8-6 グリュウの終わり
「シロー、大丈夫か!」
「へーきだよ」
俺は槍の姿から、元のボルの姿へと戻っていた。
どうやら魔力切れ――竜魔法も使えないみたいだ。
隣には――白目を剥き、傷口から血を垂れ流すグリュウ。
「死んじゃったかな」
「このぐらいではドラゴンは死なん」
えっ、マジで。
「2つある心臓のうち、1つは貫かれているが――しばらくすれば、自己治癒力で復活するだろう」
「でさ……さっきから気になってるんだけど。あの太陽」
俺が見上げると、まだ宙に浮いた状態の火球。
こういうのって発動者自身が気を失った場合――
バチチッ――
太陽は静電気のような音を立て、どんどん膨張する。
どんどん巨大化していき、振れた岩盤が消滅していく。
「やっぱり暴走する流れ!?」
「エル!」
「ハッ」
秘書さんのおかげで魔法陣から解き放たれたのか、エルがシュバルの下へとやってきた。
「我が名において――エルメイア・レイブン。力の発動を許可する」
一瞬だけエルの姿がぼんやりと光る。
それを確認したエルは――即座に詠唱に入る。
「……時に埋もれし精霊の力。竜へと滅びを与えん――」
「――暁と共に。地平へと帰りたまえ。時に還りたまえ――発現せよ」
「竜滅魔法――エクス・ディスペル!!」
エルが両手で円を作り、膨張を続ける火球に向けて腕を伸ばす。
すると――対象の周囲に、巨大な魔法陣が多角形のキューブを創り出す。
そのまま膨張を続けるけど、魔法陣に触れた端から消滅していき――
「滅ッ!」
エルが両手を握った瞬間。
キューブは内側へと収縮し――
あとには。なにも残らなかった。
「……すげぇ。――エルってこんな魔法使えたんだ」
「これが古代エルフ王国が……黒竜に滅ぼされた理由です」
少し寂しそうな表情のエル。
「そしてそんな王国を――見捨てたのが、わたくしなんです」
「それはどういう……」
「その話はまた今度だ。連れ去られたサキュバスたちも連れ、ここから出ようでは――」
ガラッ――
「うん?」
なにか動いたような音が――
「ふざけんなよ……」
振り返れば。
腹から血を流しながらも立ち上がる、グリュウの姿があった。
「このオレ様が……碧竜族の、ドラゴンの頂点に立つべきオレ様が……シュバルのガキと、ボル野郎なんかに……」
だけど意識が朦朧としているのか、まるで壊れたスピーカーのようにかすれた声で呟く。
1歩、また1歩と歩く。
その度に、ドロっとした血が流れていく。
「ふざけんな……」
「グリュウ。それ以上動くと、いくらドラゴンといえど命を――」
「ふざけ――ッ!」
白目を剥いたまま。
グリュウは炎を吐こうと仰け反った、その刹那。
「寝とけ、アホが」
その頭上に――碧の影が、飛び蹴りをかました。
「グオ……ガハッ」
そのままグリュウは倒れ――
緑髪の、チャイナ服のような東洋風ファッションの女性は、静かに地面へと降り立った。
「まったく――勝手に竜決闘した挙句、負けてちゃ世話ないねぇ」
乱暴にそのクセのある髪をかき上げる。
見た目には30代前半って感じの、モデルのようなスタイル。
「貴女はたしか、グリュウの……」
「ええ、シュバル坊ちゃん。アタシはグリュウの嫁にして碧天竜一族の末席。ラルドと申します」
「ええええッ!?」
こんな美人のお姉さんが、あのグリュウの!?
「まぁこんなところで立ち話もなんだし――上へ行きましょうか」
ニコッと微笑んでるんだけど、片足でグリュウの頭を踏みつけている光景はなんというか――怖い。
◆ ◆ ◆
グリュウの本拠地にあったお城。
そこの大広間なのか、大食堂なのか。とにかく1番広い部屋だ。
真っ赤な絨毯に、真っ赤なテーブルクロスがかけられた長机。
金の燭台にはロウソクが灯り、俺らの前にはティーカップが並べられている。
厨房を借りたのか、エルとサキュバスたちがお茶の用意をしてくれたようだ。
ドラゴンが出入りできるくらい大きいけど、家具なんかは人間サイズだ。
シュバルは黒髪の冒険者(男)へと変化して席に付いているし、エルやサキュバスたちは背後で待機ポーズだ。
「さて……改めて。この度は、このバカが申し訳ありませんでした」
「アニキ、大丈夫ですか!?」
「すぐに回復ポーションを……」
グリュウもこの部屋へと連行されていた。
気絶したままだけど。
その周囲には、リザードマン2匹が包帯とポーションを片手にウロウロしている。
「ほっときゃいいんだよ。どうせ明日にはピンピンしてるだろうさ」
「でもよ~ラルド組長~」
「オレらも心配でさ~」
その片方の顔には、どこか見覚えがあった。
「あれ。君たしか、グリュウに食べられなかったっけ?」
「食べられたけど。ダンジョンに戻ってから、アニキの糞から復活させて貰いましたぜ!」
嫌な蘇生の仕方だなぁ。
「――ってことは、食べられたっていうサキュバスさんたちは……」
そう呟いた瞬間。
顔を逸らしたサキュバスが何人かいた。
あ~――ご愁傷様です。
