8-4 死にスキル
「誰かと思えば、一緒に来ていたボル野郎か」
「シロー!」
鋼鉄の鎖に巻き付かれたシュバルは、身動きも取れずに俺の名を呼んだ。
ただ縛り付けているようにしか見えないけど、たぶん竜族の力を奪うものなんだろう。
「お、俺はシュバルのダンジョンと契約している。広く見れば、俺もシュバルの所有物のはずだ!」
苦しい言い訳だ。
でも、ここでシュバルが――友達がやられるのを黙って見てるワケにはいかない。
とにかく時間を稼げば、秘書さんがエルを助けてくれる――
エルの魔法がどこまで強力かは知らないけど、グリュウの奴が欲しがるくらいだ。
きっと、この状況を打破できるはず。
「ああ、竜契約の話してんのか――まぁ別にオレ様が許可を出せばなんの問題もねーが……」
「そうなの!? じゃあ、許可して俺と戦え!」
黒いウロコを構える。
だけど、恐怖か威圧感か――次第に、手が震えてきた。
「くくく……」
「バカなマネは止せ、シロー!」
そんなのは分かってる。
今度は、足も震えてきたし。
「ヒャッハハハッ! こんな土壇場で助けに来るのがボル1匹とは……なんとも泣かせる話じゃねーか!」
「どうなんだ、グリュウ!」
「……いいだろう。シローと言ったが――お前のその根性を認め、許可を出してやろう」
ゆっくりとシュバルの側から、俺の目の前まで歩いてくるグリュウ。
視界に収まらないほどの、緑のボディ。
見上げれば、ワニのようにギョロッとした瞳が、俺を見ていた。
「さぁ――少しは楽しませてくれよな」
◆ ◆ ◆
何度目の攻撃だ。
最初は少しくらい避けれるかと思ったけど――
「オラァ!」
「ぐえっ――」
思いっきり殴られ、荒れた地面の上を跳ねる。
「おいおい。本当に弱ぇな。さすが最弱モンスターなだけはあるぜ……ガッハハッ」
背中を強く打ち付けたけど、この柔らかいボディのおかげで少しはマシかな。
「シロー!」
「この鎖め――」
エルが悲鳴を上げ、シュバルが鎖を引きちぎろうと噛みついている。
「ガハハッ! そりゃムリだぜ、シュバル! ニンゲン様ががんばって開発したドラゴン封じの鎖だ。腑抜けで弱っちいお前じゃ、天地がひっくり返ってもムリだぜ」
そのセリフに――カチンときた。
「だ、黙れよ……」
頭から血が出てくる。
痛い。
それでも、俺は立ち上がった。
「あん?」
「シュバルは強い……ここにだって、ひとりでエルを助けに来たんだ……」
「そりゃー。テメーみたいなザコじゃ、なんの助けにもならねーからなッ!」
「ぐッ!?」
顔面へ、グリュウの後ろ足が突き刺さる。
またボールみたいに地面を跳ね――距離が広がる。
「だから、今度は俺が助けるんだ……シュバルを、エルを……」
ヤバい。
もう目の前が霞んで、よく見えない。
「まっ、ボルにしちゃ丈夫でガッツがある奴だ。そこは褒めてやるぜ」
「は、はは――お前なんかに褒められても、少しも嬉しくないね……」
「じゃあ、あばよ」
「待て、グリュ――」
一瞬で距離を詰められ、その勢いのまま――グリュウの爪が顔面ごと俺の身体を――
「シロー!!」
ああ――
また死んじゃったな……。
7回目の死亡――
だけど俺の意識はすぐに復活した。
「あれ?」
「まさか、死ねば解放されるなんて思っちゃいねーだろうな」
俺を見下ろしているのは――グリュウ!
