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1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第2章 iPhoneで銀座を落とせ ―焦土のシステムハック編ー

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美食(エサ)を食わせて、骨を断つ

一九四五年、四月の朝。銀座。

 空襲の焦げ跡が残る街角で、瑞穂屋の門前に掲げられた暖簾が、風に煽られていた。だが、その暖簾をくぐろうとした近隣の主たちは、一様に足を止めた。瑞穂屋の誇り高き紺の暖簾は、あろうことか「裏返し」に掛け替えられ、煤けた裏地を晒していた。それは、この老舗が昨日までとは別の「何か」に変貌したことを告げる、不気味な合図だった。

 瑞穂屋の奥座敷。

 サオリは、着物の懐にiPhoneを潜ませたまま、静かに呼吸を整えていた。彼女の脳裏には、数時間前、夜明け前の薄暗い勝手場での光景が浮かんでいた。

 ――そこには、およそこの時代には存在し得ない「異界の光」があった。

 サオリは、かまどの火影で、手のひらサイズのガラス板をハナに見せていた。

『いい、ハナ。これは**「クックパッティ」。二〇二五年、つまり八十年後の世界で最も愛されているレシピサイト……いわゆる、世界中の料理自慢が書き込む「掲示板」**のようなものよ。そこに集まった無数の知恵から導き出された、一番美味しい黄金比がこれなの』

 ハナは、サオリの持つiPhoneの画面を食い入るように見つめていた。

「掲示板……。八十年後の世界中の人たちが、美味しいの正解をそこに書き残してるってのかい。たまげたね。魔法の板に、数えきれないほどの人の『美味しい』が詰まってやがる……。合点承知だよ、お嬢様」

 ハナは不敵に笑い、その「未来の集合知」を自らの腕に叩き込んだ。

 地主たちに出す直前、ハナが一切れ、サオリの口元に差し出した。サオリはそれを、無造作に口に含んだ。

 (……あ、これは……。なんだろう、なつかしい味……)

 レシピとは微妙に違う、ハナが独自の癖で焼き上げた、覚えのある味。サオリは喉の奥の奇妙な感覚を飲み込み、短く首を振った。

『……最高よ。行きましょう』

 回想から戻り、サオリは目の前の三人の地主――源次郎、徳蔵、安吉を見据えた。

 そこへ、襖が音もなく開き、ハナが入ってきた。その瞬間、ハナの空気が一変した。背筋は伸び、歩法は露のごとく静か。その口から漏れたのは、先ほどまでの威勢の良さが嘘のような、涼やかな響きだった。

「旦那様方。本日はお忙しい中、ようこそお運びくださいました。……まずは、お腹を落ち着けてくださいませ。瑞穂屋の台所で、今朝焼き上げたばかりでございます」

 ハナは一人一人の前に膝をつき、黄金色の「卵焼き」を捧げる。徳蔵が、たまらずその一切れを口に運ぶ。

「……っ! なんだ、この味は。……甘い。それに、このふっくらとした食感……あり得ん! どこの料亭の隠し味だ、これは!」

 ハナは茶を注ぎながら、絹糸のように細く、しかし逃げ場のない声で囁いた。

「(徳蔵様。……美味しいでしょう? クックパッティの掲示板に集まった、未来の正解ですわ。……それをお一人で召し上がるなんて、ご先祖様がお嘆きになりますわね)」

 丁寧な口調のまま、心臓に針を刺す。徳蔵の手が止まった。

 サオリは懐のiPhoneを操作する。床の間の影から、徳蔵が死ぬほど恐れている、急逝した「後妻」の冷たい声が響いた。

『……徳蔵さん。一人で美味しいものを食べて。……あの床下の隠し米、憲兵に教えちゃおうかしら』

 徳蔵は、喉を詰まらせ、卵焼きを床に転がした。ハナは「おや、もったいない……」と微笑みながら、落ちた一切れを懐紙で音もなく拾い上げた。その流れるような所作が、徳蔵には死神の鎌のように見えた。

 次にハナは、臆病な安吉に一切れを差し出した。

「(安吉様。昨夜、工藤様がお宅の小僧さんから『地下室の金の時計』の在り処を聞き出しておりましたわ。せめて最期に、この未来の味をどうぞ。……お寂しいでしょうが、お母様もお喜びになりますわ)」

 安吉が青ざめた瞬間、サオリはiPhoneで「安吉の亡き母」の声を再生する。

『……安吉、嘘はいけないよ。正直に、この娘さんに預けなさい』

 最後の一人、源次郎が立ち上がる。だが、工藤が背後で西陣織の反物を蹴り広げた。

「……源次郎。あんたが軍に黙って横流ししようとしていた特級品だ。……この卵焼きが、人生最後の食事になるぜ」

 サオリは、最後に源次郎の父、四代目・源右衛門の声を出した。

『――源次郎。貴様、誰に向かって口をきいている。瑞穂屋は、銀座の魂を守ろうとしているのだ』

 ハナが、最後のおにぎりと卵焼きを、源次郎の手の中に押し込んだ。

「旦那様。……死んで灰になるか、生きて銀座を再建するか。……どちらが『美味しい』か、お分かりですわね?」

 三人の地主が、それぞれの絶望と「未来の正解」を飲み込み、印を重ねた。

 その直後。廊下を激しく叩く足音が響き、襖の向こうで震える声が上がった。

「大旦那様! 大旦那様はいらっしゃいますか! 大変です、表の角に憲兵のトラックが止まりました。片っ端から捜査して、瑞穂屋へ向かってます!」

 サオリはピクリと眉を動かした。大旦那を呼ぶ使用人の悲鳴に近い報告。それを聞いた瞬間、サオリは懐のiPhoneを握り直し、表情を消した。

(……来たわね。今、この連中(地主)と憲兵を鉢合わせさせるわけにはいかない)

 サオリは、まだ呆然としている三人の地主へ、冷徹な視線を向けた。

「……旦那様方。どうぞ、奥の蔵へ。今、憲兵に見つかれば印を押した書類ごと没収されますわ。瑞穂屋が責任を持ってお守りします。……さあ、急ぎましょう」

 有無を言わせぬサオリの気圧けおされ、源次郎たちは縋るように立ち上がった。工藤が音もなく背後に回り込み、彼らを急き立てる。

「ヒヒッ……地上げの邪魔をする野犬が嗅ぎつけたようだ。旦那がた、命が惜しけりゃ蔵の隅で震えてな」

 ハナは、盆を抱えたまま、地主たちに慈悲深い微笑みを向けた。

「……さあ、こちらですわ。大旦那様には私が上手くお伝えしますから。……お急ぎなさいませ」

 三人を蔵へ押し込み、重い扉のかんぬきを閉めた瞬間。ハナは「看板娘」の面を剥ぎ取り、サオリに向かってニヤリと笑った。

「しっかしサオリ、あの古狸どもの震えっぷり、傑作だったねえ! さあて、表の憲兵さんたちには、どんな『おもてなし』を喰らわせてやるんだい?」

門前に響き始めたトラックのエンジン音を迎え撃つべく、彼女は一歩、踏み出した。

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