「こほん――このことは既に碧竜、黒竜の族長の方々にも報告済みだよ。もうそりゃ、族長は怒り心頭でねぇ」
「やはりそうか」
「どういうこと?」
「竜決闘は本来。双方の族長の許可ナシでやるものではない。誇り高きドラゴンの決闘だからな」
「そうさ。立会人にも双方のドラゴンが何匹も必要で、タイマンでバトルとなればお祭り騒ぎさ」
「へぇ~」
そんなルールがあったなんて……。
「……で、さっきから気になってたんだけどさ」
ラルドさんが、さも今ごろ気づいたように俺を指差した。
「なんでしょうか」
「このカワイイボルちゃんは、なんだい。坊ちゃんの部下?」
「ふふふ――そう、俺は!」
「ワシの友人だ――」
改めてそう言われると、なんだか照れるなぁ。
「……へぇ~。ボルが友人ねぇ……」
すっごいジロジロと見られる。
ちなみに俺は椅子に座ってしまうと高さが足りないので、大きなクッションを用意して貰って高さを稼いでいる。
「てっきり非常食かと思ったさ。ハハハッ」
……前から思ってたけど。
もしかしてボルって食用なんだろうか。
「一部始終……見てましたよね、ラルドさん」
「まぁねぇ。今回のタイマンに限り、アタシたちが立会人ってことで見逃してやるさ」
「……うん?」
なんか引っかかる物言いだな。
まるで他にも立会人が居るような――
「――シュバル」
「うっ!?」
まるで竪琴のような麗しい声。
しかしそれを合図に、シュバルが全身をビクッと震わせる。
グリュウ相手に1歩も引かなかったシュバルが、滝のような汗を流している。
「聞いたわよシュバル……お父さんたちに内緒で、グリュウさんと竜決闘したんですってね」
流水のように流れる黒髪は腰まで届く。
黒いゴシック調のドレスに、レースでは隠しきれないたしかな胸の膨らみ。
細く閉ざされた瞳。
しかし声は美しいのだが――まるで首にナイフでも突きつけられたような、そんな恐ろしさを秘めている。
「そ、その……ディア姉上……」
「ッ!!」
この、パッと見た感じだと物腰の柔らかそうなアラアラ系お姉さんが!
シュバルのアレを処刑しようとしている、張本人!
「しかもダンジョンのランキング勝負だなんて……ようやく本腰を入れる気になったようで、姉さん嬉しいわ」
静かに、ディアさんがシュバルの後ろへと歩いていく。
シュバルは青ざめ、下を向いたままだ。
「でもね――負けちゃったんだってね」
「そ、それは……」
「お、お姉さん!」
「あら――たしか。シュバルのお友達だったかしら」
「はい。友達で、営巣の手伝いしてるシローといいます!」
意味深に微笑むディアさん。
「へぇ……エルちゃんじゃないんだ」
「はい。悔しいですが、シローの作るダンジョンのおかげで、我々はランキング1位も現実のある目標として目指せています」
エルがビシッと言ってくれた。
「グリュウが3丁目にある黒の迷宮周辺のダンジョン全部潰して、全部繋げるとか卑怯な作戦で――」
「あらぁ――どこが卑怯なのかしら」
「え?」
「グリュウさんは、その持てる力を全部使って勝負に挑んだのでしょう?」
「で、でもダンジョン協会まで支配して、自分の都合の良いように偽装までして……」
「それは負けた言い訳にはならないわ――そうでしょう。シュバル」
「……はい。分かっています、姉上」
あの時。
シュバルが言っていたのと同じ答えだ。
「とはいえ立会人も無い勝負。これは無効になるのが本来の処理だけど……」
「こちらとしても黒竜族に多大な迷惑をかけたのだ――ワビを入れさせて欲しい」
あの勝気なラルドさんが、立ち上がり深々と礼をする。
「具体的には~?」
「いくつかの一族に伝わる宝物を差し出します。それとこのグリュウを――シュバル坊やの部下として、差し上げます」
「えっ!?」
「グリュウを!?」
ぜっったい本人が承知しないじゃん、それ。
「――ゥルルゥル……ルラララッ!」
ラルドさんが喉奥で鳴らし、竜魔法を発動させる。
するとグリュウの姿が、見る見ると人間へ――いや、少女の姿へと変化していく。
それ他人でも変身できるんだ。
「エルさん。首輪を」
「かしこまりました――」
エルはいくつかの呪文を唱え、
「竜操魔法――ドラゴ・リング!」
宙に現れた金の帯。
それが飛んでいき、緑髪の少女の首へと巻き付いた。
全身が一瞬だけ輝く。
「じゃあ、悪いけどエルちゃんの魔法。再度封印しといてね、シュバル」
「はい――」
言われるがまま、エルの魔法を禁じる文言を唱える。
それだけで見た目にはなにも変化はない。
エルも再び元の位置へ戻って行った。
「というワケでシュバル。覚えてるでしょうけど」
「はい――1か月後までに。アッサムダンジョンランキングで、必ず1位を取ってみせます」
「シローくん」
「なんでしょうか、お姉さん」
「ちょっとだけ、デートしましょうか」
ニコと笑うディアさん。
おしとやかで可愛らしいけど。
後ろでシュバルが、なんか可哀そうなモノを見るような目でこっちを見ていた。




