1-5 異世界転生はじまります
たった数日だ。
ちょっとバカな雑談で笑ったり、俺の釣って焼いた魚を美味しいって食べてくれただけだ。
そのくらいの付き合いだ――
「なにバカなことやってんだよ……」
俺は、大木の根をよじ登っていた。
「死んだら、それまでなのに……」
狙い通り、大木の根は隙間だらけ。
その隙間から下を覗けば――よし、まだシュバルは生きてるみたいだ。
「さすがブラックドラゴンだな! 邪悪なウロコを切り裂く我が剣でも、こうも苦戦するとは!」
「小僧が……」
カッコイイとさえ思った漆黒の巨体には、痛々しい傷跡。
周囲にはウロコが散らばり、翼にも穴が開き、あれでは飛ぶこともできないだろう。
鎧騎士は、剣を構えながらジリジリと間合いを詰めていた。
「ここまで来たはいいけど、どうする……」
手元には黒いウロコが2枚のみ。
しかし、どうやらボルは気配が希薄らしい――隠密行動にはもってこいだ。
「鎧の隙間から刺すとか――でも下に防刃ベストみたいなの着てたら意味無いし……」
狙えるとすれば、首筋くらいか。
だが、目測でも数メートル下の、動いている対象を狙って降りるなどできるだろうか。
「……やるしかない」
迷ってる時間は無い。
俺はすぐにでも行動に移る。
少しでも距離を稼ぐ為、まずは大木に生えていたツルを引き剥がす。
「落ち着け……命は1つ。死んだら即お陀仏だ」
あの鎧騎士の攻撃が少しでもカスれば、即死なのは間違いない。
「でやああ!!」
奴が剣を斜め上に振りかぶり、オーラを溜めた――この瞬間だ!
「やああ!!」
俺は鎧騎士を目掛けダイブ!
そのままこのウロコを首筋に刺して、動揺させて。
――あわよくば、そのまま倒す!
「なんだ?」
「うげっ」
いくら気配が薄かろうが、そりゃ真上で叫べば反応するわな――
「ぼふっ」
見上げた鎧騎士の顔面に、そのまま抱き着くような形で着地した――最悪だ。
「なっ、なんだコイツ!」
「しょうがねぇ。プランBだ!」
これでも生前は20代のサラリーマン。
親のおかげでまっとうな感性と常識を持った人間に育ったと、自負していた。
だが、俺は今――常識を捨てる!
プシャーっと。
しょんべんを、鎧騎士の顔面へやってやった。
「うげッ!?」
生暖かい液体が口へ流れ込んできたのだ。
いくら高レベルな相手でも、これに動揺しないはずがない。
「今だシュバル!!」
「お前……」
「このまま俺ごと、コイツを――」
「貴様ッ! 閃光の騎士と謳われたこの私の顔面に――おしっこ掛けやがったな!!」
丸い背中に伝わる、鋼の感触――ガシッと掴まれ、今にも引っぺがされそうだ。
だが俺は――必死にしがみつく。
「シュバル!!」
「分かった――シローよ!!」
俺と、鎧騎士を覆い尽くすような巨大な影。
「その鎧。我が巨体に耐えられるものか、試させてもらおうではないか」
「この、離れ――うん? うお、おおお!?」
ズドーンという轟音。
ブチッと、肉の潰されるような嫌な音。
ああ――俺は、また死んだんだな――
◆ ◆ ◆
(……あれ)
暗闇の中で、誰かの声が聞こえる。
「――って正気で――!?」
「拒絶――反――ぞ」
女の子の声と……ああ。シュバルの声だ。
良かった――無事だったんだな……。
「偶然です――」
「――魔法は――成功――」
俺はもう、ダメだけど――
最後に、友達を守れて死ねるなんて――
(最高の死に方だったよ……)
もにゅっ――
何かをつかむように伸ばした手は、柔らかな“なにか”を掴んだ。
(あれ。俺死んだのに、なんでこんなリアルな感触が――)
「――おい」
その声に、目を開けても暗闇しか見えない――
いや、違う。
目の前に……その大きな胸が塞がっているせいで、視界が遮られていたせいだった。
「今すぐその手を、離していただかないと――」
「え? いや、でも――天国なんだし、もうちょっと続けさせて貰っていい――」
「ふんッ」
俺は頭はハンドボールをのように、片手でつかま――痛ッ、痛たたたたッ!?
