8-2 エルを奪還せよ
あの城の地下は、天然の鍾乳洞へと繋がっていた。
地面から、天井から。ツララのような岩が垂れ下がっている。
だけど、そんな神秘的な景色も――生臭い匂いが伝わってくるせいで台無しだ。
「グリュウ――ッ!」
「よー。シュバル坊や」
そりゃもうご機嫌そうに。
サキュバスや、他種族の女の子を侍らかせ――グリュウは、獣の頭蓋骨を切り取った盃で酒を飲んでいた。
お前は信長かよ。
「あっ、秘書さん!」
その中にいた、スリーピィの秘書をやっていた青髪のサキュバスを見つけた。
だが呆けたような虚ろな瞳。そんな状態で、碧のウロコを撫でまわしていた。
「なんだ。ボル野郎までいるのか」
「グリュウよ――」
「前やった決闘じゃあオレは勝ち、お前は負けた――」
グリュウは愉快そうに酒をあおる。
「この事実は、いずれはすべてのドラゴンの知ることとなる。もうお前は、負け竜だ――こりゃ婚約も破談だな」
コイツ! どこまでも他人事みたいな口ぶりだ。
人の――シュバルの竜生を横やり入れて滅茶苦茶にしたくせに!
「そうだな。たしかにワシは負けた……言い訳はしない」
「で? お前は、ここになにしに来たんだよ」
怒りではない。
静かな闘志を燃やし、シュバルは拳を握りしめた。
「お前を倒し――仲間を助けるためだ」
「ハッ! ご立派なことで――おい」
「はい」
虚ろな秘書さんが、魔法陣でなにかを呼び出した。
それは、なにか驚いたような表情の石像――いや、石像じゃない。
石になった、エルだ!
「貴様ッ!」
「暴れられると面倒だったしなー。まぁ、エルフ様の拮抗力なら死にゃしねーだろ」
盃をエルの上に載せると、秘書さんから紙を受け取る。
「オレ様も気分がいい――竜決闘、受けてやってもいいが……お前は今回、なにを賭けるつもりだ?」
「我が命だ……と言いたいが、お前はそれでは足りないんだろ?」
ククク、と喉奥で哂うグリュウ。
「甘ちゃんのお前は、このエルメイアだけでなく――他の連中も解放しろと言うんだろ?」
「そうだ」
「だったら掛け金の上乗せだ。……そうだな」
少しばかり思案しているような顔だ。
あるいは、すでに答えは決まっているのに考えているフリをしているような――
「お前の姉を、オレに差し出せ」
「えぇっ!?」
まだ会ったことはないけど、シュバルの話を聞く限り、めっちゃ怖そうなお姉さんを!?
「――いいだろう」
「いいの!?」
「今度はワシが勝つ――」
自信に満ちた横顔に、俺も思わず頬が緩む。
しかしシュバルの横顔は――途端にヘニャっとしたものになる。
「どの道、姉上に前回の決闘で負けたことを知られれば――処刑の前倒しもありえる……いや、なんなら命を絶たれる可能性すらある」
「え……そんなに恐ろしいお姉さんなの?」
「だから、もうこれ以上は失うものは無い……はずだ」
背水の覚悟だ。
再びシュバルはキリッとした顔つきに戻る。
「いいだろう! じゃあ、さっさと刻印しな!」
サキュバスたちの手によって地面に大きな契約書を広げると、グリュウとシュバルは――同時に手を乗せる。
「グリーンドラゴン・グリュウ様の名において――決闘を受けてやる!」
「ブラックドラゴン・シュバルの名において、決闘を申し込むッ!」
互いの蹄による刻印を済ませると――グリュウは立ち上がった。
「ここじゃ狭いからな。ついてきな――おいサキュバスども! そこのエルメイアも運べ!」
「はい」
◆ ◆ ◆
グリュウについて洞窟の奥へと進むと――急に開けた場所に出た。
そこはまるで、古代の闘技場のような囲いに、円形の土台。
マンガに出てくる武舞台みたいなんだけど――なんか黒っぽい跡が……。
よく見れば、他の壁や石柱なんかにも飛び散っている。
「オレ様の部下に弱えーヤツはいらねーからな。ここで毎月、魔獣と戦わせる余興をしてるんだぜ」
コイツは、ドラゴンだけじゃない。
自分以外を、すべて見下しているんだ。