「この野郎!」
咄嗟に手に持っていた黒いウロコで攻撃しようと飛びかかるが、
「おらよ」
「ぐえっ!?」
横からの衝撃。
たぶん尻尾による旋回攻撃なんだろうな――
また軽く吹っ飛んでしまう。
「おめーみたいなボルにはもったいねー、蘇生ポーションを使ってやった。在庫はまだまだあるぜ……」
「な、なんで俺を蘇生なんか……」
「くくくっ――命乞いをしろ」
「はぁ?」
「この場で這いつくばって命乞いをしろ。そうすれば――ハッ!」
碧の炎が俺を覆うように吐かれる。
咄嗟に、俺は巻物を発動する。
「ふんっブレスシールドか……だがまぁ、それならこうするだけだ。ゥルッ」
「くっ……ッ!」
短い声と共に、火の矢が何十本と飛んできた。
転がるように回避するけど、攻撃が何本か掠ってしまう。
「オラオラッ!」
「ぐぇッ」
転がった先にあったのは、グリュウの爪だ。
今度は輪切りのようにボディが切り裂かれて――
8回目の死亡――
「……また、蘇生された……」
「痛ぇだろ? 苦しいだろ? お前がこの蘇生地獄から解放される方法はひとつだけ――ゥルゥ」
今度は何本もの熱閃を撃たれる――
「――ッ!」
寸前で避けたつもりだったけど、掠った場所が焼けたように痛い。
「命乞いし、頭を垂れろ――泣き叫び、できるだけブザマにな。ギャッハハッ」
「だ、誰がするもんか――」
「ほお」
「シュバルと、エルを助ける――何回死んだって、お前みたいなゴリラドラゴンに命乞いなんかするもんか!」
「……じゃあ、こういうのはどうだ? ゥルルッ」
か、身体が急に動かなく――
「おらよッ!」
宙に浮いていた槍が一瞬にしてこちらへ射出され――
俺の左手を貫く。
「痛ッ!!」
「小せぇから狙い難いな――今度はこっちだ!」
右足に槍の先が突き刺さる。
「ッ……はぁ……はぁ……」
「じゃあ最後は――やっぱど真ん中だな」
「くたばれよ……この野郎……」
身体の中心へ、二股の槍が突き刺さり――持ち上げられた。
ははっ――まるでつまようじに刺さった大福みたいだな。
「シロー、シローッ!!」
「うるせぇな、坊や。このボルとのお遊びが終われば――」
「グウウウッ」
バリバリと稲妻のような音と光を立て、鎖の中で暴れるシュバル。
渾身の力で、なにかを叫んだ。
「――ルゥ、ルオオオッ!!」
「ほぉ――竜封じの鎖の中で、魔法を発動させるとは大したもんだが……」
ボヤッと、俺の身体が黒いオーラに覆われる。
これは確か――黒竜領域。
シュバルが仲間と認めたモンスターにだけ掛けられる、強化魔法だ。
「貴重な魔法を。まさかボル野郎の強化に使うとか――坊やのバカさ加減には、いつも驚かせられるなぁ!」
俺を突き刺した槍ごと、地面へと叩きつけられた。
魔法のおかげで、少しは痛みが和らいだけど――刺さった金属の部分が、熱い。
「もう、なんでもいい――そうだ……最後のポーションが……」
ボロボロになったリュックから、ポーションを取り出し――黄色の液体を喉奥へ流し込んだ。
「オラッ!」
最後に見えたのは、竜の足の裏――
槍ごと全身を潰され――ブチッという、耳障りな音だけが残り――
9回目の死亡――そして、蘇生。
「お前のガッツは認めるが――オレ様は飽きっぽいんでな。これで最後だ」
「はぁ、はぁ――」
死んでもまだ魔法は解けていない。
ただ槍は真っ二つに折れ、破片が俺の身体に刺さったままだ。
傷口から、血が流れでる――
「シュバル……」
せめて俺にも……なにか魔法でも使えたらな――
『レベル10へと到達しました』
◆ ◆ ◆
あれ。
なんか気付いたら周囲が暗くなって――
『ランク10より9へランクアップ。ボルボールへと進化します』
えっ、いきなりなに?
熱ッ! なんかオデコが熱いんですけど!
『また黒竜領域と、マジックポーション、スキル支援強化LV1の効果により――』
目の前には、まるで夕日のように輝くカードがあった。
『魔法:竜魔法の発動が可能です』
その説明を見ても、疑問しか思い浮かばない。
「……なんで?」
そう疑問に思った瞬間――
目の前に、ある映像が浮かんできた。
『失礼を承知して申し上げます』
横たわる俺の目の前で、褐色肌のエルフと、ブラックドラゴンが言い争いをしているみたいだ。
エルと、シュバルだ。
背景から察するに……俺とシュバルが出会った、あの洞穴。
『血を分け与えたって正気ですか!?』
『拒絶反応は見られないようだ。問題はない』
これは……俺がはじめて死んだ時の映像だ。
『偶然です! こんなボルが、竜の血と適合するなんて……』
『蘇生魔法は、成功したんだな』
『はい……じきに目を覚ますと思います』
ここで映像は途切れ――
同時に。
俺の中にある血が、熱く脈打つのを感じた。
「そっか……シュバルが俺のために、自分の血を分けてくれたのか……」
そう思うと、すごく嬉しい。
スリーピィも同じことを言ってた気がするけど……血を分け与えるのが魔界式友情の証なのかな?
「よく分からないけど……たしか、こんな発音だっけな」
いつもシュバルの隣に居て、たくさん聞いてきた竜の鳴き声。
それを真似て――俺の喉奥から――声を鳴らした。
「――ルゥゥ」
その瞬間。
俺の丸く、短い手足の身体は――オレンジ色の炎へと包まれた。




