瓦礫のブルーオーシャン
一九四五年、四月五日。白昼の銀座。
空はどんよりと曇り、焼け跡からは絶えず灰混じりの煙が立ち上っている。通りには、軍のトラックや、瓦礫を片付ける徴用工たちの怒号、そして生きるのに必死な民衆の雑音が渦巻いていた。
その喧騒の中に、三台の**「漆黒のトラック」**が滑り込んできた。泥と炭で塗りつぶされた、艶のない黒。周囲の民衆や警防団が、その正体不明の威圧感に気圧され、無言で道を開けた。
助手席のドアが開き、加賀美サオリが灰の舞う地面にヒールを下ろした。
濃紺のリクルートスーツは移動中の灰で白く汚れ、裾には泥がこびりついている。だが、彼女はそれを気にする素振りも見せず、iPhoneの画面を極限まで暗くして、ケンジから送られた古地図データを凝視した。
「……工藤さん、そこを右。三軒先に『歯科医院』と『印刷所』があったはずよ。そこを重点的に掘って」
「はあ? 歯科に印刷所? お嬢、そんなもん掘り起こしてどうすんだよ。金目のもんがありそうなのは、あっちの呉服屋の蔵だろ」
工藤が鼻で笑うが、サオリは真顔でiPhoneを指し示した。
「呉服なんて今は二足三文でしょ。……ここには、歯の治療用のプラチナや金、それに印刷に使う鉛の合金が山ほどあるはずなの。これって、価値があるんじゃない?」
工藤が煙草をくわえ直した。その目が、一瞬で「裏社会の相場師」のそれに変わる。
「……プラチナに鉛だと? お嬢、そいつぁ……。今、軍需工場が喉から手が出るほど欲しがってるブツだ。特に鉛は弾丸の材料にもなる。……ほう、そんなもんがここに眠ってるってのかい」
「ケンジのデータだと、この地下にはかなりの量が保管されていたはずよ。……どう? 抜ける?」
「へっ。プラチナや鉛なら、闇市に流すより軍の御用工場に叩きつけたほうが、現金も『物』も引き出せるぜ。おもしれぇ……おい、野郎ども! 表面のガラクタは放っておけ! 重くて鈍い塊を、地下から引きずり出せ!」
周囲には、バールを手にした男たちが潜んでいた。焼け跡を漁るハイエナたちだ。彼らは新参者のサオリたちを忌々しげに睨み、じりじりと距離を詰めてくる。
「おい、女! ここは俺たちのシマだ。瑞穂屋だろうが何だろうが、勝手に持ち出すのは許さねえぞ」
竹槍を構えた警防団の男が、略奪者たちを煽るように前に出た。
サオリは、iPhoneをポケットに仕舞うと、傲然と一歩前に出た。
「――おじ様、落ち着きなさい。この区画、不発弾の処理を兼ねて、瑞穂屋が『特別に』重要物資を回収しているの。……これ、軍に届けるものだけど、あんたが代わりに責任取ってくれる?」
「不発弾……軍の物資だと?」
サオリの冷徹な一喝と、背後で重々しい金属塊を運び出す工藤たちの異様な手際に、警防団の男は気圧された。
「は、ハッ! 了解しました! おい、お前ら、あっちへ行け! 邪魔をすると爆発に巻き込まれるぞ!」
「聖域」が確保された。
ハナと若い衆が、地下から掘り出した「特殊金属」を次々と漆黒の荷台へと放り込む。表面は煤けていても、その重量感は本物の「富」のそれだった。
夕刻。
「……撤収よ。憲兵の点呼が始まる前に、本郷へ」
「へっ、お嬢。その格好、この街じゃ大砲より効きやがるぜ」
不気味な重低音を響かせ、三台の漆黒のトラックが、煙の立ち上る銀座を去る。
紛れるのではない。圧倒的な「異物」として君臨することで、誰も手出しできない聖域を作る。
サオリはバックミラーに映る、自分たちに深々と頭を下げる警備団の姿を、冷ややかに見つめていた。
その瞳には、すでに瓦礫の山ではなく、そこに築かれる未来の版図が映っていた。