だからこんなヒドいことだって、当然のようにできる。
「御託はいい――はじめるぞ」
「おっとその前に、だ。お前も観客がいないと盛り上がらねーだろ」
グリュウが喉奥で音を鳴らすと――瞬時に、エルの石化が解けた。
「ハッ!? ここは――シュバル様!? それにシロー!」
「おいエルメイア。涙ぐましいことにお前の元ご主人様が、お前を取り戻したいと決闘を申し込んできたぜ」
「なっ――本気ですか、シュバル様!」
「当然だ」
石化していた以外に傷なんかは無いようで、ひとまず安心だけど……。
「お前はこの決闘の見届け人だ! おい」
「かしこまりました」
サキュバス4人が、エルを囲うように立つ。
そして両手をかざす。
「なにを――きゃあ!?」
エルの座っている場所には、緑の魔法陣が出現し――透明なガラスのようなもので覆われた。
「これでお前は魔法を禁じられた――それだけじゃねぇ」
「その魔法陣は、このオレに魔力を常に供給する」
「はぁ!?」
エルの魔力量が、具体的にどのくらいスゴいのかは分からない。
だってケタが違い過ぎるし――実際に魔法を使っているシーンは見たことないし。
でも、ファンタジーにおけるエルフの扱いを考えれば――かなりヤバそうである。
「ズルすぎない!?」
「これはオレの所有物だぜ。どう扱おうとも、どう利用しようとも勝手だぜ」
「ああ――それでいい」
「ほお? 大した自信じゃねーか、坊や」
「そんなアンタを乗り越えてこそ……勝利に価値がでる」
「シュバル……」
「じゃあまぁ、正々堂々……決闘開始と――」
その言葉を言い終えるより前に、
「ボウッ!」
グリュウの口から、碧炎の吐息が放たれた。
しかしシュバルもこれを見越していたのか、
「ふん――ッ!」
黒炎の吐息で対抗する。
碧と黒。
両者の炎が、中央で拮抗し――消え去った。
同時に――互いに全力で突進。
円舞台の真ん中で、両者が克ちあう。
重量のある金属のような音が、鼓膜を貫く。
「やるじゃねーか!」
「お前のやりそうなことだ」
グリュウが、殴り。それをシュバルが受け止める。
そのまま身体をクネらせ、回転と同時に尾をフルスイング!
碧の巨体が、少しグラついた。
「お?」
「ハッ!」
そこへさらに、ブレスを畳みかけるシュバル。
しかし、グリュウはそれを飛ぶことで回避する。
「逃がさん――ルゥ」
竜魔法により、その場から予備動作ナシで上空へと飛び上がるシュバル。
超高速で矢のように、グリュウの腹へと突っ込む。
「――ゥルルォッ!」
全身が炎のようなオーラで包まれるグリュウ。
身体強化魔法だ!
両手でタックルしてきたシュバルを掴むと、そのまま地面へ向けて急降下。
「沈んでなッ!」
「ルゥゥ――」
寸前でグリュウは飛び上がり、シュバルはそのまま頭から円舞台へ落下――
大量の土ぼこりは、傍から見ていた俺の下へもやってきた。
「ぶえっ!?」
粉塵の中より、立ち上がる影――
「ゥルルォオオッ!」
追撃とばかりにグリュウは吠える。
碧炎が吐き出され――それは10本の熱閃となり、そのすべてがシュバルのいる場所を貫いた。
「シュバル!?」
「仕上げだ。――ゥルオオオオッ!!」
今度はグリュウの周囲に、高熱の球が何十と現れた。
その球はバチバチとした音を鳴らし、
「いけ」
一斉に円舞台へと降り注いだ。
相次ぐ轟音と、巻きあがる粉塵。石の破片が、どんどん飛んでくる。
まるで爆発の嵐だ。
「シュバル様!」
エルの悲鳴が響く。
しばらくして攻撃が止むと、グリュウはニヤっと笑った。
「どうだ坊や。このくらいで死んじゃいねーと思うが……ほらよっ」
余裕を見せながら、翼を羽ばたかせる。
粉塵は一瞬で晴れ――そこにはボロボロどころか、跡形もなくなったクレーターだけがあった。
シュバルは、どこにも居ない。
「あん?」
「ここだ」
グリュウの肩に、二股の槍が深々と刺さっていた。




