオリはそれらを口に出すのを止めた。今ここで妥協案を提示したところで、このヌシと老女には「小手先の商売」と見透かされるだけだ。

「お嬢、よせ。……その顔は、ろくなことを考えてねえな」

 工藤が制するように肩を叩く。サオリはふう、と深く息を吐き、貼り付けたような営業スマイルを消した。

「……失礼しました」

 サオリはそれだけ言うと、丁寧な動作で一礼した。だが、きびすを返そうとしたサオリの進路を、目つきの座った大男が岩のように塞いだ。

「……おい。銀座のヌシを前にして、挨拶だけで済むと思ってんのか、小娘」

 男の手が、サオリの細い肩を鷲掴みにする。工藤が瞬時にその腕を叩き落とし、サオリを背後に隠した。

「よせ、野暮な真似すんじゃねえ! ……このお嬢は、瑞穂屋の跡取りだ。あんたらのシマを荒らすつもりはねえよ」

 その瞬間だった。

 大男の太い腕が、最短距離で工藤の**鳩尾みぞおち**を抉った。

「が、はっ……!」

 鈍い音とともに、工藤の体躯が折れ曲がる。肺の中の空気をすべて引きずり出されたような、凄惨な喘ぎ。工藤は膝から崩れ落ち、地面に吐瀉物をぶちまけながら悶絶した。

「……工藤さん……っ!?」

 サオリの喉が、恐怖で引きれる。目の前で、自分を守ろうとした男が、たった一撃で「物」のように転がっている。

「……瑞穂屋、か」

 ヌシの男は眉ひとつ動かさず、細いステッキを弄びながら、サオリを冷徹に値踏みした。男の背後に控える手下たちが、懐から鈍く光るものを覗かせる。古びた十手の柄、あるいは鈍い光沢を放つ鉄刀。憲兵すら目を逸らす、この街の「裏の法」を象徴する暴力の記号だ。

 サオリは、背筋に氷を流し込まれたような戦慄を覚えた。

(殺される。……本気で、殺される)

 一九四五年のこの場所で消されても、記録も証拠も、何一つ残らない。工藤さえ、助けてはくれない。

「……いいだろう。今日はそのツラに免じて、逃がしてやる」

 ヌシは、悶絶する工藤をゴミのように見下ろした。

「だがな、お嬢さん。あんたが線を引いた場所には、俺たちの兵隊が何人も死んで埋まってるんだ。……生半可な覚悟で、その土地を跨げると思うなよ」

 男たちが道を開ける。サオリはそれ以上、何も言えなかった。

 膝をつき、必死に胃液を吐き戻そうとしている工藤の肩を借りる。いや、サオリが工藤を引きずるようにして、死に物狂いで路地を這い出した。

 角を曲がり、ヌシたちの視線が途切れた瞬間。サオリの膝がガクガクと砕け、工藤とともに地面に転がった。

「……あ、う……っ、ごふっ……」

 工藤は地面に顔を伏せたまま、喉の奥で獣のような呻きを漏らしている。一発。たった一発で、瑞穂屋の用心棒が呼吸の仕方を忘れたように悶絶している。

「……工藤さん……どうしよう、どうしたら……」

 サオリは震える手で工藤の背中を叩くが、自分の指先も凍りついたように感覚がない。

 iPhoneにある「焼夷弾の雨」の記録など、今はもう遠い銀河の出来事だった。網膜に焼き付いているのは、懐の十手を弄んでいた男たちの冷酷な眼差しと、工藤の腹にめり込んだ拳の感触だけだ。

(……殺される。本気で、殺されるんだ)

 

 この時代、ここでは命がゴミのように扱われる。自分が信じてきた2025年の「ことわり」が、音を立てて崩れていく。

 サオリは、まだ上手く息のできない工藤の腕を、千切れるほど強く握りしめた。

「……ひっ、ふぅ……っ……」

 半泣きで、しかし声を出すことすら恐れて。二人は暗い瓦礫の陰に身を潜めるようにして、本郷の蔵へと這うように戻っていった。

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