「や、やめて! このままだと潰れトマトみたいになっちゃう!?」
「目は覚めましたか」
そう言って地面に降ろしてくれたのは――浅黒い肌の銀髪美少女だった。
――見た目には10代にしか見えない。
でも俺は、この特徴的な耳がなにを意味するか知っている。
「エルフだ! やっべ、生エルフ! ――なんで執事服着てるの? メイド服ならいい感じに色々見えたのに……」
「はぁ――こんな洞穴まで来てみれば……シュバル様! このような下種なボルを、本当に迎え入れるつもりですか!」
そう言われ、ここがまだあの洞穴の中で――振り返ると、そこには見慣れた黒竜の姿があったのに気づいた。
「うむ。どうやら処置のせいで、多少気分が高揚しているようだ。すぐに馴染むだろう――」
「シュバル! 良かった。無事だったんだな」
「シローよ。お前は無事とほど遠い状態だったが……なんとか蘇生できたようだな」
そう言われて自分の身体をペタペタと触るが、何も変化は無いように見える。
しかし周囲の地面を見ると――巨体が寝転んだような凹みと、ボロボロになった鎧の破片。あとトマトジュースでもこぼしたようなシミが――
「えっ、これあの冒険者の……?」
「いいや。あやつは全身の骨こそ砕いてやったが――最後の力を振り絞って送還魔法で逃げていった……その血はお前のだ」
「……そういえば蘇生って……まさかシュバルが魔法使ってくれたのか!?」
俺、まだ無職だから返せる金とかなんも無いけど。
「竜魔法で蘇生はできん――だからエルを召喚したのだ」
「こほん――では改めまして」
後ろに居たエルは、シュバルの隣まで来ると――
「わたくしはダークエルフのエル=レイブンと申します。シュバル様の忠実なる僕であり、ダンジョン『黒の迷宮』のマスター代理、ほか運営統括を務めております」
仰々しく、丁寧にお辞儀してくれた。
うーむ。重力によって揺れる胸が素晴らしい――じゃなかった。
「蘇生はシュバル様の命令により、わたくしが行いました」
「マジか! でもその、お金とかないけど……大丈夫?」
「シュバル様のご友人と聞きましたので、それは問題ありません――今回限りにして頂きたいですが」
ボソッと呟きながら、苦虫を嚙み潰したような顔をした。
なんだか悪いことをさせたみたいで、申し訳なく思う――
ここは俺も、ここで自己紹介して空気を変えるとする。
「俺はシロー。見ての通りボルだ! シュバルの友達……でいいよな?」
「構わんぞシロー。ワシもお前を気に入ったぞ」
こっちの世界で初めて出来た友達。
いや、ぶっちゃけ向こうでも、プライベートや会社での交友関係なんて無いに等しかったし――十数年ぶりの友人の誕生かもしれない。
「はぁ――かつては最強と謳われたブラックドラゴン種の友人が、こんなボルですか――いえ、失礼しました」
「エルよ。お前の言いたいことも分かるが――ガッツもあるし、頭も良いボルだ。そういったメンバーが居れば、ダンジョンも賑やかになるだろう」
「賑やかしなんか入れてる余裕無いですよ――まぁ、シュバル様がお決めになったのなら……従いますが」
エルは不満たらたらな表情だが、それでもシュバルは責めたりはしない。
上司と部下というより、もう少し距離が近いように感じる。
「――ところで、さっきからダンジョンとか言ってるけど……なんの話?」
首――は無いので、身体全体を右へ傾ける。
「ふむ――ここで立ち話もなんだ。続きは――我がダンジョンでするとしよう」
「分かりました。わたくしを送還して頂けますか……久々のご帰還なので、歓迎の準備と……契約の方も準備しておきます」
「うむ、頼んだぞ」
「では」
そう言うと、エルの足元に光る魔法陣が出現し――彼女は、それに吸い込まれるように消えていった。
「すげー! これがこの世界での召喚魔法かー!」
「ではシローよ。行くとするか……ここへ乗れ」
俺がシュバルの右手(前足?)へ乗ると、すぐにその翼を大きく羽ばたかせ――一気に穴の外へと出る。
全身に受ける風が冷たい――
「でも気持ちいいな! これが魔界か~!」
森は思ったよりも広大で、さらに霞んだように見える向こうにはクリスタルが刺さったような山脈。
この間まで居た町は、もう遥か後方だ。
「うん? ここは魔界ではないぞ」
「――えぇ!?」
町であのゴブリン野郎が言ってたの嘘だってのか!
「ここはミッテルガルズ――魔界の最上階に位置する、人間界に最も近い階層だ」
「う、うん」
「魔界は、真の弱肉強食の世界――そこに住めなくなった者が、こぞって移住してきたのが始まりだ」
そんな都合の良いところに、住める場所があったんだな。
「……だが、ここに住まう者は、見栄を張って魔界出身などと吹聴する者もいると聞くな」
なんだろうか。
ニュアンス的には、埼玉や神奈川に住んでいるのを東京住みだと、実家の電話で言いふらしているようなもんだろうか。
「――行くぞ」
「えっ、ちょ――!?」
いきなりスピードを上げ、ぐんぐんと空へ向かっていくシュバル。
振り落とされないように、爪に必死に捕まっているのがやっとだ。
「というか空……空じゃねぇ!?」
ずっと天気が悪いと思っていた空は――天井だった。
どこまでも広がる岩盤。
それ自体が、若干発光し――それがこの世界を照らしているんだ。
「あの大穴はなんだ!?」
「――ミッテルホール。あそこから人間界へ行く……重力結界を振り切る。落とされるなよ」
まるでブラックホールかなにかのような、大穴。
それはシュバルどころか、東京ドーム何個分だよって大きさだ。
そして、そんな感想を最後に――思考のすべてが風に遮られた。
「ぐ、ぐぎぎぎ――」
大穴の中を黒竜と、その手に最弱を乗せ――
天へと羽ばたく。
ここからが、俺の異世界転生の――真の幕開けだ。




