お囃子
「――ククク。おい、お嬢。これ、どうする? 頂いちまおうぜ」
アイドリングの振動を続ける三台の九四式自動貨車を前に、工藤が喉の奥で笑った。憲兵が逃げ去った瑞穂屋の門前。工藤が鋭い指笛を鳴らすと、路地の闇から、音もなく二人の若い衆が姿を現した。
「一台ずつ乗れ。本郷の蔵まで直行だ。野犬どもが正気に戻る前に、跡形もなく消してやる」
工藤の指示に、男たちは迷いなく飛び乗った。サオリとハナは、工藤がハンドルを握る先頭車両の助手席に押し込まれる。
銀座の闇を切り裂き、三台の鉄の獣が連なって本郷へと爆走を開始した。
本郷へ向かう激しい振動のなか、サオリは助手席でiPhoneを凝視していた。
指先が、目にも止まらぬ速さで画面を叩く。タ・タン、タ・タ・タン――。
車内に響くのは、ピコピコと軽快な電子音。サオリがやっているのは、現代で唯一の娯楽だった音ゲーだ。
「……サオリ、何だいその忙しい音は。こんな時にお囃子を弄ってるのかい?」
荷台から身を乗り出し、窓越しにハナが不思議そうに覗き込む。
「これ? 二〇二五年で一番アツい遊び。指を動かしてないと、この時代の空気に負けちゃいそうでさ」
画面には、ド派手なエフェクトが乱舞している。サオリはニヤリと笑って、iPhoneをハナの方へ向けた。
「ハナもやってみる? ここ、光に合わせて叩くだけ。簡単だよ」
「えっ、あたしが!? ……こ、こうかい? えいっ!」
ハナがおっかなびっくり指を突き出す。だが、トラックがガタンと大きく跳ねた拍子に、ハナの指が画面をメチャクチャに連打した。
『PERFECT!』『FEVER!!』『MAX COMBO!!!』
画面いっぱいに虹色の花火が爆発する。
「わあ、すごい! お祭りだ! なんだかよく分かんないけど、あたし、天才じゃないかい!?」
ハナが身を乗り出してはしゃぐ。その無邪気なドヤ顔に、サオリは思わず吹き出した。
「あはは! まさかのフルコンボ。ハナ、あんた一九四五年のトッププレイヤーだよ。これからは『指先のハナ』って名乗りな」
「ゆびさきのはな? なんだか景気がいいねぇ!」
一頻り盛り上がった後、サオリはふと思い立ってニュースアプリを開いた。
画面には、二〇二五年四月のヘッドラインが並んでいる。
『都内、明日は絶好の行楽日和。最高気温は二〇度』
『大阪・関西万博、いよいよ開幕! ミャクミャク様が乱舞』
「……二〇度か。あっちの私は今頃、営業周りで汗かいて、コンビニのアイスコーヒーでも飲んでたのかな」
平和すぎる未来の景色。だが、不思議と悲しくはなかった。
だって、隣には「指先のハナ」がいて、自分の手には奪い取ったばかりのトラック三台がある。
「ま、アイスコーヒーはないけど、こっちにはガソリンの匂いがあるしね」
ふと、自分の名前を検索してみる。
――『加賀美沙織』。
検索結果は「一致する結果なし」。ケンジから『サオリさんのアパートが空き地になってる! 履歴が消されてる!』とパニック気味の返信が届くが、サオリは鼻で笑った。
「……消された? 結構じゃない。あんな安アパートも、キツいノルマも、全部リセットされたってことでしょ」
スマホを懐に収めると、サオリの目は完全に「戦う営業職」の鋭さに戻っていた。
窓の外、夜明けの光が本郷の蔵を照らす。
「……着いたぜ。ここなら野犬も手出しはできねえ」
工藤が重い扉を閉める。サオリは、助手席にふんぞり返ったまま、不敵に言い放った。
「工藤さん、このトラック、瑞穂屋の看板を隠して真っ黒に塗りつぶして。……一寝入りしたら、銀座の『瓦礫』を全部、私の数字に変えてやるんだから」




