表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1945年に飛ばされた私、iPhoneだけ2025年と繋がってるんだけど? 〜終戦回避は無理ゲーでも、戦後復興をRTAして100歳まで君臨する〜  作者: 栗昆布
第1章 一九四五年のバリ5 ―上野大空襲サバイバル編―

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/21

残業代も出ない夜に、タイムスリップした私

「……はい、承知いたしました。明日の午前十時までには、修正案を揃えてお持ちします。はい、申し訳ございません。失礼いたします」

 スマホを耳から離した瞬間、凍てつくような夜の空気が肺の奥まで入り込んだ。

 三月の上野。夜の十時。

 高卒で今の営業会社に入って三年。私の日常は、謝罪とノルマと、上司の嫌味で構成されている。

「サオリさぁ、高卒なんだからさ、人一倍動かないと。頭使えない分、体使いなよ」

 今日、課長に言われた言葉が耳の奥でリフレインする。ムカつくというより、もう、疲れた。

 雨混じりの風が、着古したリクルートスーツの裾を揺らす。私はゾンビのような足取りで、秋葉原へと向かう電気街の入り口に立っていた。

 帰宅ラッシュも過ぎたこの時間、街は不自然なほど明るい。巨大なビジョンに映る広告の美女、深夜まで営業するコンセプトカフェの呼び込み。その色彩の暴力が、今の私には酷く残酷に思えた。

 逃げ込みたい。

 この「モブキャラ」としての人生から、一分一秒でもいいからログアウトしたい。

 私は吸い寄せられるように、いつものゲームセンターへと足を踏み入れた。

「おっ、サオリさん! お疲れっす、今日も残業?」

 入り口近くの筐体に寄りかかっていたのは、同僚のケンジさんだった。

 彼は私と同じ「陰キャ」のカテゴリーに属しているはずだが、好きなゲームの話になると、やけに声のボリューム調整が壊れる。手には新作の攻略本が握られていた。

「……あ、ケンジさん。ええ、まあ。ちょっとだけ、叩いて帰ります」

「そうそう、効率化こそ正義ですよ! ストレス発散もRTA(最速攻略)でいきましょう!」

 彼の早口を適当に受け流し、私は一番奥にある音ゲーの筐体へと向かう。

 百円玉を投入する。コインが落ちる乾いた音が、私の「入替スイッチ」だった。

 ヘッドホンを装着し、外部の雑音を遮断する。選んだのは、BPM二百を超えるハードコアな楽曲。

 

 画面を流れるノーツ。指先に伝わるボタンの反発。

 完璧なタイミングで叩き続ければ、頭の中のモヤモヤが消え、視界がクリアになっていく。

 私は営業のサオリじゃない。ただの、正確なリズムを刻む機械だ。

 ――クライマックスのサビ。指が、最速のビートを捉える。

 その瞬間だった。

 ドォォォォォォォォォォォン!!

 ヘッドホンを貫いて、腹の底を直接殴られたような衝撃が走った。

 筐体が激しく揺れ、画面がノイズと共にブラックアウトする。


「え、地震……?」


 反射的に筐体を掴んだが、指先に触れたのはプラスチックの冷たさではなく、ゴツゴツとした石の感触だった。耳を劈くような金属音。サイレン。

 そして、嗅いだこともないような、ツンと鼻を突く火薬の匂い。

目を開ける。

そこはもう、私の知っているゲーセンではなかった。


「……は?」


 ネオンの光も、電子音も、ケンジさんの声も、すべてが消えていた。

 代わりに広がっていたのは、むせ返るような火薬の匂いと、暗闇。そして、空を塗り潰すような、不気味な「赤」。足元はアスファルトではなく、瓦礫と泥。

 秋葉原の電気街だったはずの景色は、スカスカの焼け野原に変わっていた。


「……え、何これ」


 ヒュルルルルル……。


 奇妙な音がして、すぐ近くの民家らしき建物がオレンジ色の光と共に爆発した。

 熱風が頬を叩く。痛い。夢じゃない。――なのに。

パニックになった私の脳裏に、なぜか最初に浮かんだのは「死」ではなかった。

『サオリさぁ、明日の十時までに修正案出せなかったら、次はないからね』

課長の声だった。


(……やばい)


 指先が震える。


(PCは? カバンの中? 修正案、まだ半分も終わってないのに)


 すぐそばで火柱が上がる。

 なのに私の頭は、完全に別の恐怖に支配されていた。

(こんなところで足止め食らったら、明日の十時に間に合わない……!)


ありえない。


今、自分の命が危ない。なのに三年間「社畜」として調教されてきた私の精神は、この状況を「仕事に支障が出るトラブル」としてしか処理できなかった。


(これは何かの演出だ。VRか、大掛かりなドッキリか何か。そうじゃなきゃ困る。私は明日、出社しなきゃいけないんだから)


 震える指で、スーツのポケットからiPhoneを取り出す。画面が点灯する。そこには信じられない表示が浮かんでいた。


 日付:一九四五年三月九日

 時刻:午後十時十五分

 場所:東京府、神田相生町付近


「……嘘」


喉が乾く。


「嘘でしょ……」


 私は膝から崩れ落ちた。

高卒で、営業成績もどん底で、友達もいなくて。

そんな私の「人生バグ」は、よりによって、この国が最も燃え上がった夜へと私を放り出した。

すぐそばで、火の手が上がる。逃げなきゃ。死ぬ。

そう思った、その瞬間。泥まみれの手が、私の腕を強く掴んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